優勝杯に願いを
シャオロンとの激闘の熱も冷めぬ内に行われたメタルサムライ対レイラの三位決定戦は、レイラの呪術による精神攻撃でメタルサムライが泡を吹いて気絶したためレイラの圧勝に終わった。
相変わらずやることがえげつない。
ともあれ、一位から三位までの順位が決まったところで表彰式が始まった。
「優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
閻魔様から優勝杯を受け取ると、闘技場を揺るがす万雷の拍手と歓声が沸き起こる。
「さぁ、願いを言いなさい。優勝杯がどんな願いも叶えてくれますよ」
閻魔様の言葉に頷き返し、金色のオーラを放つ優勝杯を周囲に見せつけるように高く掲げて、俺はその場の全員に聞こえるように願いを告げた。
「レイラが過去に関わったことのあるすべての人々の奪われた記憶を戻してくれ!」
優勝杯から光が溢れ、俺の願いが金色の粒子となって遍く世界へ降り注ぐ。
最後に優勝杯そのものが一際強く光を放ち、光はシャボン玉のように弾けて儚くも消えてしまった。
「消えちまった……」
「大丈夫です。あなたの願いは無事叶えられました。また願いの力が集まり優勝杯が輝きを取り戻した時、再び大会は開かれます」
閻魔様の優しい笑顔に、小学校の修学旅行から始まったすべての因縁にようやく決着がついたのだと悟った。
奪われたものを全部取り戻して、これでようやくレイラは本当の意味で前を向いて歩いて行けるようになる。
これで終わりじゃない。ここからようやくスタートだ。
まさか俺がこんな願いを言うとは思っていなかったのか、レイラが唖然とした顔で俺を見る。
「ア、アンタ……なんで……!?」
「……ケッ。いつまでもウジウジしてんじゃねぇよ。らしくもねぇ」
ついぶっきらぼうな口調で返してしまい、言ってすぐに後悔した。
あー、くそっ。なんでこう気の利いたこと言えねぇかな、俺は。
言おうと思ってた事全部吹っ飛んじまった。
「何よ、それ……。ずるいわよ、こんなの……っ」
涙を必死に堪らえようと顔をくしゃくしゃにして、それでもポロポロと溢れる涙を俺から隠すようにレイラが両手で顔を覆う。
するとシャオロンが俺の耳元に顔を寄せてひっそりと耳打ちしてくる。
(さぁ何してるんですか、そっと抱きしめて耳元で愛を囁くんです)
(は、はぁ!? んなこっ恥ずかしいことできるかっ!)
(逃げるんですか? 僕に勝ったくせに)
(……あ?)
なんだとコノヤロー。
(僕に勝ったくせに、僕から初恋を奪ったくせに逃げるなんて許さない。そう言ったのが分かりませんかこのヘタレ野郎)
(上等だコラ! 舐めんじゃねぇぞ! ハグくらい楽勝だわ!)
……と、粋がってみせたものの、どうすんだコレ。
ガチ泣きじゃん。おふざけも許されない空気よ? やべぇよ。
そっと抱き寄せる? 俺が、コイツを?
耳元で、愛を囁く? 誰に……?
無理無理無理無理無理!
絶対キモがられるだけだって! そもそも俺そういうキャラじゃねーし!?
けど、シャオロンにああ言っちまった手前逃げるわけにもいかない。
チクショウ、売り言葉に買い言葉でまんまと乗せられた。
(はぁ……。まったく、じれったいなぁ。そいっ!)
(ちょっ、おまっ!?)
シャオロンに思いきり背中を押され、前につんのめった俺は、レイラの肩を軽く抱き寄せるようにして立ち止まる。
「……!?」
顔を涙でくしゃくしゃにしたレイラが驚いて顔を上げた。
顔近い!? いい匂い!? どうすんだここから!? どうすれば!? どうすればはわわわわぁ!?
「…………そ。その、あれだ……えっと……そんな泣くなよ」
違う違う違う! 俺が言いたかったのはこれじゃない。
「……何よ。私に貸しを作ってマウント取るつもり? こんな大きな借り一生かかっても返せないわよっ!」
「何でそうなる!? いや、まあそう思われて当然か。じゃなくて! その……なんだ」
「何なのよさっきから! 言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」
レイラが目尻を真っ赤に腫らして俺を睨む、
その瞳には嘘も誤魔化しも許さない、そんな凄みがあった。
周囲の視線が俺たち二人に集まる。もう逃げ場は無い。
……ええいままよ!
「好きなんだよお前のことがッ! だからもう貸し借りとか無しッ! 俺が助けたいから助けんだ悪いかッ!?」
「……………………ぴゃ」
レイラの顔がみるみる真っ赤に茹で上がっていく。
なんだよ「ぴゃ」って。
「……私のどこが好きなのよ。顔以外いいとこないんでしょ」
しばらくしてレイラは少し拗ねたような顔でツンとそっぽを向き、ボソボソと小声てそんなことを聞いてきた。
「あの事はもう謝っただろ!?」
「いいから!」
泣いて照れて赤くなって、今度は怒り出したぞコイツ。
ホント、表情のよく変わるやつだ。
「…………たまに笑うとすげー可愛いな、と」
「ぴゅい!? ……ふ、ふぅん。他には?」
「まだ言わせんのかよ!? ……なんつーか、打てば響くっていうかさ。一緒にいて退屈しねぇし……。なんだかんだ、いつもついてきてくれるし……」
言葉が上手く出てこねぇ。なんだこれ。決勝戦よりも緊張してる。
心臓の鼓動だけで自爆しそうだ。いっそこの辺一帯全部消し飛ばしてしまおうか。
「……ふふっ、何それ」
俺の答えがおかしかったのか、レイラがくすくすと笑い出す。
笑われた!?
「あぁくそっ! うまく説明なんてできねぇよ! とにかく好きなんだからそれでいいだろ!?」
「……そうね。人を好きになるのに理由も理屈もない。それでよかったんだわ」
何か一人で納得したように頷き、どこか腑に落ちたようなスッキリした顔で、レイラが俺を見つめ────
「今、ようやく確信した。私もアンタのこと、いつの間にか好きになってたみたい」
花が綻ぶような笑顔で、そう答え返した。
「…………ぷえ?」
「ふふ、マヌケな顔。なによ『ぷえ』って。アンタみたいなバカ好きになるはずないってずっと思ってたのにね」
「う、うっせー! 俺だってお前みたいにやかましい跳ねっ返り女、好きになるわけねぇって思ってたさ」
巨乳で可愛くて甲斐甲斐しい子が好きだと思ってたのになぁ。
ホント訳わかんねぇよ、人を好きになるってのは。
あれだけ嫌い合っていたのに、気づけばお互い好きになっていた。
そのことがなんだかくすぐったくて、二人でクスクスと笑い合う。
「これからもよろしくな」
「こちらこそ」
ひとしきり笑って、目尻に浮かんだ涙を拭い俺が手を差し出せば、レイラが強気な笑顔で俺の手を握り返してくる。
するとシャオロンが苦笑しながら俺たちに拍手を送り、続いて閻魔様が、それに釣られて観客席からも温かな拍手が降り注ぐ。
「二人の新たな門出を祝いつつ、此度の大三千世界一武闘会は閉幕です! それでは皆様、また次の大会でお会いしましょう! さよなら、さよなら!」
言えたじゃねーか!(ここまで長かった……)




