絶対防御
鉄壁のグラーギと名乗った黒騎士が軽く手を打ち鳴らす。
すると見えない壁が左右から押し寄せてきて、俺の身体を挟み込んでメキメキと押し潰し始めた。
俺はすぐさま身体を霊力に変換し霊体を四散させて見えない壁の圧力から脱し、グラーギの背後に回り込んでステッキの先から霊力波をブッ放す。
「効かぬ」
しかしグラーギの全身を覆う八面体の防壁に俺の霊力波は完全に防がれてしまった。
チッ! 鉄壁の二つ名は伊達じゃねぇってか!
「いーくーぜーオラァ────ッ!!!!」
マッスル魔法少女に変身したマサが地上からロケットのようにカッ飛んできて、鬼の頭を模したハンマーをグラーギの防壁に叩きつける。
すると鬼ハンマーの口が「ガバァッ!」と開いて、グラーギを守っていた八面体の防壁を吸い込んで引き剥がした。
そこへすかさずタッツンのレールガンによる狙撃が突き刺さる。
刹那、超高温の火球がグラーギを飲み込んだ!
「ぬるい!」
グラーギが無造作に腕を振るうと火球が霧散する。
その漆黒の鎧にはかすり傷一つ付いていなかった。
「目障りだ。消え失せろ!」
グラーギが両手を上に掲げると、超巨大なバリア球が全天を覆いつくした。
バリア球は徐々に小さく縮んでゆき、内部で圧縮された大気がプラズマ化して地上を白く照らし出す。
「この一撃をもってこの世界への宣戦布告としよう。もろとも消え去るがよい!」
グラーギが掲げていた両手を勢いよく振り下ろすと、それに合わせてプラズマ球が地上へ向けて落下していく。
あんなもんが落ちたら地上は大惨事だ!
「させるかぁぁぁ────ッッ!!!!」
混沌の神力をステッキに全力で注ぎこみ、無限の可能性を強引に収束させて望む結果を引き出す。
ステッキが今にも壊れそうなくらいガタガタ震えている。
頼むっ! もうちょっとだけ頑張ってくれ!
「うおぉぉぉぉぉぉぉ! キャンディーになっちまえバッキャロー!!!!」
「何っ!?」
混沌魔法発動!
グラーギの足元に魔法陣が展開して、魔法陣から溢れ出す光を浴びたグラーギがいちご味のキャンディーに変わった。
「いただきまーす!」
すかさず最近影の薄かった影友さんがステッキの先端から首を伸ばして飴玉を丸呑みにする。
制御を失ったプラズマ球も色とりどりのキャンディーの塊へと変わり空中で爆発。地上へ飴玉の雨がばらばらと降り注ぐ。
すると、とうとう無理な運用に悲鳴を上げたステッキがガラスのように粉々に砕け散り、変身が解除された。
「うごっ!? ごげっ、ぐごごごご!?」
「ど、どうした影友さん!?」
「は、腹の中で飴玉が膨れてっ!? おげぇぇ────っ!」
腹の中でどんどん膨れあがっていく飴玉の圧力に耐えきれず、とうとう影友さんが飴玉を「ゲロッ」と吐き出した。
すると飴玉が割れて八面体のバリアで覆われた赤い魔核が現れ、そこから漆黒の騎士が瞬く間に再生していく。
「させるかよっ!」
再生しかけの漆黒の騎士にマサが鬼ハンマーで殴りかかるが、魔核を守る防壁に跳ね返されてマサの身体が大きく吹き飛んだ。
「無駄だ。吾輩の魔核を守る防壁は魔王様ですら破壊できなかった最強の盾。如何なる方法を以てしても吾輩を滅することなどできぬわっ!」
「くっそ! チート野郎め!」
どうする!? ステッキはもうぶっ壊れちまったから変身もできねぇ。
あの防御を突破できなきゃいずれ力尽きるのは俺たちの方だ。
俺たちがグラーギの防御力を前になす術なく歯噛みしていると、夜鳥羽市を覆うグラーギの防壁をさらに囲うように、突然八本の光の柱が大地から立ち昇った。
光の柱はすぐさま線で結ばれ、夜空に巨大な星型の方陣を描き出す。
☆
時は少々さかのぼり、晃弘が空へ向かって飛び出していった直後のこと。
一二三はすぐさま聖十字教会教皇へと電話を繋いだ
「あーもしもし? ワイです。……えぇ、えぇ。……はい。今ちょーど現場に居合わせとりますわ。……はい。ほんでなんすけど、聖八角封陣結界の使用許可貰えません? あら駄目ですわ。公爵級以上の完全な魔人なんてワイも初めて見ました」
一二三がスマホを耳に当てながら空の上にいる黒騎士に険しい視線を向ける。
精神生命体である悪魔がその格に見合うだけの肉体を得ることで生まれる超生命体。それが魔人だ。
肉体を得た悪魔は存在の強度が増し、その脅威度は格段に跳ね上がる。
教会が有史以来記録し続けてきた悪魔全書によると、肉体を得た悪魔は二階級上の悪魔と同等の力を得るとされている。
だが公爵級以上の悪魔はその格に見合うだけの肉体がまず存在し得ないため、公爵級より上の魔人は机上の空論とされていた。
その机上の空論が、今、一二三が見上げた先にいる。
一二三がかつて相対した魔王バアルをも遥かに凌駕する重圧。
かの黒騎士が大公級悪魔が受肉した存在であることに、もはや疑いの余地は無かった。
「……えぇ、はい。後は教皇サマが『うん』と仰って下さればいつでも。……ホンマですか! いやーありがとうございます! ほんなら早速取り掛かりますわ」
通話を切った一二三が口角をニヤリと吊り上げる。
臥龍院や教会の最高司祭たちへの事前の根回しは無駄にならずに済んだらしい。
『 悪鬼は世に満ちて、よしおどすとも神の真こそ我が内にあれ。黄泉の長よ、吠え猛りて迫りくとも、主の裁きはなが上にあり! 聖八角封陣結界、発動!』
一二三が聖句を唱え首から下げていた金のロザリオを二つに割り折る。
すると夜鳥羽市を囲うように光の柱が八つ空に向かって立ち上り、柱同士が光の線で結ばれ夜空に巨大な星型方陣が浮かび上がった。
霊脈の力を使用して悪魔の力を封じ込め滅する究極の祓魔結界、『聖八角封陣結界』。
大公級以下の悪魔であれば発動した時点で消滅するほど強力な結界だが、使用可能な土地が限られる上に、人類に友好的な存在すらも問答無用に消し去ってしまうため、土地の霊的バランスを大きく崩しかねない欠点もある。
そのため、聖十字教会法皇と三名の最高司祭の承認が下りなければ術そのものが起動しないようにセーフティーがかけられており、一二三が電話をかけたのは法皇から最後の承認を得るためだった。
「聖なる八角!? よく頭の硬い最高司祭たちが頷きましたね!?」
シスターマリアが驚きに目を見開き一二三のほうへ振り返る。
「痛いとこちょーっと突いたったら、笑顔でいつでも承認する言うてくれたで?」
「……あなたのそういう汚いところ、大嫌いです」
「ワイはマリアチャンのそういう純粋なトコ好きやで」
一切悪びれる様子もなくヘラヘラと笑う一二三に、シスターマリアは憮然とした表情のまま上空のグラーギへと意識を戻す。
実際、効果は覿面だった。
「ぬぐうぅぅぅぅ!? おのれ神め! どこまでも上から吾輩を照らすつもりかぁぁぁぁ────ッ!!!!」
善なる神の光に抗おうとグラーギが鎧の周囲に光を通さぬほど分厚い防壁を何重にも張り巡らせていく。
すると夜鳥羽市を封鎖していたバリアに乱れが生じ始めた。
直後、その僅かな綻びをこじ開けるように内側から巨大なハート形の構造物がバリアをブチ抜き、ガラスが割れるような音と共にバリアが粉々に砕け散る。
押しとどめられていた隔離空間が堰を切ったように広がり、世界の色彩が瞬く間に反転していく。
通常空間に弾き出されグラーギたちを見失ったシスターマリアが慌てふためく隣で、視界に重なり合うように映る隔離空間を見据えて一二三が蛇のような笑みを湛えてポツリと呟く。
「くくっ。さて、あとはメシアサマのお手並み拝見やな。気張りや、晃弘クン♪」
敵の攻撃ごとキャンディーに変えちゃう魔法少女の鏡()




