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1.好感度はゼロ


「ヴィオラ。君とは、もう終わりだ」


 悲しみを含んだ、絶望するような瞳でレオンは私に別れを告げた。


「……貴方って最低!」


 婚約者だった彼の頬を叩こうと手が伸びる。冷静になれば、この国の皇太子に手を上げるとは不敬罪になるというのに。


 レオンは何かを諦めたように目を閉じる。


◇◇◇


 この後には、バッドエンドの文字と哀愁を帯びた音楽が流れる。何度も失敗して、悶絶するくらい悔しい経験。


 ようやく思い出した。前世で会社員として働いていたときにハマっていた乙女ゲーム。そして、目の前のレオンが、攻略対象のフェンドリア王国の金髪碧眼の皇太子だということに。


(もしかして、私って失敗した? 好感度をMAXまで上げて、イベントをクリアしていけばハッピーエンドだったのに)


 それがどうだろう。このまま平手打ちをかますとゲーム終了。

 どうやら小さい頃に、レオンに話しかけたことで皇太子ルートに発展したらしい。


 一つ頭の中で念じると、空間に好感度のパラメーターが出現する。


 好感度はゼロ。


 なんで今頃前世の記憶が蘇ったのだろう。もうバッドエンドの一歩手前ではないか。これまでの過去の失敗は数えきれない。


◇◇◇


 乙女ゲームの『私のプリンスさま』では、悪役令嬢の邪魔を回避しながら、攻略対象の好感度を上げて恋を成就させるとクリアになる。


 悪役令嬢のマルグレットは艶のある赤髪に、光の強い橙の瞳が印象的な美女。


 お茶会で彼女に出会った瞬間に容姿や知性において劣っていることを自覚した。

 私は茶髪に緑色の瞳の十人中十人が「普通」と評する容姿。もっとイヤリング等の装飾やドレスに気を使えば可愛く見せることができたのだろうか。


 勝手に自信をなくして、両親が決めたレオンの婚約者でありながら、本当に私がふさわしいかのわからなくなっていった。


 レオンの誕生日会のときには、一番にダンスを誘われたのに……。


「ヴィオラ、一緒にダンスを踊りましょう」


 差し出された手を握り返すことができない。

 レオンにはマルグレットがお似合い。二人が談笑している姿を見た人が、「婚約者を先に決めなければよかったのに……」と囁いている姿を見かけたこともある。


「……私は踊ることができません。ごめんなさい!」


 私にはふさわしくないと思い、断ってしまった。人々の批判と好奇な視線に耐えきれずに走り去ってしまう。レオンの落胆した顔は忘れられない。


 マルグリットがレオンの元へ駆け寄るのを、私は目の端でとらえた。


「レオン様。私と踊ってくれませんか」

「あ、あぁ……」


 レオンに恥をかかせぬようにとマルグレットが自ら誘って踊っていたらしい。


 レオンから指輪をプレゼントされたときも、素直に喜ぶことができなかった。


「これは本当に好きな方にあげて」


 レオンの胸元に押し戻す。レオンは何か言いたげに口を開くが、グッと閉じた。


 いつもマルグレットのことを見ているから、彼女を魅力的に感じていると勘違いしていたのだ。


 悪役令嬢から邪魔をされる以前に、私からアピールをしていなかった。ライバルになる以前に、戦場にさえ立っていなかった。自信のなさに甘えて、選択肢をすべて「いいえ」で済ませていたからだ。


◇◇◇


 レオンが「もう俺のことは好きではないのだろう?」と聞いてくる。そんなことはない。そんなことはないのに。


「貴方って最低!」


 勝手に言葉が飛び出して、レオンの頬を叩こうと私の手が伸びる。頬に触れるか触れないかのところで私の手の力が抜けた。


「え?」


 レオンは甘んじて受けるつもりであった衝撃が来ないことに驚きが隠せない。


 これが最後なんだから、素直になろう。どう足掻いたってバッドエンドなんだから。レオンは悪役令嬢と結ばれる運命に決まっている。


「ごめんなさい」


 私は頭を下げた。どういうこと? という顔をするレオンに続けて言う。


「前に、レオンの誕生日会のときに一番にダンスを誘ってくれたとき、本当はとても嬉しかった。他の人と踊っている姿を見て、自分でもびっくりするくらい嫉妬した」


 レオンは碧い瞳を見開く。


「最近、指輪をプレゼントしてくれたときに、婚約者だから仕方なく贈り物をしてくれたと思ったの。でも、私は貴方が好きだから受け取っていればよかった。……婚約破棄なんてしたくない」


 顔を伺うように見ると、レオンは押し黙っている。


 結果は、乙女ゲームのどのルートもクリアしているからわかっている。バッドエンドはバッドエンドに変わりはない。


「……君は俺の従者のアリュートが好きだと思っていたよ。誕生日会で俺の誘いを断って逃げた後に、アリュートとは楽しそうに笑っていたから」


 表情の読めない瞳で、レオンは静かに話す。


(そうだった。アリュートは安心のできるお兄さんという存在だった。中庭で話をしているところを見られていたんだ。なんてことをしてしまったんだ、私)


 急に、レオンは私を抱きしめた。柑橘系の香りがフワッと広がる。


『ツンデレモードに突入』


 脳内に文字が浮かび上がる。


(どういうこと?)


 首をひねった私に説明文が入る。


『今までのことを全否定しましたので、ツンデレモードとして認証されました』


 慌ててパラメーターを出現させると、好感度はMAXになっていた。


「君のことはもう離さないからね。覚悟しておいて」


 優しいはずのレオンは今まで見たことのない鬼畜な笑みを浮かべていた。


 ふと、思い出す。全バージョンをクリアした後の伝説の特別編「鬼畜な皇太子編」があったことに。伝説の特別編をクリアすることで完全クリアとなる。私は完全の付かないクリアだった。


「……私も貴方のことを離さないわ。レオン」


 背中の手に力を込めると、レオンは意表をつかれたように数秒黙り、柔和な笑みを浮かべた。


 これからはプレイしたことのない、未知な選択肢にチャレンジすることになる。でも大丈夫。両思いになったから。


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