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4.隣国のルーク王子 後編


 城の厨房からはバニラビーンズの甘い残り香が漂う。この国にはバレンタインデーというものは存在しない。レオンへの日頃の感謝の気持ちを込めて、二月十四日に合わせてクッキーを用意することにした。


 焼き上げたクッキーを、あとは袋に入れるだけ。冷ませたクッキーはサクサクになっているはず。

 私は厨房に入ってランプをつける。


「嘘でしょう……!?」


 トレーの上には、そこにあるはずのクッキーが消えていた。食べかすしか残っていない。


「ヴィオラのクッキー上手いな!」

「あっ!」


 ルークはこれ見よがしに最後の一個を口に放り込むと、ニヤリと笑った。


(食べたなー! あのロン毛チビ!)


 口の中にクッキーを頬張るルークに向かって、心の中で精一杯の悪態をつく。

 許可を得ずに全部食べてしまうなんて、嫌がらせだ。


「ヴィオラ、どうしたのか」


 騒ぎを聞き付けて、レオンが厨房に入ってきた。

 ルークが口の中に入っているのを慌てて飲み込んでいるのを見て、レオンは前髪をかき上げながら小さく息を吐いた。


「ルーク王子、もう寝る時間だ。部屋に帰りなさい」


 さすがに隣国の客人を咎めることができなかったらしい。時間の注意だけにとどまった。


「……はーい」


 渋々といった様子で返事をすると、ルークはその場を去る。

 レオンは呆れた顔で見送ると、「やれやれ」と溜め息をついた。


「東方の国では、女性から好意を持った者へ甘いものを贈るイベントがあると聞く。ヴィーはそのイベントに合わせて作ってくれたのだろう?」


 愛称のヴィーと呼ばれるのは二人きりのときだけ。


「はい。用意できなくてごめんなさい」


 申し訳なくて下を向いてしまう。元はといえば、盗み食いするルークが悪いが、結果は最悪だ。サプライズをするどころか、レオンに気を遣わせてしまった。


「ルーク王子との勝負の件だが、ヴィーは勝つことができない」

「どういうことでしょうか」

「……ルークは魔法の力が強い。ゲームでイカサマをすることは簡単だ。何か思い当たることはあったか?」


 思い当たることはあった。


(もしかして、チェスのときに駒が動いたような気がしたのは、気のせいではない……?)


「……それってズルじゃないの! 勝ち目がないわ」


 私が勝てないとわかりながら、勝負を挑んできたんだ。勝たないと、いつになっても結婚は認めてもらえない。


「俺に一つ案がある」


 周囲に人がいないのにもかかわらず、私に小さく耳打ちする。


「……それって、本当に効果あるの?」


 疑わしい目を向けた私を見て、レオンは形の良い口で笑った。


「あぁ。大丈夫だろう。……悪い子にはお仕置きが必要だ」


◇◇◇


 客室で真剣勝負が始まる。

 向かい合ったソファには、トランプの手札を持った私とルークが腰かける。


 カードの絵柄はタロットカードのような不気味な西洋画だけれど、見慣れてくると愛着が持てる。


 しかし、体をくねらせながらカードを操るピエロのカード、ジョーカーはルークに引かれないま手元に残ったままだ。


 二人でババ抜き。相手の持ち札がある程度推測できるのに楽しいかと聞かれたら、最後の白熱の瞬間を体感できるという意味では楽しいのだろう。ババ抜きは運じゃない、心理戦だ。


「ババ抜きって最初のルールは、ジョーカーを一枚加えるのじゃなくて、一枚抜いたクイーン五十一枚で最後にカードが残った人が負けだったみたいだよ」

「へー。そうなんだ」


 気のない返事をして、ルークの挑発に乗らないことにする。


「適齢期を過ぎた売れ残りのおばさんみたいだよね」


 ……おばさん。頬の肉がピクリと動くのを感じた。それは十三才の少年にしたら、十七才はおばさんに見えてしまうでしょうよ。


「ルーク王子は物事をよくお知りで」


 冷静に返して、ルークの手札から一枚引く。


(よし、同じ数字が揃った!)


 ペアになったカードを机の上に捨てると、ルークの手札は残り三枚、私は四枚。

 ルークが私のカードを引く番。伸ばしてきた手に向かって話しかける。


「……ルーク王子はグリーンピースが苦手らしいですね」

「な、なぜそんなこと知って……!」


 ルークの頬に朱が走り、伸ばした手はワナワナと震え出す。

 同時に、私の親指に貼り付いていたジョーカーのカードが、シールを剥がすようにペリンと反り返った。


(あっ! こんなとこにもイカサマが!)


 ジョーカーが引かれないと思っていたら、カードに魔法をかけて私の手から離れないように細工していたらしい。

 集中力が切れると、魔法の効果がなくなるようだ。


『ここぞというときに恥ずかしいエピソードを話すんだ。そしたらルーク王子は動揺して魔法が使えなくなる』


 レオンのアドバイスの効果があったようで、魔法封じは見事成功。今がチャンスだ。

 固まるルークに、私は意気揚々と口を開く。


「ちょっとカードをシャッフルするね!」

「待て待て!」

「カードの順番を変えるのは、ルール違反じゃないでしょ?」


 慌てたように腰を上げるルークを無視して、カードを切って並べ直す。

 ルークが私の手元のカードに触れたのはジョーカー。


 無言のにらみ合い。探るような瞳に、強く見返した。

 ルークはそのまま力を入れて、引っこ抜く。

 ようやくジョーカーがルークの手札に回った。

 私はフッと目で笑った。


「……っく。卑怯だぞ」


 ショックを隠しきれないようで、ルークは引いたジョーカーを握りしめた。


 ルークの手札は四枚、私は三枚。逆転だ。


「卑怯はそっちよ。魔法を使って、私からジョーカーが離れないようにしたでしょ!」

「なっ!」


 素早くカードを抜くと、ペアが見つかってカードを捨てる。ラッキー!


 ルークの手札は三枚、私は二枚。


 ルークが私のカードを引くと、ペアになったカードを捨てる。


 ルークの手札は二枚、私は一枚。


 勝負どころだ。

 ルークは黙って眉間に力を入れている。魔法を使おうとしているに違いない。


「ルーク王子って、夜ぬいぐるみと一緒に寝ないと眠れないって本当?」

「ななっ! ……もしや、レオンがバラしたな!」

「ふふふ。可愛い趣味されているのですね!」

「可愛いって言うな!」


 ムキなって反論する姿は完全にお子さまだ。

 一点を狙ってカードを引くと、残り一枚とペアになった。


「そんなぁ……」


 ルークはジョーカーのカードを机に置くと、ガクッと肩を落とす。

 と、見せかけて、ガバッと起き上がった。


「ヴィオラは僕の許可を得ずにカードをシャッフルしただろう。反則だ。反則したから、反則負けだ!」


 ルークは胸を張って言い切った。

 どうしても、私を負けにしたいようだ。私が何を言っても、状況は変わらない。


「……ヴィオラは反則でなく、勝っていますよ。私が証人になりましょう」


 扉の影から現れたのはレオンだった。


「レオン、いつからそこに!」


 冷や汗をかきながら、ルークは上半身をのけ反らせる。


「白熱して気づかなかったみたいですが、グリーンピースのくだりから見てましたよ」


 レオンがニコリと笑いかけると、ルークはぐぐぐと押し黙った。


「あと、ルーク王子は『一つでも勝負に勝ったら結婚を認める』と言いましたよね。一国の王子として、約束を破る……なんてことはないですよね?」


「……わかった、わかったから! それ以上話すな!」


 ルークは耳をふさいで、部屋から逃げ去った。



 それにしても、ルークを問い詰めるレオンには、彼の本性を垣間見た気がする。味方だと心強いけど、敵にすると厄介な存在。

 私の視線を感じたようで、レオンは振り返る。


「ヴィーは、どのカードがジョーカーなのか、わかっていたよね?」

「……バレた?」


 優しく問いただしてくるレオンに、私は舌をペロッと出す。


「ルーク王子がジョーカーを引いて、手で握りしめたときに、カードに皺が入っているのを見ちゃった」

「皺が入ったカードを選ばなければ勝ちになったと。まぁ、自分で印をつけたわけじゃないから、大丈夫だと思うよ。本当はチェスの時点でヴィーが圧勝だったはずだったから」


 ね、と同意を求めてくるレオンに、私は大きく頷く。


「ほんとだよね」

「……ルークにヴィーを取られて悔しかった。明日はゆっくり散歩にでも行こう」


 肩をそっと触れられて、耳元に美声で囁かれる。

 ドキッと頬を染める私に、「期待した反応が見られて嬉しい」と言って、ギュッと抱き締められた。


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