VS 魔剣のベルダ
魔剣と黄金の爪が目にも留まらぬ速度で幾度となくぶつかり合い、衝撃波が大気を打ち鳴らす。
大上段からの振り下ろしを腕の装甲で受け止め、ヂリヂリと火花を散らしながら雅也が心底楽しそうに口角を吊り上げる。
「ああ、やっぱりいい筋肉してるわアンタ! 一撃がスゲェ重てぇ!」
「くっ!?」
すべての魔力を使い身体能力を限界以上に強化した雅也の剛腕がベルダの魔剣を強引に振り払い、がら空きになった鳩尾に反対の拳を叩き込む。
ベルダが衝撃を受け流そうと咄嗟に後ろへ大きく飛んだ。
「がふっ!? ……ちっ、受け流しきれなかったか」
胃の奥から熱いものが込み上げ、どす黒い赤がベルダの胸元を濡らす。
衝撃が貫通して魔核に罅が入ったのだ。
ぐいと口元を拭い、魔剣の切先を雅也に向けたベルダが好戦的な笑みを浮かべた。
「認めよう。お前は強い。私にここまで手傷を負わせた戦士はお前が初めてだ」
だから。
そう小さく呟いた次の瞬間、ベルダの魔剣がグニャリと変形し、彼女の身体に纏わりついて、より獣らしい姿へと変化していく。
「私の全力をもってお前を殺す!」
長く鋭い牙を持つ漆黒の雌獅子へと変身したベルダが大きく吼えると、みるみる内に周囲に稲妻を蓄えた黒雲の結界が発生し、2人をすっぽりと包み込んだ。
「我が雷の牙に裂かれて消えろ!」
ベルダが長い牙に紫電を纏わせ、口を大きく開ける。
「雷咬絶牙ッ!!!!」
刹那、獲物に食らいつく牙のように極雷が雅也目掛けて降り注ぐ。
数多の異世界の勇者たちを沈めてきた必殺の牙が雅也の肉を貫き骨まで焼き焦がしていく。
やがて雷鳴が止まると、真っ黒に炭化して動かなくなった雅也の姿がそこにあった。
「ふん……。あれだけ息巻いておきながら所詮この程度か」
ベルダがつまらなそうに鼻を鳴らす。
ある異世界においては最高神すら滅ぼした神殺しの雷である。人の身で受けきれるはずなどないと分かってはいたが、それでも、もしやという期待も僅かにあった。
もしこれを耐えきるほどの猛者ならば、きっと血沸き肉躍るような素晴らしい戦いをしてくれるに違いない。
それは悪魔と融合して魔人になっても消えなかった、一人の戦士としての渇望。
「魂 魄 解 放!!!!」
ベルダがその場を去ろうと雅也に背を向けた直後。
炭化した雅也の肉体に亀裂が走り、猛り狂うエネルギーが溢れ出して周囲を覆いつくしていた雷雲の結界を吹き飛ばした。
「待てよ」
背後からの声にベルダが振り返り、その顔が歓喜の色に染まっていく。
もしも、その渇望を完全に満たしてくれる存在がいるとするなら、
「オレはまだくたばっちゃいねぇぜ」
それはきっと自分と同じ、戦いに飢えた獣の如き戦士だけだろう。
「フ……ククク、ハハハハハ! いいぞお前! そうこなくては!」
闘争に飢えた黒い獣が愉悦に顔を歪ませ牙を剥く。
その視線の先には、真っ黒に焦げた殻を破り捨てた、二本の角を持つ黄金に燃え盛る狒々《ひひ》の堂々たる姿があった。
「いくぜオラァ!」
「来いッ!」
二匹の獣が相手の身体に爪を立て、首筋に牙を突き立てようと空中で激しく縺れ合う。
互いに位置を激しく入れ替え、爪が振るわれる度に黄金の炎と稲妻が迸る。
雅也の爪がベルダを抉るたび、雅也の身体が大きくなり炎の鬣が『轟ッ!』と激しく燃え上がる。
炎の熱がベルダの黒い毛並みを焼き焦がし、その身体からさらに力を奪い去っていく。
「ぐぅっ!? 破邪の炎か!?」
「そーなのか? 知らねぇな!」
狒々が前足で虎を抑え込み、その首筋に燃え盛る牙を突き立てる。
牙を通じて破邪の炎がベルダの体内へ流れ込み、悪魔の力が焼き尽くされていく。
「がぁぁあああああああああ!?」
「耐えろ! あとちょっと……! 見つけたッ!」
聖なる炎に悶え苦しむベルダを押さえつけ、その魂へと意識を向けた雅也は、悪魔と融合していた獅子人族の女戦士の魂だけを吸いだすと、悪魔だけを業火で一気に焼き払った。
「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁぁ……ぁ……」
悪魔の断末魔が黄昏の空に吸い込まれていく。
後には抜け殻になった獅子族の女戦士の身体だけが残った。
いつの間にか地上を覆っていた黒い壁は跡形も無く消えており、人気の無い公園へ下りた雅也は、女戦士の身体をベンチの上にそっと寝かせ、口の中に閉じ込めていた魂を炎の息吹に乗せて『ふぅ』と女戦士の身体に吐きかける。
炎は女戦士の身体を焼くことなく、その魂と共に鳩尾のあたりに吸い込まれてゆき、柔らかい熱が止まっていた女戦士の心臓に活力を与え死の淵から蘇らせた。
「はっ!? ……そうか、私は負けたのか」
「おう、オレが勝ったぜ」
人の姿に戻り疲労困憊といった様子でその場に座り込んだ雅也が「にっ」と爽やかに笑う。
「……なぜ助けた。私は敵だぞ」
身体の調子を確かめるようにゆっくりと起き上がったベルダが、雅也の真意を探るように彼の目を見据える。
「んなもん、惚れたからに決まってんだろ。オレが勝ったんだから、お前、もうオレの嫁な」
「本気で言ってるのか」
「オレはいつだって本気だぜ?」
どこまでも真っすぐな曇りの無い瞳で見つめ返され、ベルダが意外そうに目を丸くする。
「……フッ、バカな男だ」
「んむっ!?」
動けない雅也に覆いかぶさり、ベルダが貪るようにキスをする。
「……ぷはっ! 我が名はベルダ。私を娶るからには常に強い雄であれ。私を負かしたのだ。誰にも負けることは許さんぞ」
たっぷりと雅也の唇を蹂躙したベルダが、つぅっと糸を引きながら、名残惜しそうにゆっくりと唇を離し、凄艶な笑みを湛えて唇をぺろりと舐める。
ファーストキスの味は少し焦げ臭かった。
☆
「……さて、そろそろ行くかね」
身体が動くようになる頃には、俺は大図書館の全ての本を読破していた。
途中から妖精さんの数を一〇〇〇体まで増やして、わんこそば感覚でモリモリ頭に詰め込んだから然程時間はかかっていないはずだ。
せいぜい半日ってところだろう。
空間転移で一気に魔王城最深部の玉座の裏へと飛んだ俺は、クリカラを鞘から引き抜き一思いに刺し貫いた。
きぇぇぇい! お命ちょうだい仕る!
「……って、あれ? 誰もいないし」
が、魔王の玉座はもぬけの殻。
おかしいな、転移する寸前まではここに気配があったのに、今は魔王城のどこからも気配を感じない。どこいったんだろう。
「おいブラザー、見ろよこの水晶玉!」
玉座の手すりの窪みにはめ込まれていた水晶玉を影友さんと一緒に覗き込む。
すると目の前に四天王らしき女戦士に愛の告白をかますマサの姿が、まるで自分がその場にいるかのような臨場感で映し出された。
なにやっとんねんアイツ!?
水晶玉に触れると、画面が次々と入れ替わり、世界中で戦う魔法少女たちの姿が映し出されていく。
ああ、そうか。魔界は時間の流れ方が一定じゃないんだ。
ひぇぇ、あっぶねぇー。無事に帰れても運が悪けりゃ浦島太郎になってた可能性もあったんだな。
なんたる迂闊! ランダム転移なんて二度とやらねぇ。
「おい、レイラのやつ魔王に捕まっちまったぞ!?」
殲滅師団の団長とかいうサディスト鳥野郎を抹殺したのも束の間、魔王の魔眼で身動きを封じられたレイラが異空間へと引きずり込まれていく。
クソッ! ここからじゃ手も足も出せない!
「……! そうだ、いいこと思いついた」
「すっげー悪い顔してるけど、なんか閃いたんだなブラザー」
「うけけけけ! なぁに、ちょっとしたサプライズだよ」
魔王はどうせここに戻ってくるんだ。
なら、盛大に出迎えてやろうじゃないか。
楽しい罠をた────っぷりと用意してなァ!!!! ヒャッハー!
次回 他人のお宅でホームアローン!!!!




