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守りたいもの

「「「ぷぇ……」」」


「ふむ、今日のところはひとまずここまでとしておきましょう。まさか第二開放まで使わされるとは思ってもみませんでしたぞ。ほっほっほ」


 修行部屋の床の上に力なくへたばる俺たちを見下ろし、逢魔さんが服の埃を払いながらホクホク顔で笑った。


 お、おかしい……。

 逃げたバカ二人を修行部屋に放り込んで大乱闘していたと思ったら、いつの間にか逢魔さんにボロクソに叩きのめされていた。


 催眠術とか超スピードとかそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。

 もっと恐ろしいバトルジャンキーの片鱗を垣間見たぜ……ぐふっ。


 けど、おかげで強力な切り札も不完全とはいえ習得できた。


 己の魂に秘められた力を開放する秘奥義『魂魄解放』。

 まだ開放できるのは第一段階までだが、それでもあると無いでは大違いだ。


「魂魄開放は自身の戦闘力を飛躍的に高めるだけでなく能力の性質すらも変化させます。しかしその代償として霊力の消費量は格段に跳ね上がり、精神に多大な負荷もかかる。今のお二人でしたらもって一分。犬飼様でも三分が限界でしょう。それ以上の使用は魂が崩壊する危険があることを努々《ゆめゆめ》お忘れ無きように」


 魂魄解放の反動で精魂尽き果てた俺たちを見て、逢魔さんが僅かに苦笑しながら指を鳴らす。

 すると次の瞬間、俺たち三人は全裸で広大な湯船の中に浮かんでいた。

 ああ~……。お湯、あったかいナリィ……。

 アロマオイルの華やかな香りが疲弊した心に染みわたっていく。


「しばらく湯に浸かっていれば疲労も回復しましょう」


 よっこいせと、いつの間にか裸になっていた逢魔さんが湯船に肩まで浸かって静かにゆっくりと息を吐く。

 ……全身刀傷だらけだ。細身ながらも鍛え抜かれた鋼を思わせる凄まじい肉体に思わず目を奪われてしまう。 


「……気になりますか?」


「あ、いえ、すいません不躾に」


「これは私がまだ人間だった頃に受けた傷でしてな。あえて戒めのためにこうして残しているのですよ」


「戒め……ですか?」


「……何も奪われたくない一心で剣の腕を磨き続けていたはずが、いつしか剣を振るうことが目的になっていた。この傷は修羅道へ落ち、何もかも失った愚かな自分を忘れぬための戒めなのです」


 揺れる水面をしばらくぼんやりと見つめ、やがてお湯で顔を洗い、さっぱりした顔で逢魔さんは俺たちに笑いかける。


「人の心は弱くあまりにも流されやすい。何のために力を求め振るうのか。それを常に心の中心に留めておくことです。そうすれば私のように修羅の道へ落ちることもありますまい」


「……わかりました」


 何のために力を求め振るうのか。

 そんなこと、今まで全然考えたこともなかったな……。


 身体の力を抜いてゆっくりと息を吐き、身体を湯船の中に沈めていく。

 称号のおかげで水中でも呼吸できるので、目を閉じると心地よい浮遊感と温かさだけが感じられてとても心地よかった。



 ……ほんと、この二週間で人生一八〇度変わっちまったなぁ。

 というか、人間ですらなくなってしまった。



 霊能力に目覚めて、臥龍院さんに声をかけられて、そこから色々と仕事をこなしていく内に宗助と戦う羽目になって、それが片付いたと思ったら今度は異世界からの侵略者だ。

 神になったり魔法少女になったり、俺はいったいどこを目指しているんだろうか……。


 今まで巻き込まれてばかりで、戦う目的とか、強くなる理由とか、そういうの考えてる余裕も無かったからなぁ。

 逢魔さんは「修羅の道に落ちてすべてを失った」と言っていた。

 逢魔さんにもかつては守りたかったモノがあったのだろうか。


 俺が失いたくないモノ。

 家族も、友達も、そいつらがいる日常も、ぜんぶ大事だ。

 もともと小春の代わりに戦おうと思ったのだって、小春を危険な目に合わせたくなかったからだしな。



 なんだ。考えなくても答えなんて最初から出てたじゃないか。



 俺は俺が守りたいもののために戦う。

 何かを守るために力が必要だってなら、いくらでも強くなってやる。

 それでいいんだ。今までも、これからも。



 ◇



 身も心も温まり風呂から上がると、臥龍院さんから話があるとのことで俺たちは全員応接間に通された。


 応接間は不思議な模様が織り込まれたペルシャ絨毯じゅうたんが敷かれていて、壁にはどこの国のものか分からないが見事な手織りのタペストリーが掛けられている。


 部屋の中央にあるローテーブルを囲うように置かれた黒革のソファーに臥龍院さん、九十九さん、それから見覚えの無い女の子が一人、それぞれテーブルに向かい合うように座っていた。

 レイラも臥龍院さんの後ろに静かに佇んでいて、俺が視線を向けるとなぜか視線を逸らされた。なんだよ!


 女の子は俺たちと同い歳くらいで、左右で長さの違う三つ編みのおさげが特徴的な、たれ目がちな目元が可愛らしい子だ。

 いかにも魔術師然とした黒いローブを羽織っており、ローブの下は黒いビキニブラにホットパンツというちょっと目のやり場に困る服装だった。

 ……ふむ、推定Gか。グレートだぜ!

 短いほうのおさげに赤い宝石のついた細い金のチェーンを結んで左右の長さを合わせているのは、何か魔術的な意味があるのだろうか。


「来たわね」


 臥龍院さんに視線で促され、俺たちは空いているソファーに腰かけた。すげー、ふかふか!

 テーブルの上には変態マスコットを捕らえた鳥籠とりかごが置かれていて、鳥籠の中で変態マスコットが尻尾を丸めて酷く怯えていた。


 ……何してんのお前。


「早速だけど本題に入りましょうか。この球体についてよ」


 テーブルに敷かれた白い布の上に置かれた光る五つの玉を指差して、臥龍院さんがその場の全員を見渡して言った。

 あれ、なんか玉増えてない?


「ついさっき、彼にプロンテイ側と通信を繋いでもらって、私が直接交渉して全面的な技術供与の確約を取り付けたわ。この宝珠はあちら側から追加で転送されてきた魔法技術に関するデータよ」


『……フヒッ。終わりマチョ。この世の終わりマチョ。もう誰も助からないマチョ……。マチョは、マチョはなんてことを……ああ、あああっ、ああああああ!!!!』


「いや発狂しとるやないですか。なにされはったんです?」


「ふふふ、秘密♡」


 九十九さんからの問いを意味深な笑みでぐらかす臥龍院さん。

 怖いなぁ。


「それで、このデータの解析をここに呼んだ皆さんにおまかせしたいのだけど」


「そりゃあ異世界の魔法技術なんて、魔術師としては喉から手が出るくらい欲しいですから喜んでお引き受けしますけどぉ~。本当にいいんですかぁ~? こっちの世界の禁忌に触れるような技術だってあるかもしれないんですよぉ~?」


 三つ編み少女が間延びした喋り方で臥龍院さんに問い返す。


「それをどう扱うかも含めて、あなたたちに任せるわ。いちいち私が手や口を出していたら技術も人も育たないもの」


「あくまで傍観者の立場を貫くってことですか~?」


「ええ。だから今回の一件について私が手出しするのはこれが最初で最後。あとはあなた達だけで乗り切ってみせなさい。ここの研究室を解放するから宝珠の解析に使ってくれて構わないわ」


「わぁ~ありがとうございますぅ~! そういうことでしたら遠慮なくやらせてもらいますねぇ~」


 三つ編み少女が「ぱぁっ」と顔を綻ばせる。


「あ、はじめましての方もいるので自己紹介をば~。わたし~、二階堂にかいどう涼葉すずはと申しますぅ~。一応、魔術師協会の副会長をやらせてもらってますぅ~」


 俺たちの方を向いてぺこりと頭を下げた涼葉さんに、俺たちもそれぞれ名前だけ名乗って簡単に自己紹介を済ませる。


「二階堂って、もしかして孝麿さんの妹さん?」


「ですです~。あ、わたしのことは涼葉でいいですよ~。名字だと兄とごっちゃになっちゃいますし。話は兄から聞いてますよ~? いつぞやは兄がお世話になりました~」


「いやいや、お世話になったのはこっちの方だって。お兄さんにあの時は助かりましたって伝えてもらっていいかな」


「はい~。兄も喜ぶと思います~」


 結局あの後、誰かさんのせいでお礼言いそびれちゃったしな!


「ほな早速取り掛かろか。ワイも手伝うで」


「あ、じゃあ僕も。何か必要な機材とかあれば能力で作れますし、魔術にも興味あるんでついでに勉強させてください」


「助かりますぅ~。それじゃあ研究室お借りしますねぇ~」


「ええ。任せたわね」


 そのまま涼葉と九十九さんとタッツンは、宝珠を持った逢魔さんに案内されて応接間から出ていった。


「研究室も内部の時間を加速させてあるから、すぐにでも結果は出るでしょう。あ、そうそう、来週から麗羅をあなたたちの学校に転入させるからそのつもりでいて頂戴」


「「「うぇっ!?」」」


 突然のカミングアウトに驚きの声が重なった。なんでレイラまで驚いてんだよ。

 確かレイラって夜鳥羽女学の生徒だったよな。超高偏差値のお嬢様学校からウチみたいな公立の平凡高校に転入とか、逆に大丈夫なのか。


「ご、ご主人様!? 聞いてないですよそんなこと!?」


「だって今言ったもの。敵がいつ攻めてくるか分からない以上、できる限り近い場所にいた方が何かと都合がいいでしょ?」


「そ、それはそうですけど……」


「それにあなたを学校に通わせているのだって社会的な身分を偽装するためなのだし、学力的には大卒以上のものは叩き込んであるのだから何も問題ないでしょう?」


「で、でも制服とか結構気に入ってましたし……」


「あら、夜鳥羽第一高校の制服も結構可愛いって評判よ? それにあなた、学校にまだお友達一人もいないじゃない」


「ぐふっ!?」


 レイラェ……。お前、ボッチだったのかよ。


「オレは別に大歓迎だけどな。クラスが華やかになるし、同じ学校なら放課後とか気軽に遊びに誘えんじゃん」


 マサがメガネの位置を直して「にぃっ」と笑う。


「して、その本音は」


「美少女につられて寄ってきた可愛い子を紹介してもらってあわよくば彼女がほしい!」


「そんなこったろうと思ったわ」


「仮に友達できてもアンタたちにだけは絶対に紹介してやらないわよ」


「そんなぁ!」


「ふふふ、そういうわけだから、レイラのことよろしくお願いね」


 そんなこんなで、レイラの転入は唐突に決まったのだった。


修行シーンはキ●グクリムゾン!


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― 新着の感想 ―
[一言] 待ってくれ!2週間だったのか?あんだけあって2週間なのか!
[一言] さらっとすごい奥義習得してる
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