地獄温泉リゾート「湯〜とぴあ」休館のお知らせ
「やってくれましたね」
「ごめんなさい……」
「豊胸の湯が……(ボソッ)」
地獄の底から帰還した俺は、早速閻魔様からお呼び出しを食らってしまった。
一緒に呼び出されたレイラが鬼のような形相で俺を睨んでくる。
悪かったってば。
「まったく、地獄の炎を凍りつくなど現世時間でも一三〇〇年ぶりですよ。おかげで温泉リゾートも全部凍ってしまいました。利用していた獄卒たちも氷の中です」
「ホントすんません……」
「罪には罰を。ということで、凍ってしまった地獄の炎を溶かすためにあなたたちには天界までお使いに行ってもらいます」
「お使いっすか?」
「なんで私まで」
「彼のお目付け役です。天界は高天原におわす天照大神から、天の種火を分けて貰ってきてください。アレなら凍ってしまった地獄の炎も溶かせるはずです。天界への道は獄卒に案内させます」
と、そんな訳で、天界までお使いに行くことになってしまった。
獄卒に案内されて針の山の麓まで飛んでいくと、レトロなデザインの木造駅舎が見えてきた。
……なんで地獄に駅が?
「ほれ、特急『きゅうり』の乗車券、往復分だ。降りる駅間違えんなよ?」
よくよく見れば駅のホームにきゅうりとナスを模した汽車が止まっている。
「……ははっ、きゅうりの特急にナスの鈍行ってか」
「そりゃお前、転生待ちの亡者は星の数ほどいるんだぜ? お盆の帰省にいちいち馬や牛を用意してやってたら数が足りねぇよ」
「情緒もへったくれもねぇな」
ホント、なんだかなぁって感じだ。
ともあれ貰った特急券で改札を通り特急列車に乗り込む。乗客は俺たちしかいないらしい。
お互い両端の窓際席に座ると『ジリリリ!』とベルが鳴り、汽車が汽笛を鳴らしてゆっくりと動き出した。
ぐんぐん加速した特級きゅうりは、ふわりとレールを離れて空に向かって飛び上がり曇天の隙間から射す光の柱に向けて走り出す。
なんだか銀河鉄道みたいでちょっとワクワクしてきた。
……で、なんでアイツはさっきからチラチラこっち見てるんですかねぇ。気付いてないとでも思ってるのか。
くそっ、棟梁が変なこと言うから変に意識しちまうじゃねーか!
「だぁーっ! なんなんだよさっきからチラチラチラチラ! 言いたいことがあんならハッキリしろや!」
「べ、別になんでもないわよ! お目付け役なんだから監視してるだけよ!」
「こんなところで暴れたりしねぇよ! 小せぇガキじゃねぇんだからそんなに見なくても平気だっつの!」
「バス遠足の時はしゃぎすぎてゲロ吐いたのはどこのどいつよ!」
「ヤなこと思い出させんな!」
レイラがべーっと舌を出し、ぷいっとそっぽを向く。
窓の外を見る横顔が朱に染まって見えるのは、光の加減のせいだろうか。
『えー、まもなく高天原、高天原でございます。お降りの際はお忘れ物などございませんようお気をつけくださいませ。高天原の次はヴァルハラに止まります』
ホームに汽車が滑り込み、音も無くふわりと停車する。
汽車から降りると神社の境内のようなデザインの駅舎が俺たちを出迎えた。
駅を出てそのまままっすぐ進み、無数の大鳥居と石灯籠が連なる小径を抜ければ、階段状に遥か彼方まで連なり重なる巨大な平城がその威容を現す。
「ほへー、すっげー。京都御所が階段みたいになってらぁ」
「貴様ッ! 何者だ! ここは神々がおわす御所なるぞ!」
観光客気分で門前で突っ立っていると門番に槍を向けられてしまった。
「私たちは閻魔大王の使いです。地獄の炎が凍りついてしまったので天の種火を天照神より分けて頂くよう閻魔様より申し付かり参りました」
堂に入った仕草でレイラが一礼してにこりと微笑むと、門番の一人が僅かに顔を赤くして「しばし待たれよ」と門の中へ入っていく。
しばらくすると確認が取れたのか「どうぞお入りください」と俺たちは中へ通された。
「……お前、こういう時は頼りになるよな」
「アンタがボケーっとしてるだけでしょ」
迷路のように入り組んだ廊下を進み、何度も関係の無い部屋へ入ったり出たりしながら進むことしばし。
広い中庭の中央に、空へと続く大階段と出雲大社のような本殿が見えてきた。
「閻魔大王様お使いの、おなーりー!」
階段の下から門番が大声で俺たちの到来を知らせると、遥か見上げた先にある本殿から光が溢れて、頭の中に女神の声が直接流れ込んでくる。
『よくぞ参られました。話は閻魔様よりすでに伺っています。ですが、天の種火をすぐにお渡しすることはできないのです』
えっ、なんでですか。
『実は素戔嗚が酔った勢いで博打に負けて、いくつかの秘宝と一緒に同元に巻き上げられてしまったようでして……』
いや何やってんの素戔嗚様ァ!?
古事記に書いてある通り、かなり破天荒な神様のようだ。
脳内に天照大神の疲れ切った溜息が木霊する。
……ヤンチャな弟を持つと大変ですね。
『ええ、まったく。姉として頭の痛いかぎりです……。そんなわけですので、わざわざご足労頂いたのに大変申し訳ないのですが、天の種火はここにはないのです』
そうか……。まあ無いなら仕方ないな。
『恥を忍んでお願いします。仙界へ赴き、天の種火を取り返してきてはもらえませんか。素戔嗚に行かせてはまた大負けして帰ってくるだけでしょうし』
そりゃ一度ボロ負けした奴には任せられないよなぁ。
他の神様たちに頼もうにも、もし負けたらプライドが傷つくだろうし。
しゃーない。元々俺がやらかしたのが原因だし、いっちょやってやるか。
『もし他の宝物も取り返せたら、それはあなた方にお礼として差し上げます。愚弟の不始末を押し付けてしまい本当に申し訳ありません。仙界までの特急券はこちらで用意させていただきますね』
と、そんなこんなで特急券を貰い、俺たちは一路仙界を目指すことになった。
やっぱりお使いクエストは一筋縄ではいかないようだ。
「ったく、あんな安請け合いして負けたらどうするのよ」
駅のホームで待つ間、レイラが溜息交じりに聞いてきた。
「んなもん負けた時に考えればいいだろ」
「やっぱり何にも考えてなかったのね」
「うっせー、勝てばいいんだよ、勝てば」
「ホントに大丈夫なのかしら……」
しばらくすると汽車はすぐにやってきた。
またお互い両側の窓席に陣取り、汽車が汽笛を鳴らして発車する。
窓の外を物憂げな表情で眺めるレイラは、それだけで一廉の絵画のようだ。
「……何見てんのよ」
「べつに」
絵になるな、なんて、面と向かって言えるわけがない。
「…………何よ、人には見るなって言ったくせに自分だって見てるじゃないの」
レイラが不機嫌そうに鼻を鳴らして窓の外を向く。
気まずい沈黙。
鬼の棟梁の言葉が脳内で何度もリフレインする。
諸行無常。変わらないものなんてない、か……。
そういえば俺、コイツが今までどんなふうに生きてきたかとか、何にも知らないんだよな。
臥龍院さんに拾われてメイドとして働いてたってことはなんとなく知ってるけど、それだけだ。
「なぁ」
「……なによ」
「いや、さ。俺、お前のことなんも知らねぇなって思って」
「……知ってどうするのよ。全部忘れてたくせに」
どこか拗ねたようにレイラが窓の外に視線を逸らす。
「何拗ねてんだよ」
「うるさいわね! アンタには関係ないでしょ!」
「はぁ!? そんな言い方ねぇだろ! ちょっと気になったから聞いただけじゃねーか!」
何怒ってんだよ。訳わからん。
結局それっきり険悪なムードになってしまい、仙界に着くまで無言の時間が続いた。
『えーまもなく仙界、仙界です。仙界の次はニルヴァーナに停まります。お降りの方はお忘れ物などございませんようお気をつけください』
汽車が停まりホームに降り立つと、そこから仙界の様子が一望できた。
うっすらと霧に煙る大地には、先端が苔生した槍のような岩山がそこかしこに突き立ち、空には無数の大岩が浮かんでいる。
駅舎を出ると、綺麗な朱色が映える立体的な街並みが俺たちを出迎えた。すげー、中華ファンタジーだ。
「おや、神様と人間の組み合わせとは珍しいね」
駅前の大通りを観光気分でブラブラ進むと、蒸し饅頭屋のセクシーなお姉さんが声をかけてきた。
うひょー、際どいチャイナ服だなぁ。
「ちょっと道を尋ねたいんですけど、この辺に賭場ってあります?」
すかさずレイラが道を尋ねるとお姉さんは「饅頭買ってくれたら教えてあげるよ」と笑い返す。
「あ……そういえば私たち仙界のお金なんて持ってないじゃない」
いまさら無一文なことに気付いてたじろぐレイラを横に、俺は掌いっぱいに作り出した砂金を店のコイントレーにドサッと乗せた。
「これでいい?」
「……こりゃ驚いた。全部本物じゃないか。こんなに貰っちゃ店ごと売っても足りないよ。お題はこれで十分さね」
と、お姉さんは中粒の砂金を一つ抓んで、紙袋いっぱいの蒸し饅頭を俺に手渡してくる。
桃の甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。うん、美味そうだ。
「賭場はこの道を真っすぐ行って、二つ目の角を曲がった先にあるよ」
「サンキュー。ほれ、行くぞ」
ポカンと口を開け目を丸くするレイラに桃の蒸し饅頭を一つ押し付け、俺たちは賭場を目指して歩き出した。
RPGのお使いクエストであちこちたらいまわしにされるのは基本




