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初仕事 2

 四〇四号室の悪霊をお掃除した後も、事故の多い交差点、多くの自殺者を出したビルに面した裏路地、落書きだらけの高架橋下と、近い現場から順に自転車で回ってすべて「波ぁッ!」の力技で強引に片付けていった。


 そうこうしているうちに日も暮れてきて、とうとう残る依頼も最後の一つ。



「ここで最後か……」



 最後の依頼は、今日の依頼の中で最も難易度の高い依頼。

 場所は夜鳥羽市の東にある高級住宅街の中に建つ、白い壁と青い三角屋根が特徴的な、洋風のお屋敷。表札には『倉敷』とある。


 依頼内容は「夢に囚われた少女の救出」。


 なんでも、この家のお嬢さんが数ヵ月前に眠ったきり、一向に目覚めないのだとか。


 この依頼だけ時間に指定があり、やる前に一度連絡を送るようにと注意書きがあったので、すでに逢魔さんには連絡を入れてある。

 彼から帰ってきた返事によると、今回の依頼は協力者が二人いるので、依頼者宅の前で待つようにとの事だったが……



「げっ……! なんでアンタがここにいるのよ」



 しばらくして現れたのは、胸元の赤いリボンが黒地に映える、セーラー服姿の貧乳狐。もとい、ツンデレイラだった。


 ちなみに、今は狐の耳も尻尾も生えていない。ぱっと見、ただの現実離れした美少女である。ほんと、顔だけはいいのに……。顔だけは。


 しかもあの制服、この辺では有名な夜鳥羽女学院高校のやつだ。

 なんだろう、お嬢様学校への幻想が一気に崩れた気がする。



「それはこっちのセリフなんだが? つーか助っ人ってお前かよ」


「だからなに? 大体なんでアンタがこの仕事受けるのよ。力業しかできない脳筋のくせに」


「な、なんだとぉ!?」



 く、悔しい! でも事実だから何も言い返せない!

 な、何か反撃できる材料はないのか!?

 ……そうだスカウター! つー訳で、スカウターオン!



「ふ、ふんっ。戦闘力たったの……えっ、五〇万!? ……意外と強いなお前」


「いきなり何よやぶからぼうに。戦闘力とか馬鹿じゃないの? 漫画じゃあるまいし」


「だが俺の戦闘力は六六万。つまりお前じゃ逆立ちしたって俺には勝てないって事だ! やーいザーコザーコ!」


「コイツ……ッ! ケンカ売ってるなら買うわよコラァ!」



「はいはい、そこまで。二人とも仕事前に喧嘩すなや」



 と、あわや一触即発という空気の中現れたのは、黒のスカジャンを羽織った糸目の男だった。

 歳は二〇歳くらいだろうか。

 ヴィジュアル系みたいな銀髪の頭で、ダボダボのダメージジーンズを穿いており、腕や首には大量の数珠や十字架をアクセサリーのようにぶら下げている。


 何と言うか、この上なく怪し気な男だ。戦闘力は……



「ふふふ……。秘密♡」


「ひぃっ!?」


 戦闘力を測ろうとしたら両手で顔を押さえられて耳元で囁かれた。怖い。

 しかも数値が激しく変動して測定不能だし。マジで何者だよこの人。


「ワイは九十九(つくも)一二三(ひふみ)。最近この街に来たばっかの悪魔祓い(エクソシスト)や。麗羅チャンとはこれで会うのは三度目やんな? 相変わらず超絶美少女やなぁ、結婚しよ?」


「お断りよ! ったく、今回は協力者が二人いるとは聞いてたけど、まさかコイツらだったなんて……恨むわよ逢魔さん」


 エセ関西弁の糸目エクソシスト! キャラデザこってこてかよ!

 それにしても、やっぱりいるんだなエクソシスト。


「俺は犬飼晃弘っす。職業は……ある日突然目覚めちゃった系のなんちゃって退魔士、兼、高校生ですかね?」


「ははっ、わかりやすい自己紹介どーも。犬飼クンもよく見ればかなり可愛い顔しとるやん。なんや、性転換(TS)したら美少女になりそうな……」


 ヒエッ……。なんか急にお尻の穴に寒気が。

 あんまりこの人には近づかないようにしよう……


「ったく、二人とも馬鹿やってないでさっさと行くわよ」


「あっはは、ごめーん麗羅チャン。ほな、行こうか犬飼クン♡」


「あ、あの……距離が近いっす」


 どうしよう。距離を離そうとしてるのに、逆にどんどん近づいてくる。

 あの、肩に手回すの止めてくれません? なんか触り方がやらしいんですけど。ねぇ?



 ◇ ◇ ◇



 ツンデレイラが門のチャイムを鳴らすと、七〇そこそこの、やつれた感じの老夫婦が俺たちを出迎えてくれた。

 この老夫婦が今回の依頼主であり、問題の女の子の父方の祖父母らしい。



「では、詳しいお話を聞かせていただけますか?」



 大きな暖炉とソファーがある応接間に通され、テーブルを挟む形でご主人と俺たちが向かい合うと、出されたお茶で唇を湿らせたツンデレイラが早速話題を切り出す。



「はい……。あれは、今から一年ほど前の事でした────」





 お爺さんの話によれば事態の経緯はこうだ。

 まず、お孫さん(カリンちゃんというらしい)は、一年ほど前から毎晩、奇妙な夢を見るようになったらしい。


 なんでもそれはとてもリアルな翌日の夢で、実際に目が覚めた翌日には、夢の中で見た出来事と全く同じことが起きるのだという。


 カリンちゃんはその夢のお陰で新しい友達ができたり、時には命を救われたこともあり、その不思議な夢に感謝して、毎晩眠るのを楽しみにしていたそうだ。


 ところがある日を境にその夢は悪夢ばかりを見せるようになった。


 最初は本人が気を付ければ回避できる程度のものだったようだが、やがて悪夢は本人の努力ではどうにもできない事を見せるようになっていった。


 悪夢で見た出来事が現実でも起こり、最愛の両親さえも失ったカリンちゃんは深い悲しみに暮れ、それを回避できなかった自分を責めた。


 そして彼女は眠ることを極度に恐れるようになり、ついには自らを手錠で吊るして、その痛みで眠らないようにするまでになった。


 それを見かねた祖父母夫婦が医者に相談して、薬で眠らせるようにしてからも悪夢は続き、とうとう半年ほど前に、闇の中に囚われて消えていく自分の夢を見たと祖父母に告げ────


 それ以来、彼女は目を覚まさないのだそうだ。





「────八方手は尽くしましたが、孫娘は未だに目を覚ましてくれません。そんな折に、臥龍院派遣さんの噂を聞きました。なんでも、本物の霊能力者を派遣して、どんな難題も解決してくれると」


「きっとあの子は、悪夢の中に囚われ続けているんです。どうか、どうかお願いします! あの子を、花梨ちゃんを悪夢から救ってください! あの子にまで先立たれたら、私たちは生きる希望を失ってしまうわ……」



 老夫婦が涙ながらに頭を下げてくる。

 臥龍院派遣というのは恐らく、いくつかあると言っていた彼女の肩書きの一つだろう。

 どういうご縁があって臥龍院さんにたどり着いたのかは知らないが、きっとわらにも縋る思いだった事は容易に想像できる。


 今までの「波ぁッ!」すれば片付くような依頼とは毛色が大分違うが、俺にできる事なら助けてあげたい。


「よっしゃ! わっかりました。この九十九一二三、全力で花梨さんを悪夢から解放して差し上げましょう!」


 胸をドンと叩いて自信たっぷりに言い放つ九十九さん。

 しかし仕草が妙に芝居がかっていて、やっぱりどこか胡散臭い。


「私も全力でお手伝いさせていただきます。ご安心ください、我々はプロです。必ずやお孫さんを救ってみせますわ」


 レイラもそれに続くように自信に満ちた笑顔でお爺さんの手を取った。


 だ、誰だお前は!? 俺の知ってるお前はもっとやる気だけが空回りしてる感じの貧乳駄メイドだっただろ!?

 こんな「プロフェッショナル感」溢れるデキる女じゃあ、断じてないっ! 突然謎の演技力発揮しやがって!


 しかも俺までなんか言わなきゃいけない空気作りやがったコイツ。


 え、えーっと、どうしよ。セリフなんて考えてないよ。駄目だ、なんも思いつかねぇ!?


 ええい! とりあえず腕組んで頷いとけ!


「あなた方だけが最後の望みなんです! どうか、花梨ちゃんの事を宜しくお願いします」


 その後、老夫婦に案内されて花梨ちゃんの部屋へと通される。

 可愛らしい小物やぬいぐるみで飾られた部屋のベッドの上では、点滴の管に繋がれた中学生くらいの女の子が深い寝息を立てて眠っていた。


「今の所容態も安定しているので、在宅療養という形でここに寝かせているんです。妻が元看護士ですから、点滴は妻が代えています」


「そうですか。ほんなら早速始めさせてもらいますわ」


 そう言って九十九さんはスカジャンのポケットから、チェーンの先端に宝石のついた振り子のようなものを取り出すと、花梨ちゃんの身体の上に振り子を垂らして何かブツブツと唱え始めた。


 彼の体から霊力の青白いオーラが立ち昇り、部屋全体が俄に神聖な空気に包まれる。

 すると、規則的に揺れていた振り子が、物理法則を無視するような出鱈目な動きを取り始め、先端の宝石が瞬いて音を立てて砕け散ったではないか!


「きゃっ!? い、今のは……!?」


 お婆さんが驚き、悲鳴を上げる。


「……こりゃやっぱり、悪魔に憑かれとりますわ」


「あ、悪魔!? そんなものが本当に……!?」


 よろめいたお婆さんを支えながら、お爺さんが九十九さんの言葉に目を見開く。


「ええ、おりますよ。世間一般では空想の産物なんて言われとりますけどね」


 そっか。いるのか、悪魔。

 まあ、幽霊だっているんだから、悪魔だっていてもおかしくはないけどさ。


「ちゅー訳やもんで、二人にはこれから花梨ちゃんの夢の中へ入ってもらって悪魔を退治してきてもらいまーす。何か質問ある?」


「特にないわ」


「いや、あるだろ!?」


 もっと初心者の俺にも分かりやすくお願いします。


「なんや、犬飼クンは悪魔祓うの初めてかいな」


「今までは専ら幽霊ばっかりだったんで」


「ぷふっ……。霊力ぶっ放すしか能のない脳筋だもんね」


「うっせー!」


「そっかそっか。ならしゃーないわ。ほんならお兄さんが悪魔退治の基本をざーっくりと説明したるで、鼻の穴かっぽじってよぉ聞きや?」


「ほじる穴そこちゃうやろ」



 まず、悪魔とはなにか?

 これは高次元に存在する精神存在なんだとか。

 なんのこっちゃと思うかもしれないが要するに、



 人間に敵対的、あるいは悪意的に接してくる奴らが悪魔や悪神で、


 逆に人間に友好的、あるいは善意的に接してくる奴らが天使や善神。



 ……って事らしい。

 つまり神も悪魔も天使も、その本質は同じものというわけだ。

 ただし天使や善神の善意や好意が必ずしも人間の益になるとは限らないし、その逆もまた然り。


 なのでエクソシストというのはなにも悪魔だけを祓うのではなく、人間に害を成す精神存在たち全般を相手にする者の事なんだそうだ。


 そして悪魔や天使にはそれぞれ爵位や位階がある。まあ、早い話が強さのランクだ。


 今回花梨ちゃんに取り憑いているのは公爵級。

 ランク的には魔王級、大公級と続いて、上から3番目の結構ヤバい奴らしい。


 このクラスになってくると、悪魔は宿主の精神を起点に異界を形成するため、外部から直接的に祓う事が難しくなってくる。


 九十九さんが言うには宿主の精神を人質に取った立てこもりみたいなもの、とのことだ。

 なので悪魔を祓うためには、どうにか異界の中に侵入して宿主の中から悪魔を追い出す必要がでてくる。

 それで先程の夢の中へ云々という話に繋がる訳だ。



「悪魔の異界って、そんなのどうやって入るんですか?」


「二人が寝てる間にその精神を夢の中に送り込むんや。異界には必ずどこかしらに、いざという時のために悪魔自身が用意した抜け道がある。そこを探して突入する訳やな」


「成程、つまり銀行の裏口みたいなもんですか」


「そゆこと。裏口から特殊部隊を送り込んで、中に立てこもった強盗を制圧するっちゅー訳や。ほんで逆に、宿主と悪魔が何かしらの折り合いを付けて、裏口を完全に封鎖して協力し合っている状態が、所謂、『悪魔使い』やな」



 中二心溢れる素敵ワードキタコレ! 

 悪魔との契約で手にした禁忌の力、みたいな? いいなぁ、俺もそういうの欲しい。



「……とまあ、そんな感じやから、わいは今から準備に取り掛かるで、二人はこれ飲んで待機しとってな」


 と、九十九さんがスカジャンのポケットから、白い錠剤の入った小瓶を取り出す。


「これは?」


「ただの睡眠導入剤や。夢の中へ入るんやから、眠っとらんと話にならんやろ? 三〇分もすれば効いてくるから、今の内に飲んどいてくれ」



 瓶に張られたラベルを見ると『一五歳以上~一日三錠』と書いてある。


 気を利かせてくれた夫妻が、水と布団を用意してくれた。

 知らない人から貰った薬なので正直怖いが、麗羅の奴がためらいなく飲んだので、俺も布団の上に座って薬を水で流し込む。


 後は眠気が来るまでオフトゥンの上で待つだけなので、本物のエクソシストのお仕事を横から見学させてもらう事に。


 と言っても、九十九さんはさっきからずっと、花梨ちゃんの周囲に十字架や宝石を並べてブツブツと呪文みたいなものを呟いているだけなのだが。


 九十九さんの呪文に共鳴して十字架や宝石から霊力の光が立ち昇り、それらが空中で繋がって円を描いて揺らめく光景は何とも神秘的で、見ていて飽きない。



 ……でもこれ、霊感無い人が見たらただのインチキ霊媒師にしか見えない奴だよな。



 などと考えている内に、薬が効いてきたのか、瞼が重たくなってくる。

 眠気を誘うリズムの呪文も手伝って、いつしか俺の意識は深い眠りの底へと沈んでいった────



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