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もふもふもふもふ!

 六月中旬。

 空には雲一つないのに、しとしと雨が降っている。そんな肌寒い満月の夜のこと。

 真っ赤な番傘を差した巫女装束の少女が、背後に二匹の化け狐を従えて夜鳥羽市内のとある稲荷神社の鳥居をくぐった。


 惣流院麗羅。

 東の陰陽術の大家、惣流院家の一人娘であり、かの臥龍院尊に仕えるメイド。そしてこの稲荷神社の巫女でもある。


 今日訪れたここも麗羅の母方の実家が管理する社の一つで、もともと巫女の素質を持っていた麗羅は、幼い頃から陰陽術と巫術の英才教育を受けて育った。

 魔王の手により人々の記憶が奪われ一時期実家を離れてこそいたが、奪われたのはあくまでも『人』の記憶だけであり、巫女として契約していた狐たちは麗羅のことを覚えていた。


 辛い時も自分の側に寄り添い支えてくれた狐たちに麗羅は心から感謝しており、メイドとして臥龍院に仕えるかたわら、暇を見つけては人目を忍んで神社の境内を掃除に来たり、祭具の手入れをしたりと、居場所を失っていた間も巫女としての仕事は欠かさなかった。


 今日はそんな狐神への感謝を伝える奉納演舞の日。

 折しも今宵は満月で、天気雨。所謂、狐の嫁入りである。

 あまりにも出来過ぎた偶然に、薄く紅をさした唇が笑みの形に綻んだ。


「もしかしたら今日は会えるかもしれないわね」


 御使いの狐ではない、稲荷狐の神格。ウカノミタマ。

 式神として契約している化け狐の右近と左近によれば、独自の神界を形成しその最奥にて暮らしているとのことであるが……


『今日はいい日』

『霊気も整ってる』

『きっと会える』

 

 右近と左近がぐるりと境内を見渡し、それぞれ四本ずつある尾をゆらゆらと揺らして麗羅にすり寄ってくる。


 すこしくすぐったそうに笑い、肌触りのいい毛並みを撫でた麗羅は、「よし」と一息入れて早速準備に取り掛かった。


 境内に杭を打ち、縄を張って陣を作り、陣の四隅に狐火を灯して鈴のついたさかきの葉を握りしめる。



 ────シャリンッ!



 麗羅が手首を返し鈴を鳴らす。

 軽やかに陣の中を跳ね回り、鈴を鳴らして舞を踊る。


 艶めく黒髪と榊の葉を振り回すたび、跳ねた水滴が月光を反射して宝石のようにキラキラと輝いた。


 すると辺りに濃霧が立ち込め始める。

 構わず最後まで舞を披露し、麗羅が社の方へ一礼すると、霧が晴れてゆき────……


「あら?」


 いつの間にか空は明るくなっており、麗羅の目の前に金色の野がどこまでも広がっていた。

 よく稔った稲穂の野が光のさざなみとなって風に揺れている。


『来た!』

『稔の原!』

『ウカノミタマ様の神界』


「ここが……」


 久々に開かれた神域の光景に右近と左近が嬉しそうにぴょんぴょん跳ね回る。

 嬉しさ余ってじゃれついてきた二匹に押し倒され、麗羅は金色の野を見下ろす丘の上に大の字になって倒れた。


 すると麗羅の頭にもぴょこんと狐の耳が生えて、嬉しい気持ちがこみ上げてくる。


「ちょ、あはは、くすぐったいってば」


 などと言いつつ、二匹をモフる手は止まらない。もふもふは人類を駄目にするのだ。

 すると楽しげな雰囲気に釣られて、稲穂の波の中から狐たちがぴょこぴょこ顔を出し、稲をかき分け麗羅の方へ近づいてきた。


「そーれ! もふもふもふもふ!」


 まるで神輿でも担ぐように狐たちが麗羅を背中に乗せ、黄金の海原を飛び越えてどこかへと運んでいく。


「あららら!? 何なに、どこへ連れていくの!?」


「神様の所へご案内します!」

「わっしょいわっしょい!」

「わっしょいわっしょい!」


 しばらくすると風に揺れる稲穂の向こうに瓦屋根の大きな屋敷が見えてきた。

 狐たちは開け放たれた縁側からするりと屋敷に飛び込んで麗羅を奥の間へと誘う。


「おひいさまご到着!」

「「「わーい!」」」


 滑らかな動きで停止したもふもふ神輿がバラけて、麗羅の足にすり寄ってもふもふもふもふじゃれ合い始める。

 可愛さ満点な狐たちに、麗羅はだらしなく緩みそうになった顔をぐっと堪えなければならなかった。

 

 すっかり忘れてしまいそうだが、ここはすでに神の御前。

 だらしない姿は見せられない。


「やあ、よく来たね」


 重ねた座布団の上に座っていた青年がフランクに片手を上げて挨拶する。


 灰色のおかっぱ頭に九本の尾。

 陰陽師の狩衣を纏った中性的な美青年だった。


「こうして顔を合わせるのは初めてだね。僕はウカノミタマ。よろしくね」


「惣流院麗羅と申します。本日はお招きいただき誠にありがとうございます」


「あはは、そう畏まらないでよ。ほら、もっと肩の力抜いて。狐たちも遊んで欲しいみたいだよ?」


 周囲にちらと目を向ければ、つぶらな瞳を輝かせた子狐たちがこちらを見ていた。

 麗羅が恐る恐る手を伸ばすと、小狐は甘えるように頬をすりすりしてきた。もこもこのふわふわ。


「~~っ!」


 切なそうな顔で堪える麗羅にウカノミタマが笑顔で頷く。

 もうダメだった。

 愛おしさともふもふが押し寄せてくる!


「よ~ちよちよち、かわいいでちゅね~かわいいでちゅね~♡ はぁもう、うへへほひひ~♡」


「お前、小動物愛でると赤ちゃん言葉になる癖、まだ治ってなかったんだな……」


「っ!?」


 今一番聞きたくない声に振り返ると、晃弘が苦笑いしながら狐をモフっていた。


「な、ななな……!」


「僕が呼んだのさ。君たち二人に話したいことがあったからね」


 顔を真っ赤にしてわなわなと震える麗羅の疑問にウカノミタマがしれっと答える。


「で? 人の夢に干渉してまで何の話がしたいって?」


 夢を通じてウカノミタマの神域へと招待された晃弘の声音はどこか不機嫌だ。

 せっかく夢見が良かったのに、いいところで中断されては誰だってこうもなろう。


「いやぁ、ごめんごめん。でもいい機会だったし、こんなに条件の整った夜も珍しいからね」


 ウカノミタマが居住まいを正すと場の空気がしんと張り詰め、この場に呼ばれた二人も自然と背筋が伸びる。


「君たちには近い将来試練が訪れる。それは君たちの絆を試すものになるだろう。どうか、お互いを思いやる心を忘れずその試練を乗り切ってほしい」


「試練、ですか?」


 何とも曖昧な言い方に麗羅が問い返す。


「詳しい内容までは教えられないけどね。でも、それは必ず起きる。運命のいたずら、あるいは因果の収束とでも言っておこうか」


「難しい言い回しで煙に巻こうとしてるんじゃねぇだろうな」


「未来を確定させないためさ。僕が見ているのはあくまで未来に起きうる可能性の一つに過ぎない。けど、それを言葉に出してしまえばそれは予言になってしまう。僕の不用意な一言でバッドエンドを確定させたくはないからね」


「つまり放っておくとバッドエンドになる確率が高いから、こうして俺たちに注意を促したってわけか」


「そういうこと。君たち二人、特に麗羅ちゃんは僕の推しだからね。幸せになって欲しいのさ」


 子狐たちがドロンと化けて「I LOVE 麗羅♡」と書かれた横断幕に変わり、ついでにウカノミタマも尻尾の付け根からペンライトを取り出してブンブン振り回す。

 突然俗っぽくなった神様に麗羅と晃弘はぽかんと口を開けて固まるばかりだ。


「そーれ、もふもふ変化!」


 ウカノミタマがペンライトを振り回すとドロンと白煙が部屋を包み、煙が晴れるとまんまるのボディーが愛らしい大きな九尾狐へと変化したウカノミタマがもふもふ尻尾をゆさゆさ揺らして二人を誘う。


「もふっていいのよ?」


「「もふーっ!」」


 ぼふっ! もこもこもふもふもふもふもふもふ!


 我を忘れて童心に帰った二人は思う存分もふもふを堪能した。

 仄かに香るお日さまの匂いと極上の毛並みに包まれ、いつしか二人はすやすやと寝息を立てて眠りに落ちた。


「おやすみ。君たちならどんな運命もきっと乗り越えられるよ」



 ☆



 翌朝、麗羅は自分のベッドで目を覚した。

 柔らかい毛皮の感触がまだ手に残っている。


 ……いつどのように帰ってきたのか、記憶がない。

 服もいつの間にかパジャマになっていた。


『ウカノミタマ様が送ってくれた』

『服はおれたちが変えた』


「そうだったの」


 とんだ醜態こそ晒したものの、あのもふもふを味わえたなら別にいいかなと思えてしまうくらいには幸せな手触りだった。


「あれ……?」


 左近と右近の首に何かキラリと光るものがぶら下がっている。

 手に取ってみると、それはよく磨きぬかれた白石英と黒曜石の勾玉の首飾りだった。

 どうやら二つの勾玉に込められた力は互いに引き合っているらしい。


『神様からの贈り物』

『白い方は晃弘に。麗羅が渡せって』


「な、なんで私が……」


『そうすることに意味がある』

『って、言ってた』


 と、言われてもである。

 誕生日やクリスマスでもないのにプレゼントを渡したら不審に思われないだろうか。


『悩むようなことか?』

『素直に渡せばいい』

『恋仲なら贈り物くらい普通』


「そ、そうかしら?」


『『そうだよ』』


 異口同音。それも若干呆れ交じりの。

 お互い好きだと分かっているのに何をいまさら恥ずかしがることがあるというのか。


「で、でもプレゼント渡すにしてもムードとかあるじゃない!」


『それは自分で考えろ』

『付き合ってられん』


「あ、ちょっと!? 出てきなさい、命令よ! こら、なんで出てきてくれないのよもぉーっ!」


 やれやれと首を振り右近と左近がドロンとその場から退散する。

 呪符を使って二匹を呼び戻そうとする麗羅だが、二匹は知らんぷりを決め込み一向に召喚に応じる気配がない。


「……どうするのよコレ」


 手元に残った二対一組の勾玉に視線を落とす。

 結局その後、晃弘から偶然遊園地デートのお誘いを受けるまでどうやってプレゼントを渡そうか悩み続けることになるのだが、それはまた別のお話。


次回、嬉し恥ずかし遊園地デート!

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