VS 理力のアーガシャ
四方八方から殺到する魔法弾が直撃する寸前、俺はバリアを展開して魔法による爆撃から身を守る。
すると間髪入れず俺の足元に魔法陣が現れ、バリアを構成していた魔力が霧散してしまい、飛んできた魔法弾が身体に張り付いて肉をドロドロに溶かしていく。
ぐぁぁぁああああああ!? 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い溶ける溶ける溶ける溶ける溶ける!?
【スキル『呪殺耐性Lv七』を獲得】
「ふむ。不死殺しの呪いに耐えるか。普通の人間ならば即死するはずなのだがな。貴様、何者だ?」
「ぜひゅー……はひゅー……さ、さぁな。俺が知りたいくらいだよ」
どうにか身体を再生させ、ステッキを軽く振って破れた衣装を元に戻す。
くそっ、耐性スキルが生えてこなかったら、魂までグズグズに溶かされて死んでたぞ!
バリア張ってもすぐに剥がされちまうし、こうなりゃひたすら相手の弾幕を避けて一撃で仕留めるしかないか。
「ならば貴様が死ぬまであらゆる呪いを試すまでよ! さぁ、死ぬがよいッ!!!!」
無数の本がイワシの群れのように宙をグルグル飛び回り、三六〇度あらゆる角度から魔弾やレーザーが俺目掛けてビュンビュン飛んでくる。
嵐のように迫る弾幕の隙間に身体をねじ込み、避けられない魔弾の壁を短距離転移で飛び越えて、アーガシャの背後に一気に回り込む。
「背中がお留守だぜ! 波ぁぁぁ────ッ!!!!」
超破霊拳でアーガシャを守っていた結界を叩き割り、ブチ抜いた結界の隙間にステッキをねじ込んで魔力砲をブッ放す。
「ふん、誘い込まれたと気付かぬか阿呆めが!」
「なっ────!?」
魔力砲が直撃したアーガシャの姿が霧のように揺らいで消えたかと思えば、次の瞬間、足元から飛び出してきた無数の鎖に俺の身体は拘束されてしまった。
「数多の世界の神話より抽出した神を拘束する破壊不能の鎖だ。貴様が何者であろうと、もう逃れることはできん! 邪智毒に犯され死ねッ!」
「ぎゃぁぁあああああああああああああああああああああああッッ!?」
鎖を伝って黒い稲妻が俺を焼き焦がしていく。
電流に脳が焼かれて頭の奥がチカチカして、冒涜的な魔の智識が鎖を通じて魂に直接流れ込んでくる。
すぐさま精神防壁を展開して邪悪な智識から心と魂を守りつつ、肉体の痛みを無視して自らの内側に意識を向けた俺は、深い集中状態へと入り込んでいく。
我慢だ。この程度の痛み、逢魔さんに散々刻み込まれただろ!
集中、我慢、集中、我慢、集中…………!
「魂 魄 開 放 ッ!」
魂の奥底にある鍵のかかった扉をこじ開けるイメージで、眠っていた力を強引に呼び覚ます。
力が濁流のように内側から溢れて爆発し、肉体がより魂の形に近い姿へと変化していく。
背中から噴き出した霊力が光の剣を形作り、剣は身体を縛っていた鎖を断ち切ると輪を描くように背面で高速回転を始める。
激しく燃え上がる霊力に耐えきれなくなった肉体がボロボロと崩壊して、俺は六つの腕を持つ人型の光になった。
「ば、馬鹿なッ!? なぜ鎖を断ち切れる!? 神をも封じる絶対の鎖だぞ!?」
『《諸行無常。形ある物はいつか必ず終わりが訪れる。そういうもんさ》』
身体は煮えたぎるように熱いのに頭はどこまでも冷静で、心も水鏡のように、しんと静まり返っている。
この状態になると、軽く念じただけでその通りに現実が改変されてしまうから、余計なことを考えない内に決着をつけてしまおう。
「くっ!? 神すらも超越したとでも言うつもりか! 魔王様を差し置いてなんたる無礼! 万死に値するぞ虫けら風情がァァァッ!!!!」
『《静かに》』
俺が人差し指を立てて口元に当てると、それだけでアーガシャは身動きが取れなくなった。
そのまま腕を静かに振るうと、背面で回転していた光の剣が列をなして飛んでゆき、アーガシャの身体をバラバラに切り裂いて焼き滅ぼしていく。
『《影友さん》』
「あいよ」
剥き出しになった魔核を本棚の影から飛び出した影友さんが『バクリ!』と飲み込む。
【レベルが 二〇 上がった】
【Exスキル『自動書記』『魔導司書』『魔導の極み』習得】
【称号『魔の叡智』獲得】
『魔の叡智』
魔導の深奥に触れ神に至った者に送られる称号。
精神が汚染されなくなる。
「あー……ダメだ。クッタクタでもう動けねぇ……」
「お疲れ、ブラザー」
こじ開けた魂の扉を閉じるイメージで溢れ出た力を押し込め、失われた肉体を再生させた俺は、そのままその場に大の字になって倒れ込む。
どうせしばらくまともに動けないんだ。せっかくこんなに本があるんだし、暇な時間は読書でもしてみようか。
なんとなく手に触れた本を持ち上げ開いてみる。
すると、ページを捲ってもいないのに、本の内容がスルスルと頭の中に入り込んできた。
「なんだこれ……料理本? いや、これは……ああ、そういうことね」
俺が手に取った本は、普通に読めば日々の夕飯に悩む奥様方に向けたお手軽レシピを紹介する料理本だった。
だが、俺の脳内に取り込まれた文章が瞬く間に組み変わり、妖精を使役する魔術に関する記述が浮かび上っていく。
「ふーん、『自動書記』は本を一瞬で読むスキルで、『魔導司書』が魔導書の暗号を解読するスキルってわけか」
脳内に浮かび上がった記述を元に、触媒の代わりに俺の魔力を代用してその場に妖精を呼び寄せてみる。
そーれ、びびでばびでぶー☆
『ボワン!』とピンク色の煙と共にブサイクな小人が現れて俺の前に傅いた。
なるほど。『魔導の極み』ってのは、面倒な儀式や触媒を省いて俺の魔力のみで魔術やら魔法やらを発動できるスキルなんだな。
通常、人間が魔術を行使するには、触媒を通して魔力の属性を変化させる必要がある。
魔術よりも大規模な魔法ともなれば、大掛かりな儀式が必要になる上に、星の位置や月の満ち欠けなどの環境的な条件も重要になってくるようだ。
それらを無視して魔力さえあればどんな魔術も魔法も使い放題とくれば、とんでもないチートスキルだ。
『ボクハ何ヲスレバイイレス?』
呼び出した小人が鼻をほじりながら聞いてくる。
やぁだ、ばっちぃー。
「そうだな、とりあえずどんどん本を持ってきてくれ。あと鼻はほじるな」
「アイアイサー」
妖精(?)に本を持って来させている間にも周囲に積んである本をどんどん頭に詰め込んでいく。
ほう、これは官能小説……に、見せかけた霊的な力に関する本か。
へぇ、魔力って霊力から精製されるのか。
重油とガソリンみたいな関係なんだな。
で、神力はまた別系統の宇宙的エネルギー、と……。なんのこっちゃ。
さらに次の本、次の本へと目を移す。
ふむ。
ほぅ……
なるほど…………
読めば読むほど智識は降り積もる雪のように積み重なり、俺は時間を忘れて叡智の海へ沈んでいった………………
☆
空中に投影されたウィンドウに表示された情報を目で追い、辰巳が満足げにほくそ笑む。
「敵勢力の全滅を確認。想定以上のスペックです」
「私と辰巳くんの愛の結晶です~」
「いやぁ、でへへへ」
背中から抱きついてきた涼葉の温もりに辰巳の顔がだらしなく緩む。
異世界プロンテイの魔法技術を共に解析し研究を重ねる内に、いつしか二人はお互いに異性として強く意識するようになっていた。
もともとどちらも研究者気質な所があり、知識の吸収に貪欲で、お互いに知らない分野の知識が豊富とあれば二人が惹かれ合うのは当然の流れだった。
外界とは時間の流れ方が違う特殊な環境も、二人の間に確かな絆を生む手助けになったのは間違いないだろう。
「ん……? ヒロと麗羅さんの反応が消えた?」
晃弘と麗羅の魔導霊装が発していた信号が途絶し、二人を示すアイコンが画面上から消え、辰巳が首を傾げる。
「あ、ホントだ。どうしたんだろ~。二人とも別の次元に転移したみたい。でも待って、この次元座標って……」
涼葉が自分のステッキのウィンドウを何度か指でなぞり画面を切り替えると、高次元の異世界に二人の微かな反応を見つけた。
エクソシストの一二三から教わった悪魔学の知識に照らし合わせると、そこは紛れもなく……
「なっ!? 魔界じゃないですか! 何やってるんですかあの二人は!? いきなり敵地のど真ん中に飛び込むなんて!」
「もしかして魔王に攫われたとか~?」
「わかりません。けど、なんにせよほっとくわけにもいかないでしょう。助けに行きますよ」
「熊谷くんはほっといていいの~?」
「あのバカは好きにさせておけばいいです。だいたい、今助けに行ったら逆に攻撃されかねないですよ」
口には決して出さないが、友人の初恋に水を差すなどそれこそ野暮というものだ。
「さあ、まずはこの邪魔くさい壁をぶっ壊しますよ!」
「準備はもうできてるよ~」
「さっすが仕事が早い! 消魔領域展開!」
辰巳がコマンドワードを唱えると、ステッキの先端部分から半透明のエネルギーが球形に『グオンッ!』と広がり、エネルギーに触れた黒い壁が派手な音を立ててガラスのように粉々に砕け散った。
「全簡易魔導霊装の消魔領域展開を確認~。相互リンクシステムによる遠隔起動は正常に作動しました~」
「よしっ! それじゃあ、小春ちゃんとエカテリーナと合流次第魔界に突入しますよ」
妖精さんがブサイクで汚いのは仕様です




