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雲外蒼天

 灼熱に燃え盛る迷宮地獄を二人の師弟が疾風はやての如く駆け抜けていく。


「おうおうどうしたァ! 動きが鈍ってるぞ!」


「くっ! うおぉぉぉあああッ!!!!」


 突如降り注いだ毒矢の雨を紙一重で躱し、足元に潜んで獲物を待ち構えていたナマズのモンスターを踏み砕く。

 シャオロンの身体は地獄の炎に焼かれて黒く焦げ付いており、息を吸うほどに灼熱が肺腑を焼いて呼吸すらままならないような有様だ。


「熱い熱いと思って炎を遠ざけようとするから身体に余計な力が入る! もっと力を抜け! いつも通りの先に極意はある!」


 脱力して周囲に渦巻く力の流れへ意識を向ける。

 炎を遠ざけたいと思う己の感情は無視して、魂の波長を広げるようなイメージで、世界と自分を一体化させていく。


 すると次第に熱を感じなくなり、周囲のエネルギーを取り込んで活性化した内気功により焼かれた肺腑が再生して呼吸が楽になった。


「そうだ。それでいい。常にその状態を維持し続けろ」


 世界との同化が進むほど、襲いくるモンスターの動きや、罠が作動する前兆、それらすべての動きが鮮明に見えてくる。


 ここに来てシャオロンはようやく、己の心を焦がしていた焦りを自覚した。


「焦ったところでどうにもならん。世界はあるがままそこにある。テメェの実力も、相手の力も、急にデカくなったりはしねぇ。そう見えんのは相手の力を測りそこねてるだけだ」


 二人はさらに迷宮の底を目指す。

 奥へ進むほど炎はさらに勢いを増し、モンスターと罠も凶悪になっていく。


 襲い来るモンスターに何度も集中を乱され、嫌らしいタイミングで作動する罠に何度も苦しめられたが、それがかえってシャオロンの余計な思考を削ぎ落とし、無我の境地へと導いていった。


 モンスターの奇襲をすべて予見して逆に奇襲を仕掛けて倒し、罠は発動する前に潰す。


 傍から見ればその動きは、これから起きるすべてが見えているかのようですらあった。


「そうだ、それでいい。お前の求める奥義はその先にある!」


 周囲の力の流れを感じ取り、そこから未来を予測して動いていると、次第に世界が緩やかに減速していくのをシャオロンは感じ取った。


(……いや、違う。これは僕が加速しているのか)


 周囲の霊子振動を完全に観測することで実現した高度な未来予測能力。

 それに伴い思考が加速して、世界のすべてが遅く見えているのだ。


 周囲の景色は徐々に色を失い、さらにゆっくりと、やがて完全に停止する。


 停止した世界の中で、自分と師匠だけが動いている。なんとも奇妙な感覚だった。


「へっ、あっさりと『時の終点』に到達しちまいやがった。ちょっと教えすぎたか」


「いえ、師匠がいなければここまでたどり着けませんでした。ありがとうございます」


 師に包拳礼をするシャオロンの身体は、停止した世界の中にあっても淀み無く動いている。


 極限まで加速した思考に追いつくため、シャオロンの身体も周囲のエネルギーを取り込み加速。

 その過程で肉体は霊子の塊へと変化し、停止世界へと入門したのである。


 ここよりさらに加速すれば、その魂は過去へ、根源へと遡っていく。

 故にここが時の終点なのだ。


「そら、化け物どものお出ましだ」


 師が顎で示す先には、停止した世界へ次々と入門してくる最下層の化け物たちの姿があった。

 数多の血肉を喰らい、地獄の業火に焼き固められた終焉の獣たちがニタリと牙を向き唸り声を上げる。


「あいつら全員、一人でぶっ飛ばしてみろ。それで免許皆伝だ」



 拳を構えるでもなく、リラックスした姿勢のままシャオロンは化け物たちへ歩み寄る。


 獣たちの強靭な四肢が隆起し、今にも飛びかかろうとした────その刹那。


 世界が色を取り戻し、爆せ飛んだ獣たちの血飛沫が獄炎に焼かれ、砕け散った亡骸もろとも灰と消えた。



「────これで免許皆伝ですね」


 師の目すら抜く神速。

 晃助爺さんは僅かに目を見開き、それからくしゃっと笑み崩れて大笑いした。


「ガッハハハハ! 流石だぜ! もう教えることは何もねぇ! バカ孫にオメェの力、たっぷりと見せつけてやれ!」


「はいっ!」


 晃助爺さんが差し出した手をガッシリと握り返し、シャオロンは力強く頷いた。



 ★



 ここは地獄の四丁目。

 灼熱地獄の熱も届かない八寒地獄の最上層。絶対零度の冷気渦巻く地獄の最果て。


 何もかもが凍りつき吹雪で何も見えない雪原の中、俺は明日に控えた準決勝に備えて自分の内なる根源と向き合っていた。



(くかかかっ、貴様の方から我に意識を向けてくるとは、よほど友の成長に焦りを覚えたと見える)


 うるせぇ。いいからテメェの力と知識だけ寄越しやがれ。


(礼儀を知らぬ小僧めが。我を誰と心得る。我こそは呪術において右に出るもの無しと畏れられた……)


 知るかバーカ。

 テメェの武勇伝なんざ聞いてる暇はねぇんだ。

 御託はいいから、とっととかかってきやがれ。力ずくで認めさせてやんよ。


(フンッ、痴れ者が……貴様ごとき、片腕で調伏してくれる)


 そっと目を開くと死の白銀は静まり返り、真っ暗な空間に大柄な山伏が一人、片手で印を組みながらこちらを睨んでいた。


 ここは俺が用意した精神世界。

 前世と向き合い、打ち勝つための決戦場だ。


「フン……仮初の躯にしては上出来か」


「ケッ! 亡霊のくせして偉そうなジジイだぜ」


「くくくっ、抜かしおる。今より始まるは伝説の復活。新たな神話の誕生を特等席で見物できる光栄に打ち震えるがよいわ」


「御託はいいからかかってこいってーの!」


「情緒を知らぬ糞餓鬼め」


 凄まじい圧が全身にのしかかり、凍てつく霊気に魂が震えた。


 今から相手にするのは、かつては人の身で鬼神を従え、輪廻の輪を超越した現人神。

 その名を調べれば様々な逸話に事欠かない伝説の存在。


 何を思って再び現世に転生しようと思ったのか、その心内までは分からない。

 だが、その実力だけは間違いなく本物だ。


 人々の畏れが形となって妖怪になるように、たとえ嘘の逸話でも多くの人々が信じれば真となり力を得る。


 死後脈々と語り継がれ、時代が下るほど新たな『設定』を継ぎ足された現人神の今の実力は、果たしてどれほどのものか。


「いざ尋常に参る!」


 山伏が片手で印を素早く組むと、俺の足元に冥府の門が開き、そこから這い出た無数の鬼の手が俺を昏い門の中へ引きずり込もうとしてくる。


「この程度!」


 魂 魄 開 放!


 光臨を刃に変え閃かせれば、冥府の門もろとも鬼の手はバラバラに切り裂かれて塵と消える。


 だが次の瞬間には塵が寄り集まって縄と杭へ変わり、瞬く間に縛り上げられた俺は気付けば地面に縫い付けられていた。


「クカカカッ! さあ捕らえたぞ。貴様はこの世の終わりまでそこでそうしているがいい!」


「そう簡単に俺を封印できると思うなよ!」


「なっ────っ!?」



 ────ッドォォオオオンッ!!!!



 盛大に自爆して封印を強引に破り、山伏の背後に転移して霊力波をブチかます!


「波ァァァァ────ッ!!!!」


「甘いわァ────ッ!!!!」


 山伏が全身から霊気を漲らせると、なんと俺の放った霊力波が凍りついてしまったではないか。

 そんなのありかよ!?


 続けて印を組み替えた山伏が、空を切り払うように指を振るう。


 すると指がなぞった直線状の空間が大きくズレて俺の身体が空間ごと真っ二つになった。


「このまま根源へ突き落としてくれるわ!」


 山伏が俺に向けた手を『ギュッ!』と握りしめる。

 すると空間の断面がぐにゃりと歪んで渦を巻き、渦は俺を巻き込んでみるみる小さくなってゆき────やがて『バチンッ!』と閉じた。


「フフハハハハ! 愚かなり! 我に勝とうなどと千年早いわッ!」


「そう思うんならそうなんだろ。お前の中ではな」


「っ!?」


「ライズ・オア・トゥルー。さて、どこまでが真実だったでしょうか。なーんてな」


 俺が指を鳴らせば、事実は虚構へ変わった。

 悪いな宗助。お前の技、ちょっとパクらせてもらったぜ。


「……ちっ。因果改変術式とは小癪な真似を」


「俺の兄ちゃんの技だよ。さぁ、仕切り直しだぜクソジジイ」


「いいや、これで終わりだ」



 山伏が左手に持っていた錫杖で地面をカツンと一突きする。

 直後、俺が生み出した仮想空間の黒一色だった景色が、青い炎の焚かれた護摩堂へとすり替わった。


 中心の炎を囲むように梵字の刻まれた柱が六本あり、それらを六角形に結ぶ縄にも梵字の書かれた呪符がびっしりと短冊のように垂れ下がっている。


 野郎、俺と戦ってる間にこんな大掛かりな術を組み上げてやがったのか!


「封神呪法【外道鬼神曼荼羅】」


 山伏が錫杖を水平に持ち上げ片手で最後の印を組む。

 すると柱の梵字が淡く輝き、柱の間から星の数ほどもある鬼の腕が一斉に俺を炎の中へと押し込めようと迫ってきた。



 今だ! 魔法発動!



「反転魔法【那由多万華鏡】」


 次の瞬間、俺を中心に世界が万華鏡のように歪み、乱反射する光がすべてを白く塗りつぶした────!

雲外蒼天


困難を乗り越えた先に明るい未来がある


みたいな意味らしいです

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[一言] 呪術? 蘆屋道満とか?
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