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扉の城で 1

「う、浮いてる……!?」


 白亜の城が、夜空の中に浮いている。

 まさにそうとしか表現できない、異様な光景だった。


 周囲を見れば、太い注連縄しめなわを巻かれた巨岩が幾つも浮かんでおり、それらは全て中央の城へと千本鳥居の回廊で繋がっている。

 俺たちが今立っているのも、そんな浮島の一つのようだった。


「私の家にようこそ。あなたを歓迎するわ」


 開いた口が塞がらない俺を見て、臥龍院さんが少女のような笑みを零す。

 踊るような足取りで千本鳥居の回廊へと進む彼女の後を、執事と一緒について行く。


「ここへはご主人様がその実力をお認めになられた方しか入れないようになっているのです。(わたくし)めが記憶する限りでは、あなたは三番目に若いお客様ですな。いやはや、服に埃を付けられるなど、何百年ぶりでしょうか。その若さで大したものです」


 ぼんやりと光る回廊の中を歩きながら、執事がこの場所の説明をしてくれた。

 なんかもう色々とインフレしすぎて、どこに突っ込んでいいのかわかんないぞ。


 とりあえず、この二人が見た目通りの年齢じゃなさそうだってことは理解した。

 千本鳥居を潜り抜け、城の大扉の前に立つ。

 

 すると大人が十人は並んで通れそうな巨大な扉が、ゴゴゴゴと勝手に開く。


 扉の向こう側は外の景色とはまた別のベクトルで異世界めいた光景だった。


 見上げるほどの高さまで続く、吹き抜け構造のエントランス。

 チェス盤みたいな白黒模様の床はピカピカに磨き上げられており、向かって奥には緩やかな曲線を描く階段が上へと延びている。


 そして何より目を惹くのは、壁一面に備え付けられた、ドア、ドア、ドア。ドアの群れ。


 前後左右、何処を見てもドアしかない。色や形、形式も様々なドアが所狭しと並んでいる光景は、まさしく異様の一言に尽きた。


「坊やにはこれを渡しておくわね」


 そう言って臥龍院さんから渡されたのは、頭にダイヤルがついた鈍色の奇妙な鍵だった。


「その鍵のダイヤルをゼロに合わせて、身近にあるドアに向かって使えば、どこからでもこのエントランスに出入りできるわ。それから、坊やにはこの城の訓練場の使用を許してあげる。訓練場のダイアルは壱番だから、好きな時に活用して頂戴な」


「あ、ありがとうございます」


 成程、どこからでもドアの鍵ってわけか。


「では(わたくし)めからも、これを」


 と、続いて執事から一枚の茶封筒を渡される。

 一言断りを入れてから中身を確認すると、なんと一〇万円も入っていた。

 えっ、何この微妙にリアルな額の大金!? 怖い! ……あっ、なんかメモ用紙も一緒に出てきた。


「そちらは昨日と今日の分を合わせた報酬と、仕事用の連絡先で御座います」


「こ、こんなに貰っちゃっていいんですか?」


「言ったでしょう? 仕事に見合うだけの報酬は払うって。今回は屋敷の解体費用が浮いた分、多少色を付けておいたわ」


 ……なんにも悪い事してないはずなのに、悪い事した気分になるのは何故だろう。俺が小市民だからか。

 全く、幽霊ぶっ飛ばすだけで大金が貰えるなんて、楽な商売でっせ(ゲス顔)。

 後でちゃんと貯金しておこう。


「あ、そうそう。報酬の支払いは今後も手渡しだから、仕事が終わったら一度ここへ顔を出してね」


「分かりました」


 と、ここで臥龍院さんのスマホから着信音。


「あら? ちょっと失礼するわね。…………ふふふ、ようやくその気になってくれたようね」


 届いたメールを斜め読みした臥龍院さんは、思わずゾッとするような気配を漂わせて、真っ赤なルージュを三日月形に歪めた。

 えっ、何すかその意味深な笑みは。


「ごめんなさい。すぐに行かなければならない用事ができてしまったわ。この城の施設はいつでも自由に使ってくれて構わないわ。それでは御免あそばせ」


 優雅に一礼した臥龍院さんはポケットから玉虫色の鍵を取り出し、近くのドアノブに鍵を軽く押し当てると、ドアの向こうの闇の中と消えていってしまった。


「慌ただしくなってしまい申し訳ございません。何分、ご主人様はとてもお忙しい方で御座いますゆえ」


 と、主人に変わって執事さんが慇懃いんぎんに頭を下げてくる。


「いえ、こちらこそお忙しい中お時間を取らせてしまったみたいで。今日の所はおいとまさせてもらいます。……あっ、そうだ。折角だし帰る前に訓練場、見ていってもいいですか?」


 いつでも自由に使っていいみたいだし、どんな場所かも気になる。


「もちろんですとも。ご自由に見ていってください。もしよろしければ私めが軽く稽古をつけて差し上げますが、如何でしょう?」



 さっきもチラッとその実力は垣間見えたが、多分、いや、間違いなくこの爺さんは俺の想像を遥かに超えるほど強い。

 そんな人に稽古をつけてもらえるなんて、普通は望んだって得られる経験じゃない。


 というか、あの貧乳メイドにだけは負けたくねぇ!


「是非お願いします!」


「はっはっは、男子たる者そうこなくては。久々に才気あふれる若者を指導できるとあれば、私も一層気合いが入るというものです」


 何故だろう、急に寒気が……。

 も、もしかして地雷踏んだ? でも、今更やっぱいいですなんて言えないし。


 ええい! 男は度胸だ! かかってこいや!


 覚悟を決めて、ダイヤルを『(いち)』に合わせた鍵を近くにあったドアのノブに軽く押し当てる。

 するとドアの隙間から光が漏れて、ガチャリと鍵の開く音が響いた。


「さあ参りましょう」


 ウキウキと声を弾ませる執事に急かされ部屋の中へ入る。


 そこは巨大な時計の円盤の上だった。足元では鉄塔と見紛うほどのスケールの針が正確に時を刻んでいる。

 円盤の外側はどこまでも闇が広がっていて、前後左右の遥か彼方には途方もなく巨大な砂時計が虹色の砂を落としていた。


「それではまず軽くこの部屋の説明を。ここの時間の流れは外の世界の一〇の六四乗まで加速しております。なのでどれだけここで過ごしても外に出れば瞬き以下の時間しか経っておりません」


「は、はぁ……」


 よーするに精●と時の部屋ですね、分かります。


「そしてこの部屋の中で負った傷はどんな傷も一瞬で完治し、仮に死んでも死ぬ前の状態に巻き戻って再び復活します。つまり死ぬほど過酷な修業も安全に行える訳ですな」


 それって、死ぬほどの苦痛を何度も味わうって事ですよね、分かりたくありません。


「ついでにここでなら腹も減りませんし、老いて死ぬこともない。さらに霊力も一瞬で全回復するので、どんな大技も使いたい放題! まさに夢の修行場に御座います。……と、説明はこのくらいにして早速稽古と参りましょうか」


 実に楽しそうに執事が拳をポキポキ鳴らして武術の構えを取る。


「私の攻撃を躱しつつ、隙を見て反撃してごらんなさい。今回は初回ですので、私は体術しか使いません。一発でも入れられればそこで終了と致しましょう。では……いざ!」


「ちょ────!?」



 執事の身体がブレたかと思えば、視界が一瞬真っ暗になる。

 次に気が付くと、執事は遠くで拳を構えており、さっきまですぐ隣にいたはずだったのに、互いの距離は一〇〇メートル以上離れていた。


 は……? えっ、もしかして俺、今殴られて死んだ!? 



【オートスキル『肉体蘇生Lv一』習得】


【称号『死を乗り越えし者』獲得】


 『死を乗り越えし者』

 一度死んで蘇った人間に贈られる称号。

 ソウル量に倍の補正。蘇生に必要なソウル消費量半減。



 あ、こればっちり死んでるわ。パンチ一発で完全消滅ですね分かります(白目)。

 多分このスキル、ソウルを消費して即死ダメージから復活する的なやつだ。


「ほう? 急に霊力が跳ね上がりましたな。しかし、何時までも呆けていては格好の的ですぞ!」


「うわっほい!?」


 一瞬で距離を詰めてきた執事の頭狙いのジャブをなんとかギリギリ躱す。

 くっそ! 殆ど瞬間移動じゃねぇか! レベルアップして人間卒業した筈の動体視力でも、動きが殆ど見えなかった。


 躱せたのはたまたま勘が当たっただけの、ほぼまぐれみたいなものだ。

 当然、そんなまぐれ回避が何度も続く筈もなく、二発、三発と叩き込まれる連打に足を縺れさせてしまい、がら空きになったボディーに強烈なブローが突き刺さる。


「げはぁッッ!?」


 いっ…………てぇぇぇ!? ちょ、マジで洒落になんない。死ぬ!


 死を覚悟するほどの激痛が走るが、腹を触ってもどこにも傷一つない。

 肉体は再生されても発生した痛みまでは消せないらしい。



【オートスキル『超再生Lv一』習得】



 新スキルめっちゃ生えてくるけど全然嬉しくねぇ。

 何が修行パートだよ畜生。漫画の主人公たちはこんな苦しい事をやってたのか。マジで尊敬するわ。


「痛いと感じるのは未熟な証拠です。肉体など所詮は飾り。魂を直接引き裂かれる痛みはこんなものでは御座いませんぞ!」


 こちらが回復するのを待ってから、再び攻撃を仕掛けてくる執事。

 露骨に手加減してくれているのは分かるが、だったらもうちょっとゆっくり動いてくれと言いたい。



 まあ、言おうとした傍から頭を吹き飛ばされるから言えないんだけどな!



 頭、ボディー、ボディー、頭と次々に執事のマッハパンチが突き刺さり、何度も俺の身体が血煙に変わっては、すぐさま部屋の力で巻き戻る。


 やられっぱなしというのも悔しいので、どうにか反撃してやろうとオーラ全開で出足の早い霊力弾を撃とうとするが、全て撃つ前に封殺されてその度にやっぱり身体のどこかが血煙に変わる。

 頭を吹き飛ばされるたびに痛みは消えるため、むしろ顔狙いのパンチがご褒美に思えてくるほど、手も足も出ない状態がしばらく続いた。


 だが、人間というのは恐ろしい事に、どんな状況にも慣れる生き物だ。


 何百、何千と繰り返された即死反復学習によって最初は殆ど見えなかった攻撃も、次第に積み重ねた経験から次はどこを狙ってくるのかなんとなく分かるようになってくる。


 けど、相手の動きが読めても下手に回避すればやはり何手か先には即死する。

 だから自然と身体の動きも洗練され、無駄な動きはどんどん削ぎ落とされていった。



 そうして、もう何度殺されたか数えるのも億劫になるほど死を重ねた頃には、俺は執事の動きを完全に見切れるようになっていた。



 躱す、躱す、手を添えて往なす、往なす、躱す。嵐のように間髪入れず繰り出される連撃をどうにか処理しながら、僅かな隙を突いて、蹴りや突きで反撃を試みる。


 だが、やはり下手な反撃は大きな隙を作ってしまいそこを執事は容赦なく攻めてくる。

 とはいえこの執事にどうにか一撃入れないとこの稽古は終わらない。


「そら、脇のガードが甘いですぞ!」


「ひでぶっ!?」


 一撃必殺のボディブローが、隙だらけの脇腹に一発、二発、三発。

 ああ、世紀末モヒカン雑魚の気持ちがよく分かる。

 そして止めの顔面パンチが────


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