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再会

 奥に行くほどに増えていく人魂の群れを蹴散けちらして進むことしばし。

 麗羅と辰巳の行く手を臙脂色(えんじいろ)の肉壁が塞いだ。


 壁の表面は僅かに湿り気を帯びており、各所に浮き出た脈動する血管と、それが奏でる心臓の鼓動が、この壁が生きているのだという事実を2人の五感に突きつけてくる。



『クスクス』『この先へは行かせない』『キャハハハ』

『コウ君の邪魔はさせない』『クスクス』『帰らないなら殺すわ』



 壁の表面に無数の唇が浮き出て一斉にしゃべり始める。

 その声はすべて幼い女児のもので、鈴を転がしたような甘ったるい声を不気味な肉壁が発しているその狂気めいた光景に、麗羅レイラたちは思わず眉をひそめた。


「……僕が道を切り開くので、麗羅さんは先へ行ってください」


 少し青ざめた顔で麗羅が頷いたのを見て、辰巳が右腕全体を覆うデザインの長大なビームライフルを顕現けんげんさせる。


「ファイアッ!」


 銃口から溢れた光の奔流が肉の壁を焼き貫いて大穴を穿つ。

 一拍遅れて肉壁の絶叫が洞窟を揺るがし、肉壁から大量の触手が沸き立ち、暴れ狂う蛇のようにのたうち回って洞窟の壁や天井を滅多打めったうちにした。


 辰巳はすぐさま武装をホーミングレーザー砲へと切り替え、ハンマーのように振り下ろされる肉塊をレーザーで焼き切り、麗羅が進む道をこじ開ける。


 暴れる触手の間をひらりとくぐった麗羅が、壁に開いた穴へと飛び込んだ直後、肉の壁に開いた穴が「ギュルン!」と閉じた。



『お前ユルサナイ!』『殺ス!』『殺す』『殺ス!』『殺す』



 肉の壁が怒りに震え、甘ったるい声で呪いの言葉を吐き続ける。


「こんなところにいたのか! 咲奈さな!」


 岩陰から魔除け面を付けた白衣の男が姿を現す。

 男はそのまま肉の壁に駆け寄ると、ぶよぶよの肉の壁に抱き付いて壁の表面を愛おしげな手つきで撫でる。。



『あっ、コウ君』『コウ君だ』『好き』『好き』『大好き』



 白衣の男を認識した肉の壁が触手を器用に使い男を抱きよせる。

 肉の壁がぐねぐねと蠕動ぜんどうして小さく縮んでゆき、やがて壁だった肉塊は九歳くらいの少女へと姿を変えた。


 明るい茶髪は肩にかかるくらいのセミロングで、くりくりした大きな瞳が活発な印象を与えてくる。


「ごめんねコウ君。一匹逃がしちゃった」


「いいんだ、咲奈が無事なら。それよりここは危ないよ。研究室へ帰ろう」


「嫌! アイツまだ殺してないもん! アイツ酷いんだよ! 私の身体に穴を開けたの!」


 咲奈さなが辰巳を指差して「むぅ」と可愛らしく頬を膨らませる。

 白衣の男の首が油の切れた機械のように「ギギギ」とこちらを向く。


「キィィィィサァァァァァマァァァァァ!!!!」


 喉を裂くような絶叫。血が噴き出すほどに頭を掻きむしり、男が地団駄じたんだを踏む。

 仮面越しに伝わってくる憎悪と狂気に、辰巳の背をひやりと冷たい汗が伝った。


「よくもよくもよくもよくもよくもぉぉぉぉぉぉおおおおおお! ボクの可愛い咲奈を傷つけてくれやがったなぁあああああああああ!? テメェだけは殺す! 腑分ふわけにして呪物の素材にしてやる! 永遠に呪われろクソがぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 白衣の男がポケットからスイッチを取り出し、怒りを叩きつけるように何度も何度も連打した。

 すると「ガコン!」と何かが開くような音がして、岩陰から異形の怪物たちが続々と洞窟内へ雪崩れ込んでくる。


「お前たち! 奴を殺せぇぇぇ!!!!」


 複数の生物を掛け合わせたような見た目の、まさに合成獣キメラとしか表現できない異形たちの飢えた視線が一斉に辰巳へと向けられる。


 瞬間、折りたたまれていた巨大な虫の羽が一斉に開き、不快な羽音を立てて異形たちが飛び掛かってきた。


「うひぃー!? 完全にヤバイやつじゃないですかアイツ!?」


 こんな数を相手にしていたら確実に物量にすり潰される。

 面制圧力の高い爆発系の武器は崩落の危険があるため使えない。

 となれば、取れる手は一つだけだ。


「サラダバー!」


「あっ!? 逃げた! 逃がすな追え────ッ!!!!」


「あはは! 待て待てー! ぶっころーす!」


 辰巳が身をひるがえし、背中の飛行装置のブースターを点火させ一気にその場から飛び去る。

 三十六計逃げるに如かず。不利になったら無理に戦わず逃げればいいのだ。


 無邪気な笑みを浮かべた咲奈の身体がメキメキと膨れ上がり、少女のそれからトンボの羽が生えた蛇の異形へ変化していく。

 顔だけ可愛らしい少女のままなのがどこまでも狂気的だった。


 背中に白衣の男を乗せた少女が羽を羽ばたかせ、巨体に見合わぬ速度と機動力で辰巳を追いかける。


 追いつかれたら終わり。死のレースが始まった。




 ☆




「むっ!?」


 三途の川の霊水を引き込む作業を続けていたのっぺらぼうの面を付けた男がこちらに近づいてくる気配を察知して背後を振り返る。


「くっくく、晃弘のやつは上手く臥龍院の足止めになってくれたみたいだな」


 宗助が愉快そうに仮面の下で笑う。


わしが行く。お前は儀式を完遂させろ」


「あいあいー」


 のっぺらぼうの全身を包むように鬼火が「ボゥッ!」と燃え上がり、男がその場から姿を消した。



 ☆



「……この結界」


 麗羅がふわりと空中で停止する。

 その目と鼻の先、一見何も無いように見える空間には、洞窟を塞ぐように結界が張られていた。


 一ミリの隙間もない完璧な防御結界。

 幼い頃から側で見て多くを学んだ、見覚えのある術式。


「よもやこんな場所で再会しようとはな」


 結界の向こう側で鬼火が燃え盛り、炎の中からのっぺらぼうの面を付けた紋付き袴の男が現れる。

 あまりにも懐かしく、そして今最も聞きたくなかった声。


「どうして……どうしてあなたがこんなことを!?」


「分からぬか。お前のためだ……大きくなったな、麗羅」


 男が面を外す。

 眉間に険しくシワを寄せた仏頂面ぶっちょうづら

 猛禽もうきんのように鋭い瞳。

 だが、実は誰よりも優しい人物であることを麗羅は知っている。


 記憶よりも少し老けた印象を受けるが、やはり見間違えようもないその顔に、麗羅の表情が悲しげに曇る。



「どうしてよ……お父さん……!」



 惣流院そうりゅういん万高かずたか

 東の陰陽術の名家、惣流院家の筆頭にして、歴代最強とうたわれた天才。


 麗羅の師匠であり、実の父親でもある男が娘の前に立ちはだかる。



「お前をずっと探していた。小学校の修学旅行に行ったきり帰って来ず、誰の記憶からも消え失せたお前を……」



なにしとんねんパッパ!?



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