聖十字教会
翌日。
一二時のチャイムが鳴り、特に示し合わせたわけでもなくいつもの三人で集まって、机を並べていざ弁当タイムと洒落込もうとしていたときだった。
「あの……犬飼くんっています?」
「あん?」
教室の外から俺を呼ぶ声がかかった。
そちらに視線を向けるとちょうど入り口の近くにいた野球部の田中が俺を指差して、別のクラスの女子が俺に近づいてきた。
「あの、これを渡すように頼まれて……」
手渡されたのは一枚の封筒。
封蝋付きの手紙とはまた随分と古風な。
「えっと……誰から?」
「えっと、いつも学校来るときに教会の前を通るんだけど、そこのシスターさんから。毎朝ニコニコ挨拶してくれる可愛い人だよ。じゃ、手紙は渡したからね」
俺に手紙を渡すと名も知らぬ女子はそそくさと自分のクラスへ帰っていった。
興味津々といった顔でこちらを見るタッツンとマサに目配せして、おそるおそる手紙の封を切る。
手紙には達筆な字でこう書かれていた。
『今夜二〇時ちょうどにあなたをブチ殺しに参ります♡ 首を洗ってお待ちくださいませゴミカスクソ悪魔がっ!!!!』
「殺害予告じゃねーかッ!」
手紙を丸めて窓の外へ投げ捨て、霊力波で消し飛ばす。
チクショウ、生まれてはじめて女の子から貰った手紙が殺害予告状なんてあんまりだ!
「また面倒なのに目を付けられたっぽいですねぇ」
「で、どうすんだ?」
タッツンがやれやれと肩をすくめて、マサが分かりきったことを聞いてきた。
その凶悪な面構えを見ればすでに二人がやる気十分なのは嫌でも伝わってくる。
「んなもん決まってんだろ。いつも通りだよ」
俺の返答に二人がニヤリと口角を吊り上げる。
いきなり喧嘩吹っ掛けてくるような輩は、二度と手出しする気が起きないように徹底的に叩き潰してやんよ!
☆
その日の夜。
時刻はそろそろ二〇時になろうかという頃。俺は夜鳥羽市の郊外にある教会の前にいた。
周囲は雑木林になっていて見通しが悪く、一番近い民家も一〇〇メートル以上離れた場所にある。
わざわざこんな遠くまでやってきたのは、市内にある教会の中でここが一番遠かったからだ。
できれば家族は巻き込みたくないし、生活圏も荒らされたくない。
隔離空間が使えたら一番よかったんだが、アレは異世界の侵略者と魔法少女しか入れないからなぁ。ったく、めんどくせぇ。
まあ自宅周辺の警護はエカテリーナに任せてきたし、小春にも一応警戒しておくように伝えてあるから、二人に対するメタ能力者でも送り込まれて来ない限りは万が一ということも無いだろう。
スマホのアラームが鳴る。時間だ。
「あら、自ら神の御前に許しを請いに来るとは殊勝な心掛けですわね」
雲の切れ間から月光が大地を照らし、教会の門扉の前に立つ人物の輪郭が闇の中に浮かび上がる。
年齢は恐らく俺たちより少し年上くらいだろう。
肩のあたりで揃えられた金髪が夜風に揺れて、月の光を跳ね返してキラキラと煌めいている。
まつ毛の長い、目鼻立ちのくっきりした美しい少女だった。
巨大な十字架を背負い、十字架を縛る鎖が修道服に食い込んでグラマラスな身体が強調されている。
足元にも大きくスリッドが入っていてシスターだというのに随分と扇情的な格好だ
「なにやら関係のない方々もおられますが、まさか入信希望ではないですよね」
俺の半歩後ろに並び立つタッツンとマサに視線を向けシスターが小首を傾げる。
「ああ、オレたちはただの野次馬だから気にすんな」
「幼馴染のバカに物騒な手紙を送りつけた相手がどんな人か見に来ただけですのでお構いなく」
「そうですか。まあ見たところ大した能力者でもなさそうですし、見学なさりたいというならどうぞご自由に」
2人の返答を聞き僅かに目を細めたシスターが俺へ視線を戻す。
自分の力に絶対的な自信でもあるのか。なんにせよやはり見た目通り只者ではないらしい。
「……で? いきなり殺害予告送りつけてくるたぁ、随分なご挨拶じゃねーか」
「すべては神のご意思ですわ。あなたの存在がいずれこの世界に大いなる災いを齎すと、つい先日神託が下されました。人界の秩序を守る者としてこのリスクは到底無視できません」
シスターが胸元の南京錠を引っ張ると、鎖が生き物のように動いて十字架の拘束が解かれる。
巨大な十字架を片手で軽々と持ち上げ、その先端をこちらに突きつけたシスターが口の端を凶悪に釣り上げ嗤う。
「それに、『隣人』とは神を信じる者のことです。神を信じぬ者、ましてや神の座へ手をかけ人外へ落ちた化物など愛せるとでも? 笑わせるなクズが」
刹那、シスターの持つ十字架が光り輝き、無数の光の十字剣が俺の全身に突き刺さった。
ぐぅっ!? う、動けねぇ!?
「行くぞタッツン!」
「言われなくてもッ!」
赤い大鬼へ変身したマサがシスターへ飛び掛かり、機械鎧を纏ったタッツンのバルカン砲が火を噴いた。
「遅すぎてあくびが出ますわね」
しかしバルカン砲の弾は光の壁にすべて弾かれ、シスターが素早く片手で十字を切ると、二人の身体に光の十字剣が突き刺さり地面に磔にされてしまった。
「ああ、申し遅れましたわね。わたくし、聖十字教会筆頭異端神滅官のマリア・テルマと申します。くたばりあそばせゴミムシ野郎ッ!」
めっちゃイイ笑顔で中指を突き立てたマリアが巨大な十字架をブン投げると、十字架が三つに分裂して俺たちに迫る。
ぐぬおぉぉぉぉぉ! この程度の封印で俺を縛れると思うなぁぁぁぁッ!
「喝ァァァ────ッ!!!!」
十字架が投げ放たれるのと同時、混沌神モードへ変身して強引に封印をブチ破った俺は、カッ飛んできた十字架を六本の腕で掴んで受け止める。
あまりの勢いに路面に電車道を刻みながら後ろに大きく押し込まれ十字架に触れた腕が焼け爛れた。
逢魔さんの即死パンチに比べりゃこの程度屁でもないぜ!
タッツンも分厚い装甲版を目の前に召喚して投擲を受け流し、羽虫の大群のように蠢くナノマシンが光の封印を食い尽して身体の自由を取り戻す。
マサも飛んできた十字架を歯で食い止め、力づくで光の封印を打ち破ると、首を「ゴキリ」と鳴らしてニィっと凶悪に嗤った。
「へっへ、どうした。こんなもんかよ」
「意外とやりますのね。でもこれで終わりです。主よ悪魔に光の鉄槌を下したまえ!」
間髪入れずマリアが祈りの姿勢に入ると、俺たちの頭上に複雑な図形が何重にも展開し、空から光の柱が降り注ぐ。
……が、全然熱くも痛くも無い。
ただ温かい光が俺たちを照らしているだけだ。
「なっ!? どうして!?」
「そら教皇庁が彼らを救世主と認めたからや。神敵でないモノを神の光は滅ぼさへん。当然の道理や」
聞き覚えのある、できれば二度と聞きたくなかった胡散臭い関西弁。
「やっほー。久しぶりやんなマリアチャン。犬飼クンも先週ぶり。ちょっと見ん間に随分とゴッツくなったやん。元気しとった?」
黒いスカジャンを着こなす銀髪糸目のエクソシスト。九十九一二三。
俺の純情を弄んだクソヤローがヘラヘラと胡散臭い笑みを張り付けてそこにいた。
再び登場エクソシスト!




