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幕間 暇人どもの追跡劇

「……行ったか?」


「……ええ、行きましたね」



 富岡辰巳と熊谷雅也の二人は、幼稚園の頃からの腐れ縁の幼馴染である犬飼晃弘が住宅街の角を曲がっていくのを横目で見ながら、お互いにニヤリと笑みを深めた。


 突然バイトに行くと言い出した晃弘。当然二人はバイトの内容について尋ねたが、晃弘の回答にはどうにも誤魔化している雰囲気があった。



 奴め、何か隠していやがるな……!



 下手すれば親の顔より見た悪友の事だ。何か隠していればすぐにでも分かる。

 自分たちに内緒でバイトなんぞ始めたのも気に食わないが、それよりもあの明確な答えを避けるような言い方が妙に気になった。


 これはもう、奴の後を追って真相を確かめなければなるまい。

 そしてあわよくばバイト先に乗り込んで、勤労に勤しむ晃弘を思いっきりからかってやるのだ。むしろそっちの方が本命か。



「タッツン、発信機の調子は?」


「くっくっく、良好です」



 辰巳がスマホの画面を眺めながら黒い微笑みを浮かべる。

 実は晃弘の部屋を出る時に、奴の背中に辰巳お手製のマジックテープ式の超小型発信機を取り付けていた。


 辰巳は人の好さそうなぽっちゃりフェイスとは裏腹に、手先が器用で、様々な機械への造詣ぞうけいも深い。


 その知識量はいっそ機械オタクといっても過言ではなく、自前の器用さで自作した様々な秘密道具を、二二世紀の猫型ロボットよろしく常にポケットの中に忍ばせているのである。


 本人曰く「備えあれば憂いなし」との事だが、本格的なスタングレネードや焼夷手榴弾なども隠し持っていたりするので、彼がどんな事態まで想定しているのかは謎である。

 お前は一体何と戦っているんだ。



「よしよし。そんじゃ、つかず離れず追いかけるぞ」


「ラジャーです!」



 そんなこんなで追跡開始。


 二人はスマホに表示された晃弘のビーコンを頼りに、彼の後を自転車で追いかけ始める。

 ほどなくすると晃弘は一見ごく普通のマンションビルへと入っていった。


 二人もマンション近くの路地に自転車を停めて、ビーコンの反応を確認する。



「どうやらあの中にいるみたいですね」


「あのバカの言葉を信じるなら掃除って話だが……」


「ちょっと待ってください。今、発信機の盗聴機能を作動させますから」



 辰巳がスマホを操作すると、晃弘に仕掛けた発信機に取り付けられた小型マイクが周囲の音を拾い始めた。

 どうやら奴はマンションの管理人から部屋の鍵を借りたようだ。

 感度は良好。音質も素人の手作りにしては驚くほどクリアである。


 エレベーターが動く音と一緒に、スマホ上に表示されている晃弘のビーコンの座標も上へ上へと上昇していく。

 やがて目的の階層へ着いたのか、ドアが開く音がして、誰もいないマンションの廊下を歩く晃弘の足音だけが静かに響きわたった。



 ────あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ぁぁぁぁ……



「お、おいタッツン、変な声出すなよ!」


「ぼ、僕じゃありませんよ!? マサこそ悪い冗談はやめてください!」


「え……? じゃあ、今の声、何?」



 やがて、晃弘の足音がピタリと止まる。

 二人が息を呑みながらスマホのスピーカーに意識を傾けると、ノイズ交じりの掠れた男の声が、スマホのスピーカーから聞こえてきた。



 ────憎イ 憎イ 憎イ 殺シテヤル 殺シテヤル 殺シテヤル……。



「な、ななななんですか今の!?」


「ししし知るかよ!?」



 突然の心霊現象じみた事態に慌てふためく二人。

 晃弘の方も何かしら異変のようなものを感じたのか、恐る恐るといった様子で、管理人から預かった鍵を使って、部屋のドアをゆっくりと開ける。


 ギィィ……と、油の切れたドアの音がスピーカー越しに聞こえた、次の瞬間!



 ────オ マ エ モ コ ッ チ ニ 来 イ!



 突然スマホの画面がブラックアウトして、真っ暗になった画面から影のような手が幾つも伸びて二人を画面の中に引きずり込もうとする!


「「ぴゃああああああああ……ああ……?」」


 だが、影の手は二人に掴みかかろうとする前に突然消えてしまい、驚いた拍子に落としたスマホの画面も、いつの間にか元通りになっていた。


 何が起きたか分からず、二人が目を白黒させている間にも、スピーカーの向こう側で勝手に事態は進んで行く。



『来世の幸運くらいは祈ってやるよ。あばよッ! ────波ぁッッッ!』



 ────ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!? 嫌だ嫌だ嫌だ! 消えたくない消えたくないよォォォ!! 憎い憎い憎い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ………………



 魂を引き裂くような絶叫。……そして沈黙。

 静かな昼下がりの路地に平和が戻った。



「な、何だ、今の……?」


「ぼ、僕に分かる訳ないじゃないですか……」



 ゴールデンウイークの爽やかな昼下がりに突然遭遇した恐怖体験。

 そのあまりの現実味の無さに二人はしばしその場に呆然と立ち尽くす。


 しばらくすると管理人に部屋の鍵を返した晃弘がマンションから出てきて、また自転車に乗ってどこかへ去っていった。



 正直、何がなんだか分からないが、このまま帰るというのもなんだかモヤモヤする。


 それに、バイト戦士をからかってやるつもりで来たのに、その職場で起きた恐怖体験に自分たちだけ尻尾を巻いて逃げたなどと奴に知れたら、それこそ男としてのプライドが傷つく。



 こうなりゃ徹底的に後を着けて奴の秘密を暴いてやる……!



 気合を入れ直した二人は、未だにちゃんと仕事している発信機を頼りに、再び晃弘の追跡を再開した。




 次に晃弘が自転車を停めたのは、三丁目にある魔の交差点だった。


 ここは国道と県道と私道が交差しており交通量も多い。

 その割に道は狭く、それでいて周囲は住宅に囲まれていて非常に見通しが悪いため事故が多発する危険地帯だった。


 この場所で起きた過去の不幸な事故の数々は、信号機の支柱に添えられた献花やお供え物から察することができる。


 そんな場所に奴は一体何の用があるというのか?

 それを確かめるべく、辰巳が背中のリュックから取り出したるは、野球ボールほどの大きさまで小型軽量化した自作の空撮ドローンだ。


 今度はコイツを使って、奴の決定的瞬間を上空から撮影してやろうという訳だ。

 辰巳の掌から飛び立ったドローンを見送り、ドローンのカメラと連動したスマホの画面へと二人は視線を移す。


 だが……



「……なにやってんだ、アイツ?」


「さぁ……?」



 おもむろに交差点に手を翳すだけの晃弘の行動に、二人は思わず首を傾げる。

 なんか妙に力が入っているようにも見えるが、それ以外は特に何もせず、すぐに自転車に跨って移動を開始してしまう。


 その後も自殺者が多いことで密かに有名なビルの路地裏や、過去に何度か殺人事件の現場となった落書きだらけの高架橋下など、何やら()()()アリな場所ばかりを転々とする晃弘。


 他にやることのない暇な二人もその後を追いかけるのだが、悪友が取る謎の行動に疑問符ばかりが増えていく。

 そしてとうとう日も暮れだした頃、晃弘は街の東の方にある高級住宅街にある、青い屋根の屋敷の前に自転車を停めた。



「今度はあの家か……。でも、なんですぐに入らないんだ?」


「誰か待ってるんじゃないんですか? あっ、誰か来た!」



 ドローンの空撮映像を眺めていた二人は、現れた人物の美しさに思わず絶句した。

 なんと美しい少女だろう。これほどまでに美しい少女は、今までの人生の中でも見た事がない。……ない筈だ。


 ではこの妙に懐かしいような気持ちは一体なんなのだろうか?


 どうにか思い出そうとする二人だが、どうしても思い出せない。

 結局、そんな奇妙な既視感はすぐに霧散してしまい、美しい少女と親の顔より見たクソ野郎が一緒にいるという事実の方に意識が傾いてしまった。



「お、おい! 誰だよこの超絶美少女は!?」


「僕が知る訳ないでしょう!? しかもあの制服、夜鳥羽女学のじゃないですか! ヒロの奴、何時の間にお嬢様学校の子とお知り合いに!?」



 盗聴器が拾った音を聞く限りでは、二人が知り合いなのは確定。

 なにやらいがみ合っているような雰囲気だが、童貞を拗らせている野郎どもから見れば、どう見ても犬も食わない類の喧嘩にしか見えない。



「これは……いかんな」


「ええ……いけませんねぇ」



 仄かに漂うラブコメの波動に殺意を滾らせる童貞二人。

 そして、画面の向こうでしょーもない喧嘩を繰り広げる二人を止めるように、黒いスカジャンを羽織った怪しげな銀髪の男が現れる。



「今度は誰だ?」


「なんかエクソシストとか言ってますけど……」


「ヒロも退魔士とか言ってるし……。中二病の集まりか?」



 簡単に自己紹介を済ませた三人はインターホンを押して、中から出てきた老夫婦に招かれて家の中へと入っていってしまう。


 建物の中に入られたら流石にドローンでは追えない。後は盗聴器の音声のみが頼りだ。

 だが、盗聴器から送られてくる老夫婦と怪しげな三人組の会話は、さらに怪しげな方向へと進んで行く。



「おいおいおい、なあこれ霊感商法ってやつじゃないのか?」


「うーん……。でも、夜鳥羽女学に通うようなお嬢様が、そんな詐欺師みたいな真似しますかね?」


「いや、逆にそういう心理を利用した作戦なのかも……。ところで、さっき撮った映像に何か映ってたりしないのか? ほら、一番最初のマンションでそれっぽいのあったじゃん」


「あれは……マジで何だったんでしょうね。ま、無いとは思いますけど一応確認しておきますか」



 辰巳がスマホを操作して、撮影した動画を再度二人で確認していく。

 すると、再生速度を十分の一に落とした所で、画面の中にちらっと何かが映り込んだのを雅哉が見つけた。



「おい、今なにか見えなかったか?」


「えっ? どこですか?」


「ほら、もうちょっと前の……ここ!」


「こ、これは……!?」



 動画を一時停止して、その部分をスクリーンショットに保存。雅哉が指差した場所を拡大していくと、そこに移っていたのは……。



「「ゆ、幽霊……?」」



 なにか巨大なエネルギー波のようなものを浴びて消滅寸前の人影……のようなもの。

 しかも角度的に見て、そのエネルギーのようなものが晃弘の立っている方向から出ている事は明らかである。

 他の動画も確かめてみると、全ての動画内に似たようなモノが映り込んでいたことが判明した。



「マジかよアイツ……」


「そんな、寺生まれでもないのに……」



 どうやら晃弘が本物の霊能力者になってしまったらしい証拠を前に、それぞれが驚きを顕わにする。

 と、ここで晃弘に付けていた盗聴器が、家の中であった動きを感知した。どうやら、半年もの間眠り続けていた孫娘が目を覚ましたらしい。


 感涙にむせぶ祖父母夫婦の声を聴き、これはいよいよ本物かもしれないと思い始めた二人は、真相を本人から直接聞くべく、晃弘が家から出てくるのを電柱の影で待つことにした。



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