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消えた神の手作り弁当 後編

「つーわけで容疑者に急遽集まってもらった。食った奴は正直に名乗り出ろ!」


 修行部屋に集まった容疑者たちを見渡し、俺は語気を強めて自白を促す。


 魔法さえ使えれば犯人なんて一発で分かるのだが、容疑者の記憶を魔法で覗き見ようにもあの部屋の中に入っていた間の記憶だけは見れないようになっているらしい。


 あらゆる超常的な力を排する堅牢なセキュリティが裏目に出てしまったわけだ。なんてこったい。


 と、そんなわけでこの部屋に入れる条件を満たしており、なおかつ犯行予想時刻にアリバイの無い三人の容疑者が浮上した。


 一人目、この城の住み込みメイドにして元魔王軍四天王、魔剣のベルダ。


 二人目、いつも腹ぺこ筋肉バカ、熊谷雅也。


 三人目、ほっぺにご飯粒が付いてるこの城の女主人、臥竜院尊。


 犯行予想時刻は午前八時から正午十二時までの間。

 犯人は二つあった弁当の内、俺が自分で食うために作った大きい方の弁当だけを持ち去った。

 その間の三人の行動は次の通りである。



 魔剣士メイド、ベルダの供述。


「私は執事長から城の倉庫の片付けを任されていたから、午前中はずっと倉庫にいたぞ。途中で何度か休憩のために部屋に戻ったがそれだけだ」



 筋肉バカ、熊谷雅也の供述。


「俺はずっとお前らと学校で授業してたろうが。まあ、何度かうんこしに便所には行ったがよ」



 ほっぺにご飯粒、臥竜院尊の供述。


「私は仕事でイギリスにいたわ。何度か城へは戻ったけど、ここは私の城だもの。偽装も証拠隠滅もやりたい放題ね。うふふふふ」



 正直言えば全員この上なく怪しい。

 怪しすぎて逆にこの中にはいないのではとも思えるほどだ。


「つーかよ、臥竜院さんなんじゃねぇの? ほっぺにご飯粒付いてるし」


「あらやだうっかり。うふふふ」


 マサが臥竜院さんに疑惑の視線を向ける。

 確かに怪しいことは怪しい。本人もこの状況を楽しんでいるのか、意味深なことを言って俺を惑わそうとしている節がある。


「いいや。臥竜院さんは多分シロだ」


「なんでそんなことが分かるんだよ」


「今日の弁当は炊き込みご飯だったからだよ。臥竜院さんのほっぺに付いてるご飯粒は明らかに普通の白米だ!」


「そんなの、弁当だけじゃ足りなくて後でおにぎりでも握って食ったかもしれねぇだろ!?」


「ああ。けど、それならなんでもう一つの弁当は食わなかった? 弁当は二人分あったのに」


 そう。腹ぺこなら目の前にある弁当を食べてしまえばいい。

 人の弁当を勝手に食うような、それもわざわざ大きい方を選ぶような意地汚い奴が、二つある弁当の片方を残す理由はただ一つ。

 それで腹が満たされたからだ。


「なるほど、一理ある。だが私は食べていないぞ。そもそも食べるなら片方だけ残すはずがない。あるならある分だけ食べる」


 と、ベルダさんは腕を組み頷きながら堂々と言いきった。

 ここまで力強く宣言するくらいだ。本当に目の前に弁当が二つあったら彼女は二つとも食べるだろう。

 ベルダさんがマサに負けず劣らずの大食いなのは打ち上げパーティの時に見ているから俺も知っている。


「つーかなんで弁当二つも作ってきたんだよ?」


「それは……あれだよ。作りすぎたんだ」


 付き合っているのかどうか気になってなかなか寝付けず、早起きしてレイラのためにいそいそと弁当こさえたなんて口が裂けても言えるわけがない。

 俺が微妙に口籠ると何かを察したらしいマサがやれやれとわざとらしく肩を竦める。


「ったく、似た者夫婦め」


「うっせー! まだ夫婦じゃねーやい!」


()()、ねぇ?」


「あっ、くそっ! 話題を逸らすなよ! やっぱりテメェが犯人だな!? 俺があの部屋に鞄置きに行ったところ見てたもんなぁ!」


 そもそもあの部屋に入るためには、部屋のことを知らなければ入れないのだから、この中で条件に当てはまるのはマサしかいない。


「だから俺は食ってねぇって!」


 じゃあいったい誰だというのか。


「つーかよ、アリバイが無いってんならまだ一匹、一番怪しい奴が残ってんだろ!」


 マサが俺の鞄を指差して声を張り上げる。

 一匹……? ま、まさか!?


 俺は床に置かれた鞄の中をもう一度よく覗き込む。

 すると鞄の底で小さく丸まっていた黒い塊を発見した。


「……よぉ影友さん。こんなとこで何してんだコラ」


「ぐえっ!? ごめんなさいおれが食いました!」


 最近文字通り影と化していた影友さんの首根っこを『ギュムッ』と掴むと、影友さんはあっさりと自分の犯行を認めて空の弁当箱を吐き出した。


 何のことはない。犯人はずっと部屋の中にいたのだ。

 俺の霊力をたっぷり込めて作った弁当だったから、霊力を食う影友さんは弁当一つで満足した。だから片方だけ弁当が余ったのだ。


「だ、だって急にブラザーとのリンクが切れて腹減ってたんだもん!」


「だもんじゃねぇよ!? ちょっとくらい我慢しろ!」


「だってだって! 朝くれた卵焼きの切れ端、めちゃくちゃ美味かったんだもん! だから期待してたのに弁当は二人分しかないし!」


「だってお前、基本俺の霊力で生きてるから飯食わねぇだろ!」


「やだやだやだ! おれだって美味しいもの食べたいんだい! 最近おれにあんまり構ってくれないし! ブラザーなんか嫌いだ! うわぁぁぁん!」


 逆ギレした挙句ぴーぴー泣き出す影友さん。小さい子供かお前は!

 そういえば影友さん、まだ生後半月の人造妖怪だったっけ。子供どころか赤ちゃんだった。

 弁当に入りきらなかった切れ端を与えたせいで味を覚えさせてしまったのもよくなかったか。


「あーあー、もう泣くなよ。今度から影友さんの分も作ってやるからさ」


「ホントぉ……?」


「もちろん」


「わぁい!」


 ったく、人懐っこいやつめ。

 ともあれこれで一件落着か。


「とんだ茶番じゃねーか。よくも犯人扱いしてくれたな!」


「黙れ轢き逃げ筋肉! 朝ぶつかってきた分チャラにしてやるからこれでおあいこだ! 臥龍院さんとベルダさんは疑ってすいませんでした」


「食い物の恨みは恐ろしいからな。疑いが晴れたならなによりだ」


「ふふふ、とんだ珍事件だったわね」


 容疑の晴れた二人に頭を下げると、二人とも笑って許してくれた。

 心の広い人たちで助かった。


「マサヤ。ついでにこれを持っていくといい。昼飯だ」


「おぉ! サンキュー!」


 愛妻弁当を受け取った筋肉バカを連れて学校の生徒指導室へと飛んだ俺は、急にやってきた不毛な疲れにがっくりと肩を落とした。

 せっかく二人分も弁当を作ったのに一番食べてもらいたかった奴の口に入らないとは、とんだ骨折り損のくたびれ儲けだ。


「あ、帰ってきた。犯人はみつかったの?」


 生徒指導室で待っていたレイラが興味ありげに聞いてくる。


「影友さんだった。部屋に入った時に俺とのリンクが切れて腹空かせてたらしい」


「まったく、人騒がせな黒イモムシね」


「イモムシじゃないやい!」


 影友さんが俺の足元からニョキっと顔を出して拗ねたように丸い口を窄める。


「それより、お弁当食べられちゃったならアンタ今日お昼無しよね? し、仕方ないわねまったく! こんなこともあろうかと……」


「実はもう一つあってな」


「なんでよっ!」


「いやなんでお前がキレてんの!?」


「う、うっさい!」


 自分の鞄に手を突っ込んだまま顔を赤くして怒鳴るレイラに、隣で見ていたマサがやれやれと苦笑いする。


「もうお前ら弁当交換しろよ。余った分は俺が食ってやるからさ。それで全部丸く収まるだろ。ほら、天気も良いし屋上行こうぜ!」


「「あっ、ちょっ!?」」


 マサに手を引かれ俺たちは屋上へと連れてこられた。

 空は爽やかな五月晴れで、これ以上ないほどのいい天気だ。

 校舎が小高い丘の上にあるため、ここからだと町全体を一望できて眺めもいい。


「お、ちょうど皆集まった感じですか?」


「こんにちわ~。他所の学校の屋上ってなんかドキドキしますね~」


 と、そこへタッツンと他校のブレザーを着た涼葉もやってきて、タッツンが広げたレジャーシートの上に全員で座って賑やかな昼食会が始まった。


「うっひょー! うまそー!」


「うわっ、マサのお弁当、肉のおかずしか入ってないじゃないですか!?」


「誰が作ったかすぐ分かりますね~。あ、お野菜とパンが欲しかったらどうぞ~。いっぱい作ってきましたから~」


 マサの肉一〇〇%弁当に苦笑しつつ、涼葉が大きなバスケットを開けると色とりどりな具材が綺麗なサンドイッチが顔を出す。


「ほれ、二人とも弁当出せよ。どうせお互いに食わせようと思っていっぱい作ってきたんだろ?」


「「えっ?」」


 不意にハモッた声にお互い顔を見合わせる。

 なんだよお前も弁当作ってきてくれてたのか。通りで俺の弁当が二つあっちゃ困るわけだ。


「ホント似た者夫婦ですよね二人とも」


「「ま、まだ夫婦じゃないし!?」」


「ふふふ、()()なんですね~」


 くそっ、みんなしてニヤニヤしやがって。見世物じゃないんだぞ。

 当初の想定とはだいぶ違うしムードもクソもないが、ここまできたらもうヤケクソだ。どうにでもなれ。


「……ほらよ。今朝たまたま早起きしてな。ちょっと作り過ぎたからお前にやるよ」


「……ふ、ふん。奇遇ね。私もちょっと作りすぎちゃったから、余った分アンタにあげるわ」


 どうにも照れくさくて、お互いぶっきらぼうに弁当箱を突き出して交換する。

 どう見ても余ったというには大きすぎる、男子に食わせることを前提にした弁当箱だ。

 蓋を開けると、奇しくも俺が作ったおかずとまったく同じものが似たような配置で並んでいた。


「示し合わせたのかってくらいそっくりですね」


 俺たちの弁当を見比べてタッツンが思わずといった様子で苦笑いする。

 記憶を頼りにレイラが好きだったものを詰め込んだらこうなったのだから仕方ないではないか。

 ともあれ、いつまでもにらめっこしていては食う時間が無くなるので、いざ実食。


 どれ、まずはから揚げから……


「「あ、おいしい」」


 肉にしっかり下味が付いた衣の薄い俺好みのから揚げだ。

 逆に俺が作ったのは衣にしっかりと味を付けた昔ながらのから揚げ。

 同じ料理でも微妙に違う。その些細な気遣いが心地いい。


 それじゃあお次は……卵焼きでもいただこうか。


「「ん!」」


 これも好きな味付けだ。そうそう、俺は出汁たっぷりな出汁巻き卵が好きなんだよ。

 逆に俺が作った卵焼きは砂糖たっぷりの甘い卵焼きだ。

 昔、卵焼きは出汁巻きか甘いやつかで喧嘩したのを思い出して作ったが、あの顔を見るにどうやら気に入ってもらえたらしい。


「アンタも覚えてたのね」


「忘れるかよ」


 どうやって仲直りしたのかまでは覚えてないが、喧嘩したことだけは覚えている。それくらい古い、けれど大事な思い出の一つ。


 食べ進めるごとに思い出す、二人の思い出。

 どれも喧嘩してばっかりだけど、おかげでここまでお互いのことを知ることができた。その経験が今、形となって相手を喜ばせている。

 そのことがこんなにも嬉しい。そう思えるような関係になれたことに、自然と笑みが零れた。


「美味そうに食うじゃん」


「アンタもね」


「なんなら、明日も作ってきてやってもいいぞ」


「二人分も作るの面倒でしょ? アンタの分、私が作ってきてあげなくもないわよ」


「そりゃ助かるな」


「じゃあ私もお願いしようかしらね」



 結局、「付き合って」とは一言も言わせられなかったけど、明日もまたコイツの弁当を食えるなら、今はそれでいいかな。

 五月晴れの空の下、白く輝く初夏の街並みを遠く眺めて、俺はまたから揚げを食べた。うん、美味い。


 あ、そういえば俺の鞄狙ってた奴は結局何が狙いだったんだろう……?


「ま、いっか」



 ☆



 その日の晩。


「……結局、無駄なあがきだったわね。バカみたい」


 式神たちに渡していたスマホを回収した麗羅が、術を使いスマホ本体を完全に焼却する。

 これで魔術師崩れたちから送られてきた依頼失敗の報告メールも、彼らとのやり取りの履歴も、この世から完全に消え去った。


 意気込んで早起きして弁当を作ったまではよかった。

 だが、冷静に考えてみれば、どうやって晃弘に弁当を食べてもらうかという問題があることに気付き、小一時間悩んだ末に出した結論が鞄を奪ってしまえばいいという力技での解決だった。


 もし晃弘が自分で弁当を持ってきても、通学途中に何者かに襲われて鞄を奪われてしまえば、自然と手作り弁当を渡す口実ができる。と、そういう理屈だ。強引にも程がある。


 望む結果を得たいなら使える手はすべて使え。


 敬愛する主人からの教えを胸に刻み、今まで麗羅は数々の危険な仕事をこなしてきた。

 仕事も恋愛も手は抜かない。恋する乙女は手段を選ばないのだ。それにしたってやりすぎではあるが。


 危うく晃弘の想いを台無しにするところだったと、麗羅は燃え尽きたスマホの残骸をぼんやりと眺めて一人反省する。


 最終的に望んだ以上の結果となったからよかったものの、今回は明らかに準備不足だった感は否めない。

 次からはもっとうまくやろうと、麗羅は内心密かに決意する。

 普通に素直になればいいだけのことなのだが、そこに気付かないあたりがなんとも彼女らしい。


「美味しそうに食べてくれてよかった……ふふっ」


 今日の晃弘の反応を思い出し、思わず緩んだ顔を隠すようにお気に入りの大きな狐のぬいぐるみを抱きよせ、自分のベッドに『ぼふっ!』と飛び込む。


「明日は何を作ってやろうかしら……♪」


 自分が作った弁当を食べる相手の顔を思い浮かべ、麗羅はぬいぐるみをさらに強く抱きしめた。

かわいい(確信)


日常編は短編集的な感じでやっていきます



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― 新着の感想 ―
[一言] カオス味がたりなぁぁぁい!? まぁ、こんな話も大好物なんですが。
[一言] やっぱこいつら良いなぁ
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