めっちゃ知ってる謎の美少女転校生()
明けて翌週の月曜日。
鉄壁のグラーギを倒してから今日で四日目だが、この間特に襲撃などもなく嵐の前の静けさが続いている。
とはいえ焦ったところでどうなるわけでもないので、金にモノを言わせてあちこち遊び歩いて英気を養いつつ、空いた時間にガッツリ修行して敵がいつ来てもいいように備えてきた。
魂魄開放の第二段階にはまだ至っていないが、第一段階の開放状態をタイムリミット無しで維持できるようになったのは大きな成長だろう。
さらにタッツンたちの手により宝珠の解析が進み、魔導霊装が強化された。
大きな変更点としては、変身時に隔離空間が自動で展開されるようになったことと、敵の出現を知らせる警報機能が実装されたらしい。
相変わらず混沌エネルギーを流すとガタガタ変な音がするのはどうにもできなかったようだが、それでも全体の性能が三割向上したとタッツンは自慢げに語っていた。
と、そんなこんなで週が明けて月曜日。
「はじめまして。惣流院麗羅です。先週まで父の仕事の都合でイギリスにいました。久しぶりの日本でちょっと緊張してますが、仲良くしてくれると嬉しいです」
一〇〇点満点の作り笑顔と違和感のないカバーストーリーを引っ提げてレイラが転入してきた。
クラス全体が謎の美少女転校生を前に騒然としているが、事情を知っている身からすればとんだ茶番である。
土御門ではなく惣流院と名乗ったということは、おそらくこの土日で母親と顔を合わせて何かしらの心境的な変化があったのかもしれない。
その後、転校生のお約束イベント「質問攻めタイム」も事前に用意していたらしきストーリーで無難にやり過ごし、めでたく(?)レイラは我が一年三組に受け入れられた。
こういう何でもそつなくこなす器用なところは昔から変わっていないらしい。
そんな月曜日の放課後。
「なぁ腹減らね? ラーメンでも食い行こうぜ」
マサが腹を「ぐぅ」と鳴らして俺とタッツンを誘ってきた。
お前はいっつも腹空かせてるな。
「あ、僕これから彼女と約束あるんで」
「「なにぃっ!?」」
か、彼女だと!? 馬鹿な、相手は誰だ!? つーかいつの間に……はっ!? まさか涼葉か!?
コノヤロー、ここ数日研究で忙しいとか言ってたのはそういうことだったのか!
「ねぇねぇ、処す? 処す?」
「やれ、マサ」
「ウガーッ! 裏切り者に死をーッ!」
バーサーカーと化したマサが裏切り者を分厚い胸板で押しつぶさんと飛びかかる。
が、タッツンはマサのベアハッグをスルリとくぐり抜け、俺の時間差タックルもヒラリと躱し、すっ転んで縺れ合った俺たちを見下ろし優越感をたっぷり含ませて鼻で笑った。
「悔しかったら二人もさっさと彼女作ればいいじゃないですか。じゃ、涼葉さんが待ってるので僕はこれで~♪」
「あっ!? 待てコラ逃げるなーっ!」
「裏切り者! 裏切り者ぉーっ!」
俺たちが縺れ合ったまま起き上がろうと必死にもがく中、踊るように軽やかな足取りで裏切り者は悠々と去っていった。
チクショー! チクショ────ッ!!!!
「アンタたちって……ホントにバカね」
と、敗北感に苛まれ悔し涙を噛み殺す俺たちに憐みの視線を向けつつ、レイラがボソッと呟いた。
「聞こえてんぞコラ! バカって言った方がバカなんだぞバーカ!」
「そういうトコがバカだって言ってんのよバーカ!」
「お前ら小学生かよ……。あ、なんならレイラもラーメン食い行くか? 転校祝いでヒロが奢るからさ」
「え、ホント? じゃあ私味玉トッピングね!」
「何ちゃっかり奢られる気になってんの!? 奢らねーからな!?」
「いいじゃねーかラーメンくらい、金ならあるだろ。ついでにオレにも奢れよ」
「お前にだけは絶対に奢ってやらねーよドアホ! 前にお前らが焼肉で俺のお年玉溶かしたの忘れてねーからな!?」
忘れもしない二年前の冬休み。
女子の体操服盗難事件の犯人にでっち上げられた俺のため、あちこち駆け回って真犯人を探す手伝いをしてくれたタッツンとマサに、お年玉をはたいて焼肉を奢ってやったことがあった。
中学生料金の食べ放題コースを選んだはずなのに、食べ放題の範囲外の高い肉ばかり注文されて、三万円もあったお年玉が消費税込みで一円も残らずキッチリ使いつくされてしまった時は流石に友達やめてやろうかと思ったほどだ。
以来、俺は人(特にタッツンとマサ)には絶対に飯でお礼はしないと誓ったのである。
「ちぇー、なんだよケチ」
「人の金で三万円分も焼肉食ったアホに言われたくねーよ! 大体金ならお前も持ってるだろうが! お前らも臥龍院さんからバイト代貰ってるの知ってんだぞ!」
「ケッ、バレてたか。まあいいや、腹減ったし行こうぜ。最近見つけたオススメの店があんだよ」
「ケチな男ね。……ふふっ、ラーメンなんていつぶりかしら」
一切悪びれた様子も無くマサが鞄を担いで俺たちをアゴで急かし、若干声音が弾んでいるレイラが後に続く。
……なんだよ、ガラにもなくウキウキしやがって。普段からそれくらい素直なら少しは可愛げもあるのによ。
と、そんなわけで俺たちは三人でラーメン屋に寄っていくことになった。
◇
「なかなか美味しかったわね。白湯系なのに臭みもなくてマイルドで食べやすかったわ」
「だな。鶏チャーシューも柔らかくて美味かったわ」
「だろー? 最後の締めに残ったスープにライスをぶち込んで食うのが最高なんだよなー」
マサオススメのラーメンを食べ終え店を出た俺たちは、それぞれ感想を言いあいながら家までの道をブラブラと歩いていた。
ああ、なんかいいなぁこういうの。
学校の帰り道に気の知れた仲間たちとバイト代で飯食って帰る。最高に高校生って感じだ。
そうだよ、こういうのがやりたかったんだよ俺は。
別に地球をぶっ壊せるような力なんて無くても、誰でもちょっと頑張れば実現できるようなこういう日常こそ大事にしたい。
夕焼けがカーブミラーの影を色濃く落とす交差点。
朝はいつもここで合流して、帰りはここで解散する。小学生の頃からずっと変わらない、いつもの場所。
「んじゃ、二人ともまた明日な」
マサが立ち止まり軽く手を振って交差点を左へ曲がる。
「……きょ、今日は、その……誘ってくれてありがと」
「へへっ、いいってことよ。今度は四人でどっか行こうぜ」
レイラが少し照れくさそうにもにょもにょお礼を言うと、マサは「ニカッ」とはにかんで嬉しそうに肩を揺らして去っていった。
二人きりになっちまった……。
そういえば小学生の頃もよくこうして帰り道で鉢合わせては喧嘩ばかりしていた気がする。
「なんか懐かしいな」
「なんか懐かしいわね」
ふと、思ったことを口に出すと、レイラも同じことを考えていたのか声が重なった。
それがなんだかおかしくて、お互いまた同じタイミングで吹き出してしまう。
「そういえば、こうして最初から一緒に帰ったことってなかったよな」
「そうね。いつも誰かさんがバカなこと言うせいで喧嘩してたものね」
「割とお前からも突っかかってきてただろ」
「それはアンタがアホ丸出しだったからでしょ……。平気で鼻ほじったり道端でおしっこしようとしたり寄り道したり。ちょっと目を離すとすぐ事件に巻き込まれるし学級委員として気が気じゃなかったわよ」
「事件に巻き込まれるのは俺のせいじゃねーだろ。好きで巻き込まれに行ってるわけじゃねぇよ」
「嘘ね。いつもおもしろ半分で首突っ込んでたじゃない。ご主人様から名刺渡されて町はずれの屋敷まで来たのだって、どうせ興味本位で特に何も考えてなかったんでしょ?」
「む、むぅ……」
くっ、その通りすぎて何も言い返せない!
臥龍院さんに声かけられたのも、興味本位で除霊しまくったからだしな。
「……まあ、おかげで何度か助けられもしたんだけどね」
普通なら聞き取れないくらいの小声でレイラがボソッと呟く。
まったく、感謝してるなら素直にありがとうって言えよこのツンデレめ。
「そうだぞ、感謝しろよな!」
「う、うっさい! 偉そうにすんなバカ! 被った迷惑の方が大きいんだから相殺どころかむしろマイナスよ!」
「なんだとーっ!?」
などと話している内にY字路に辿り着く。
俺の家は右で、レイラの家は左。ここに来るとやっぱり喧嘩別れになっちまうのは何故なのか。
カーブミラーを間に挟んで立ち、腕を組んで睨み合う。
「何か言うことがあるなら今のうちだぞ」
「ふんっ、アンタに言うことなんて何もないわよ! せいぜい明日から毎日アンタのアホ面拝まなきゃいけないと思うと憂鬱ってくらいかしらね! じゃあね!」
「あ! 待ちやがれこの……!」
言うだけ言ってその場を去ろうとするレイラの背中に手を伸ばした、その瞬間。
『ブオンッ!』と、突然俺たちを隔てるように目の前に漆黒の壁が現れ、鞄の中に隠していた魔導霊装のアラートが鳴り響いた。