イカサマ賭博黙示録
饅頭屋のお姉さんに教えてもらった通りに道を進むと、薄暗い路地の奥に赤い提灯の明かりに照らされた背の高い建物が見えてきた。
耳を澄ませば賭け事に熱を上げる人々の喧騒がここまで聞こえてくる。
開け放たれたドアをくぐり中へ入ると品の良いお香の香りがふわりと全身を包み、どこからともなく聞こえてくる生演奏の軽快な音色も相まって気分が高揚してくる。
向かってすぐ奥に番台があり、どうやらそこでチップを購入したり景品を交換できるようだった。
「なるほどね。音節に魔術的な記号を織り交ぜてあるのか」
お香の匂いと合わせることで射幸心をより煽るようにしてあると。
こりゃ建物そのものにも何か仕掛けがあると見た方がいいな。
「アンタそんな知識どこで知ったのよ」
「別にどこだっていいだろ。お前にゃ関係ねぇんだから」
「くっ……」
汽車の中でのことを思い出して言い返したらブーメランになると気付いたのか、レイラが悔しそうに顔を歪めた。
はんっ、いい気味だぜ。
「おや、お客さんここは初めてでヤンスね? ここのルールはちょっと特殊なんで説明させてもらいまさぁ」
勝手が分からずキョロキョロしていると番頭のキョンシーが親切に説明してくれた。
ここでは各人で持ち寄った宝をチップに変えて、そのチップを使いゲームをするらしい。
チップの量は宝の価値によって決まり、他の客が預けた宝は倍のチップで、自分が預けた宝は等倍のチップで交換できる。
「勝てば古今東西の様々な秘宝が手に入るでヤンスよ。さあさあ、お兄さんは何をチップに交換するでヤンス?」
「じゃあこれで」
俺は亜空間から蛇の巻きついた黄金の杯を取り出して番台の上に置いた。
魔王城にあった秘宝の一つで、ギリシア神話の医療の神アスクレピオスの娘ヒュギエイアが持っていた杯だ。
「ほほー、これはヒュギエイアの杯でヤンスね。随分と昔に失くしてしまったと伺っておりやしたが……ちなみにコレはどこで手に入れたんで?」
「魔王城の食器棚」
「はい?」
「だから魔王城の食器棚だってば」
どうしてあんな場所にあったのかはまったくもって謎である。
「そ、そうでヤンスか。まあ深くはツッコまないでおくでヤンス。これならチップ一〇〇枚ってところでヤンスかね。お兄さんたちは初めてってことで、サービスで一二〇枚にしとくでヤンス」
「サンキュー。あ、ちなみにだけど、天の種火ってまだ残ってる?」
「あるでヤンスよ。チップ一二〇〇〇枚で交換可能でヤンス」
きっちり一〇〇倍か。こりゃ相当頑張らないとな。
皮袋に入ったチップを受け取りさらに奥へ進むと、簾で仕切られた小部屋がいくつかあり、そこで様々なゲームが行われているようだった。
「丁半出揃いました!」
と、威勢のいい掛け声が聞こえてきた小部屋を覗けば、そこでは丁半博打が行われていた。
よし、ここにするか。
「俺も混ぜてくれよ」
「おっ、飛び入りかい。丁か半で当たれば二倍。目の数までピタリと言い当てりゃ一〇倍だ」
「分かった」
「ハイ、壺をかぶります!」
壺振り師にチップを渡し、盆茣蓙の上に壺が伏せられる。
カランカランとサイコロが壺の中を跳ねまわり、音が止んだ。
「どっちもどっちも!」
盆布の上に引かれた仮想線、壺振りから見て手前が丁、向こう側が半だ。
俺は壺振りの手前にチップを二〇枚置いた。
「丁半出揃いました!」
結果は……
「サンゾロの丁!」
三のゾロ目。俺の勝ちだ。
賭けたチップが倍になって返ってくる。
すぐさま次のゲームへ。
「どっちもどっちも!」
「グニの半」
当たって倍になったチップを全額賭けて、俺は勝負に出た。
「丁半出揃いました!」
結果は……
「グニの半!」
出目は五と二。俺の勝ち。チップが四〇〇枚になって返ってくる。
いきなりのピタリ賞に場がざわつく。
場が落ち着いたところで次のゲームへ。
「どっちもどっちも!」
「ピンゾロの丁」
俺は四〇〇枚のチップを全額一のゾロ目に賭けた。
「……本当にいいんですかい?」
壺振り師が鋭い視線で俺に問いかけてくる。
「いいってば。ほら、早く開けなよ」
結果は……
「なっ!? ピンゾロだと!?」
博徒の一人が驚きに目を丸くして叫んだ。
一のゾロ目。またピタリ賞。これでチップは四〇〇〇枚。
「野郎! イカサマだ!」
丁半に参加していた強面の赤鬼がいきり立って俺の胸倉を掴んでくる。
「言いがかりはよせよ。飛び入りでどうやってイカサマするってんだ」
「そうだそうだ。ここのイカサマ対策は万全だ。術の類は建物の中じゃ使えねぇようになってるし、神や妖怪の能力も封じられてる。ここじゃ幸運の神だろうがただの博徒だ。イカサマはできねぇよ」
俺の言い分に他の博徒が頷いたのを見て、赤鬼は渋々引き下がった。
そうとも、俺は能力も術も使ってない。
「じゃあ次はコイツが賭けるよ。今日の俺たちはツイてるからな」
「はぁ!? ちょっと、私まで巻き込まないでよ!」
「……いいでしょう。ただし、次は持ち金全部賭けてもらいやす。ピタリ賞以外の勝ちは認めやせん。それでもよろしいか?」
「ああ、いいよ」
レイラが顔を青ざめさせる中、ゲームが始まる。
「どっちもどっちも!」
「丁だ」
「半だ」
「なら俺も半!」
「俺は丁だ!」
全員が賭け終わり、視線がレイラに集まる。
「……ピンゾロ」
レイラがボソッと、頼りなさげに呟く。
たぶん出目の呼び方を知らなくて、俺がさっき言ったのを真似したのだろう。
場の緊張感が否応なしに高まる。果たして結果は……
「なぁ!? またピンゾロだと!?」
「ありえねぇ!」
「どうなってやがる!?」
一のゾロ目。これでチップは四〇〇〇〇枚。目標額達成だ。
レイラが心底ホッとしたように深々と息を吐いた。
「ほらな。今日はツイてるんだ」
「くっ……! 賽を変えさせてもらいやす」
俺がニヤリと笑いかけると壺振り師の額を汗が伝う。
どうぞどうぞご自由に。さあ、もっと稼がせてもらうぜ。
☆
「いやー大量大量」
賭場を出た俺は思わず込み上げる笑みを必死に堪えていた。
「で、何をやらかしたのよ。一〇回連続で賽の目を言い当てるなんて普通あり得ないわよ」
「俺は何もしてないぜ。な、ブラザー」
『おうよ』
俺の足元からニョロっと顔を出した影友さんに目配せすると、すべてを察したレイラが「まさか……!」と目を見開く。
そう、今回俺は何もしていない。ただ壺の中で影友さんが俺の言った通りに出目を動かしていただけだ。
「何が『言いがかり』よ。完全にイカサマじゃない!」
「バレなきゃイカサマじゃねぇんだよ」
「言い分が完全に犯罪者のそれね」
結果的に天の種火も回収できたし、神代の宝具も大量に手に入ったんだからいいじゃねぇか。
「なぁーるほどなぁ、そういうタネだった訳か」
「あ?」
と、俺たちの行く手を阻むように仮面を付けた白い導服の男が立ちはだかる。
周囲の気配を探ると、数人の男たちが建物の影から俺たちの様子を窺っているのが分かった。ちっ、囲まれたか。
「お客さぁん、困るんだよなぁそういうイカサマされちゃぁ」
「さあ、何のことやら」
「あ? 舐めてんのかガキが」
ドスの効いた声。
すると急に俺の身体から力が抜けて、逆に男たちの気配が大きく膨れ上がった。
なんだこれ……力を吸い取られてるのか!? くそっ、転移もできねぇ!
「……結界に閉じ込められたみたいね。それもかなり高度な術」
レイラが俺にだけ聞こえる声量で囁き、レッグポーチから式札を取り出して臨戦態勢に入る。
「ウチの店は血の気の多い神や妖怪なんかもよく来るからよぉ、あんまり舐めたマネされっとメンツが立たねぇんだわ。イカサマ野郎には報いを受けてもらわなきゃならねぇ。分かるよなぁ?」
「はっ、この程度で有利気取ってんじゃねぇよ雑魚が! 御託はいいからかかってきやがれ!」
「野郎ッ! ブッ殺せッ!!!!」
号令と同時、周囲に隠れていた男たちがそれぞれ武器を振りかぶり一斉に飛び掛かってきた。
背後から青龍刀で斬りかかってきた男の攻撃を身体を半歩横にずらして躱し、青龍刀を振り抜いた腕を掴んで思い切りブン回して投げ飛ばす!
大きく吹き飛んだ青龍刀男が仲間の一人を巻き込んで派手に転がり、それを飛び越えてハゲピカ頭の男が三節混を振り回して躍りかかってくる。
「龍火蒼雷!」
横合いから飛んできたレイラの式札が空中で燃え尽き、龍を模った稲妻へと変わり三節混ハゲを黒焦げにする。
直後、槍を構えた三つ編み男がレイラに鋭い三段突きを放つが、レイラはそれをバク転で躱すと、姿勢を低くしたまま槍男の懐に素早く潜り込み、流れるように拳の連打を叩き込む。
男が怯んでたたらを踏んだところへ、レイラの上段回し蹴りが炸裂!
首を刈り取られた槍男は白目を剥いてその場に昏倒した。
互いに背中を預けるように立ち周囲に気を巡らせる。
五、六、七……くそっ、次から次から出てきやがって! どんだけいやがるんだコイツら!
「くっ! このままじゃジリ貧よ!」
「言われんでも分かってらぁ!」
「ふはははッ! ジワジワなぶり殺しにしてやるよぉ!」
こちらの力はどんどん抜けていくのに、相手はさらに強くなって数も増えていく一方だ。
くそっ、このままじゃ……!
ブォンブォンブォン!!!! ブォォォォォン!!!!
どこからともなく、腹の底に響くバイクのエンジン音が鳴り響く。
すると、次の瞬間────!!!!
「ひゃっほーう!」
「な、なんだ!?」
「ぐわぁーッ!?」
屋根の上からサイドカー付きのハーレーダビッドソンが降ってきて、俺たちを取り囲んでいた男たちを見事なターンで蹴散らした!
「乗って! さあ早く!」
サイドカーからひょっこり顔を出した少年に腕を掴まれ、強引にサイドカーの隙間に押し込められる。せ、狭い!
「しっかり掴まってな! トバすぜ! ヒィ────ハァ────ッ!!!!」
ブォォォォン! とエンジンを嘶かせ、ハーレーが男たちの輪を飛び越えて猛スピードで急発進した。
「に、逃がすな―ッ! 追え追え―ッ!」
慌てて追いかけようとする男たちを瞬く間に遥か後方へと置き去りにして、ハーレーは入り組んだ路地を縫うように走り抜けていく。
凄まじい運転テクニックを披露する赤いスカーフを首に巻いた猫目ゴーグルの男。
そんな……! まさかこんなことって!
「ヒッヒッヒ、久しぶりだなぁ晃弘。元気にしとったか?」
「じ、爺ちゃん!」
犬飼晃助。
去年ぽっくり逝ったはずの俺の爺ちゃんが、生前とまったく変わらない破天荒な笑みを浮かべてそこにいた。
キャージジイ!




