神と狐の化かし合い
俺たちの神力が大気をビリビリと震わせ、張り詰めた緊張感が場を支配する。
先に動いたのは宗助だった。
「喝ァァァッッ!!!!」
裂帛の咆哮が俺の神力を大きく押し返す。
背中から更に腕を生やして俺と同じ六本腕になった宗助が、霊力波を放ちながら複雑怪奇な印を組み始める。
瞬きよりも早く印を組み上げた宗助が地面に手を置くと、紫色のエネルギーがドーム状に小島を覆いつくした。
さらに小島の周囲を囲うように地底湖から五本の石柱がせり上がってきて、それぞれの頂点が光の線で結ばれ五芒星の結界が完成する。
どうやらあの小島のボロッちい社がよっぽど大事なみてぇだな!
「餓ァァァァァァッ!!!!」
魂の奥底から引き出した混沌の神力を咆哮に乗せてブチかます!
五芒星結界に俺の神力がぶつかり、無限の「可能性」を内包する混沌の中から俺が望む一つの結果が出力され、「バキンッ!」と石柱が根元から折れて五芒星の頂点が欠け、結界が崩壊する。
これこそ俺が新たに手にした能力。
望んだ結果が一〇〇%得られるわけじゃないが、強く望めば望むほど求める結果を得やすくなる。
上手く扱うコツは一つの願いだけを強くイメージする集中力だ。
「うっし上手くいったごめろめあかいけおしぅやややすそんげびべ!?」
「ほら、しっかりしなさいっ!」
「鼻毛っ!?」
レイラのハリセンが「スパァン!」と頭に炸裂して混沌に沈みかけた俺の意識がまた呼び戻される。
「うおっ!? なんだお前そのエッロい恰好!?」
「アンタがやったんでしょこのバカッ!」
「ぴえんっ!」
また「スパァン!」とハリセンで引っ叩かれる。
くっそ、いったい俺が何をしたってんだ! これじゃあマジで漫才コンビじゃねーか。
けど、
「助かった」
「礼なんていいからさっさとやっちゃいなさい。アンタが暴走したら私が何度でも引っ叩いて正気に戻してやるから」
コイツがいるから何度でも無茶できる!
「行くぜヒャッ波ァ────ッ!!!!」
腕と口、合計七ヶ所から同時に発射した光芒をさらに束ねて凝縮し、一本の光の槍へと変える。
光の槍が小島を覆うバリアを桜吹雪へ変え、宗助と社を一直線に貫いた────
パチンッ!
……かに見えたその瞬間、指を弾く音と共に宗助も社の建っていた小島も風船のように弾けて跡形もなく消えてしまった。
な、なんだぁ!?
「ライズ・オア・トゥルー。お前らが見ていた光景はいつから偽物だったでしょうか? ってな」
「か……は……っ!?」
「レイラッ!?」
宗助に背後を取られ貫手で心臓を抉られたレイラが前のめりに倒れ伏す。
「さあ、次はお前だ晃弘。つっても、お前斬っても刺しても死なねぇから、適当にバラしてブラックホールの中心にでも飛ばすかね」
手の中で脈打つ心臓を握り潰し、宗助の指先が俺に向けられる。
すると無数の光の剣が俺の全身を斬り裂き、一瞬で身体をバラバラにされた。
…………嘘だ。レイラが……死んだ? 宗助が、殺した……?
「テメェ────────ッ!!!!」
「首だけでも元気だなお前は。さあ、宇宙の旅へご招待だ。宇宙の墓場でぺちゃんこになってろ」
俺の首を掴み、宗助が不気味な発音の呪文を唱え始める。
と、次の瞬間!
「よくも殺してくれたわね!」
「っ!?」
死んだはずのレイラの身体が立ち上がり、宗助を後ろから羽交い締めにして大爆発した!
熱ちちちちちち!? 焦げる焦げる!?
宗助もろとも炎に巻かれた俺の首が、爆発の衝撃で地底湖にドボンと落ちる。ひぇぇっ! 冷てぇ!?
即座に肉体を超再生させて湖から顔を出すと、燃え盛る炎を消そうと湖に飛び込んだ宗助を見下ろし不敵に笑う無傷のレイラがそこにいた。
「ふんっ、狐に化かし合いで勝てるはずないじゃない」
「くっ! いつの間に!?」
「さあ? 眉に唾でも付けてたら分かったんじゃない?」
狐に化かされなくなるおまじないだっけか、それ。
ったく、俺まですっかり騙されたじゃねーか。眉に唾塗っとこ。
まあ、それはそうと────
「隙あり────ッ!」
「しまっ!?」
こっそり宗助の背後まで近づいて腕の一本を斬り飛ばす。
あれ、今度は風船みたく「パァン!」てならないぞ? なんでだ。
「うぐああああああああああっ!!!! ぐぅっ……っ! チクショウ! なんだこの傷!? 再生しねぇぞふざけやがってああああああああああああああっ!」
「おら、もういっちょ! 反省しろ馬鹿野郎がぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!?」
肉体が霊化しているせいか、クリカラの斬撃は宗介の腕を次々と斬り飛ばし、宗介の魂を濁していた罪穢れを祓い清めていく。
「や、やめろ! これ以上はマジでまずいへりくすにめんにめるとほひるぬてつこかこつこたさこたほのまはなま!?」
「うおぉぉぉ!?」
瞬間、爆発的に膨れ上がった宗介の身体に巻き込まれた俺は、荒れ狂う力の奔流に全身を押しつぶされて意識を手放した。
☆
晃弘と地底湖の霊水を取り込みブクブクと膨れ上がった宗介の身体が、霊子の飛沫を散らしながらどこまでも際限なく大きくなっていく。
斬られた腕の代わりに龍の頭がずるりと鎌首をもたげ、ついには山々を足元に見下ろすほどの巨神と化した。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
巨神の雄叫びに天地が揺れる。
九頭龍の顎に滅びの光が満ち満ちてゆき、今まさに吐き出されようとした、その瞬間!
「止マレ」
凛と響く、悍ましくも美しい声。
喪服の女主人が一言命じただけで、荒ぶる巨神は動きを止めた。
「さあ、動きは止めてあげたわ。約束どおり、あとは皆で頑張ってね」
「……はい。ありがとうございます、ご主人様」
「ふふふっ、一生のお願いなんて言われたらね」
心底楽しげにクスクスと笑う女主人に麗羅が頭を下げる。
晃弘の能力を取り込んだ宗介は、クリカラの一撃により能力の制御を失い、能力そのものが暴走。
際限なく神化を続ける魂は地底湖の霊水を取り込んで荒ぶる巨神へと姿を変え、こうしている今も、喪服の女主人の呪縛を破らんと神化を繰り返している。
麗羅が場に集まった全員に視線を巡らせる。
辰巳、雅也、万高、吸血鬼、老執事、そして自分。
なぜか敵だった吸血鬼までも参加しているが、今は少しでも戦力は多いほうがいいので不問とする。
「やるわよ!」
口々に返事が返ってくる。
確かに晃弘はバカだしスケベだし、何をしでかすか分からない悪ガキだ。
けど、すべてを滅ぼす理不尽の権化に訳も分からず滅せられていいほど悪い奴でもない。
そして何より……アイツはまた友達になってくれたから。
(ったく、ホント世話の焼けるやつなんだから!)
腕を組み「フン」と鼻を鳴らし、麗羅は天を突く巨神を見上げる。
晃弘を取り戻す最後の戦いの火蓋が今、切って落とされようとしていた。
最後は総力戦じゃい!




