エキシビションマッチ 晃弘vs爺ちゃん
大三千世界一武闘会も終わり、翌日の朝。俺とレイラはいよいよ現世に帰ることになった。
いくら地獄が現世より時間が加速しているとはいえ、いつまでも生者が地獄にいるのは正しくない。
「それじゃあ、お世話になりました」
「色々と気をかけてくださってありがとうございました」
俺とレイラがそれぞれ閻魔様に別れの挨拶をする。
いきなりつれて来られた時はびっくりしたけど、なんだかんだ良い人だったし、メチャクチャ世話にもなった。
「どうかお達者で。死後にここに来ることの無いよう、二人ともしっかりと生きてくださいね」
「「はいっ!」」
「ふふふ。晃弘くんのために特別キツくてつらーい地獄を用意しておくので、もしもの時は覚悟しておいてくださいね?」
そんなビップ待遇嫌だなぁ(白目)。
これからも清く正しく生きていこう。
「三途の川の渡し舟の特別券です。これを船頭に渡せば現世まで送ってくれるでしょう」
閻魔様からチケットを受け取り、大勢の鬼たちに見送られて俺たちは閻魔宮殿を後にした。
★
「おぉーい! 晃弘やーい!」
三途の川へ向かい二人で地獄の空を飛んでいると、眼下から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の方に視線を向ければ、爺ちゃんとシャオロンが俺たちを手招きしていた。
すでに別れの挨拶は済ませたはずだが、何か言い忘れたことでもあったのだろうか。
「どしたの爺ちゃん。なんか忘れもんか?」
「ああ、大事なことを忘れちまってたぜ。俺たち、まだ本気で戦り合ってなかったろ」
「ああ、言われてみれば確かに」
修行中は修行とは名ばかりでずっと遊んでたしな。
「せっかく地獄にいて死ぬ心配もねぇんだ。最後にお前の本気を見せてくれや」
猫目ゴーグルを上げて爺ちゃんがニッと好戦的に笑う。
「ああ、いいぜ。俺も爺ちゃんとは一度本気で戦ってみてぇって思ってたんだ」
前回大会の覇者の実力、気にならないと言ったら嘘になるしな。
免許皆伝を言い渡されたシャオロンをしても、まだ勝てる気がしないというほどだ。
さらに神化した今の実力を試すにはこれ以上ない相手だろう。
「ハッハー! そうこなくっちゃな! 場所を移すぞ。ついてこい!」
ハーレーのエンジンを蒸して加速する爺ちゃんの後に続いて、俺たちは地獄を貫く巨大な大穴の縁へと移動する。
この大穴こそが無間地獄。落ちたが最後、宇宙の終わりまで超重力に引かれて無限に続く縦穴を落ちていくことになる。地獄における極刑地だ。
「ここなら派手にやっても閻魔様に迷惑はかかんねぇだろ」
ハーレーをシャオロンに預け、爺ちゃんが辺りを見渡してゴキゴキと首を鳴らす。
シャオロンとレイラは離れた所から見学だ。
「ただやっても面白くねぇし、俺が買ったらなんかくれよ」
「お、それもそうだな。じゃあ、オメェが勝ったら俺のとっておきをくれてやる」
「よっしゃ!」
「じゃあ、審判は僕が務めますね」
シャオロンが審判を名乗り出て、俺たちが向かい合ったのを見計らい遠くから合図を送る。
「両者見合って……始めッ!!!!」
開始の合図と同時、爺ちゃんの拳が俺の腹にすでにめり込んでいた。
「ちっと手ェ抜きすぎたか?」
「へっへ、まだまだ余裕だね! お返しだッ!」
超新星爆発級のエネルギーが込められた一撃をどっしりと受けきり、腹の底で自分の霊力と一緒に練り混ぜて拳に乗せてブチかます!
俺の拳を額で受けた爺ちゃんのアッパーがアゴに突き刺さり、すかさず裏拳で爺ちゃんのこめかみを打ち返せば、反撃の拳が顔面に飛んできた。
宇宙規模のエネルギーをぶつけ合うノーガードの殴り合い。それは例えるなら、指数関数的に膨れ上がっていくエネルギーを相手へ押し付け合うドッジボールのような感じだろうか。
あっという間に扱うエネルギー量は創世爆発のそれを飛び越え、お互いの肉体が軋み破裂した血管から血が噴き出し始める。
壊れた肉体を修復させつつさらに膨れ上がっていくエネルギーを押し付けあう内に周囲の空間がギリギリと音を立てて歪み始め、無間地獄の縁が崩落して超重力に捕らわれた俺たちはどこまでも真っ暗な大穴を落ちていく。
あっという間に穴の縁は見えなくなり、時間の引き伸ばされた真っ暗な空間内で俺と爺ちゃんは上を取り合い縺れ合いながらビックバンの何千倍ものエネルギーを拳に乗せて押し付け合う。
「ガハハハハッ! 強くなったなァ晃弘ッ!!!!」
「爺ちゃんは相変わらずメチャクチャだなッ!!!!」
「いいか、一度しか言わねぇからよく聞け! この宇宙には俺ですら足元にも及ばねぇほど恐ろしい力を持った支配者たちがいる! 臥龍院もその一角だ!」
「薄々そんな気はしてたけどやっぱりかよ! つーか爺ちゃんあの人と知り合いだったの!?」
「まぁな。腐れ縁ってやつだよ。きっとこれからお前が相手にさせられるのは、そういう埒外の奴らだ。あの女、お前を使って何かしようと企んでやがるらしいからな。気をつけろよ!」
「まさか爺ちゃん。それを伝えるためにこんなところまで……?」
「あの女はどこに耳があるか分かんねぇからな。可愛い孫の心配くらいさせろってんだ」
「爺ちゃん……!」
相変わらずやることが豪快というかなんというか。
一見メチャクチャに見えてもちゃんと理にかなっていて、根っこの部分には人を思いやる温かさがある。
そんなところがなんとも爺ちゃんらしい。
「約束だ。俺のとっておきの技を伝授してやる。シャオロンの野郎にも見せてねぇ本当の秘奥義だ。一度しか見せねぇからこれで覚えろよ!」
爺ちゃんが俺の拳を掌で受け止め、打ち返さずに静かに目を閉じる。
すると爺ちゃんの腹の底で渦巻くエネルギーが霊力へ変換され、爺ちゃんの身体が青白く発光し始めた。
「この世にゃ魔力だの呪力だの色々な力があるが、全部の根底にあるのは魂の力、つまり霊力だ! 万物には魂が宿り、それぞれが持つ霊力が世界を動かすあらゆるエネルギーの基になってやがんだよ!」
自らの身体を使い、爺ちゃんが宇宙の真理を俺に説く。
「そしてあらゆる魂は転生する前に根源で一つになる。全にして一、一にして全。すべての魂は根っこの部分で繋がった同一のものと捉えられる。だからコツさえ掴めばこの世のあらゆる力は自分の霊力に変換できる。これこそが仙術の基礎にして極致。練丹だ」
すげぇ。これを習得できれば敵の攻撃を全部吸収して無限に強くなれるじゃねぇか。
「錬丹で吸収できるエネルギーの限界はテメェの霊力の総量で決まる。自分よりもデケェパワーを扱える道理なんざねぇからな。だから自分の総霊力量よりも多いエネルギーを一度に受けたらその分のダメージは喰らっちまう。そこだけは気をつけろよ」
「わかった、気をつける」
「そら、俺からのプレゼントだ。全部くれてやるよ」
爺ちゃんが俺の胸の中心を指先で軽く小突くと、その指先から莫大なエネルギーが俺の中へと流れ込んでくる。
【レベルが 一〇〇 上がった】
【第四神化を開始します】
一気にレベルが上がり、超加速した時間の中で一瞬で神化が完了する。
自分が自分じゃねぇみたいだ。全身がフワフワする。
「やっぱオメェ、吸収した霊力以上に霊力が大きくなってやがるな」
「宗助は無限に神化を繰り返す能力だって言ってたけど」
「その力は多分、お前の意思に関わらず周りにいる奴らも一緒に引き上げちまってる。見た限りマサ坊とタツ坊もかなり強くなってやがったしな」
そういえば臥龍院さんも前にそんなようなこと言ってたっけ。
「力を持つってことは、常にその責任を問われるってことだ。オメェは一度自分の能力と向き合った方がいいかもしれねぇな。自分でも気付かねぇ内に人様の人生歪めちまってたなんてことになったら嫌だろう?」
それは……嫌だな。
大事なものを護るために強くなったのに、その力が自分の日常を気付かない内に歪めてしまっていたら。考えるだけでも恐ろしい。
「ま、オメェなら大丈夫だろ。なんたって俺の孫だからな! ほれ、いつまでもこんな穴の底にいてもつまんねぇし戻るぞ」
「……そうだな。ありがとな爺ちゃん!」
爺ちゃんの底抜けに明るい笑顔に勇気をもらい、俺たちは仙術を使って自分たちを無限の闇へと誘う超重力を反転させ、一気に穴の縁まで急上昇した。
「あ、戻ってきた!」
「二人ともお帰りなさい。まったく、審判の見えないところへ行かないでくださいよ! ジャッジできないじゃないですか!」
元の場所まで戻ってくるとシャオロンとレイラが心配そうな顔でこちらに駆け寄ってきた。
「ガハハハハッ! すまんすまん。勝負は引き分けだ。な? 晃弘よ」
「おう。やっぱ爺ちゃん超強ぇわ」
いたずらっ子みたいな顔で笑いかけてきた爺ちゃんに俺もニヤッと笑って頷き返す。
そんな俺たちを見てシャオロンとレイラはやれやれと苦笑するのだった。
「そんじゃ、俺たちはもう行くからよ。お盆にはまた現世に帰るからそんときゃよろしくな」
爺ちゃんがハーレーに跨りヘルメットのアゴ紐を締める。
もう行っちゃうのか。寂しくなるなぁ。
けどこれでお別れじゃない。今年の夏は忙しくなりそうだ。
「あ、僕も夏休みになったら日本に遊びに行きますから、二人とも僕のこと忘れないでくださいね!」
「忘れるもんかよ。絶対遊びに来いよな!」
「今度は私がお料理作ってもておもてなしするわね」
シャオロンと固く握手を交わすと、ハーレーが『ドルンッ!』と低く唸り加速していく。
「さよならー! さよならー! また会いましょうねー!」
「おーう! またなー!」
グングン加速していくシャオロンたちの姿が見えなくなるまで、俺とレイラは手を振って見送る。
やがてハーレーのテールランプの光が地獄の地平の先に消えた頃、レイラが少し寂しそうに手を下ろす。
「行っちゃったわね……」
「だな……。でも、二度と会えない訳じゃねぇ。俺たちも帰ろうぜ」
レイラの方へ振り返り、笑いながら手を差し出す。
「ええ、そうね。帰りましょうか」
するとレイラは少し意外そうに目を見開き、それからふっと笑み崩れて俺の手を握り返した。
さあ、帰ろう。俺たちの日常へ。
はい! というわけで地獄編はこれにて終了!
次章、日常編! さぁ、わちゃわちゃさせるぞーっ! おふざけさせるぞー!(ひゃっほう!)




