混沌の目覚め
「なぁ、悪かったって」
「ぐすん……っ、うぇぇ……もうお嫁に行けない」
雅也は困り果てていた。
一心不乱に吸血鬼の某(名前はすでに忘れた)に喰らいついていたら、気づけば相手はすっかり力を失い、ちょっと牙が鋭くて日光に弱いだけのクソザコ金髪幼女になってしまっていた。
見た目六歳程度の子供相手では流石に戦う気力も起こらず、さらに相手が子供みたく泣きだしてしまうものだから、もうどうしようもない。
「ほら見ろ! 大胸筋が歩いてる!」
「わぁぁん! キモイのやだぁー!」
元の姿に戻った雅也が大胸筋をピクピク動かしてみせるも、吸血幼女は余計涙目になるばかりだ。
だが、キモイと言われてもまるで動じた様子もなく「まいったな」と頭を掻く雅也。
「じゃあアメちゃんやるから、な?」
「ぐすんっ……あむっ」
雅也が自分の血液を操作して指先に血玉を作って与えると、幼女が指先に食いついて血をチューチュー吸い始めた。
涙目で指先をしゃぶってくる幼女の姿はどこか背徳的な危うさがあり、少しドキドキしてしまう。
「おっふ……じゃねぇ! ヤバイヤバイ……」
危うく新しい扉を開きかけ慌てて首を横に振る雅也。
完全にアウトである。
すると次第に吸血鬼の身体が幼女から少女へと成長して、高校生くらいまで大きくなったところで彼女は吸い付くのをやめた。
「けぷっ……。相変わらずこってりねぇ、背脂マシマシって感じだわ」
「そんなに太ってねえだろ。体脂肪率だって一〇%以下だぞ」
「私が言ってるのは霊力の話。血液自体はサラサラで超健康的よアナタ。ラーメンで例えたらあっさり系醤油スープに背油がガツンと乗っかってる感じかしら?」
「なんで例えがラーメンなんだよ」
「だって美味しいじゃない。親はにんにく嫌いだったけど私は好きよ?」
意外と庶民派な吸血鬼がお上品に笑う。
何気ない仕草の端々《はしばし》から滲み出る気品は、数百年を生きた怪異なればこそか。
「で、お前これからどうすんの? できれば邪魔してほしくねぇんだけど」
「どうせアンタに挑んでも勝てないしね。無駄な争いは趣味じゃないの」
自慢のブロンドを優雅に掻き上げて吸血鬼が道を譲る。
「いいのか?」
「いいのよ。……もともと叶わない恋だったのよ」
吸血鬼は不死の存在だ。
日光に当たれば灰になってしまうが、その状態からでも時間をかければ復活できる。
吸血鬼伝承は今や世界中の人が知るところであり、怪異としての存在強度も高い。人類が滅びない限り、吸血鬼も滅びることはないだろう。
それ故に、いつか必ず死を迎える人間との恋は成立しない。
吸血鬼は人を吸血鬼に変えるが、人間の魂と心は永遠の命に耐えられるほど強くはない。
不老不死を望んた皇帝ですら、数百年も生きれば殺してくれと懇願するようになり、やがては自分を吸血鬼に変えた『親』を憎むようになる。
そうして血で血を洗う食い合いが始まり、どちらかが食い尽くされるまで戦いは終わらない。
吸血鬼の歴史は血塗られた愛憎の歴史。
愛し憎まれ、憎み愛され、かつては愛し合った者同士で喰らいあい、そして最後は必ず一へと戻る。
「人間と私じゃ時間の感覚が違い過ぎるもの。今まで何人も私に愛を囁いてきた男はいたけど、吸血鬼に変えた男はみんな一〇〇年もすれば私に憎しみを向けるようになった」
日の光に当たりたい。家族が死んで寂しい。自分が生きるために人を殺すのが辛い。ハンターに追われる生活はもう嫌だ。
理由は様々だが、結局最後は全員狂ってしまい、自分の手で葬る羽目になった。
「だから、私から人間を好きになることなんて無いって思ってた。……思ってたのに。なんなのよもぉー! 好きっ! 大好きっ! 宗助のバカ!」
「未練タラタラじゃねーか」
「うるさい! 私の美貌にも全っ然靡かないし! あんなに思い通りにならない男なんて初めてよ! それに蕩けちゃいそうなくらい甘くていい匂いもするし! ほんっと美味しそ……ジュルリ、じゃない! 宗助だけは食べたいけど食べたくないの!」
「言ってることメチャクチャだぞお前」
頬をわずかに上気させ涎を拭いながら、矛盾したことをのたまう吸血鬼。
目が完全にイってしまっている。ヤバい女である。
「っていうか君はなんで私の血を飲んだのに吸血鬼になってないのよ。そろそろ吸血衝動が出てくるころなのに」
「強いて言うならプロテインが欲しいぜ!」
「あーはいはい。ったく、なんなのよコイツ……」
雅也が全身に力を込めてサイドチェストのポーズを取ると、シャツが内側から弾けとんだ。「よっ、ナイスバルク!」と誰も言ってくれないのがなんとも寒々しい。
と、次の瞬間。
二人の近くの空間が「グオン!」と裂けて、六本の腕を持つ浅黒い肌の鬼が飛び出してくる。
しかもよくよく目を凝らしてみれば、その鬼は親の顔より見たかもしれない幼馴染そっくりの顔をしていて……
「べばんぞ、うぼんげらちゃちゃ! げへへへへへ!」
「「うわっ、こっち見た!?」」
二人の方を向いた晃弘(?)が意味不明な言葉を喋りながらコサックダンスを踊りゲラゲラと下品に笑う。
正気を失っているのは誰がどう見ても明らかだった。
「おべらべらんちょぼぼぴむぽべ! ぎゃぱ!」
「ちょっ、ちょちょちょ!? なにしてんのやめなさグェッ!?」
突然の乱入者に目を白黒させていた吸血鬼に近づいた晃弘(?)は、流れるような動作で吸血鬼の身体に組み付いて、そのままパイルドライバーを仕掛けて一気に吸血鬼の脳天をかち割った。
すると、晃弘(??)は頭をかち割られて血まみれになった吸血鬼の口に、光る謎の塊をねじ込み「ニヤリ」と嫌らしい笑みを浮かべる。
「ギャハハハハハ! ぴろぴろにゃすこーんめそ! うぇへへへへへ!」
「おいコラ何してんだヒロやめろうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そのまま晃弘(???)は素早く雅也の足に組み付き、六本腕を器用に使い二人同時にジャイアントスイングでブン回し、空間の裂け目に二人を「ぽいぽいっ!」と投げ入れ、ゲラゲラ笑ってスキップしながら洞窟の奥へと去っていった……
☆
万高の放った蒼炎の弾幕を麗羅が踊るような動きで回避していく。
炎弾同士がすれ違う際に生まれる僅かな隙間に身を滑らせ、それと並行して、万高に向けて封印の術式を込めた呪符を機関銃のような勢いで飛ばしまくる。
「喝ッ!」
万高が印を組み目を「カッ!」と見開くと、万高を中心に衝撃波が生じ、麗羅が飛ばした呪符が粉々に破れ散った。
「覇ァッ!」
「くうっ!?」
続けて万高が別の印を組めば、空間を埋め尽くす炎弾の間を蒼い稲妻が駆け巡る。
麗羅は電流をバリアで防御するも、あまりの威力にバリアに亀裂が走り、彼女の白い頬を冷や汗が伝う。
強い。
霊力の量だけなら麗羅の方に軍配が上がる。
だが、術の発動速度と使い方、技のレパートリーは万高の方が格段に上だった。
「強くなったな麗羅よ。儂に本気を出させた相手はお前と宗介くらいのものだ!」
嬉しそうに笑う父の顔に、麗羅の胸がチクリと痛む。
父を止めるには一体化した式神を引き剥がして普通の人間に戻すしかない。
しかしそれをすれば父は自分のことを忘れてしまうだろう。
溢れる涙を拭い、揺らいだ覚悟を固め直す。
「なんだ、泣いておるのか?」
「っ、泣いてないっ!」
「無理をするな! 泣くくらいなら儂と共にくるのだ!」
「ダメよそんなのッ!!!!」
認めるわけにはいかないのだ。
死人が出るようなやり方で世界を強引に変えてしまうなんて、そんなの絶対に間違っている。
父の言葉を拒絶し、麗羅が呪符を構え直した……その時だ。
「えれえれからすりみねひちたぺぺぺぺ!」
「ン゛あ゛────────ッ!?」
クリカラを腰だめに構えた晃弘(????)がどこからともなくカッ飛んできて、クリカラの刃が万高の尻に思い切り突き刺さった!!!!
さぁ、かき回すべ




