兄ちゃんな、今日から魔法少女になるわ
魔界最深部、魔王城玉座の間。
魔王の座す玉座の前に三人の魔族たちが跪き頭を垂れていた。
「剛力がやられたか。ふん、つまらん死に方をしおって」
御簾で仕切られ四天王たちの側からは姿の見えぬ魔王が、手元の水晶玉を眺めてつまらなそうに呟く。
「まったく、一〇万もの軍勢を率いておきながらその半数以上を失い、自らも討ち死にとは、奴こそ四天王の恥さらしです」
戦死した剛力のゴードへ辛辣な言葉を向けるのは、魔王軍四天王『理力』のアーガシャ。
オールバックに撫でつけた灰色の髪と青色の肌。黒い魔術師のローブを着こみ、猛禽の嘴のように尖った鼻が特徴の魔族の男だ。
「ふっ、所詮我らの力に屈した異世界の王などこの程度。この私が赴いていれば斯様な異世界の辺境惑星など一日とかからず手にいれてご覧にいれましたのに」
アーガシャの言葉に同調して不敵な笑みを浮かべる魔王軍四天王『魔剣』のベルダ。
炎のような赤毛を獅子の鬣のように伸ばし、鍛え抜かれた肢体を誇示するかのような露出の多い女人鎧を纏った獣人族の女である。
「然らば、次は吾輩におまかせくだされ。必ずや彼の地を手に入れてご覧にいれましょうぞ」
アーガシャとベルダを制して魔王の前に進み出て慇懃に礼をする魔王軍四天王『鉄壁』のグラーギ。
禍々しい漆黒の鎧を身に纏い、魔王の御前にあっても兜を外さぬことを許された謎の多い男だ。
「グラーギ貴様! 横入りする気かッ!」
手柄を横取りされそうになったベルダが激高してグラーギに吠え掛かる。
「よい。ならば次の侵攻はグラーギに一任しよう」
「ま、魔王様!?」
「余の采配に不服があると申すか、ベルダよ」
御簾の奥から一瞬、身も凍えるような重圧が放たれ、ベルダが喉を引きつらせて押し黙る。
「い、いえ、決してそのようなことは」
恐怖に奥歯が鳴るのを必死に堪えながらベルダが引き下がる。
それを見て魔王はつまらなそうに鼻を鳴らして圧を収めると、再びグラーギに視線を向けた。
「鉄壁のグラーギよ。剛力に代わり必ずや彼の地を手中に収めてみせよ」
「御意に」
黒兜の下でグラーギは静かに口元を「二ィ……」と歪め、魔王に深々と頭を垂れた。
☆
「つーわけで兄ちゃん今日から魔法少女になるから、小春はもう戦わなくていいぞ」
「何が『つーわけ』なのかさっぱりなんだけど!?」
その日の放課後、足早に家に帰った俺は小春の部屋で詳しい事情を聴いた。
話は一週間前に突然マッチョなマスコットが窓から入ってきたところから始まり、世界を救ってくれたらどんな願いも叶えてあげるなどという嘘八百を信じて軽い気持ちで魔法少女になることを承諾。
そのまま魔王軍との戦いの日々に身を投じ、この一週間である程度戦い方も分かってきたと思っていたところで、魔法少女しか入れないはずの閉鎖空間で俺と出会い、今に至る。
「まあ、言って聞かせるより実際に見せた方が早いか。おいマチョイヌ」
「人をアゴで使うなマチョ」
などとブツブツ文句を言いながらも、マチョイヌが念のため記録していた戦闘の一部始終を立体映像で再生し始める。
「えっ、何これヤバ……」
圧倒的な数の敵と、天を貫く四天王『剛力』のゴードの威容。
そこから始まった地球を巻き込んだインフレパワーバトルを見て、小春の顔が引き攣った。
「分かっただろ。敵はガチの侵略者だ。アニメみたいなご都合展開なんて無いし、相手は本気で殺しにきてる。小春の代わりに兄ちゃんたちが戦うから、小春はもう危ないことしなくていいんだぞ」
「つーか兄ちゃんが私より可愛くなってるのが一番ムカつくんだけど!」
「怒るとこソコなの!?」
「なんなんこのデッケーおっぱい! こんなんもう暴力じゃん!」
成長途中の慎ましい胸を触りながら小春が映像の中の俺(の胸)を睨んで不服そうに口を尖らせる。
いやいや、何を言っとりますか中学二年生。
まだ成長期なんだからこれから大きくなるって。母ちゃんの遺伝子継いでるんだから間違いねぇよ。
「そもそも兄ちゃん過保護すぎ。気持ちはありがたいけどぶっちゃけちょっとウザい」
「ごはぁっ!?」
俺の精神に大ダメージ!
そ、そんな……! 俺は小春のためを思えばこそ言っているのに!
「つーか、デカいだけの相手なら私でもヨユーだったし」
「嘘おっしゃい! 俺たちが五人掛かりで倒した相手だぞ!?」
「嘘じゃないもん!」
「……じゃあ証明してみろ。俺に勝てるくらい強ければ認めてやるよ」
鍵を使い小春の部屋のドアを修行部屋に繋げて振り返る。
小春は少し驚いたような顔をして、それからすぐに「ニッ」と好戦的な笑みを浮かべた。
「いいよ。私だっていつまでも護られてるばっかじゃないってとこ見せてあげる!」
☆
お互い魔法少女に変身して巨大な時計盤の上で向かい合う。
変身した小春は、ピンクを基調としたフリフリの衣装が愛らしい正統派の魔法少女だった。
サイドテールに結んた髪も薄い桃色に染まっている。
現在の小春の戦闘力は六〇垓トン。……トン?
なんか表示おかしくない?
「ここならどれだけ死のうがすぐに無傷で復活するからな。全力で来い……っ!」
「ホントに? 嘘じゃないよね」
「俺が小春に嘘ついたことあったか?」
「……わかった。じゃあ、全力でいくから! 負けても泣かないでよね!」
一気に距離を詰めてきた小春がステッキを巨大化させて殴りかかってくる。
いきなり肉弾戦とは予想外だったが、動きがまんま素人のそれだし、今の俺からすればあくびが出そうな速度だ。
余裕を持って小春の後ろに回り込み無防備な背中を軽く手で押し出してやる。
「わわわっ!?」
すると小春が両手をわたわたと泳がせて派手にすっ転び……。
ズガァァァァァンッッ!!!!
この部屋の唯一の足場たる時計盤を一撃で叩き割り、奈落の底へ崩れ落ちた歯車がザラザラと風化して元通りに再生する。
なんだあのバカみたいな威力!?
俺たちがどれだけ暴れても傷一つ付かなかった時計盤を一撃で叩き割るとは恐ろしいパワーだ。
「どれだけ威力が高かろうとそんな素人丸出しの動きじゃ永遠に当たんないぞ」
「むぅーっ! だったらこうするもんっ!」
小春が空中へ飛び上がりステッキの先端を俺に向けた……次の瞬間!
「いっけ────ッ! マジカルゥゥゥゥゥッ、シュ────トッ!!!!」
凄まじい圧力が俺の身体を押しつぶし、わけも分からないまま一瞬意識が途切れる。
再び肉体が再生すると、今度は大気の塊が頭上から降り注ぎ、もみくちゃに転がりながらもどうにかバリアを張って体制を立て直す。
すると今度は足場が急に消失して、俺の鼻先にステッキを突き付けた小春が悪っぽい笑みを浮かべていた。
「いつもゲームするとき兄ちゃん言ってたよね。戦いの基本はどれだけ自分のペースを相手に押し付けるかだって。どうだ参ったか!」
「…………参りました」
「にひひ、やったね!」
俺が両手を上げて降参すると、小春は満面の笑みでピースした。
くそぅ、何をされたかまったく分からないまま終わっちまった。
「嘘なんて言って悪かったよ。何されたかまったく分かんなかったから種明かししてくれ」
「別に難しいことはなんにもしてないよ? ステッキの先端を大きく重くしただけだもん」
「……それってどれくらい?」
「地球と同じくらい? 魔法だから一瞬で大きくなるんだ。すごいでしょ!」
「避けられるかそんなもん!」
六〇垓トンってそういう意味かよ。
そりゃ地球で殴られたら誰も勝てねぇよチクショウ。
急に足場が消えたのは俺が巨大化したステッキの先端に立っていたからだったのか。
「ただ、いきなり近接戦を仕掛けたのはよくなかったな。あの時俺が本気で攻撃してたらどうなってたと思う?」
「あっ……」
「どれだけ最強の必殺技があっても当てられなきゃ意味がない。小春は状況の判断が未熟すぎる」
「むぅ……」
小春が拗ねたようにむくれて唸る。
最近生意気になってきたけど、こういうとこはまだまだお子様だな。
……本当は小春を戦いになんて巻き込みたくない。
けど認めると言った手前嘘はつけないし、なによりあまり俺が反対したら小春が反発して無謀な行動にでないとも限らない。
それにあの一撃をもっと自在に使いこなせるようになれば、小春は間違いなく戦力になる。
だったら俺が小春にしてやるべきはただ一つだ。
「そうむくれるなって。小春がしっかり戦えるようになるまで俺が特訓してやるからさ」
「えー、特訓とかメンドイからヤダー」
「ワガママ言うんじゃありません! ここから出たかったら俺から鍵を奪って出ていくんだな! なーに、ここでどれだけ過ごそうと腹も減らんし歳も取らない。外に出れば一秒も経ってないから好きなだけ強くなれるぞ!」
「うわっ、なにそれチートじゃん」
「ほらつべこべ言ってないでやるぞ! 本気で避けないと笑い転げて死ぬからちゃんと避けろよ! 混沌魔法『こちょこちょビーム』!」
「ちょ!? あっはははははは! やめっ、やめていひひひひひひ!」
さあ、地獄の特訓の始まりザマスよッ!!!!
親の顔より見た魔王と四天王の会話!
(もっと親の顔見ろ!)




