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3.隣国のルーク王子 前編


「隣国のルーク王子はどんな方ですか?」


 もうすぐ到着するという客人を出迎えるために待機中、私は婚約者のレオンに話しかけた。大理石の床からは城の警備にあたる衛兵や、忙しく動き回る女官の足音が響く。


「俺を兄のように慕ってくれていて……。ま、まぁ……一癖がある王子だな」


 腕を組んで、レオンは歯切れ悪く答えた。

 前世でプレイしていた乙女ゲームの『私のプリンスさま』では、ルークは攻略対象の一人だ。隣国のセディナ帝国の第三王子、十三歳。確か、笑顔が可愛らしい癒し系担当だったと思う。


「一癖がある……とは?」

「一度、こうだと言い出したら、耳を貸さないところがある。頑固者といったところか」

「そんな……」

「根は悪くはないから、大丈夫だろう。……来たようだ」


 重厚感のある扉が開け放たれると、見慣れない服装の男たちが歩いてきた。フェンドリア王国の服装は西洋ヨーロッパのような宮廷服が多い。セディナ帝国の詰め襟にローブを付けたような服装は客人で間違いないだろう。


 その中でも背の低い少年が先頭にいて、シャンデリアの光に反射した黒髪は背のところで小さく編まれている。


「ルーク王子一行の訪れを歓迎する。フェンドリア王国へようこそ」


 レオンは優雅に腰をかがめた。私も合わせるように、宮廷マナーで叩き込まれた礼をとる。


「レオン皇太子、久しぶり! 出迎えてくれてありがとう」


 駆け寄ってくるルーク王子は紫色の瞳を輝かせている。


「こちらは、私の婚約者のヴィオラ」

「はじめまして。ルーク王子にお目にかかれて嬉しいです」


 言いながらドレスの端をつまんで軽く会釈する。


「君がヴィオラだね。……てっきり女官の一人かと思っちゃった」


 にっこりと笑いながら嫌みを言われた。ルークの従者がハンカチで汗を拭いながらルークをちらちら見ているが、ルークは微笑んで黙殺している。


「失礼ね!」と言ってやりたい気持ちがあったが、隣国の客人……。しかも、セディナ帝国は魔法国家で権力が強い国。私が何も言えないのをわかりながら言ったのだろう。


「私の婚約者を苛めないでもらおうか。さあ、貴賓室へ案内しよう。長旅の疲れを癒してくれ」


 肩にそっと手が置かれて、レオンの冷静な顔を見ると頭が冴えた。

 きっとルークは私を挑発して楽しもうとしているんだ。相手の誘いにまんまと乗ってはダメだ。


◇◇◇


 次の日。レオンがルークから剣の手合わせを願われて、鍛錬場で一汗を流した後。


「お疲れさまでした」

「あぁ。ありがとう」


 ハンカチを手渡すと、レオンは頬に浮かんだ汗を拭う。遠巻きに見ている騎士たちは「熱いねぇ」と言ってくる。


「ルーク王子もハンカチをどうぞ」

「いらない」


 プイッとそっぽを向いてしまった。編まれた後ろの髪は、激しい手合わせを物語るように解けている。


「そうですか……」


 もしかしなくても嫌われている気がする。ハンカチを持った手を下ろした。

 ルークは肩を怒らせて数歩進むと、くるっと振り返った。


「僕はレオンとの結婚を認めない!」

「えっ……」


 衝撃な一言に言葉を失った。


「……ルーク王子、公式な場ではないといえ、そのような発言はいかがなものかと」


 仲裁に入ってレオンが取りなしてくれようとしているが、ルークの瞳の鋭さは変わらない。

 結婚式では、セディナ帝国の神官が派遣されてくるので、ルークの一存で結婚式が行えるか決まってしまうといっても過言ではない。


「尊敬するレオンには、もっと美しい令嬢がいるだろう。なぜこのような庶民のような人と!」


 美しい令嬢と言われて頭に浮かんだのは悪役令嬢のマルグレット。彼女のような容姿端麗な美女ならば納得したのだろう。


「……決して美しい令嬢ではないのは認めます。では、どうしたら結婚を認めてもらえますか?」


 前世の会社員時代に大切にしていたものは、交渉して落としどころを見つけること。下手に出て、チャンスを待つしかない。


「どうしたらって……。しょ、勝負だ! 僕との勝負に勝たないと結婚を認めない!」


 反撃されるとは予想していなかったらしい。しどろもどろになりながらルークは答える。


「勝負ね。何か一つでも勝ったら認めてもらうわよ」

「い、いいだろう」


 交渉成立。しかも『一つでも勝負に勝てたら』という、好条件を引き出すことに成功した。

 レオンは「子どもの言うことに耳を貸すな」と耳打ちしてきたが、負けていられない。喧嘩を買う体制は万全だ。


◇◇◇


 木製の盤面からは駒を動かす硬質な音が鳴る。


「なかなか強いな……」


 ルークは小さくボヤきながら、口元を手で押さえて長考に入る。

 前世では、ある程度はチェスを指すことができた。ルールもほぼ一緒。ルークは油断していたのか、駒を数個取られたところで不利を確信したようだ。


 ルークが駒を動かして、私は迷わずにチェック(王手)しようとすると、視界がブレた。


(あれ? キングの位置……)


 目を擦るが、キングが一マス違ってチェックにはならなかった。別の手を考えて、駒を動かす。


「これでチェックだね」


 相手を攻めることに集中しすぎて、守りができていなかった。ルークの置いた駒が絶妙な位置にいる。逃げることも可能だが、あと数手でチェックメイトされる運命だ。


「負けました」

「僕の勝ち。残念でした」


(悔しい! 読み間違えた……!)


 ミスが命取りとなった。優勢だったところを逆転勝ちされると悔しさが増してしまう。


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