魔神
暴風に煽られてもみくちゃになりながら、どうにか体制を立て直した船は山の中腹へと着陸する。
うえっぷ……ぎぼじわるぃ。
激しい揺れに晒され全員がグロッキー状態になって参っていると、操縦席の通信機にノイズが走った。
『────……ますか。聞こえますか』
「この声、臥龍院さん!? はい、聞こえてます!」
操縦席のタッツンが通信機に話しかけると、「ああよかった」と少しホッとした声が通信機から漏れて、臥龍院さんが本題を切り出す。
「今、そっちで魔神が復活した気配がしたのだけど、どうなっているのかしら」
「魔神って、あの一〇本腕の巨人ですか?」
「やっぱり。もうそんな段階まで再生していたのね。今から私もそっちに行くから、詳しくはそっちで話すわね」
「えっ!? あ、ちょっと! もしもし? もしもーし! ……切れちゃいました」
と、その直後。
「うふふ、来たわよ」
俺たちの背後の空間が『ガオンッ!』と裂けて、そこから臥龍院さんと逢魔さん、ついでにマサと見知らぬ筋肉美女が座席の間の通路に姿を現す。
……むっ、あの距離感。さてはあの筋肉美女が元四天王とかいうマサの彼女か。
くっそ、なんつーエロイ恰好してやがるんだ。ビキニアーマーなんて卑怯だぞ! おっぱいもデケェしよぉ!
「また巨乳……」
「うっわースタイルいいなぁ……」
隣でレイラと小春が自分の胸元を触りながら何やらダメージを受けているが、ツッコんだら殺されそうだから無視する。
「よっす童貞ども! 紹介するぜ、オレのワイフのベルダだ」
「「わいふ!?」」
「雅也の妻のベルダだ。……ふむ、雅也の友人だと聞いていたからもっと屈強な戦士かと思っていたのだが……細いな。もっと肉を食え肉を」
俺とタッツンを品定めするように眺めて、久々に会った親戚の叔父さんみたなこと言い出す筋肉美女。
うっせーやい。これでも十分食ってるわ。こちとらまだまだバリバリの成長期じゃい。
「それより、外のアレは何なんですか。さっき魔神とか言ってましたけど」
なんとなくマサの彼女自慢が始まりそうだった空気をタッツンが強引にぶった切り、話の腰を戻す。グッジョブ。
「魔王級よりもさらに上。最も古く、最も強い、唯一無二の悪魔。それが魔神よ。人類が対話可能な存在じゃないし、何度滅ぼしてもすぐに復活するから、大昔に私が魔界の地下深くに封印しておいたのだけどね……」
「ただいま戻りました。やはり封印が破壊されておりました。何か巨大な爆発に巻き込まれて壊れてしまったようです」
いつの間にかいなくなっていた逢魔さんが戻ってきて、臥龍院さんにたった今見てきたことを報告した。
全員の視線が俺に突き刺さる。……な、なんだよぅ!
「うふふ、やってくれたわね」
『ゾッ』と、一瞬で場の空気が氷点下にまで下がったような気がした。
「ごめんなさい知らなかったんです許してくださいなんでもしますからぁ!」
疲れた身体に鞭打って、臥龍院さんの足元に倒れ込むように渾身の土下座をかます。
プライド? ねえよそんなもん! あっても捨てるわ!
絶対的な暴力の前には人類皆等しく無力だ!
「ふふ、今、なんでもするって言ったわね?」
「え、いや、そのぉ……俺にできる範囲で、みたいな、ニュアンス、だったんですけども……」
「大丈夫。ちょっと封印の人柱になってもらうだけよ。あなたならきっとアレの存在も受け入れて自分の力にできるでしょう?」
俺のアゴを『グイッ』と強引に持ち上げた臥龍院さんが、口元にサディスティックな笑みを貼り付けて無言の圧を送ってくる。
あ、これ断れないやつだ。ぴえん!
「は、はひ……ガンバリマス」
「よろしい。私が魔神の相手をしている間にアレの体内に乗り込んで魔核を取り込みなさい。体内には悪魔たちがわんさかいるでしょうけど、それは自分たちでなんとかなさいな」
逢魔さんが『パチンッ!』と指を鳴らすと、鉛のように重かった身体が嘘のように軽くなった。
先に外へ出た逢魔さんにエスコートされて臥龍院さんが魔界の大地に降り立つ。
そのままおもむろに天野鳥の正面に立った臥龍院さんが機体の鼻先に手をかざし……って、なんか嫌な予感しかしないんですけどォ!?
「うふふふ、いってらっしゃい」
慌てて座席に這い戻りシートベルトを締めた次の瞬間、謎の力に押し出され停止状態から一気に急加速した船は、遥か上空にある魔神の口に向かってカッ飛んでいく。
強烈な加速度が俺たちの身体を座席の背もたれへ押し付け、内臓を圧迫してくる。おごごごごごご!?
バクンッ!!!!
山を丸飲みにするほど大きな口が閉じられ、魔人の舌の上を跳ねた機体は、そのまま魔神の喉の奥へと転がり落ちていった。
うわぁぁぁぁぁぁ───────…………
☆
「よろしかったのですか? 斯様な死地へ彼らを送り込んで」
魔神の口腔目掛けて飛んで行った天鳥船を彼方に見送り、老執事が喪服の女主人に問いかける。
魔神の体内とは即ち、無限の魔力が渦巻く一つの宇宙に他ならない。
果てしなく広い宇宙の中から核を見つけ出すのは、砂漠の中に埋もれた砂金の粒を見つけ出すにも等しい行為だ。
「この程度の試練、乗り越えてもらわなければ困るわ。特に、犬飼くんにはね」
「ではやはり彼を」
「すべては試練の結果次第よ」
喪服の女主人が魔神へと視線を向け、視界に映るその身体を切り分けるように『すぅ』と指をなぞる。
すると魔神の身体が指でなぞった通りにバラバラになり、噴き出した黒い血潮が大地に降り注ぎ、大波となって世界を飲み込んでいく。
迫りくる大波に女主人が『ふぅ』と息を吹きかければ、たちまち波は凍りつき、粉々に砕けては空気へ溶けて消えていった。
「私たちの仕事は彼らが試練を乗り越えられるよう、『不可能』を『可能』にしてあげること。クリアできないゲームほどつまらないものもないものね」
外から攻撃を加え続け、魔神の意識をこちらに引き付けて、体内へ侵入した晃弘たちの撃退に魔力を使わせない。
それだけでも試練の難易度は大きく変わってくる。
少なくとも、可能性はまったくのゼロではなくなるはずだ。
「ふふふ……私にここまでお膳立てさせたのだから、失敗したら許さないわよ」
いざ、裏ダンジョンへ




