消えた神の手作り弁当 前編
「あ。……その、おはよう」
その日の朝のこと。
学校に向かう通学路の途中、Y字路のカーブミラーの下でレイラが俺を待っていた。
少し照れたように長い髪を指先で弄る姿がなんともいじらしい。
「おっす。……どうだった?」
「お母さん、ちゃんと私のこと覚えててくれてた。私がいなくなっていた間のことは、海外へ留学していた事になってるみたい」
「そっか。よかったな」
「うん。……ありがとう」
潤んだ瞳で微笑む儚い美貌に思わずドキッとした。
「お、おう。いいってことよ! それよりほら、早く行こうぜ」
「そ、そうね!」
どことなく会話がぎこちないのは、お互いに意識してしまっているからだろうか。背中がムズムズしてどうにも落ち着かない。
地獄から帰ってきて二日。
大三千世界一武闘会で優勝し、願いを叶えてすべてを取り戻した俺たちは本当の意味で元通りの日常へと戻ってきた。
……は、いいものの、俺たち付き合ってる……ってことでいいんだよな?
お互いに好きだという想いは伝えあった。ここまではいい。
けど、明確に付き合ってくれと言ったわけではないし、その了承も得られていないわけで、俺たちの今の関係がどういう状態なのか曖昧なままだ。
そんなことを考えていたせいか、今朝なんて四時に目が覚めてしまい、気付けば台所に立ちいそいそと手作りの弁当を二人分もこさえていた。
俺の料理スキルを披露すれば、レイラがさらに惚れ直して「素敵! 付き合って!」とか言い出してくれねぇかなと淡い期待を抱いて作ってみてはいいものの、そもそもアイツは自分から告白してくるようなタイプじゃないと作った後に気付いて、それでも捨てるのはもったいないからと仕方なく鞄の中に入れてきた弁当。
コイツを使ってどうにかレイラからその言葉を引き出したい。
俺から言い出すのもなんとなく負けたみたいで癪に障るし、好きだと先に告白したのは俺の方なのだから、せめてそれくらいはコイツの口から言わせてみたいではないか。
「いっけなーい! 遅刻遅刻ゥゥ────ッ☆」
などと頭の中で密かに作戦を練っていると、炊飯ジャーを小脇に抱えた筋肉バカが自動車並みの速度で角から飛び出してきて俺と正面衝突。
鉄塊の如き肉弾戦車に撥ね飛ばされた俺は空中三回転ひねり半をきめて近くのブロック塀に頭から突っ込んだ。ぎゅっぷぇ!?
「ン? なんかぶつかったか? おっといけねぇ! 今朝は日直の仕事があるのすっかり忘れてたぜ! 急げ急げェ!」
筋トレのし過ぎで痛覚まで鈍くなっているのか、俺を撥ねたことにも気付かずマサのクソ馬鹿野郎はしゃもじでご飯をかき込みながらウホウホと走り去っていった。
「また派手に吹っ飛んだわね……」
「くそっ、あの野郎後で覚えてろよ! つーかちょっとは心配してくれてもいいんじゃねぇの!?」
「アンタがこの程度で死ぬはずないじゃないの」
と、真顔で言われてしまっては実際その通りだから返す言葉に困ってしまう。これを信頼と受け取っていいものか。
俺たちやっぱり付き合ってないのかなぁ……
壊れた塀を魔法で元通りに直し、気を取り直して学校へ向かう。
念のために鞄と弁当箱には保存と保護の魔法がかけておいてよかった。
俺が巻き込まれ体質なのは自分でも痛いほど理解しているので、その辺の対策は抜かりない。
渡す前に中身がぐちゃぐちゃになってたなんてヘマはやらかさないぞ。
仮に槍の雨が降ろうが、泥水の濁流に呑まれようが核爆弾が爆発しようが弁当だけは守り抜いてみせる!
「……って、おわぁっ!?」
などと思っていた次の瞬間、本当に槍の雨が降ってきて、間一髪のタイミングで回避してどうにか難を逃れる。なんだなんだ!?
「ちっ、外したか!」
「いきなり何しやがるんだこの野郎!」
「っ!?」
電柱の裏からこちらをこっそりと窺っていたサラリーマン風の男を魔法で作り出した縄で拘束して地面に引きずり倒す。
いつの間にか人払いの結界まで張られてやがる。どういうつもりだ。
「くそっ、離せっ! 拷問したって無駄だぞ! 絶対に喋れないように制約が掛けられているからな!」
「あっそ。じゃあ直接見るから寝てろ」
「へぁん……」
魔法で眠らせ、男にかけられていた魔術的な制約を強制解除する。こちとら魔神だぞ。魔術魔法で俺に勝てると思うな!
さあ御開帳ザマスよ。くぱぁ♡
「……で、何か分かった?」
「コイツ、協会に所属してない魔術師くずれみたいだな。なんか俺の鞄を狙ってたっぽい」
「なんで魔術師がアンタの鞄なんか狙うのよ」
「知るかよそんなこと。なんか誰かから依頼されてやったみたいだけど……」
……はっ!? まさか俺の愛情弁当を狙っているのか!?
めちゃくちゃ霊力込めて作ったから、どこかの予知能力者がその波動を感知して弁当を欲している……なんて、流石に考えすぎか。
「何よ今の間は」
「いや、多分気のせいだ。なんでもない」
「あっそ。依頼主については何か分からなかったの?」
「なんか明け方に突然フリーメールで依頼が飛んできたみたいだな。前金で五〇万だとさ」
「ってことは、他にも依頼を受けた魔術師くずれがいるかもしれないのね」
「うわ面倒くさっ!? つーかエカテリーナは何してんだよ。そのための護衛だろ」
「そういえば彼女、昨夜は別件でロシアまで駆り出されてたわね」
「なんつータイミングだよ」
くそっ! 肝心な時に役に立たねぇ!
どこの誰か知らねぇが弁当は絶対に渡さねぇぞ! なんとしても弁当だけは死守してやる!
なんて、意気込んだまではよかったのだが……
「鞄を渡せっ!」
「おわっち!?」
突然俺の頭上だけ大雨になったり……
「行けっ、お前たち! 奴から鞄を奪ってこい!」
「ガァーッ! ガァーッ!」
「やめっ、やめろォーッ!」
大量のカラスをけしかけられたり……
「ねぇ君、学校なんてサボってちょっとお姉さんとイイコトしない?」
「えっ!? い、いや、そんな困りますうへへ」
「あ?(威圧)」
「「ひぃっ……!?」」
セクシーなお姉さんに俺が色仕掛けされて、レイラの機嫌が氷点下まで冷え込んだり……
「……それで朝からそんなぐったりってわけですか」
「くそっ、とんだ厄日だ……」
都合四度の襲撃と筋肉バカとの衝突事故一回に遭遇し、教室に着く頃にはクタクタになってしまった。
チクショウなんて朝だ!
「つーかそこの轢き逃げ筋肉は俺に何か言うことがあるんじゃねぇのかコラ!」
「そういや朝何かにぶつかったような気がしたけど、ヒロだったのか。悪い、小さくて気づかなかったわハッハッハ」
轢き逃げ犯に恨みたっぷりな視線を投げれば、野郎はまったく悪びれる様子もなく高みから俺を見下ろして鼻で笑いやがった。
「てんめぇ……! ナメクジにして便所に流してやるっ! 覚悟しろやコラーッ!」
「やれるもんならやってみろやチビ助ハッハー!」
「やめなさいったら!」
スパパーン! とレイラのハリセンが閃く。
うーん、このツッコミのキレよ。
いつも思うんだが、あのハリセンどこから取り出しているのだろうか。
────キーンコーンカーンコーン
「はいはーい、みんないるわねー。朝礼始めるわよん」
と、ここでタイミングよくチャイムが鳴りエカテリーナが教室に入ってきた。
よくよく見ればどことなく疲れた顔をしている。昨夜大きな仕事をしていたというのはどうやら本当らしい。
「みんな【目と耳を塞ぎなさい】」
エカテリーナの魔力の込められた言霊に俺たち以外のクラスメイトたちが目と耳を塞いで机に伏せる。
「先に謝っておくわぁ。ゴメンナサイ」
「仕事が雑なんじゃねーの?」
「嫌味なガキね。仕方ないでしょ、昨夜は大きなヤマ抱えてたんだもの。臥竜院からの指示だったし私の責任じゃないわぁ。恨むなら人手不足と自分の運の無さを恨みなさいな」
「ちっ……。学校にいる間は安全だと思っていいんだな?」
「とーぜん。仕事ですもの。ただ、黒幕はかなり臆病で用心深い奴みたいだから、今日中に捕えるのは多分無理ね。っていうか本当に心当たりはないわけ?」
「ない! ……多分」
「はっきりしないわねぇ。まあいいわぁ。とりあえず鞄は城の空き部屋にでも置いておきなさいな。あそこなら間違いなく安全だろうし」
教室の扉に向かい鍵を使うと、見覚えのない部屋に繋がった。
鞄にかけていたはずの保護の魔法が部屋に入った瞬間無効化されたのを見るに、どうやらこの部屋はあらゆる超常的な力が無効化されてしまうらしい。
この部屋に入るには城の鍵が無ければ入れず、鍵があってもこの部屋をイメージできなければそもそもここへは繋がらない。まさに完璧な密室だ。
「流石にここなら安全だよな!」
────などと口にしてしまったのが良くなかったのか。
その日の昼休み、弁当を取りに再び空き部屋を訪れると……
「な、無い!? 俺の弁当が無い!」
俺の分の弁当だけが、影も形も無く鞄の中から消えていた。
後半へ続く(キー●ン山田風)




