決勝戦 晃弘vsシャオロン
会場のパニックもようやく落ち着き、いよいよ大会も決勝戦を残すのみとなった。
控室で一人その時を待っていると、イッポンダタラのオヤジがズカズカと無遠慮に入ってくる。
「よぉ、待たせたな。ほれ、約束の品だ」
オヤジから手渡されたのは白い鞘に収まった打刀だった。
刃を鞘からスラリと引き抜けば、濡れたように薄く輝く刃文が実に見事な一振りで、刃から厳かな霊気がしんしんと伝わってくる。
「地獄の劫火を以て三毒を焼き清め、諸悪の因果を根元から断ち切る究極の救済剣。銘は業滅剣救世阿弥陀」
三毒ってのは確か、仏教思想における人間の諸悪、苦しみの根源とされるもので、煩悩を毒に例えた教えだったか。
刀身に刻まれた銘を指でなぞると、刀がしっくりと手に馴染んでいく。
どうやらこの神刀は俺を主として認めてくれたらしい。
「この刀が断ち切るのは悪の因果。斬った相手を悪の道へ誘った縁を辿って、縁者全員の三毒を焼き清めて歴史を修正する。つまりそいつの悪行そのものを無かったことにしちまうのさ」
縁という概念を人と人を繋ぐ線に例えるなら、歴史は無数の人々の選択によって幾重にも分岐していくあみだくじのようなもの。
縁の阿弥陀を辿って人々の三毒を焼き清め、悪しき因果を断ち切り世界を救う。こいつはそういう刀らしい。
「なるほど。それで救世阿弥陀か。中々シャレがきいてるじゃん」
「たった一太刀で歴史を大きく変えちまう因果改変の神刀。使いどころを間違えるんじゃねぇぞ」
業滅剣を鞘へ納め霊体化させる。
これですべての手札は揃った。
あとはぶっつけ本番。うまく行くかは神である俺でさえ分からない。
けど、きっとうまくいく。そんな確信があった。
信じてるぜ、相棒。
★
「たった今会場の修復と準備が整いました! 宇宙創世クラスの大爆発でも無い限りは客席を護るバリアは決して壊れませんのでご安心を! さぁ準備も整ったところで選手入場ですッ!!!!」
西方、かつて地獄を恐怖に陥れた伝説の覇王、役小角の転生体にして現人神! ここまで実に多彩な技と圧倒的なセンスで勝ち上がってきました! 決勝戦ではどんな戦いを見せつけてくれるのでしょうか!? 犬飼ィィィ晃弘ォォォォッ!!!!
東方、前回大会のチャンピオンの弟子にして、敗者復活戦を勝ち上がり決勝入りを果たした美貌のカンフーマスター! 大会中に目に見えるほど急成長を遂げたその成長力で師匠の孫を倒せるか!? リィィィウ・シャァァァオルォォォンッッ!!!!
三六〇度あらゆる角度から畏怖の視線が向けられる中、俺は闘技場の中心に立ちシャオロンと向かいあう。
「約束通りですね」
「お前が負けた時はもう駄目かと思ったけどな」
「あはは……。無様を晒しちゃいましたね。でも、もう負けません」
シャオロンの闘気が爆発的に膨れ上がる。
……たった一晩でめちゃくちゃ強くなってるじゃねぇか。
「上等だ、叩き潰してやんよ!」
これ以上言葉を交わすのは無粋。
自分の意志を貫き通すため、後は拳で語るのみ。
絶対に勝つ!
「両者見合って……始めッ!!!!」
刹那、仙術を使い超加速した俺たちの拳が交差して、互いの頬にめり込んだ。
仙術を極めた仙人にガードは不要。
相手の攻撃が持つエネルギーをすべて自分の力に変えてしまえるからだ。
「へっ、どうした? こんなもんかよ」
「そっちこそ。この程度じゃ蠅も殺せませんよ」
だからこそ、お互いノーガードでひたすら殴り合う。
相手の許容限界を超えるダメージを与えた方が勝ち。実に分かりやすい単純な図式だ。
「二人とも頭のネジがぶっ飛んでいるのでしょうか!? 超高速のインファイトだぁ────ッ! 見ているこっちが痛いです!」
「いかに仙術を極めようと、痛みを遠ざけようとする防衛本能を抑えるのは容易ではありません。……ですが、あの二人は相手に負けたくない気持ちが本能よりも勝っているようですね。いやぁ、男の子ですね」
「なるほど! 男同士の意地の張り合いという訳ですか! 青春ですねぇ! 若いって素晴らしい!」
光の速度を超え停止世界に入門した俺たちは、さらに加速して滅茶苦茶に殴り合う。
一発殴り合う毎にその運動エネルギーは倍々に増えてゆき、周囲の景色が目まぐるしく遷り変わり逆再生されていく。
やがて超加速の果てに時間を逆行して宇宙創生前まで飛んだ俺たちの拳が衝突したその瞬間、臨界点に達したエネルギーが大爆発を起こして宇宙が誕生した。
ビックバンの爆発に吹き飛ばされて現代へと戻ってくると同時、まったく同じタイミングで俺たちの全身から血が噴水のように吹き出す。
【称号『創造神』獲得】
「あ、相討ちです! 両者同時に血まみれだ────ッ!」
「あるいはこうなることも最初からすべて決まっていたのかもしれませんね。鶏が先か卵が先か。新たな神話の誕生を目の当たりにできるとは、いやはやなんとも眼福です」
「閻魔様が何を仰られているのかまったく理解できませんが、何か凄い事が起きたのだけは感じられました!」
互いに膝をつき霞む視界で相手を睨む。くそっ、傷の治りが遅い……っ!
さっきの爆発で魂に傷が付いたのか、肉体の痛みとは比べ物にならないほどの激痛。正直、息をするのもつらい。
「どうしました? フラフラじゃないですか」
「ハンッ! テメェこそ足ガクガクじゃねぇか」
「こんなの、ただの武者震いです」
「ケッ、強情っぱりめ!」
「そっちこそ!」
それでも、目の前のコイツにだけは負けたくないから。
お互い無理に笑顔を顔に貼り付け、牙を剥き笑う。
仙術でかき集めた霊力で魂の傷を塗り固めて強引に修復し、ギシギシと軋む魂の痛みに耐えながら最後の力を振り絞る。
「……見せてやるよ。俺の真の姿をッ!!!!」
「いいでしょう。君に敬意を表して、僕もとっておきを見せましょう……ッ!」
魂 魄 開 放ッ!!!!
尸 神 仙 解ッ!!!!
俺たちを中心に霊力が轟々と渦を巻き、二つの光の柱が天高く立ち昇る。
俺たちの霊力の波動に天と地が鳴動して、地面が霊子分解して光の粒子へと変わる中、光の柱が弾け紫電を羽衣のように纏うシャオロンの姿が顕わになった。
「この姿を見せるのは君が初めてですよ」
そう語るシャオロンの身体は霊力の光に染まり青白く輝きを放ち、こうして話している間にもさらにその霊力が高まっていくのが肌で感じられた。
「ほう、地獄の神霊の気を取りこんだか。クックック、人に戻れなくなるぞ?」
「ええ、だから一分で決着をつけます。地獄の覇王だか何だか知りませんけど、今の僕ならあなたにだって負けませんよ」
シャオロンが大きく手足を前後に開き、深く腰を落として構える。
やっぱり出しゃばってきやがったなジジイ。
これは俺とアイツの勝負だ。テメェにはここで消えてもらうッ!
「ぬっ!? 小僧! 貴様まさか────っ!?」
「いくぞオラァァァァァァッ! 切腹!!!!」
「へっ? え、えぇ────っ!?」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ────────────ッッ!!!!!!!!」
背中から腕を生やして業滅剣を鞘から引き抜いた俺は、淡く輝くその刃を自分の丹田目掛けて思い切り振り降ろした!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────────ッッッ!!!!」
深淵から響く、頭蓋を内側から叩き割らんばかりの絶叫。
地獄の劫火が役小角の心を毒していたあらゆる煩悩を焼き清め、前世の行動が改められたことで、悪しき因果が断ち切られていく。
改変された過去の因果が今へと流れ込み、俺の脳裏に新たに誕生した世界線の記憶が走馬灯のように次々と浮かんできた。
大まかな歴史の流れこそ変わらなかったものの、イベント発生の原因など、細かい部分が修正されているようだ。
「なるほど、上手いこと辻褄合わせされたらしいな。歴史の修正力ってやつか」
「よそ見とは余裕ですねッ!!!!」
懐に飛び込んできたシャオロンの発勁をそのまま胸で受け止めニヤリと笑い返す。
「お前こそ迂闊に近づいてくるなんて油断しすぎじゃねーのか」
「っ!?」
俺の呪力結界に閉じ込められたシャオロンが突然切り替わった周囲の景色にギョッと驚く。
空は星一つない暗黒。周囲には俺たち以外に何も存在しない。
シャオロンの動揺を映すように足元の水鏡が揺らぎ、そこに映っていたシャオロンの姿が歪む。
すると水鏡の中の姿と同調するように、現実のシャオロンの身体がベキベキと歪み始める。
「ぐ、がっ……!?」
シャオロンの心が波立つほどに水鏡も大きく揺れ動き、身体がどんどん小さく折り畳まれていく。
そしてとうとう拳大にまで圧縮されたシャオロンがコロンと水面を転がった。────その直後。
「がっ!?」
一瞬で肉体を元の形に再生させて俺に肉薄してきたシャオロンの発勁が俺を大きく吹き飛ばした。
すると受け流しきれなかった莫大なエネルギーが俺の体内で暴れ狂い、ドロリとした熱が胃袋から込み上げてくる。
「ごふっ!?」
赤黒い粘液がビタビタと水鏡を濁し結界が解除されて周囲の景色が闘技場へと切り替わる。
「あれ、おかしいですね。全身を粉々にするつもりだったんですが」
「テメェ、あの状況で冷静になるとかどんな精神構造してやがんだ!」
「地獄の最下層よりは全然マシですよ」
「ケッ、一晩で強くなったと思えばそういうことかよ」
あれだけメンタルコントロールが完璧だと呪術はほぼ通用しないと見た方がいいか。
俺の感情を増幅させて呪うこともできるけど、多分今のシャオロンならそれくらい跳ね除けてしまうだろう。
「ちっ、結局地力で勝つしかねぇってことか!」
「搦め手で勝とうなんてそれこそ興醒めでしょう!」
互いに距離を取り、己の全身全霊を掌の中へ凝縮させていく。
霊力、魔力、混沌の神力、周囲の力、そして呪力。今の俺が使えるすべてのエネルギーを強引に混ぜ合わせ、圧縮し────────放つッ!!!!
「「波アアアアアアアァァァァァァァァァ────────ッ!!!!」」
血のように赤黒く濁ったエネルギーと、白く清浄なエネルギーの奔流が闘技場の中央でぶつかり合い、激しく稲妻を散らす。
ぐがぎぎぎぎっ!? この野郎! これだけ力を上乗せしてもまだ拮抗してきやがるのか!?
いや、違う。俺の力すら奪い取って力に変えてやがるんだ!
……認めよう。テメェは俺が戦ってきた中で間違いなく最強の敵だ。
「だからって負けるわけにはいかねぇんだよッ!!!!」
俺の身体が徐々に押され始める。
力を周囲からかき集めろ! 最後の一滴まで絞り出せッ!
「うぉぉぉあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
てれててってってってー♪
【レベルが 一 上がった】
【レベル一〇〇に到達。第三神化を開始します】
きたきたきたァ────ッ! 神タイミング!
迷宮地獄のモンスターたちが稼いでくれていた経験値が、とうとう必要量に達した。
まるで魂の殻が破られるように力が溢れ出し、シャオロンの攻撃を一気に押し返していく。
「ぐぅっ!? 急にパワーアップした!?」
「これで終わりだああああああああああああぁぁぁぁぁッッ!!!!」
最後の一押し! どこまでも高まっていくパワーを俺は全力全開でシャオロンに叩きつけた。
血黒の混沌が清浄な白を飲み込み塗りつぶし────────
「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ────────ッッ!?!?!?!?」
シャオロンの咆哮が光の濁流に飲み込まれ、極光が闘技場の壁をブチ抜き地獄の大地に一直線の傷跡を刻みつけ、遥か地平の先にあった針の山に巨大なトンネルを貫通させた。
────劉小龍選手戦闘不能! 勝者、犬飼晃弘選手!
「け、決着ゥ────ッ! 想像を絶する力と力の衝突を制し、見事優勝の栄冠を勝ち取ったのは全チャンピオンの孫、犬飼選手だァ────ッ!」




