打ち上げパーリィ!
「ほな、魔王討伐を祝しまして。地球を救った英雄たちにカンパーイ!」
『乾杯!』
企画者の九十九さんが音頭を取り、参加者たちがグラスを掲げて焼肉パーティが始まった。
魔界から帰ってきて今日で二日。
諸悪の根源を滅ぼしたおかげで魔王軍は空中分解。異世界プロンテイを支配していた魔王軍の残党も一昨日と昨日の二日をかけて狩りつくしたことで、二つの世界にようやく平和が訪れた。
今日はそんな大勝利を祝して、九十九さん出資企画による高級店を丸々貸し切っての焼肉パーティだ。
参加者は九十九さんを先頭に、俺、マサ、タッツン、レイラ、涼葉、ベルダさん、エカテリーナ、小春、それから何故かシスターマリアも含めた計一〇名である。
「なんで私が魔術師協会のクソ女と一緒に食事なんて」
「嫌なら帰っていいんですよ~? 異端神滅官の狂信者なんかいたらメシマズどころかお肉が腐っちゃいます~」
シスターマリアと涼葉がテーブルを挟んでバチバチと視線をぶつけ合う。
この二人、聖十字教会の筆頭異端神滅官と魔術師協会の副会長という立場以前に、そもそもウマが合わないらしい。
「ほれ、二人ともそうバチバチすなや。肉食え肉」
九十九さんが胡散臭い笑顔で焼いた傍から二人の皿に肉を山のように盛っていけば、二人とも視線はそらさないまま競い合うように盛られた肉をパクパク口に詰め込んでいく。
「くっくっく、ホンマこの子らおもろいわぁ」
そんな彼女たちを見て九十九さんがニヤリと口の端を釣り上げビールを呷る。
アンタも大概いい性格してんなオイ。
「うまっ! なんだこの肉うっま!」
「ほう、下処理に手抜きがないな。いい腕だ」
マサが焼けた肉からモリモリ平らげていく隣で、私服姿のベルダさんがホルモンを生のままモチャモチャ食っていた。
流石異世界の肉食系女子(物理)。獅子の獣人だけあって内臓機能もハンパじゃないらしい。
結局ベルダさんはこの世界に残ると決めたようで、臥龍院家の新たなメイドとして住み込みで働き始めたらしい。
今日はオフだからメイド服じゃなくてイケイケなギャルファッションだが、もともとモデル並みにスタイルも良いし、顔もゴージャス系の美人だから何を着ても似合う。
「マサヤも食え。美味いぞ」
「いや流石に内臓系は焼かないと腹壊すって!? オレのカルビ分けてやるから食えよ。こっちも美味いぞ。ほれ、あーん」
「あーん」
バカなッ、マサが自分の肉を他人に分け与えただとッ!?
彼女ができると人はここまで変わっちまうもんなのか。
「はい涼葉さん、お肉焼けましたよ。あーん」
「あ~ん。う~ん美味しいですぅ~♪ 辰巳くんもあ~ん」
「ムッキ―ッ! なんですか当てつけですか! 人の目の前でイチャコライチャコラ!」
「あっれ~? 羨ましいんですか~? 神様に操を捧げたシスターのくせに~?」
「う、うううう羨ましくなんかないもんっ! 神に誓って! ええそうですとも!」
彼氏を使ってマウント取り始めた涼葉に、シスターマリアが顔を真っ赤にして涙目になる。
タッツンもデレデレしてんじゃねぇよ、みっともねぇ。
「はい兄ちゃん。お肉焼けたよ」
「お、サンキュー」
「ほら、二人ともお野菜もちゃんと食べなさいよ」
「ん」
小春が焼けた肉を俺の皿に乗せて、横からレイラが皿の隙間に大根サラダを強引によそってくる。
うむ、肉の油が大根でさっぱりしてイイ感じだ。うまうま。
「やっぱりどう見ても夫婦の距離感なんだよなぁ」
「「だから違うって!」」
「そういうとこだってば。そういえばレイラさんって兄ちゃんの学校に転入したんだよね? 前はどこにいたの?」
小春が焼けた肉をレイラの皿に盛りつつ話題を振る。
「夜鳥羽女学よ」
「えー! 超お嬢様学校じゃん! じゃあ兄ちゃんの学校だと偏差値だいぶ下がったよね。お嬢様の都落ちじゃん」
「いや都落ちって……まあ、言いたいことはなんとなく分かるけど。私の場合は仕事柄表の身分も必要だから通ってるだけだし。ご主人様の言いつけだもの」
「あ、そっか。レイラさんメイドさんなんだっけ。すごいなぁ」
「私なんでまだまだよ。それにあの城なら時間を気にせずいくらでも勉強できるしね。なんなら勉強教えてあげるわよ? 小春ちゃん来年受験でしょ?」
「ホント!? うわー助かるー! レイラさんマジ女神!」
「ふふっ、もぅ。小春ちゃんは可愛いわね。ほら、お肉焼けたわよ」
うんうん。世界一可愛い俺の妹だぞ。
ホント、すぐ誰とでも仲良くなるよな小春は。いいことだ。
「まさかアンタに焼肉奢られる日が来るとは思ってなかったわぁ。ヒフミツクモ」
と、少し複雑そうな顔でハイボールのグラスを傾けるのはエカテリーナだ。
元吸血鬼と元異端神滅官。俺の知らない因縁があるのだろう。
「硬いなぁ。ヒフミンでええのに」
「死んでも言わないわよバーカ」
「今日は来てくれてありがとうな。ワイもエリ―とこうして飲める日が来て嬉しいわ」
「気安く呼ばないで! …………昔の恩を返しに来ただけよ」
「ハハハ、そら助けた甲斐もあったわ」
何があったんだろう。気になるなぁ。
けど聞いてよさそうな雰囲気じゃないし、とりあえず肉食っとこ。
人の金で食う焼肉は格別だな! うまうま。
「いやー、人の金で食う焼肉は美味いのう」
「まったくだな。…………って、誰だよアンタ!?」
ふと気が付くと俺の正面に知らないジジイが座っていて、俺が育てていた肉を勝手に食っていた。
やけに後頭部の長いジジイだな。しかも俺以外誰もコイツに気付けてない。
「あんた、ぬらりひょんか」
「ヒッヒ、そう呼ぶ者もおるのぅ。お主にちっとばかし話があってな。勝手に食わせてもらっとるよ。おーい姉ちゃんやい、タン塩の皿追加しとくれ、あとビールもな」
まったく遠慮する様子もなく勝手に注文して、駆けつけ一杯ビールを飲み干す妖怪総大将。
「で、なんだよ話って」
「ヒッヒ、地獄の閻魔様から言伝じゃ。今夜〇時ちょうどにこれを持って冥道山の祠へ来い。お前さん一人だけでな。無論、このことは誰にも話してはならんぞ」
いつの間にか背後に回り込まれ、するりとすり抜けるように手の中に一枚の木札を握らされる。
木札の表面には複雑で不気味な模様が墨で描かれていて、なにやら背筋が寒くなるような霊力を放っていた。
「閻魔様が俺に何の用だよ。別に悪いことした覚えは……まあ割とあるけど、地獄に落ちるほどではないだろ」
「さてな。ワシは言伝を頼まれただけの使い走りじゃ。閻魔様の御心までは伺い知れぬわい。じゃ、伝えることは伝えたからのぅ」
「……あれ?」
目の前にいたはずのジジイがいない。いつの間に帰ったんだ。
神化が進んで知覚力も大幅に上がっているはずなのに、それすらくぐり抜けていくなんて、やはり妖怪総大将の名は伊達じゃないらしい。
「どうしたのよボーっとして」
レイラが訝しげな目で俺の顔を覗き込む。
「いや……なんでもない」
手の中で不吉な気配を放つ木札をレイラの視線から隠して、俺は適当にはぐらかす。
……言えない。言ったら何か嫌なことが起こる気がしてならなかった。
くそっ、また厄介事に巻き込まれちまったみたいだな。
次回から新章開始!




