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嘘ついたらパパに●されちゃうゾ☆

 ぴちょん、ぴちょんと、水滴が水面を打つ音が洞窟内に反響している。


 天井から氷柱つららのように垂れ下がる鍾乳石しょうにゅうせきから滴る水滴が真下に広がる仄かに青く光る地底湖を叩き、波打つ水面の影が洞窟全体をユラユラと不気味に揺らめかせている。


「ククク、あと少しってところか」


 地底湖のほとりに立った宗介がスーツのポケットに手を突っ込み、般若面の下でほくそ笑む。


 眼前に広がるこの湖の水はすべて三途の川から汲み上げた極めて高濃度の霊水だ。

 霊界と現世の境界に小さな穴をいくつか穿うがち、三途の川から莫大な霊力を秘めた霊水を現世に引き込み後の儀式で必要になる霊力を確保する。いわば霊力の貯蔵プールだ。


 三途の川の水底に沈んでいた大量の亡者も一緒に現世に流れ込んできたが、結果的にはそれが晃弘の能力の覚醒を促すことになった。

 計画は順調。

 多少の誤差はあったがすべては想定の範囲内。

 匣と鍵はすでに揃った。

 自分も霊水の引き込み作業を手伝えば、二日ほどもあれば必要な霊力は確保できるだろう。


「ここにいたのね」


 宗介の影から吸血鬼の女がするりと立ち上がり、後ろから首に手を回して背中にしな垂れかってくる。


「ぎゃー、食われるー」


「そうやってすぐに茶化ちゃかす。弟クンはもっと可愛い反応してくれたのに」


「おいおい、童貞と一緒にすんなよ」


「……好きよ」


 女が宗介の耳元で甘くささやいた。

 吸血鬼にしか分からない宗助の魂の匂いが女の表情をとろけさせる。

 夜の支配者としての尊厳すら失いかけ消滅寸前だった自分を掬い上げてくれた恩人であり、初めて心の底から恋慕の情を抱いた最愛の人。


「ハッ、冗談よせよ。そんなご馳走を前にお預けくらった猛獣みてぇな顔してよく言うぜ」


「っ!?」


 女の腕を掴みまるでダンスのようにくるりと体制を入れ替えた宗助が、女の細い顎を軽く「クイ」と持ち上げる

 目を赤々と光らせ牙を剥いた口の端からよだれをダラダラと垂らすその顔は、まさに飢えた化物そのものだった。

 身体をコウモリの群れへと変え宗助の手から逃れた吸血鬼は、闇の中から無数の赤い瞳を光らせて、怯えたように宗助を見つめる。


「やはりここだったか」


 するとその視線を遮るように鬼火が揺らぎ、鬼火の中からのっぺらぼうの面を付けた紋付き(はかま)の男が姿を現す。


「お、アンタか。祭具はもう揃ったのか?」


「万事抜かりなしだ。……ふむ、随分と溜まったものだな」


「ああ、アンタも手伝ってくれりゃ明日には準備は整うぜ」


「無論、そのつもりで来たのだ」


「それはそれは。働き者なお父上だ」


 宗助の軽口には一切取り合わず男が無言ですばやく印を組み湖に手をかざす。

 すると湖の真上の虚空に無数の穴が開き、そこから滝のように三途の川の水が溢れ出してきた。


「さっすが代々術師の家系は違うね。仕事が丁寧だ」


 などと言いつつ宗助が見よう見まねで同じ印を組めば、のっぺらぼうよりも遥かに大きな穴が虚空にいくつも穿うがたれ大量の霊水が大瀑布だいばくふのような勢いで噴き出した。


「まったく、恐ろしい男だ……」


 凄まじい勢いで水嵩みずかさを増していく地底湖を眺め、のっぺらぼうはどこか愉快そうにそう呟いた。




 ☆




 扉の城へと飛んだ俺たちは逢魔さんに暖炉とソファーのあるモダンな応接間と案内され、そこで臥龍院さんに事の顛末てんまつを話した。


 ちなみに今は逢魔さんが用意してくれた服を着ているので全身黒タイツマンではない。

 元々俺が着ていた服を渡されたので、俺のボディーが破り捨てたらしいものを直してくれたのかもしれない。マジ感謝。


「事情は分かったわ。つまりこの子は鵺にいたことも含めてすべてを忘れてしまっているというわけね?」


「はい……。あの、この子はどうなるんですか?」


 俺の膝の上でウトウトしているまいちゃんの頭をなでる。

 なんだか妙に懐かれてしまって、自分でも自覚するくらいすっかり情が移ってしまった。


「現世で存在を維持できなくなった神や妖怪たちが集う箱庭のような場所があるのだけど、そこへ連れて行くわ」


 へぇー、そんなところがあるのか。


「今は見えなくなっているけど、その子の父親は常にその子の側にいるわ。あそこでならきっと実体化できるはずよ」


「よかったねまいちゃん。もうすぐパパに会えるってさ」


「ほんとぉ!? おにいちゃんたちもいっしょ!?」


 パパの名前が出た途端にぱっと跳ね起きるまいちゃん。

 キラッキラの無垢な瞳が俺の心を容赦なく抉ってくる。

 うぅっ……! お別れしたくないよぉ!


 けど、それは俺のエゴだ。

 まいちゃんのためを思うなら、ちゃんとお別れしなければ。


「ううん。お兄ちゃんたちとはここでお別れだ。けど、きっとまた会えるよ」


 臥龍院さんに視線を送ると、優しく微笑んで頷いてくれた。


「ほんと……? またあえる?」


「うん、約束。きっとまた会いにいくよ」


「じゃあゆびきりげんまん!」


 まいちゃんが「んっ!」と突き出してきた小指に小指を結んで指切りげんまん。


「ゆーびきりげーんまん、うーそつーいたらパパがズタズタにひきさいてこーろす!」


「いや怖ぇよ!?」


 キャー! と歓喜の叫びを上げてレイラの足に「ひしっ!」と抱きつくまいちゃん。

 すると窓のない部屋の中なのに、どこからともなく吹いてきたそよ風が俺の首筋を撫でた。

 忘れたら首ちょんぱってことですかお父上。

 ボディーが何しでかすか分かんねぇからやめてね?


「さあ、行きましょう」


「はーい!」


 臥龍院さんに続いて応接間のドアをくぐると、廃村のような場所に出た。

 空にはやけに大きな満月が浮かび、振り返ると朽ち果てたあばら家の入り口が見えた。

 すると「ビュオオオ!」と風が渦巻き、旋風つむじかぜが弾けると爪が鎌のようになった大鼬おおいたちが「ひゅるり」とその身をひるがえして現れる。


「あ! パパー!」


 まいちゃんが顔を「ぱぁ!」と輝かせて大鼬おおいたちに「もふっ!」と抱きついた。

 大鼬おおいたちが愛おしそうに目を細めまいちゃんに頬ずりして、俺たちの方を向く。


「娘を殺さずに止めてくれたこと、心より礼を言う」


「まあ、人殺しとか勘弁なんで」


 その一線を超えてしまったら、俺はいよいよ人でなしの化物になってしまう気がする。

 どれだけ身体が化物じみていても心だけは人のままでありたいから。だから俺は人は殺さない。


「ここから東にまっすぐ飛べば小さな神社があるわ。そこにこの土地を管理する神がいるから、挨拶してらっしゃいな」


「世話になった」


「バイバーイ!」


 大鼬おおいたちは臥龍院さんに頭を下げると、まいちゃんを背中に乗せて「ひゅるり」と舞い上がり東の空へと消えていった。

 またね、まいちゃん。



 と、その時だった。



「あ……れ…………?」



 急に視界が歪み足に力が入らなくなる。

 顔面からブッ倒れたのにまるで痛みを感じない。

 


「────っ!? ────っ!」



 マサたちが俺の身体をゆすって声を何か言っているが、音が反響してうまく聞き取れない。視界がぐるぐる回る。


 あ、ダメだ……意識が…………




いったい何が起きたんだってばよ!?



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[一言] 何が起きたのかな? サブタイ考えてみた 「娘を泣かしたら、キル」
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