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初仕事 1

 五月連休も三日目のこの日、俺の部屋には朝からむさ苦しい野郎どもが屯していた。


 ほほえみポッチャリの『タッツン』こと富岡辰巳(とみおかたつみ)


 筋肉メガネの『マサ』こと熊谷雅也(くまがいまさや)


 この二人は保育園の頃から付き合いのある幼馴染の野郎どもで、何の因果か高校生になった現在に至るまでずっとクラスが一緒という本当の腐れ縁である。


 で、そんな仲だから暇さえあればしょっちゅう誰かの家(主に俺の家が多い)に集まってゲームしたりするのだが、今日も例の如く俺の家だったという訳だ。



「―――――では、シスターが無貌の神へと変貌する様を目撃した探索者たちはSANチェックです」



 春休みの終わり頃に唐突に始めて、そのまま放置していたクトゥルフ神話TRPGもついにクライマックスに差し掛かる。

 キーパーを務めるのは俺だ。

 こいつら何度もセッションするうちに俺のシナリオの傾向読んでメタ張るようになってきたから、今回のシナリオは相当鬼畜な難易度にしてある。


 その甲斐あって、まんまとミスリードに引っ掛ってくれたこいつらをようやく破滅させられるぜ、くくく(愉悦)。

 小春目当てで我が家に寄ってくる虫けらどもよ、死 ぬ が よ い!


「ああああ!? 嘘だろオイ! よくもこんなひでぇシナリオ考えやがったなコノヤロー!」


 と、マサが吼えつつサイコロを転がし、


「これは完全に騙されましたねぇ。まさか黒幕を追い詰めちゃ駄目なパターンだったとは……」


 タッツンも額に汗を浮かべつつ引き攣った笑顔で、マサに続いてサイコロを振る。結果は────


「「あっ、一クリ」」


「チックショォ────ッッ!」



 まさかまさかの両者同時クリティカル。

 ダイスの点検を……って、同じサイコロ使ってるんだから細工なんてできないよな畜生!


 この卓のハウスルールでSANチェック時のクリティカルは、ショッキングな出来事への耐性を得たと看做(みな)して同じ状況における次回以降からの判定が免除される。


 当然次からは慣れているので、例え邪神を見てもSAN値の減少は無い。

 つまりこいつらの使っているキャラクターは、今後ニャルラトホテプを見てもゴキブリが出た時以下のショックしか受けないという事になる。


 元々はキャラクターを少しでも長生きさせて、ゲームを楽しんでもらおうという優しさから追加したルールだったが、今回はそれが完全に裏目に出てしまった訳だ。


「お前ら……お前ら……っ! どういう出目してんだよ……。おかしいだろこんなの……ひひっ。ダイスでシナリオ破綻させてそんなに楽しいかよ……」


「「うん、とっても楽しい!」」


「クソがっ! えーっと、マジでどうすんのコレ……。まあいいや、とりあえず場面を進めます────」



 ────共通の知り合いの失踪事件を追っていた探索者たちは、ついに一連の事件の黒幕を突き止め、郊外に建つ廃協会へ突入する。


 しかしそこでNPCを含めた三人の探索者たちを待っていたのは、血と臓物が彩る、凄惨にして邪悪な儀式を執り行う邪教徒たち。


 儀式完成間際のタイミングで現れた探索者たちを阻むように、黒幕の男が三人の前に立ちはだかり、戦闘が始まる。



 ……が、マサが操る筋肉主夫のマーシャルアーツと、タッツンが操る色々あって魔術師になってしまったニートの手により、哀れ黒幕は三ターンで爆発四散! アバーッ!? 


 おかしいな、装甲一二もある筈なのに……。


 ともあれ、黒幕は死に、事件は解決……とは当然ならなかった。

 黒幕の死が最後の鍵となり、異形の神を現世に召喚する術式がとうとう完成してしまったのだ。



 廃協会が邪悪な気配に包まれ、突然、ここまで一緒に探索していた本シナリオのヒロインでもある美人シスターが胸を押さえて苦しみだす。

 みるみるうちにシスターの身体から触手が生え、やがてその身体を突き破るようにして無貌の神ニャルラトホテプが姿を現した。


 実はシスターはシナリオ開始時点ですでに死んでおり、その中身はニャルラトホテプと入れ替わっていたのだ。

 だがシスターが生前に信仰していた善神の力によって、ニャルラトホテプはその力と記憶を封印されていたのである。


 それが邪教徒どもの儀式の力によって破られ、ついに無貌の神は完全な復活を遂げる。

 今回のシナリオ中にシスターの真実にたどり着けなかった探索者たちは、その残酷な現実を前に恐怖する!


 ……はずだったんだけどなぁ。


 机の引き出しの中にゴキブリがいてびっくり! 程度のショックしか受けてくれないんだもん。

 どういうメンタルしてんのコイツら。



 と、いう訳でシナリオ再開。



 明らかな異常事態を前にしても今まで数多くの怪事件を解決してきた探索者たちは、邪神の脅威を前にしても全く動じなかった。


 筋肉主夫が華麗な身のこなしで時間を稼ぎ、マジカルニートが有り余る時間を活用して習得していた退散の呪文によりニャルラトホテプを危なげなく撃退。


 その後二人の探索者は特に入院などもせず、普通に日常の世界へと復帰。


 一連の失踪事件はカルト宗教団体が起こした猟奇殺人事件として一時世間を騒がせたものの、次第にそれも人々の記憶の中へと沈んでいくのだった……



 はいはい、トゥルーエンド、トゥルーエンド。



 シスター完全に死に損じゃねーか。

 もっと動じろよ、サイコパスかよ。

 ほんと、どうしてこうなった。



「……えー、という訳でシナリオクリアです。お疲れ様でしたクソめ」


「お疲れ、キーパー。まあ元気出せよ」


「お疲れ様でした。しっかしまあ、最後は嘘みたいに綺麗に決まりましたねぇ」


「ダイスの女神(クソビッチ)め!」



 つーかマジでどうすんだよ。一番使いやすい邪神に慣れられちゃったら、後はもう消化試合みたいなもんじゃないか。


 前のシナリオで満を持して出したクトゥルフ様も、重油満載のタンカー突っ込ませて爆殺されちゃったし、他のグレートオールドワンを出そうにもタッツンの『退散の呪文』が厄介すぎる。


 くそっ、ハウスルールとはいえ、ちょっと探索者を成長させ過ぎたか。


 ……ならいっその事、異世界にでも転生させちゃうか……? 


 キャラのステータスと設定だけ流用して、持ってる技能はフレーバーテキスト化すれば行けるだろ。

 その分をキャラ作成時の経験点ボーナスにしちゃえば文句も出まい。


 うん、案外いいアイデアかもしれない。

 導入は今までの恨みを込めて、トラックで轢き殺してやろう。


 などと、早速次の卓の案を練っていると、ここで俺のスマホに着信があった。


 画面を見ればそれは逢魔さんからのメールで、いくつかの除霊案件が難易度順に上から並べられている。

 時間が空いていれば是非にとも添えられているし、今日の分のレベル上げも兼ねてちょっと出かけるとしよう。



「悪い、ちょっとバイト行ってくるわ」


「あれ、ヒロお前バイト始めたん?」


「初耳ですねぇ。どんなバイトなんですか?」


「んー? まあ、色んな場所のお掃除……かな」



 掃除の対象がゴミか幽霊かの違いだけだから、別に嘘ではない。



「うーわ、面倒そう。時給いいの?」


「それなりに。じゃ、俺もう行くから」


「まあ、家主がいないんじゃな。んじゃオレらも帰りますか」


「そうですね、お邪魔しました」



 財布とスマホだけ持って、全員で玄関まで一緒に出る。

 例の鍵は紐を通して首から下げているので忘れる心配は無い。

 家の前で適当に挨拶を交わして二人と別れた俺は、家から一番近い順から依頼を片付けるべく、自転車のペダルに足を掛けた。




「「…………(ニヤリ)」」




 ◇ ◇ ◇



 記念すべき初仕事、その一件目の場所は家から自転車で二〇分くらいの場所にあるマンションビルだった。当然、オーナーは臥龍院さんである。


 なんでも、ここの四階の四〇四号室は数年前に自殺者が出た事故物件で、その自殺者の霊が地縛霊となって部屋に取り憑いていたらしい。


 本来であれば時間経過で自然消滅する筈の無視しても構わないレベルの地縛霊だったが、近頃の幽霊大発生で他所からやってきた弱い浮遊霊たちを喰らって力を付け悪霊化。


 四〇四号室は悪霊の力によって異界化し、同じマンションの住人に健康被害を及ぼすほどにまで成長しているので、可能ならすぐにでも退治してほしいとの事。


 管理人にはすでに話は通っており(陰気臭い爺さんだった)、部屋の鍵を預かってから、件の部屋へと向かう。

 エレベータを降りて部屋の前に立つと、確かに粘つくような悍ましい気配を感じる。



 念のため黒オーラを全開にし、鍵を開けて恐る恐るドアを開けると────



「アァァァァァァ!!!!」



 急にドアの隙間から何本もの黒い手が伸びてきて、俺の腕を掴んで部屋の中へと引きずり込もうと……したのだが、俺のオーラに阻まれて黒い手は呆気なく消滅した。


 な、なんやねん。脅かすなや!


 開け放たれたドアの奥はどす黒い瘴気が渦巻き、空間が歪んでいた。

 山の廃病院に比べれば全然大したことないレベルではあるが、それでもやっぱり不気味なものは不気味だ。



「来世の幸運くらいは祈ってやるよ。あばよっ! ────波ァァァァッッ!!!!」



 触らぬ神に祟りなし。異界化してようがなんだろうが、入らなければ怖くない。

 という訳で、玄関から全力の「波ぁッ!」で異界ごと悪霊を纏めて消し飛ばす。


 相変わらずなんの面白みも無い力業だが、これしかできないのだから仕方がない。


 陰陽師みたく呪符とか呪文とか使って「滅ッ!」とかできればカッコイイんだけど、霊能力者歴三日目の俺にそんな知識や技術がある訳も無し。


 霊力の波動が収まる頃には、どす黒く歪んだ空間は何処にもなく、ちょっと日当たりの悪い普通のマンションの一室がそこにはあった。



【レベルが 七 上がった】


【レベルアップボーナス『能力鑑定』解放】



 おっ、三日ぶりのボーナス。多分レベル五〇に到達したからだろうな。

 となると、次はやっぱりレベル一〇〇か? なんにしても先は長そうだ。

 そういえば一昨日からずっとステータス確認してなかったっけ。

 ちょっと確認してみるか……



 犬飼(いぬかい) 晃弘(あきひろ) レベル五五


 戦闘力六六万


 保有ソウル(四桁以下省略)

 五三万(MAX)/五四万(NEXT LEVEL)


 保有スキル

『不滅の身体Ex』『超霊闘気Ex』

『霊力波Lv一〇(MAX)』

『払魔闘術Lv五』

『霊力弾Lv五』


 獲得称号

『ゴーストバスター』『カリスマ除霊士』『波ぁッの人』

『急成長』『人間卒業』『幽霊物件クラッシャー』

『死を乗り越えし者』『ほぼ不死身』『超人類』



『ほぼ不死身』 

 圧倒的な再生能力と蘇生能力を獲得し、肉体的な死を乗り越えた超越者に贈られる称号。

 身体能力に大補正。再生・蘇生時のソウル消費量3分の1。


『超人類』

 超人的な肉体と霊力を獲得した人間(?)に贈られる称号。

 再生能力に五倍の補正。ソウル消費量三分の一。



 ほっほっほ。私の戦闘力は……六六万です。

 ……俺の戦闘力、宇宙の帝王の第一形態より上じゃん。


 えっ、なんなの? 俺、やろうと思えば地球ぶっ壊せちゃうの? 

 …………いやいやいや、そんなまさか。

 だって俺、まだまだ逢魔さんに全然勝てる気しねぇぞ。


 あの人が本気出せば俺なんて欠片も残らないだろう。

 昨日何度も殺されまくったからよく分かる。俺の力などこの世界の頂点に比べればカスもいいところだ。


 つーか能力鑑定って要するに戦闘力測定ってことなのね。まんまスカ●ターじゃん。

 まだ力に目覚めて三日目なのに、戦闘力がインフレしすぎて世界がヤバい。



 ……まあいいや。とりあえず基準のよく分からない数字の事は後回しにしよう。



 ところで、『オーラ』がいつの間にか『超霊闘気Ex』なるスキルに変化している。字面からして多分、強力なスキルなんだろう。


 どうやらスキルには熟練度を最大まで上げるとExスキルに変化するものがあるようだ。


 さらに、『超再生』と『肉体蘇生』もいつの間にか消えて、代わりに『不滅の身体Ex』を習得していた。

 多分似たようなスキル同士がくっつくこともあるのだろう。



 今の所分かるのはこのくらいだし、そろそろ次の場所に行くとしよう。

 管理人の爺さんに鍵を返してから、俺は次の仕事場へと向かった。



 ちなみに、管理人の爺さんの戦闘力は一だった。




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