Cブロック1回戦 第16試合 麗羅VSマスクド・アマゾネス
Bブロックの決勝戦が終わり、フィールドの整備を挟んでいよいよ戦いは予選Cブロックへ突入する。
どこかで見たことある仮面選手や、見たことも聞いたこともないようなマイナーな神様や妖怪たちが次々と勝ち上がっていく中、いよいよレイラの番が回ってきた。
「さあ予選Cブロック一回戦もラストバトルとなりました! 第一六試合、選手入場です!」
西方、特別参戦枠! 仮面の下に隠したのは野生か美貌か! ビキニアーマーが眩しい女剣士! マスクドォォォォ・アマゾネスゥゥゥッ!
東方、こちら特別参戦枠! あの臥龍院家でメイドを務めるスーパー高校生! 天女も羨む美貌の持ち主! 惣流院ンンンッ麗羅ァァァァッ!
相変わらず巻舌な紹介を受け、マスクド・アマゾネスが肩に抜き身の魔剣を豪快に担いで入場する。
どう見てもベルダさん……いやもう何も言うまい。
本人たちがあくまでそう名乗るなら、そういうことにしておいてやろう。それが優しさってもんだ。
そして、対するレイラだが……
「おや? 惣流院選手が入場しません。どうしたのでしょうか?」
気配を探るが、会場内のどこにも気配を感じない。
何やってんだよアイツ! このままじゃ不戦敗になっちまうぞ!
「これは何かのトラブルでしょうか?」
「ふふふ、もう少しだけ待ちましょう。彼女は必ず来ますよ」
「だそうです! 閻魔様のお言葉を信じて待ちましょう!」
流石閻魔様、何でもお見通しらしい。
それからしばらくして、マスクド・アマゾネスが痺れを切らしてイライラと素振りを始めた頃。
「はぁ……はぁ……っ! お待たせしました!」
肩で息をしながらレイラが闘技場に駆け込んできた。
見ればメイド服はボロボロで、全身真っ黒に煤けているではないか。
いつも身だしなみだけは完璧なアイツらしくもない。
「惣流院選手、試合開始時刻から二〇分遅れて満を持しての登場です! かの巌流島の宮本武蔵を思わせる大遅刻であります!」
「ね? ちゃんと来たでしょう?」
実況のささやかな嫌味にも動じずレイラが埃を払うように服を軽く叩く。
するとボロボロだったメイド服が元通りになり、煤けていた顔も魔法のように綺麗になった。
「……ベルダさん。何で仮面なんて付けてるの?」
「さてな。付けろと言われたからそうしているだけだ。あと、今はマスクド・アマゾネスだ」
「そう……。またご主人様の悪ノリね。どうせ優勝したらお肉食べ放題とか言われたんでしょ」
「うむッ! あ、違っ!? ナ、何ノコトヤラワカランゾー!」
演技下手くそか!
やっぱり臥龍院さんの悪ノリだったんだな、あの仮面。
「それより、待たせたからには期待してもいいんだろうな」
「ええ、バッチリよ。ご期待に沿った上で圧勝させてもらうわ」
「ハッ! そいつは楽しみだ!」
マスクド・アマゾネスが深く腰を落とし魔剣を後ろに構えた。
レイラも大幅にデザインを変えてお祓い棒っぽくなった変身ステッキを構え、静かに闘志を高めていく。
「両者見合って……始めッ!!!!」
「黒雷千刃ッ!!!!」
合図の直後、雷鳴が大気を震わし、黒い稲妻と化したマスクド・アマゾネスが雷光の速さでレイラに斬りかかった。
一瞬の内に千の刃を浴びたレイラが膝から崩れ落ち、そのままドロリと溶けて黒いタール状の液体へ変わる。
「ちっ、お気に入りの一本だったんだがな」
切先からドロドロと腐り落ちていく魔剣を投げ捨て、マスクド・アマゾネスが空中へ視線を向ける。
その視線を辿れば、白い狩衣風の衣装を身に付けた魔法少女の姿が。
「あーっと! エッチです! 惣流院選手! ここで魔法少女に変身だぁ────ッ! 白い太ももが眩しいぞ!」
……ふむ、高下駄ミニスカニーソか。魔導霊装の改良を手掛けた職人は太ももの見せ方ってものをよく分かっていらっしゃる。グッジョブ!
「エッチ言うなっ! あなたのコレクションを使い潰させるのも忍びないから、これで終わらせてあげる」
レイラがお祓い棒を両手で持ち前面に構えた。
するとマスクド・アマゾネスを囲うように無数の姿見がドーム状に広がり、女剣士を閉じ込める檻が完成する。
「こんな鏡ごときで私を閉じ込められると思ったかッ!」
マスクド・アマゾネスの身体が紫電を放ちながらメキメキと膨れ上がり、漆黒の雌獅子へと変わっていく。
「グルァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
雷獣の雄叫びに呼び寄せられフィールドの上空に雷雲が発生し、漆黒の雌獅子が雷を蓄えた牙を振り下ろす!
────雷咬絶牙ッ!!!!
あまりの光と爆音に客席を護るバリアが反応してフィールド内が白く染まり、張り詰めた静寂が観戦席を包む。
やがて光が落ち着いてくると、そこに倒れていたのは────
マスクド・アマゾネス選手戦闘不能! 勝者、惣流院麗羅選手!
自らの放った技に焼かれて黒焦げになったマスクド・アマゾネスだった。
「こ、これはいったい何が起きたのでしょうか!? あまりにあっけない幕切れでした! 何が起きたかお分かりになられましたか閻魔様!?」
「着目すべきはやはり惣流院選手が直前に展開した鏡でしょう。あれがマスクド・アマゾネス選手の雷撃を吸収して跳ね返したのです。反射する度に威力を倍にしてね」
「なんと!? それは恐ろしいですね! ですが、マスクド・アマゾネス選手も雷を使うからには電撃に耐性があったのでは?」
「いかにマスクド・アマゾネス選手が雷への耐性を備えていようと、光の速度で倍々に増えていく威力に耐性の限界点を越えてしまったのでしょう。むしろあれだけの電撃に晒されて身体が残っていたほうが驚きです」
「常に全力を出せばいいという訳でもないということですね。果たしてこの恐るべき反射結界を攻略できる猛者は現れるのか! 次の対戦に注目です!」
☆
シャオロンの意識が戻ると、そこは医務室のベッドの上だった。
ここからではカーテンに仕切られて見えないが、医務室に設置された中継モニターから麗羅がCブロックを勝ち進み決勝トーナメントへの切符を手に入れたことを告げる音声が微かに聞こえてくる。
「……僕は、負けたのか」
「気が付いたか」
カーテンがそっと開けられ、見舞いに来た晃助爺さんがのっそりと顔を出す。
「師匠……」
「何をされたか、分かるか」
師匠の問いかけにシャオロンは顔に悔しさを滲ませながら黙って首を横に振る。
何が起きたのかさえも理解できなかった。
メタルサムライが何かを呟いた直後から、ベッドの上で目を覚ますまでの間の記憶が無い。
あまりに隔絶した力の差を自覚し、シャオロンは唇をきつく噛みしめる。
「お前、今まで手も足も出せずに負けたことは一度も無かったもんなぁ」
窮地に追い込まれたことは何度もあった。
だが、命がけの戦いの中で活路を見出し、いつもギリギリ勝利を掴んで強くなってきた。
言われて思い返してみれば、これほど決定的に負けたのは確かにこれが初めてかもしれない。
「強くなりてぇか」
「……はいっ」
悔し涙を噛みしめ、ただ一言頷いた。
もう誰にも負けたくない。
このまま何も為せないまま終わってしまうのは、あまりにも情けなくてカッコ悪いから。
強くなりたい。初めて心の底から、そう思った。
「そうか。じゃあついてこい」
そんな押しかけ弟子の想いを受け取り、晃助爺さんはふと笑みを零して弟子に背を向けた。
「どちらへ?」
「喜べ。地獄の最下層までピクニックだ。そこでお前に奥義を授けてやる」
初めて師匠らしいことを言いながら、晃助爺さんは背中越しにニヤリと口角を吊り上げた。




