理想の嫁がいないならゼロから作ればいいじゃない!
待たせたな!
自分の背中を追いかけてくる合成獣の群れを気にしながら、辰巳は洞窟全体に飛ばした探査球から脳内へ直接送られてくる地形データを元に、出口までの最短ルートを飛んでいた。
先程から後方へ向けて煙幕をばらまいてはいるものの、合成獣たちは煙をものともせず真っすぐに追いかけてくる。
「けほっ、けほっ! もー、煙たいなぁ! 死んじゃえ!」
「うわぁ────っ!?」
咲奈の口が「ガパァッ!」と大きく開き、合成獣の群れを巻き込んで極太の熱線が吐き出された。
前方に味方がいるのにまさか遠距離攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかった辰巳は、ギリギリ回避し損ねた熱線に翼を焼かれて地面へ真っ逆さまに落ちていく。
とっさに全身を覆うカプセルを形成して落下の衝撃を殺し、数回バウンドして洞窟内をコロコロと転がったカプセルは、大きな岩にぶつかってようやく停止した。
停止したカプセルの前に降り立った咲奈と白衣の男に追従するように、合成獣たちがカプセルの周囲をぐるりと取り囲む。
「あはは、やっと追い詰めた。ねぇねぇ、コウ君。コイツ食べちゃっていーい? 咲奈お腹すいちゃった」
「ダメダメダメ! こんなデブ食ったら咲奈が穢れちゃうよ! ご飯なら後であげるから今は我慢しなさい」
「はぁい……」
大蛇の尾をビタンビタンと地面に叩きつけ咲奈が不満げに返事を返す。
すると突然、カプセルが内側から「バンッ!」と勢いよく弾けて、吹き飛んだ装甲が周囲を囲んでいた合成獣を数体ひき肉に変えた。
カプセルの破片をモロに浴びた男が大きく吹き飛び、その傷を肩代わりした魔除け面が砕け散る。
三〇代くらいだろうか。
死人のように色白で、目の下に濃い隈があり、頬もこけていて酷く不健康な印象を受ける。
髪も伸ばしっぱなしのボサボサで、ギラギラと輝く充血した瞳に男の狂気が滲み出ていた。
「コウ君大丈夫!? 怪我してない!?」
「痛たたた……。ああ、大丈夫。お面が肩代わりしてくれたからね」
白衣の男を庇うように蜷局を巻いた咲奈が男に顔を近づける。
男は咲奈の頭を一撫ですると、自分を不安そうに見つめる少女の頬に軽くキスをした。
「ちっ、見せつけてくれやがりますねぇ」
カプセルが弾けて立ち込めていた白煙が晴れると、そこにはスマートなデザインの機械鎧を身に付けた辰巳の姿があった。
フルフェイスのため顔は隠れているが、明らかに体形が変わっている。
「なんだ……さっきまでデブだったくせに急に痩せた……?」
「デブって言うなぽっちゃりって言え。あと僕は好きであの体形だったんです。ほっといてください」
普段の辰巳は常に人の良さそうな(ともすれば不気味な)微笑みを絶やさないぽっちゃり男子だ。
しかしそれは生来の美貌を誤魔化すための仮面であり、世の中を上手く渡っていくための彼なりの処世術でもあった。
まだ辰巳が痩せていた小学生の頃だけでも三度の誘拐被害に会い、五人のストーカーに付きまとわれた経験がある。
そんな幼少時代を過ごしたせいか、いつしか彼は脂肪と微笑みの仮面で素顔を隠すようになった。
事件はいずれも晃弘たちの活躍により事なきを得たが、辰巳が様々な護身具を自作して持ち歩くようになったのもそこに由来している。
それはさておき、もともと辰巳の能力は燃費の良いものではない。
一度作った道具は何度でも再利用できるし、道具を使う際の霊力の消費量もごく僅かだが、道具の作成には大量の霊力を必要とする。
土壇場で大量の煙幕を作成したり、地形把握用の探索球を作ったりと霊力を過剰消費したことでその影響が体形にまで現れたのだ。
「あーあ、脂身減っちゃった」
「食べちゃダーメ。ご飯は後です」
「むぅー、わかってるよーだ」
トンボの羽の生えた大蛇から白いワンピースを着た少女の身体に戻った咲奈を愛おしそうに抱きよせる白衣の男。
どう見ても事案発生である。
「うわっ、ロリコン」
「黙れゴミカス野郎! ボクの咲奈を傷つけやがって! この子はなぁ、カプセルの外じゃ三時間も生きられない儚い命なんだぞ!」
白衣の男が咲奈を背中に庇うようにして叫ぶ。
「咲奈は僕の理想そのものだ! 絶対に死なない最高で最強の女の子なんだ! この子を完璧な命にするまでボクは止まるわけにはいかないんだよッ!!!!」
男が宗助の計画に手を貸している理由もそこにあった。
かつて世界の悪意に飲み込まれ殺された初恋の少女に究極の肉体を与えて復活させる。
それこそが男の目的であり、そんな男の狂気と妄執が生み出した怪物が咲奈だった。
「咲奈を傷つけるやつは許さない」
男が白衣の裏から一冊の本を取り出す。
黒革の装丁が施されており、表紙の文字を見ているだけで不安と恐怖が押し寄せてくるような不吉な本だ。
「許さない許さない許さない許さない許さないッ!!!! 咲奈を殺したあのろくでなしのクズも、それを嗤った母親も、咲奈をいじめたクソガキ共もッ! 無残に痛めつけて引き裂いて化け物に犯させて! みんなみんなみーんな殺して呪物の材料にしてやったやったやったぁ! キヒハハハハハ!」
本が独りでに開き、開いたページから禍々しい光が溢れ出す。
狂気に憑りつかれた男がページをなぞりながら呪文を呟くと、彼の全身から霊力とも違う異質なエネルギーが沸き上がり、それがその場にいた合成獣たちへと伝播していく。
「楽に死ねると思うなよ? お前は心が壊れるまで痛めつけて生きた呪物にしてやる。能力者はいい素材になるからねぇ!」
「ったく、どうして僕ばっかりこういうヤバイやつに絡まれるんですかねぇ……」
「やれぇお前たち!」
禍々しい紫色のオーラを纏い、筋肉が数倍に膨張した合成獣たちが一斉に辰巳に襲い掛かる。
すると辰巳は親指を立てた右腕を前に突き出し……
「はい、ポチっとな」
その手に握りしめたコントローラーのスイッチを押した。
次の瞬間、天井付近が大爆発を起こし、大量の落石がその場にいた全員の上に降り注いだ!
どんがらがっしゃーん! ドッwwドッwwwド●フの大☆爆☆発wwwww




