地獄温泉リゾート「湯~とぴあ」
喜べ、温泉回だぞ
獄卒に案内されて地獄のリゾート地へやってきた俺たちを出迎えたのは……
「いやこれ健康ランドじゃん」
それも田舎の山奥にあるような、地元の年寄りしか利用者がいなさそうな若干寂れた感のあるアレだ。
リゾートと呼ぶにはあまりにも飾りっ気のない無個性な四角いコンクリの建物。
カラフルかつポップな字体の『地獄温泉リゾート湯~とぴあ』なる看板がなんともチープな感じだ。
「まあ確かに見た目はクソダサっすけど、中は綺麗で広いし快適なンすよココ。獄卒にも開放されてるンで、オラもよく利用してるっす」
と、俺たちを案内してくれた鬼のお兄さんの後に続き入り口の暖簾をくぐる。
鬼ぃさんの言う通り、中は見た目に反して広く綺麗だった。
受け付けで無料券を見せて部屋の鍵を貰い、暖色系の明かりで照らされた板張りの廊下を進む。
館内図によれば温泉の他にも、食事もできる畳の宴会場やカラオケルーム、各種スポーツコートに漫画コーナー、ゲームセンターに手もみマッサージと、設備もかなり充実しているみたいだ。
宿泊施設は渡り廊下で繋がった別館にあるらしい。
「ここの漫画コーナー、現世で作者が死ンじまって未完のまま終わった作品の続編も置いてあるンで中々楽しめるっすよ。ンじゃ、オラはゲーセンで遊んでるンで、なンかあったら声かけてくだせぇや」
と、鬼ぃさんは陽気に笑い地下のゲームセンターへ向かい去っていった。
「……じゃあ、こっからは自由行動ってことで」
「ええ、そうね」
そっけなく返事を返し漫画コーナーへと去っていったレイラの背中をぼんやり見送り、思わず溜息が漏れる。
今までテンション上げて誤魔化していたが、あんな寝言を聞いてしまった後なのだ。気まずくないわけがない。
しかもポロっと漏れた一言を聞かれたかもしれないと思うと、もう気が気じゃなかった。
「くそっ、なんで俺がこんなに気疲れしなきゃいけねぇんだよ……」
せっかく温泉があるんだ。風呂でも入ってさっぱりしよう。
と、そんなわけでやってきました温泉コーナー。
男湯の暖簾をくぐり脱衣所で服を脱ぎ、カゴに入れてあったタオルを片手にいざ風呂場へ。
「へぇ、結構広いのな」
扉の城ほどではないが中は広々としていて、泡風呂や薬湯、電気風呂、お湯の滝なんかもあったりして中々楽しめそうだった。
案内板によると、ここのお湯は三途の川の水を地獄の炎で沸かしたものを使っているらしい。
身体を洗い流してまずは気になっていた泡風呂へ。
おほほほほ、ちょっと熱めだけど水流が全身を刺激して気持ちいいぞ。
タマタマの裏にジェット水流当てるの、ちょっとクセになりそうだ。
「お、誰かと思えば昨日の兄ちゃんじゃねぇか」
「あ、棟梁。こんちわっす」
と、ここで偶然にも鬼の棟梁と再会した。
獄卒にも開放されてるって話だったし、やっぱみんな利用してるんだな。
「昨日は悪かったな。こっちの手違いで慣れねぇ酒飲ませちまって」
「いや、あれは分かんないっすよ。本当にジュースみたいだったし」
「まあ仙桃を発酵させた酒だからなぁ。俺らからすりゃジュースと変わんねぇけどよ」
悪酔いせずにスッキリ飲めたし、大人になったらまた飲んでみたいな。
「ところでよ。兄ちゃんの女、すっげー美人だよなぁ。仙界にだってあそこまでの別嬪さんはそうそういねぇぞ」
「べっ、別に俺たちそういう関係じゃないっすから!」
「んあ? じゃあどういう関係なんだよ」
「……幼馴染っすよ。昔っから喧嘩ばっかしてたけど」
「はっはっは、喧嘩するほど仲がいいって昔から言うじゃねぇか」
「どっちかって言えば犬猿の仲っすけどね」
昔から何かにつけて突っかかってきたよな、アイツ。
やれ鼻をほじるなだの、宿題忘れるなだの、真面目に掃除しろだのと。
真面目で口うるさい委員長で、女子からは頼りにされてたけど、男子からはウザがられてたっけ。
「それでも、地獄まで一緒についてきてくれたんだろ」
「……まあ、そっすね」
確かになんだかんだ言いつつも、昔から面倒見のいい奴ではあったよな。
俺が事件に巻き込まれたときだって何度も手助けしてくれたし、アイツのおかげで助かったことも一度や二度じゃない。
逆にアイツがピンチの時は何度も助けてやったから、お互い借りを作りたくなかっただけだろうけど。
「だぁー! もう、まどろっこしいな! 好きなのか嫌いなのかハッキリしろや!」
「なんで棟梁がキレてるんすか!?」
「お前みたいに煮え切らねぇ奴見てっと尻がムズムズしてくんだよ! で、好きか嫌いか、どっちだ!」
「そりゃ嫌いではないけど……! けどアイツにそういう感情向けること自体がなんか悔しいっつーかなんつーか……! だーっ! もう! 分かれよ!」
「分っかんねぇよ!」
棟梁が口角泡を飛ばす勢いでがなり立てたかと思えば、小さく舌打ちして「これだから人間ってやつは」と、眉間を揉みつつ大きな溜息を吐いた。
「……地獄の獄卒なんてやってっとよ、色んな理由で地獄に落ちてきた奴を見るんだわ。で、男の大半は女がらみでここに落ちてくる」
そりゃあ極論言えば世の中男と女しかいないからな。さもありなんって感じだ。
「そんな奴らの中にゃ、今のお前さんみてぇな状態のまま踏み出せずに全部失ったバカが星の数ほどいるわけよ。幼馴染に気持ちを伝えきれねぇままでいたら別の男に取られちまって、嫉妬に狂って女諸共殺しちまった奴とかな」
「いや、流石にそれは……」
「自分がそんなことするはずねぇってか? 今はそうでもこの先は分からねぇだろ。諸行無常。変わらねぇものなんて何もねぇんだよ。お前さんも、あのお嬢ちゃんもな」
浴槽に背中を預け、天井をぼんやり眺めながら棟梁がゆっくりと息を吐く。
諸行無常、か。
「あーあ、ガラにもなく説教なんざしちまったぜ。俺ぁそろそろ上がるわ」
言うだけ言って棟梁は湯船から上がり風呂場から出ていってしまった。
「……分かってんだよ。そんなこと」
ずっとこのままではいられない。
いつかどこかでケジメは絶対につけなきゃならない。
「だぁーっ! こうなりゃ修業だ修業!」
すでに借りは返した。アイツも今を受け入れ、過去を乗り越えようとしている。
だからこれは俺の自己満足で、余計なお世話なのかもしれない。
けど、アイツが抱え込んでいたものに触れて、後ろめたいままでいるのは嫌だから。
今度の大会で優勝して、魔王に消されたレイラの過去を取り戻す。
それでようやく、俺たちは前に踏み出せる気がするから。
☆
「へぇ、リゾートを名乗るだけのことはあるわね」
漫画コーナーで時間を潰し、宴会場で軽く夕食を済ませた麗羅は、利用客が減った頃合いを見計らい温泉コーナーへ足を運んだ。
女湯の内装は男湯とそう変わらないが、美肌の湯など女性に嬉しい変わり風呂がいくつかあった。
長い髪を丁寧に洗い流し、ついでに身体も洗って、乳白色の湯に肩まで浸かる。
桃のような爽やかな甘い香りがふわりと広がり、思わず「ほっ」と声が出た。
「……なんの湯かしら」
「仙桃の湯だよ。とっても肌にいいんだ」
「ひゃっ!? え、閻魔様!?」
いつの間にやら隣に座っていたのは、男の装いを解き一糸まとわぬ姿になった今代の閻魔大王その人だ。
「今はオフだから閻魔様はやめてほしいかな」
「あ、すいません……じゃあなんてお呼びすれば?」
「うーん、じゃあ山田さんとでも呼んでくれたまえ」
「いや、山田さんって……」
確かに閻魔のモデルになったとされるインド神話の冥界の神の名はヤマであるが、それにしたって山田さんでは威厳も何もあったものではない。
「ちなみにこのお湯、微かにだけど豊胸効果もあってだね」
「っ!!!!」
一心不乱であった。
逆に胸がすり減るのではというほどの勢いで、どうにか温泉成分を染みこませようと麗羅がほぼゼロに等しい胸をこねくり回す。
「まあ、そんなすぐに効果が出るようなものでもないんだけどね。大会の日まで毎日入ればAくらいにはなれるんじゃないかな」
「入ります。毎日でも、なんなら一日中でもッッ!!!!」
閻魔、もとい山田さんの形のいい胸元を凝視して、鼻息荒く麗羅が言い切った。
C……いやDはある。誰よりも公正で清廉潔白な山田さんが言うのだ。毎日入れば自分もあるいは。
「ふふっ、どこかの誰かさんは実は胸より太もも派みたいだけどね」
「な、ななな何の話ですか急に!?」
「え~、分かってるくせに~」
「……からかわないでください」
山田さんの前で嘘は吐けないので、湯船に鼻先まで浸かってブクブクと黙り込むしかなかった。
「ふふふ、ごめんごめん。今度の大会、もし優勝したら何をお願いするんだい?」
「……そんなこと聞いてどうするんです?」
「ただの興味本位さ。答えたくなければ答えなくていいよ。今のボクはオフだからね」
「……過去を取り戻したいです」
「魔王が奪ったみんなの記憶を元に戻したいと?」
麗羅が小さく頷く。
父は気が遠くなるほどの苦行に耐えて、自分のことを覚えていてくれた。
晃弘の力により、父は無理をせずとも自分のことを覚えていられるようになり、おかげで母とも再会できた。
再会した母は自分を受け入れようとしてくれているし、麗羅もそれは嬉しく思っている。
だが、それでも思ってしまうのだ。
もし全員が自分のことを思い出してくれたら、どんなに嬉しいだろうかと。
自分でもわがままを言っていると理解している。
それでも、半端に奇跡を体験してしまった以上、願わずにはいられない。
「……お母さんと再会する前、少しだけ期待してたんです。もしかしたらお母さんも昔のこと覚えててくれているんじゃないかって」
しかし、現実は非常で、無情だった。
「覚悟は、してたんです。でも、やっぱり辛くて……っ」
母との間に感じた、明らかな壁。
お互い歩み寄る努力はしている。それでも、その壁はあまりにも高く、厚い。
込み上げる感情が麗羅の頬を濡らし、湯船に雫が落ちる。
「……そう簡単に割り切れるものではないさ。大丈夫、優勝すればどんな願いも思うがままだ。立場上ひいきはできないけど、個人的に応援しているよ」
山田は麗羅の肩をそっと抱き寄せ、少女が泣き止むまでの間、その涙を胸に受け止め続けるのだった。
麗羅ちゃん初めての入浴シーンなのに色気が全然ない不思議!




