魔王軍殲滅師団団長 「疾風」のハルピュイア
黒い壁に覆われていく住宅街を見上げ、麗羅はイライラと頭を掻きむしる。
「あ~っ、もうっ! なんでこういっつも……っ!」
また素直になれなかった自分がどうしようもなく腹立たしかった。
ただ一言、父親のことで礼を言うだけのことがどうしてできないのか。
確かにやり方は目も当てられないほど酷かったし、やった当人も無意識だったが、晃弘が『何か』をしたおかげで、父が悪魔の契約に囚われることなく自分のことを忘れずに済んだ事実は変わらない。
父のおかげで母とも再会できたし、母も記憶こそ消えていたが何か感じるものはあったのか、自分を娘として温かく受け入れてくれた。
娘を愛するが故に娘の前に立ちはだかった、父娘同士の戦い。
どちらが勝ってもどちらとも傷つくことになっていただろう戦いを、予想外の形で丸く収めてしまったあのバカに、一言お礼を言わなければと思っていたのに……。
「……どうしてこういう時に限っていっつも邪魔が入るのよっ!」
けたたましいアラートを鳴らすステッキを構え魔法少女に変身した麗羅は、目の前に降り立った二対四枚の翼を持つ鷹の怪人と相対する。
「お初にお目にかかるマドモアゼル。我が名はハルピュイア。魔王軍殲滅師団団長の地位と『疾風』の二つ名を魔王様より賜りし者。以後お見知りおきを」
胸に手を当て慇懃に挨拶をするハルピュイア。
今まで戦ってきた四天王にも匹敵するほどの魔力の波動を感じ取り、麗羅の頬を冷汗が伝う。
「おやおや、そんな顔をされては嗜虐心がそそられてしまうではありませんか。クフフフフ……」
「御託はいいわ。とっとと来なさい」
「先に言っておきましょう。貴女に勝ち目はありません」
ハルピュイアが両手と翼を大きく広げ、芝居がかった仕草で麗羅を挑発する。
「私が四天王にも匹敵する力を持っていながら、なぜ一師団長の地位に甘んじているか分かりますか? ……そのほうがこうして敵で遊べる機会が多いからですよッ!!!!」
ハルピュイアが翼を大きく羽ばたかせると、大気が『轟ッ!』とうねりを上げて、周囲の家や電柱をバラバラに切り刻みながら全てを吹き飛ばしていく。
嵐のように吹き荒れる風の刃をバリアでガードして、麗羅がステッキをハルピュイアに向ける。
するとハルピュイアの足元から金色の火柱が猛烈な勢いで立ち昇り、空と大地をその焦熱で焼き溶かしていく。
「遅い遅い。虫でも止まったのかと思いましたよ」
「っ!?」
一瞬で背後に回り込まれ、強烈な裏拳が麗羅のバリアを叩き割る。
殴り飛ばされた麗羅の身体が瓦礫の山の上をボールのように跳ね飛んでいく。
どうにか麗羅が空中で体制を立て直したところで、さらに追撃の回し蹴りが背後から叩き込まれた。
「クフハハハハ! これでは一方的ではないですか。もっと私を楽しませてください!」
空中へ蹴り上げられた麗羅に三六〇度あらゆる角度から攻撃を加えながら、ハルピュイアが嗜虐の愉悦に眦を歪めた。
麗羅も必死で抵抗を試みるも、ハルピュイアの神速の前に手も足も出せず、麗羅の代わりにダメージを肩代わりした魔導霊装が徐々にボロボロになっていく。
「くっ……!」
「クフフフフ! いいですねぇ、その眼。もっと甚振って屈服させたくなるじゃないですか」
「がぁっ!?」
ボロボロになりながらも瞳の奥に反抗の意志を燃え上がらせる麗羅の腕をハルピュイアが強引に掴み上げ、腹に拳を何度も叩き込む。
血交じりの胃液を吐いてぐったりと項垂れる麗羅の顎を掴み、痛みと恐怖に揺れる瞳を見つめてハルピュイアは残虐な笑みを浮かべた。
「いいですねぇいいですねぇ! 強気な女をめちゃくちゃに甚振って屈服させる。この瞬間が最高にたまらない! さて、どこから喰らってやりましょうかねぇ。生娘の肉は美味いですからねぇ、腕か、脚か、それとも贅沢に腸からいっちゃいましょうか……!?」
ハルピュイアの腕が麗羅の腹を刺し貫くと、麗羅の身体がぐにゃりと溶けて黒い泥へと変わった。
そのまま黒い泥はハルピュイアの腕を這い上り全身に纏わりつくと、その身をみるみる焼け爛れさせていく。
「ギャァァァアアアアアアッッ!? な、なんだこれは!? 離れろ! 離れろォォォォォォッッ!!!!」
「離れないわよ。アンタが死ぬまで永遠にね」
「っ!?」
声のした方にハルピュイアがハッとなって振り返る。
そこにはゴミでも見るような目でこちらを見つめる無傷の麗羅の姿があった。
白い魔法少女の衣装に合わせるように髪は白く染まり、狐耳と九本の尻尾を持つその姿はまるで……
「ああ……そんな……! バカな、あり得ない……! そのお姿は……こんな、こんなことがっ……!」
「都合のいい夢は見れたかしら。消えなさい腐れ外道!」
「ぎゃっ!?」
麗羅がハルピュイアに手を伸ばしギュッと拳を握りしめる。
すると黒い泥が『ギュルン!』と蠢き、ハルピュイアの身体をぞうきんのように搾り上げて魔核ごと砕き潰し、拳大の小さな玉へと圧縮してしまう。
「あー……キッツ……」
黒い霧となって消えていく泥の塊を横目で見やり、変身状態が強制解除されて制服姿へと戻った麗羅が倒れ込むように腰を下ろす。
この四日の間に修業して強くなったのは何も晃弘たちだけではない。
麗羅もまた喪服の女主人に教えを乞い更なる高みへと上り詰めていた。
魔法少女に変身した状態で『神化転身』を行うことで、大幅な戦闘力の向上を図る麗羅だけのオリジナル技。その名も『魔神転装』。
二つの変身形態でそれぞれ得られる戦闘力を乗算して上乗せするこの技は、発動さえできれば一時的にかの臥龍院尊にすら匹敵するほどの力を得られる。
現在の麗羅では五秒維持するのが限界だが、五秒も世界最強と同等の能力が得られるなら大抵の敵は一瞬でカタが付く。
『ミツケタゾ……!』
「っ! こ、この気配……!?」
ハルピュイアを倒しホッとしたのも束の間。辺りに重苦しい魔力の気配が満ち満ちていく。
忘れもしない。四年前、大悪霊を倒す力を授けた代わりに自分の居場所を奪っていったあの悪魔の気配……!
『クックックッ! 幾つかの世界の素質のありそうな者にツバを付けておいて正解だったわ。よもやここまで完璧な素体へ仕上がるとは!』
麗羅の足元から影が大きく広がり、夜空に煌めく星々のように、闇の奥で無数の魔眼が目を開く。
『強く、若く、何より美しい……! お前こそ我の次なる身体に相応しい! さあ、こっちへ来い!』
「────っ!!!!」
無数の魔眼の視線を浴びて身動き一つ取れなくなった麗羅が闇の中へ引きずり込まれていく。
やがてその身体が完全に闇の中へと沈み込むと、『バシュン!』と辺りを覆っていた闇が弾けて、閑静な住宅街を生暖かい一陣の風が吹き抜けた。
◇
混沌エネルギーを使用した転移魔法で飛んだ先は、どこかの大図書館だった。
円を描くように置かれた無数の本棚が上へ上へと積み重なり、浮遊するキャットウォークが本棚の間を一定時間ごとに行ったり来たりしている。
床の上には本が乱雑に積み重なっていて、その本の山の向こうにある読書机で一人の男が静かに本を読んでいた。
オールバックに撫でつけた灰色の髪と青色の肌。黒い魔術師のローブを着こみ、猛禽の嘴のように尖った鼻が特徴の男だ。
「……む? うぉっ!? なぜ魔法少女がここにいる!?」
「いや、まあ、ランダム転移で飛んできた……みたいな? つかぬことを伺うけど、ここどこ?」
「ふっ……くはははは! よもや敵地に単身乗り込んでくるとは、さては貴様バカだな!? ここは魔王城地下三〇〇階。この魔王軍四天王『理力』のアーガシャが管理する知識の殿堂よ!」
「うぇっ!?」
やっべ! いきなりラスダンまで転移しちまった!?
「……あ、あのー、お互い何も見なかったことにしない?」
「むざむざ我が領域内へ踏み込んできた敵を生かして返す理由がないな」
「ですよねーっ!」
「結界をブチ抜いていきなり城内へ転移してくるとは予想外だったが、まあいい。貴様にはここで死んでもらうぞ!」
アーガシャがゆるりと手を挙げると、周囲に積まれていた本が『ふわり』と浮き上がり、ページが独りでに開いて星の数ほどの魔法陣が一斉に浮かび上がる。
「くたばれ! 魔法少女!」
「ぬぉわ────っ!?」
刹那、数えきれないほどの魔法が俺に向かって殺到した!
本来なら四天王全員倒さないと入れない城に転移するバグ技を使用。
これが一番早いと思います。




