仙術の極意
月が沈みまだ日が昇る前の、夜の闇が最も濃い時間。
麗羅はコテージのベッドの上でふと目を覚ます。
……どうやら混乱のあまり頭に血が上って気絶していたらしい。
気を失う直前まで聞いていた晃助爺さんの話を思い出し、麗羅はまた顔が熱くなるのを自覚した。
大嫌いなんて言ってしまって、ビンタまでして飛び出したくせに、今更どんな顔で会えばいいというのか。
「……バカ。もぉーっ! バカバカバカッ!」
枕に顔を埋めゴロゴロとベッドの上をのたうち回る。
好きならそうとはっきり言えばいいものを。素直じゃないにも程がある。
人のことをツンデレだなんだと言っておいて、自分こそツンデレではないか。
だけどそんな幼馴染の気持ちが、不思議と嫌じゃなくて。
むしろちょっと嬉しいとすら思ってしまっている自分がいることが、恥ずかしいやら照れくさいやら。
「……嘘よ。これじゃまるで、私もアイツのこと……」
思い出すのは、魔王に憑りつかれていた自分を助け出してくれたときの晃弘の顔。
本来なら自分が決着をつけなければいけなかったはずの相手。
父親のことも、魔王の件も、重要なことはいつも晃弘に助けられてばかりだ。
「……ッ」
込み上げる悔しさに、唇を噛みしめる。
悔しい。悔しい悔しい悔しい! 自分の弱さが。晃弘に与えられてばかりの自分が。
これではちっとも公平じゃない。こんなことでは、どんどん強くなっていくアイツにいつか置いていかれる。
それだけは、そんな自分だけは絶対に認めたくないから────
「────よし」
決意を胸に、麗羅はベッドから跳ね起きる。
晃弘の気持ちと向き合うためにも、今は強くならねば。
あのバカのお目付け役は晃助爺さんとシャオロンがいれば十分だろう。閻魔様だってきっと許してくれるはずだ。
一言だけ手紙に書き残し麗羅がコテージを出ると、背後にこちらを見送る人の気配を感じた。
「……行ってしまうんですか?」
シャオロンだ。
「ええ。次は大会で会いましょう」
寂しげに見送るシャオロンに、決然とそう答え返す。
麗羅の表情から何かを察したシャオロンがふっと笑み崩れ、「少し待ってください」とコテージの中へ引き返し、
「これ、持って行ってください。夕飯のおかずの残りを饅頭にしたんです。籠に術をかけてあるので、開けるまで温かいままですよ」
竹を編んだ籠を持ってきて、麗羅に手渡した。
「……ありがとう。大事に食べるわ」
籠を受け取り麗羅が微笑む。シャオロンの細やかな心遣いが嬉しかった。
と、次の瞬間、シャオロンが突然麗羅を抱きしめた。
「……えっ? えぇっ!? ちょ、ちょっと……!」
「僕も負けません。貴女にも、誰にも。絶対に優勝して、貴女が抱える闇を祓ってみせます」
そう耳元で囁きすぐさま身体を離したシャオロンは、にこりと微笑み、少し照れたのか速足でコテージの中へと引き返していった。
「ほぇ……?」
思いもよらないシャオロンの行動に、麗羅はしばしの間、顔を真っ赤にしたまま呆然とその場に立ち尽くすのだった。
☆
翌朝。
リビングへ向かうと、爺ちゃんがテーブルの前で何やら神妙な顔をしていた。
「おはよう爺ちゃん。なんかあったのか?」
「おう晃弘、起きたか。実は今起きたらテーブルの上にこんな手紙がよ……」
爺ちゃんから渡された手紙に目を通せば、短く一言だけ、
『大会まで修業します。探さないでください』
と、書かれていた。レイラの字だ。
まさか俺と顔を合わせたくねぇから出ていったんじゃ……
「ん? 裏にもうっすら何か書いてあるな」
爺ちゃんが俺から手紙をひったくり、手紙の表面を撫でるように軽く霊力を流すと隠された文字が浮かび上がってきた。
『誰が相手だろうと負けるつもりはないから。特にバカヒロ! アンタにだけはコテンパンにのして大勢の前でみっともなく泣かせてやるから、せいぜい首を洗って待ってなさい!』
「アイツ……っ!」
「ガッハッハッハ! こりゃ一本取られたな! ここまで言われちゃ男としては負けられねぇよなぁ、晃弘よぉ」
「絶対勝つッ!!!!」
爺ちゃんの手から手紙を取り返して、ビリビリに破り捨てる。
くっそーっ! なんでこんな跳ねっ返り女なんか好きになっちまったんだ俺は!
負けたくねぇ。負けてたまるかッ!
「僕だって負けるつもりはないですよ」
キッチンから蒸し饅頭の籠を片手に持ってシャオロンがひょっこりと顔を出す。
「おうおう、みんなしてメラメラ燃えてんなぁ。俺までウズウズしてきやがるじゃねぇかよ」
「じゃあ修業つけてくださいよ。大会までまだ一ヵ月近くあるんですから」
「あ、ずりぃぞお前だけ!」
「ガハハハッ! 何度も言うがよ、俺は仙人たぁ名ばかりの道楽ジジイだぜ? そもそも仙人になったのも死んでからだしな。お前さんに教えられるようなことはなーんにもねぇぞ」
「またそんなご謙遜を。僕は師匠より強い仙人は見たことないですよ」
まあ、爺ちゃん生きてた頃から割と無茶苦茶だったからなぁ。
横転したトラック一人で元に戻したこともあるくらいだし。
「バカ言え、俺より強ぇ奴なんざこの世に五万といらぁ。お前たち二人で組手でもした方がよっぽど修業になるだろうぜ」
シャオロンと顔を見合わせる。
瞳の奥に宿るのは闘志の炎。へっ、やる気メラメラってか。
「確かに、大会前にライバルの手の内を知っておくのも悪くないかもですね」
「へっ、お前こそ手の内全部暴かれて泣くんじゃねぇぞ」
☆
互いに背中合わせに立ち、一〇歩歩いてから向かい合う。
両足を軽く前後に開き、拳を軽く握る。逢魔さんに物理的に叩き込まれた払魔闘術の構え。
対するシャオロンは両手と両足を前後に大きく開いたカンフーの構えだ。
「そんじゃ、お互い死なねぇ程度に全力で……始めッ!!!!」
爺ちゃんの合図と共に同時、俺は前へと大きく踏み出した。
一瞬でゼロになる彼我の距離。
俺が繰り出したジャブをシャオロンは回し受けで横へと逸らし、俺の懐へ飛び込み掌底を繰り出してくる。
俺は直撃の寸前に半歩後ろへ下がり、伸び切ったシャオロンの腕を掴んで背負い投げの要領で地面へ思い切り叩きつけた。
『ズガンッ!』とシャオロンを中心に地面にクレーターが穿たれ、すかさず追撃の拳を叩き込もうとする。
だが、シャオロンはダメージを受けた様子もなく掴まれた腕をぐるりと大きく回して拘束から逃れると、身体をバネのように縮めて、跳ね起きざまに両足で蹴り返してきた。
とっさにシャオロンの蹴りを腕でガードすると、見えない巨大な力が加わり、『グンッ!』と俺の身体が後ろへ大きく吹き飛ばされた。
「痛ってぇ~っ!? なんだ今の!?」
「今のを痛いで済ませるなんて君も大概化け物ですね」
余裕の笑みを崩さないまま体勢を立て直したシャオロンが踏み込んできて、打撃の応酬が始まった。
くそっ! 一撃一撃が重いッ! しかも当たる度に身体から力が抜けやがる! どういう理屈でこうなってやがる!?
「くっくっく、苦戦してるな。仙術の極意はあらゆる力の流れをコントロールするところにある。なまじ地力が強ぇと取り込まれるだけだぜ」
「ちょっと師匠!? ネタバレしないでくださいよ!」
「ガッハッハ! ジジイが孫を甘やかして何が悪い!」
あらゆる力のコントロールか。なるほど、通りで力が吸われちまうわけだ。
街で俺の力を封じ込めていた結界も、その技術の応用だった訳だ。
だったら吸われた分より多く取り込めばいいだけの話だろうが!
イメージしろ。使えそうな知識ならいくらでもある。
漫画の知識も魔導書の叡智も、使えるもんは全部使って理論を組み立てろ!
理論さえあれば、あとは実戦あるのみだ!
諸行無常、万物流転。世界は常に巡り動き、変化し続けている。
この世のすべては大いなる流れの中にあり、自分もまたその流れの一部。
世界を大きな川に例えて、その力の向きを少し変えてやれば……!
【スキル『仙術Lv一』を習得】
「へっ、掴んだぜ! 力の流れってやつをよォ!」
大地から吸い取った力を拳に乗せて思い切り殴り抜けば、直線状に地面が大きく抉れてシャオロンが木の葉のように吹き飛んだ!
「ぐっ……! まさか今の会話だけで習得するとは!」
空中で身体を『ギュルン!』と回転させて自分を吹き飛ばしたエネルギーを散らし、シャオロンが獣のような姿勢でひらりと着地する。
「伊達に爺ちゃんの孫十五年もやってねぇっての!」
「ふふっ、流石です。そうこなくっちゃ面白くない!」
シャオロンが獣のように牙を剥くと気配がさらに大きく膨れ上がり、その全身から半透明のオーラが立ち昇る。
自然界の力を取り込んで内功を高め地力を底上げしたらしい。
「行きますッ 撥ァァッッ!!!!」
シャオロンが腰だめに構えた両手を前方に大きく突き出すと、巨大な力の塊が大地を削りながら『轟ッッ!!!!』と俺に迫る。
「そいつぁ俺の得意技だってのッ! 波ぁぁぁ────────ッッ!!!!」
自然界から引き込んだエネルギーに自分の霊力を上乗せしてブッ放す!
白い極光が天地の狭間を引き裂きながら突き進み、巨大な力同士がぶつかり合い────────
ドッッッガァァ────────────ン!!!!!!!!
石柱の立ち並ぶ渓谷を更地に変えるほどの勢いで大爆発を起こした!
これでまだお互い1割くらい




