VS 魔王
魔王が「フンッ!」と唸り全身に力を込めると、もともと大きかった気配がさらに大きく膨れ上がった。
あまりに強大な魔力に周囲の空間が歪み、世界が鳴動して赤い空がどんどん遠ざかっていく。
「カァァァ────────ッ!!!!」
『轟ッ!』と覇気が強風となって吹き荒れ、全身から赤黒いオーラを漲らせた魔王が不敵に口角を吊り上げ俺を睨む。
「フンッ、六割といったところか。まあいい、貴様ごとき六割で十分だ」
これで六割。
今の状態でもすでに身体が粉々になってしまいそうな圧力なのに、まだ上があるのか。
やっべぇなこりゃ。魂魄開放しても勝てないかも。
「臥龍院めが余計なマネをしなければ、とっくにこの身体は完全に我のモノとなっていただろうに。忌々しいマネをしてくれる……!」
「どういう意味だ!」
「影とは存在の証明。奪えばあらゆる記憶・記録からその存在は消え失せ、誰からも認識されなくなる。クククッ、人との繋がりを失った者ほど取り入りやすいものはないからな」
ま、まさかコイツ……ッ!? 修学旅行のときにレイラと契約した悪魔か!?
「テメェがレイラをあんなふうにしやがったのか!!」
「フハハ! いかにも。だが、臥龍院は九尾を小娘に封じ込め、この小娘の新たな影としたのだ」
「私がいる限り、麗羅の魂は穢させはせぬ! 小僧! 魔王の肉体の支配が不完全な内に早く……ッ!」
一瞬、魔王の気配が変わり、邪悪なオーラが弱まって、明確な隙ができた。
「魂 魄 開 放!!!!」
レイラの中に封じられた九尾が作ってくれた千載一遇のチャンス。
俺は迷わず魂魄解放を使い、倶利伽羅を振りかぶって魔王に全力で斬りかかった。
魔王が隠し持っていた不動明王の剣と、タッツンが作り出した断罪剣クリカラは融合を果たし、俺の剣は究極の退魔剣へと進化している。
こいつならどれだけ魔王が強かろうと関係ねぇ!
「……むっ!? おのれ、女狐め! 余計なことをペラペラと! いい加減消え失せろッッ!!!!」
だが、クリカラの刃が魔王に当たる直前、再び肉体の支配権を取り戻した魔王が邪悪なオーラを爆発させた。
山の向こうまで吹き飛ばされた俺の身体が再び魔王の魔力で腐り始める。
躊躇くことなく自爆して魔王の魔力を焼き尽くし、ゼロから身体を作り直す。
「くそっ! 次こそは当ててやる!」
「やれるものならやってみろ! クソガキがァァァァッッ!!!!」
瞬間移動で距離を詰めてきた魔王が、絶大な魔力を込めたボディブローをブチかましてくる。
俺の身体が二つに裂けて、突き抜けた衝撃が背後にあった山々を大きく抉って消し飛ばした。
「ぐぉぉぉおおおおおッッ!!!! 吹き荒れろ『フラガラッハ』!!!!」
バラバラに消し飛んだ身体を再生させ、俺は剣の宝具に神力を込めて力を解放した。
俺の手を離れた剣が嵐を纏い、魔王目掛けて矢のように飛んでいく。
その身を守る邪悪なオーラを縦横無尽に斬り裂いて、役目を果たしたようにボロボロと腐り落ちていく。
主の思うがままに動き、いかなる鎧をも斬り裂くケルト神話の魔剣『フラガラッハ』。
この剣で与えた傷はいかなる方法でも治らないとされる伝承通り、斬り裂かれた魔王のオーラは再びその身を鎧うことなく散り散りになって霧散した。
「あぁーッ!? おのれぇッ! 我のコレクションを使い捨ておって!」
「もともとテメェのもんじゃねーだろうがッ!」
魔王が手を掲げると上空に禍々しい闇の太陽が燃え盛り、振り下ろす手の動きに合わせて地上へ向けて落下を始める。
俺は弓の宝具の力を解放して、闇の太陽に狙いを定めて矢をブッ放した。
ばぎゅん!!!! と、一直線に光の尾を引きながら飛んで行った矢がその輝きを以て闇を打ち払い、魔界の大地を聖なる光で白く照らし出す。
太陽の三六五〇〇〇倍明るい輝きを放つとされるシェキナーの弓。
神の神威を表す輝きが魔王によって歪められた空間を正常な空間へと戻し、その役目を終えたかのように光の粒子となって消えていく。
「あぁーッ!? フラガラッハのみならずシェキナーの弓まで! それを手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってるんだ、このダボがァァァッ!!!!」
「知るかボケェ! 滅ぼせ『トリシューラ』ァァッ!!!!」
魔王の瞳がギラリと輝き、前に構えた両手から放たれた赤黒い魔力の波動が壁のように俺に向かって押し寄せてくる。
俺はそれに真っ向から向かい合い、力を解放した槍の宝具を思い切りブン投げた!
『ギュンッ!』と魔力を斬り裂きながら、三又の槍がビームのように魔王目掛けてカッ飛んでいく。
インド神話の破壊神シヴァの象徴とも言える武器『トリシューラ』。
三つの都市を一振りで破壊し尽くすとされる神の槍は、しかし魔王の魔力により狙いを僅かに逸らされ、頭に生えた角を破壊して、自らが秘めた破壊の力の耐え切れず粉々に砕け散った。
「がぁぁあああああああああッッ!? おのれおのれおのれぇぇぇぇぇッ!!!!」
魔王の周囲に星の数ほどの魔力弾が形成され、それらが流星のように俺に向かって飛んでくる。
「うらぁぁぁッ、もういっちょ! 轟け『爆儒羅』ァァァッ!!!!」
今度は神力を全力で込めて、雷を司る宝具の力を解放する。
次の瞬間、天から降り注いだ雷の壁が魔王の魔弾をことごとく退け、大地に巨大な渓谷を刻み込み、俺の手の中で儚くも砕け散った。
するとその直後、どこからか飛んできた枷が魔王の手足に『ガシャン!』と嵌り、複雑な魔法陣が展開して魔王の動きを封じ込めた。
術式を見る限り、どうやら退魔結界を反転させてその場に押しとどめる拘束術式にしているらしい。
でも、あんなものいったい誰が……
「今です! 全員で抑え込んで!」
上空に視線を向ければ、ステルス戦闘機みたいな白銀の乗り物が滞空していて、そこから三人の魔法少女たちが飛び出してきた。
あれは小春!? まさかみんなで助けにきてくれたのか!
三人の魔法少女がステッキを魔王に向けそれぞれ魔法を発動する。
魔王の身体が極端に重くなって地面にめり込み、そこへ影が蛇のように絡みついて縛り上げ、さらに光の針が全身の霊的なツボに突き刺さった。
「「「今のうちにやっちゃえ────ッ!!!!」」」
「ぬぐおぉぉおおおッ! この程度で我を拘束できると思うなよ虫けら風情がぁぁぁぁッ!!!!」
魔王が小春たちの魔法を強引に引きちぎっていく。
魔王に肉薄した俺は、短剣の宝具『ハルパー』にありったけの神力を注ぎ込み、魔王の心臓目掛けて刃を突き立てた!
湾曲した刃が手ごたえも無くするりと胸の中心に向かって吸い込まれ、魔王の本体を捉える。
「ぎぃゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」
身の毛もよだつような絶叫。
ギリシャ神話に登場するこの武器は、原初の神ウラヌスの息子クロノスが父親を去勢するために使い、メデューサの首をはね落とす際にも使われたと伝えられている。
去勢とは即ち、肉欲からの開放。
仏教思想において魔羅とはブッダの悟りを妨げる魔王の名でもあり、人が持つ欲望そのものとも言い換えられる。
要するに、神のチ●コを切り落としたこの短剣は、しつこい汚れを引っぺがすのに最適ってことだァァァ────ッ!!!!
俺はそのまま腕を横薙ぎに振るい、レイラの身体から魔王の思念体が引きずり出した。
「これで終わりだ────────ッッ!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……ああああ…………ああ…………あ………………」
魔王の本体を倶利伽羅で滅多切りにすれば、浄化の炎が邪悪な魔力を焼き払い────
【レベルが 二〇 上がった】
【称号『宝具クラッシャー』『魔王殺し』『自爆上等』獲得】
断末魔の残響を残して、魔王はこの世から完全に消滅した。
「おい、レイラ! しっかりしろ! おい!」
糸が切れたように崩れ落ちたレイラを抱きとめる。
見たところ怪我もかすり傷程度だし、脈拍も安定している。あれだけ派手に暴れたのにこの程度で済んでひとまず一安心だ。
「……っつ、大きな声出さないで。頭に響く……」
「ったく、心配かけさせやがって」
「アンタが言うなっての」
「……これで修学旅行のときの件はチャラだかんな」
「…………その……ありがと」
蚊の鳴くような声で、ボソッと。
「あ? なにがだよ」
「…………お父さんのこととか……色々」
んだよ、そんなこと気にしてたのかコイツ。
……別にお礼なんて、いいのに。つーか記憶にないことに対してお礼言われても困るわ。
気まずいような、くすぐったいような。なんとも言えない沈黙が垂れ込める。
だぁー! 調子狂うなぁ、もぉーっ!
それからすぐにタッツンの操縦する飛行機(?)が地上に降りてきて、一緒に空から下りてきた小春たちがこちらに駆け寄ってくる。
「兄ちゃーん! 怪我とかしてない!? ってか身体めっちゃ光ってるけど大丈夫なのそれ!?」
小春が俺の姿に驚いて身体をペタペタ触ってくる。
そういえばまだ小春には見せてなかったっけ、この姿。
「おう、ただの本気モードだから気にすんな。悪かったな、心配かけて」
「ホントだよ! いっつも勝手にどっかいっちゃうんだから! 反省しなさい!」
「ごめん」
ふぇぇ、怒られた。
「いい薬ね、まったく。護衛役の私の立場も考えてくれなきゃ困るわよ」
「だから悪かったって」
「まあまあ。ともあれ~無事でなによりです~。さあ、帰りましょう」
プリプリ怒るエカテリーナを涼葉が宥める。
銀色の飛行物体へ乗り込んだ俺は、座席に座ったところでようやく魂魄解放状態から元に戻った。
ぷぇぇ……疲れたぁー。
「すげぇなコレ。いつの間にこんなの作ってたんだよ」
「時空移動船『天鳥船』です。まあ片手間にちょちょいとね。それより一人で魔界に乗り込むとかバカなんですか」
「俺だって来たくて来たわけじゃねーっつの。あれ、そういやマサは?」
「あの筋肉バカは今頃彼女とイチャついてますよ」
「なにぃ!?」
聞けば、どうやらマサの奴が魔王軍四天王に一目惚れして、一騎打ちの果てに打ち負かして彼女にしてしまったらしい。
どいつもこいつも抜け駆けしやがって! 許せねぇ!
「さあ、ごちゃごちゃ言ってないで帰りますよ。くっくっく、とうとう彼女ナシはヒロだけになっちゃいましたねぇ」
「テメェあとでぶっ殺す」
クソ野郎が俺を鼻でせせら笑い、操縦桿をゆっくりと手前に引いた。
船がふわりと空へ浮かび上がり、そのまま徐々に加速していく。
窓の外の景色がぐにゃりと歪み、どこか遠くから内臓を引っ張られているような独特な浮遊感を感じた、次の瞬間。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
船が激しく揺れはじめ、けたたましいアラートが操縦席から鳴り響いた。
「な、なんだ!? おいタッツン、どうなってんだ!?」
「分かりません! 急に時空間の波動が大きく乱れた……!? くそっ、これじゃ転移できない!」
「ねぇ、なにあれ!?」
小春が指差した窓の外へ目を向けると、そこにいたのは────……
「な、なんだありゃ……!」
魔界の空を覆いつくすほど巨大な、一〇本腕の大魔神。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!
嵐のような咆哮が天を揺るがし、俺たちの乗った船は成すすべも無く大気のうねりに振り回され、魔界の山の中へと落ちていった……
お約束の裏ボス!