筋肉バカ in ワンダーランド
はー、難産だった
それはある日の出来事。
「んがっ!? ……あ? どこだここ」
熊谷雅也が目を覚ますと、そこは見知らぬ塔の上だった。
吹きさらしの最上階からは三六〇度の大パノラマが広がり、空には黒光りするハゲ頭が太陽の如く燦々と輝いている。
足元を見れば魔法陣らしきものが仄かに輝きを放っていた。
「せ、成功だ! 伝承は本当だったのだ!」
豊かな白髭を蓄えたローブ姿の老人が興奮した様子で声を上げ、老人の周囲に立っていたフルプレートの騎士たちがザワつき始める。
この時点ですでに雅也は自分がどのような状況に置かれているのか大体の事情を把握した。
所謂、異世界召喚。
最近ではネットの広告バナーでもよく見かけるようになった、一部界隈で「なろう系」などと揶揄される例のアレである。
「ようこそおいでくださいました勇者さm「はいサイドチェストォーッ!」ギャァァァアアアアアア────ッ!?」
「「「えぇ────ッ!?!?」」」
金髪碧眼の姫が事情を説明しようとしたのを遮り、雅也はおもむろに服を脱ぎ捨て、完璧なポージングを決める。
すると大胸筋がピクピク歩きながら眩い光を放ち、その光を浴びた姫が悲鳴を上げて悶え始めた。
聖なる筋肉の輝きに晒され、絶世の美貌がドロドロと崩れてゆき、不定形の怪物がその悍ましい姿を顕わにする。
突然の急展開に召喚者の老人と護衛の騎士たちは、ただただ目を剥き驚くばかりだ。
「ぐっ! なぜ私が姫に化けていると分かっ「どっせぇぇいッ!」ぎゅぶぇ!?」
再びセリフを遮り有無を言わさぬグーパンチが炸裂。
哀れ怪物は見せ場も無いまま爆散し、飛び散った肉片が寄り集まって再び復活すると……
「きんにく♪ きんにく♪」
「よーしよしよし! おいでポチ実!」
「「「洗脳された────っ!?」」」
その瞳からは邪気がすっかり抜けて、怪物は清らかなマッチョの心を取り戻した。
雅也が手を差し伸べると、ポチ実(?)が食った人間の骨を吐き捨てながらウネウネと小躍りして雅也に近づいていく。
「ぎゃぁぁぁぁ!? キモい────っ!?!?」
「ミ゛ッ!?」
「「「えぇ────ッ!?!?」」」
手なづけたはいいものの、予想外の気持ち悪さに思わず手が出てしまい、気付いた時にはすでに殴った後だった。
哀れ怪物は粉々に爆散して、しばらくモゾモゾと蠢いていたものの、やがて力尽きたように塵へと代わり風に流されて消えていった。
「ぽ、ポチ実────ッ!!!! クソッ! おのれ魔王め! 許さん!」
((酷い責任転嫁だ……))
すると次の瞬間、不思議なことが起こった。
怪物の遺灰が降り注いだ場所から黒光りするマッチョが生えてきたのだ。
「きんにく♪ きんにく♪」
「きんにく♪ きんにく♪」
「うわぁぁああああっ!? なんか生えたぁぁぁぁっ!?」
命の喜びを全身で表現しながら花開くマッチョたちと、狂気しかない光景に頭を抱える騎士A。
「わぁい。きんにくの花が咲いたよ!」
「きんにく♪ きんにく♪」
きんにくの花の花粉を吸い込み、頭からきんにくの花を咲かせてずんちゃか踊り出す賢者と騎士B。
「うわぁああああ!? 賢者様が狂っ……きんにく♪ きんにく♪」
最後まで粘っていたツッコミ役の騎士Aも、とうとうきんにくの前に屈し、頭からきんにくの花を咲かせてずんちゃかずんちゃか踊り出した。
ツッコミ不在のカオス空間の完成である。
「……なんだか知らんがとにかくヨシッ! ムッ!? あっちから嫌な気配を感じる。テメェが魔王か待ってろ今すぐブッ飛ばしてやる!」
風邪をひいた時に見る悪夢のような光景に思考を放棄した雅也は、筋肉に導びかれ東の空へ「シュワッチ!」と飛び去っていった。
「きんにく♪ きんにく♪」
「きんにく♪ きんにく♪」
◇
さて、突然異世界に召喚されてしまった雅也であったが、彼は空を飛びながら考えていた。
(やべー、どうやって帰ろう……)
そもそもポチ実ってなんだ。
何となく懐いた感じだったからノリで名前を付けたが、明らかに人食いの化物だったではないか。
どれだけ清らかな心を取り戻しても所詮はヒューマンイーター。人類とは永遠に相容れなかったのだ。
「しっかし、どんどん増えてってるな。きんにくの花」
雅也が飛び立った塔を中心に、大地を埋め尽くさんほどの勢いで増殖していくきんにくの花。
すでに地上はどこを見てもマッチョだらけで、空を見上げると黒光りハゲがイイ笑顔でウインクしてきた。この世の地獄である。
「帰ったら日サロで焼くか……」
などとよく分からない独り言を呟きつつ、雅也はさらに速度を上げて北の果てを目指して飛んだ。
しばらくすると北の大地の果てに趣味の悪い建築物が見えてきた。
股間にドラゴンの首が生えた逞しい男の黄金像だ。
真上に掲げた腕は空を逝く雲より高く、ドラゴンの口から「おいでませ勇者」の横断幕が垂れ下がっているのが実に腹立たしい。
見たこともない文字なのに何故か意味が分かるのも不気味だった。
「ヘーイ! お邪魔するぜ!」
黄金像の鼻の穴から内部へ侵入しヒーロー着地を決めた雅也を、スポットライトが『バンッ!』と照らし出す。
「待っていたぞ勇者よ!」
雅也の正面、無明の闇をスポットライトが切り取り、黄金像と瓜二つの半裸の変態が現れた。
バレリーノのポーズで筋肉を見せびらかしてくるのが実に鬱陶しい。
負けじと雅也もモストマスキュラーのポーズで対抗する。
両者ムキムキのもりもりである。暑苦しい!
「グハァッ!?」
「グフッ!?」
両者、吐血。
どうやら互い、互角の仕上がりのようだ。
「な、なんて肉力だ……ッ!」
「ふっ、やるではないか」
予想外の先制攻撃に面食らい吐血する雅也。
肉力が何なのかは、多分本人たちも分かっていない。
「全員突撃ッ! 今日こそあの変態魔王を八つ裂きにしてやれ!」
と、謎の筋肉勝負が繰り広げられているカオス空間へ大勢の獣人女戦士たちが雪崩れこんでくる。
全員、頭の上に丸い獅子の耳が付いており、魔物の革や鱗を加工したビキニアーマーを身に着けていた。
「なんだ、性懲りもなくまた来たのか雌獅子どもめ」
女戦士の一団にチラリと目を向けバレエダンサーのようにクルクル回る魔王。
「ようやく前の魔王の支配から開放されたかと思えば今度は別の魔王、しかも変態ときた! 貴様のせいで世界はきんにくまみれだ!」
どことなく見覚えのある顔立ちの少女が前に出て魔王に剣の切先を向ける。
「……もしかしてお前、ベルダの妹?」
「なんだお前、姉様を知っているのか!?」
もしやと思い雅也が声をかけると、少女はやはり食いついてきた。
どうやらここはベルダの故郷だったらしい。
「ああ、オレの彼女だぜ!」
「なんだと!? あの姉様が認めたのかっ!?」
雅也の発言に女戦士たちがざわめく。
獅子族きっての英雄であり、かつて魔王がこの世界に侵攻してきた際には最前線で戦った勇者でもあるベルダである。
その稀代の英雄が認めた、雄の中の雄。
まるで見定めるように女戦士たちが雅也を囲い、スンスンと鼻を鳴らしてしきりにニオイを嗅ぎ始めた。
「……なるほど。確かに姉様のニオイだ」「いい身体してるじゃないか」「私結構好みかも」「えー? 若すぎない?」「むしろこれくらい若い方がいいだろ」「アッチの方はどうかしらね」
獅子族の戦士たちから向けられる舐め回すような視線に雅也は身震いする。
なんとなくライオンに狙われたシマウマの気持ちが分かった気がした。
「ええい漢と漢の決闘に水を差すでないわッ!」
魔王が白鳥のポーズで筋肉を見せびらかし、股間のドラゴンが女戦士たちを威嚇する。
「黙れドラゴンチ●ポ!」「お呼びじゃないんだよ!」「とっととくたばっちまえ!」「死ね変態!」
……が、口々に罵られて股間のドラゴンはしゅんと縮こまって涙目になった。弱い。
「なんて事言うんだ! トムが泣いてしまったではないか! ええい許さん! 今度こそ全員この世から灰も残さず消し去ってくれるわッ!」
魔王の目が『カッ!』と輝いた次の瞬間、ドラゴン(トム)の口から灼熱の業火が吐き出された。
それは本来ならば燃やせない他人の記憶や概念すらも燃やし尽くし消し去ってしまう悪魔の炎。
こんなナリでも魔王を名乗るだけのことはあり、この炎の力で魔王はこの世界を僅か三日で征服してのけたのだ。
「────っ!?」
炎の神アグニの転生体であるが故の直感か、雅也は自身に迫る炎がただの炎ではないことを一瞬で理解し、女戦士たちを庇うように両手を広げ炎の前に立ちはだかる。
魂 魄 開 放!!!!
瞬間、雅也の魂が激しい光を放ち、肌が熱した鉄のようにみるみる赤くなっていく。
背中からは炎の羽衣が白い火の粉を散らして燃え上がり、眼鏡が光の粒子へ変わり目元を鮮やかに縁取る隈取へと変化する。
「このオレ様を燃やそうたぁ、あ、笑止千万!」
ド派手に大見得を切ったアグニは魔王の炎を一息で吸い込み飲み下す。
「ば、バカな!? トムの炎を飲み込んだだとッ!?」
「格の違いってもんを見せてやるぜッ! 火ィ────ハァ────ッ!」
吸い込んだ炎を腹の中でさらに燃え上がらせ、アグニが『轟ッ!』と息吹を吐き出せば、魔王は悲鳴を上げることすらできず一瞬で消滅。
魔王を燃やし尽くした神炎はそのままビームのように直進し、黄金像の壁面に大穴をブチ開けた。
あらゆる火を司る神に炎で挑んだ時点で魔王の負けは確定していたのだ。
「はー、スッキリしたぜ。……へっきし!」
すると、ぽっかり開いた大穴からきんにくの花の花粉が風に乗って流れ込み、それを吸いこんだアグニの頭からきんにくの花が『ポンッ!』と咲いた。
「……ああ、そうか。お前が言っていたのはこういうことだったのか」
アグニの目からギラギラとした炎が消え、すべてを悟ったような穏やかな目に変わる。
自身の転生体である熊谷雅也が常々語っていた謎理論を、きんにくの花が咲いた事でアグニは今ようやく理解した。
魂の循環は無数の生き物たちの活動によって成り立っている。
そしてすべての生き物を動かしているのは筋肉だ。
つまりきんにくがいっぱいあれば強いし、生き残ることができる。
世界とは筋肉で、筋肉とは世界だったのだ(完全理解)。
きんにく♪ きんにく♪ きんにくっていいね!
(まさかこんな若造に世界の真理を教わるとは、オレ様もまだまだだったって訳か。……認めてやるよ。オレ様の力、好きに使え)
「ようやく分かってくれて嬉しいぜ。お前の力はより良い筋肉ライフのために役立てるからな」
前世の意志と和解しアグニの力のすべてを譲り受けた雅也は、己の内に宿った火の力を感じ取り『グッ』と拳を握りしめた。
情熱とは即ち心の火。雅也の筋トレへの愛もアグニが司る火の一部であり、つまりすべてはきんにくだったのだ。
「ああああっ!? きんにくの花がもうこんな所まで!? もうおしまいd……きんにく♪ きんにく♪」
「きんにく♪ きんにく♪」
「きんにく♪ きんにく♪」
花粉を吸いこみ次々と頭からきんにくの花を咲かせる女戦士たち。
魔王が蒔いたきんにくの種は魔王が消えたことでその呪縛から解き放たれ、異世界の大地をきんにくで、命の喜びで埋め尽くしていく。
さあ、みんなで輪になって踊ろう!
いのちっていいね。きんにくって素敵。
らんらんらん♪ らんらんらん♪
きんにく♪ きんにく♪
きんにく♪ きんにく♪────────……
「ハッ!? ゆ、夢か……」
気が付くと雅也は扉の城の一室で寝かされていた。
そりゃそうだ。いくら異世界でもアレは絶対におかしい。なんだ、きんにくの花って。
「目が覚めたかマサヤ。大浴場でのぼせて倒れたんだ。覚えていないか?」
メイド姿のベルダが雅也のおでこに手を当て熱を測り、ホッと一息ついて雅也に笑いかける。
言われてみればそうだったかもしれない。
修行部屋で筋トレに励み、いい汗をかいたのでひとっ風呂浴びようとつい長湯しすぎてしまったのだ。
「ところで、浴槽にこんなものが浮かんでいたんだが、マサヤは何か知らないか?」
ベルダが手に持っていた何かを雅也に見せようとした、その時────!
「は……はっくしゅん! きんにく♪ きんにく♪」
ぽんっ! と、ベルダの頭から大輪のマッチョが花開き、蕩けた笑顔でずんちゃかずんちゃか踊りだした。
その手からはらりと床に落ちたのは────
「う、うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」
きんにくの────花。
※花は臥龍院さんが焼き払いました
きんにく♪ きんにく♪




