それゆけ! 脱出大作戦!
左右にずらりと立ち並ぶ障子越しに零れる行灯の柔らかな光が、板張りの廊下に陰影を落とし込んでいる。
影から影へ飛び移り逃げる俺たちの後を、露出の多い黒ボンテージのキャットスーツを着たエッチな悪の女幹部が追う。
「ちょっと! 待ちなさいったら! このっ!」
「待てと言われて待つ奴はいねぇよ!」
影の中へ潜り込んだ俺たちを追って、エッチなお姉さんも影の中へダイブしてきた。
よりにもよって同系統の能力者に見つかるとはツイてねぇなチクショウ!
「ホント、ちょっとでいいから! 天井のシミ数えてる間に気持ちよくヌイてあげるから!」
「そういうのはボディーがあるときにお願いします!」
「あら、身体なんて無くてもキモチよくさせる方法なんていくらでもあるのよ?」
そ、それはちょっと気になるなぁ!
「おれも! おれもキモチよくしてくれますか!?」
「おいコラ影友さん!?」
「ふふっ、今まで味わったことのない未知の世界を教えてアゲル♡」
「やったー!!!!」
「はーい隙ありーっ!」
「ぬわー!?」
「ちょっと何やってんの影友さーん!?」
意味深な発言に興奮して一瞬気を緩めた影友さんの尻尾をお姉さんがひっ掴み、影の外へ引っ張りあげる。
びたーん! と影友さんの身体が床に打ち付けられ、その拍子にふっ飛んだ俺の首が床をコロコロ転がった。
「はーい捕まえた♡」
「ふぇぇ……」
なんてことだ。エッチな悪の女幹部に捕まってしまった。
僕これからどうなっちゃうんだろう!(ワクワク)。
「大丈夫、私に全部委ねなさい」
お姉さんがピエロのお面を外す。
……わぁ、すっげー美人。
サラサラの金髪ストレートで、瞳はルビーのような紅。
果実みたいに艶めく唇の端から鋭い牙がチラリと見えた。
ぷるぷるの唇が俺の唇に迫る。
おおおお!? するのか!? こんなところで初キッス卒業するのか俺ぇ!?
お姉さんの甘い吐息が鼻にかかり、俺は静かに目を閉じ……ようとしたまさにその時。
ドッカーン! と轟音を立てて建物の天井を突き破り、何かがお姉さんの背後に降り立った。
ま、まさか! あの身体は……!
「来たか! ボディー!」
「えっ、何あれキミの身体!?」
アメコミヒーローばりの着地を決めた俺のボディーが親指を「ぐっ!」と立てて返事を返す。
ずっと何かと惹かれ合うような感覚があった。
この建物を探索している間もそれはずっと続いていて、徐々に向こうの方から近づくいてくる気配を感じ取っていた。
なぜか股間が光ってるし全裸だけど、そんなことは今は些細な問題だ。
身体がある。つまりエッチなことができる!!!!
ああ、なんて素晴らしいんだ。
人間賛歌はエロスの讃歌。エッチスケッチワンタッチ。命の営みよありがとうっ!!!!
「おいでっ! ボディー!」
飼い主に呼ばれた犬のように喜びを全身で表現しながらボディーが駆けてくる。
「熱っ!?」
俺のボディーが近づくほどに、お姉さんの肌が煙を出して焼け爛れていく。なにごと!?
苦痛にうめきながらお姉さんが俺の首を抱えて影の中へ逃げ込み、ボディーがどんどん遠ざかっていく。
ああっ、そんな!? 待って俺のボディーッ!
「なんなのよあの光は!? なんでお●んちんから聖なる光が出てるのよ! あれじゃ近づけないじゃない!」
「そ、そんなぁ!」
じゃあ俺の童貞はどうなるんすか!?
「ホントは相手の顔を見ながらのほうが私も興奮するから明るいところでやりたかったんだけど……ごめんね?」
真っ暗闇の中、両手で顔を「ガシッ」と掴まれ固定される。
え、ちょっ、ここでするのか!?
やっちゃうのか!? 大人のエロいキッス!!!!
お姉さんの熱い吐息が迫る。
なのに、ふと瞼の裏に浮かんだ顔は、ここ数日喧嘩ばかりしている憎ったらしいアイツの顔で。
……なんで俺、後ろめたくなってんだよ。
いいじゃないか。エッチなお姉さんがエロいキスしてくれるんだぞ。こんなチャンス二度とないだろ。
据膳食わぬは男の恥って言うじゃないか。
確かにアイツは美少女だけど、やかましいし貧乳だし素直じゃないし中身は全っ然可愛くねぇし!
そうだよ、アイツのことなんかどうだって……
ふと、レイラが廃病院で見せた寂しげな顔が脳裏をチラついた。
『……フン。覚えてないならそれでいいのよ』
だぁぁぁぁ!? なんでこんなにモヤモヤすんだ!?
チックショー! 意味深なこと言いやがって! あんなの昔なんかあったって言ってるようなもんだろ!?
なんなの、かまってちゃんなの!? しょーがねーなぁ! まったくもーっ!
「ふふふ、緊張してるの? 顔がとっても熱く……って、ホントに熱っつぁー!?」
お姉さんの顔が光に照らされ、白煙を上げて焼け溶けていく。うわグロっ!?
え、もしかして俺が光ってるのコレ!?
俺自身が光源になったことで影が消滅して、俺の首とお姉さんが暗黒空間からはじき出された。
すかさず俺のボディーがブリッジしながらカサカサと素早い動きで近づいてくる。
ねぇちょっと本当に大丈夫なのアレ!? なんか変な悪魔に憑りつかれてないよね!? ねぇったら!
「ア●パンマーン! 新しい顔よっ、それっ!」
影友さんが尻尾で俺の頭をかっ飛ばせば、ボディーとの距離はグングン縮まっていく!
いや誰がア●パンマンじゃ――――いッ!?
「させるか!」
板張りの廊下に一陣の風が吹き荒れ、風と共に現れた狐面の女子高生が俺のボディーを刀で串刺しにして地面に縫い留める。
あぁーっ!? 俺のボディーになんてことを!
「はいキャッチ」
そして串刺しにされたボディーの上を素通りした俺の頭を般若面の男がキャッチした。
「あっ!? テメッ! HA☆NA☆SE!」
「やなこった。ったく、手間取らせやがって」
般若面の男が俺の額に指で文字のようなものを描く。
すると今は存在しないはずの身体の奥底で、何かが「ドクン!」と跳ね上がる感覚があった。
謎の脈動は次第にテンポを上げ、耐えがたい吐き気が込み上げてくる。
「おえぇーっ!?」
「おっ、出た出た」
俺の口から直径三センチ程度の白い正方形の塊が転がり出てくる。
模様は無く、表面はつるりとしていて、何かとてつもない力が秘められているのが肌で感じられた。
「さーてと、匣も取ったし空っぽの生首に用はねぇ。なぁなぁ晃弘くん、サッカーしようぜ! お前ボールな!」
「ちょっ、待っ!? ぎゅぷぇっ!?」
言うより先に般若面の男のつま先が俺の顔面を強かに蹴り抜いた。
「はいキャーッチ!」
隙を窺っていた影友さんが俺をキャッチして影の中へ潜り込もうとする。
「逃がさないわよ、クソガキがぁぁぁぁ! よくも私の顔を焼いてくれたなぁぁぁぁ!!!!」
「痛って――――っ!?」
顔の焼け爛れたお姉さんが影友さんの尻尾を掴んで床の上に叩きつけ、鋭い牙を突き立てその血を啜り取る。
血を吸われた影友さんの身体がみるみる小さく萎んでゆき、逆に血を吸ったお姉さんの顔が逆再生のように元通りになっていく。
「うげっ、まっず……。なにこの血。えぐみがヤバイんですけど……」
「そりゃ合成化合物一〇〇%だからな。食えたもんじゃないだろうさ」
「うぇー、身体に悪そう。後で口直ししなきゃ」
般若面の男の軽口にお姉さんが顔を顰めて「べぇ」と舌を出す。
やばい、どうしよう。
影友さんはなめくじサイズまで小さくなっちゃったし、ボディーも完全に抑え込まれてる。
あれ、これ詰んでね?
「ゲームオーバーだ。残念だったな晃弘くん。また逃げられても面倒だし、もう一度壺に封印しとくかね」
般若面の男の手が迫る。くそっ、あれだけ修業したのにまだ勝てねぇのかよ……!
次の瞬間、廊下全体を包み込むほどの爆発が起こり、その場にいた全員を炎の舌が舐めとられた。
爆風に転がされた俺の首が誰かに踏まれてようやく止まる。
「ったく、世話焼かすんじゃないわよ」
「おいコレ生きてんのか?」
「あ、すごい。こっち見た。どうなってるんですかねコレ」
俺の首を白く細い手が拾い上げ、顔に付いた煤をハンカチでぐいぐい拭いとる。
ある程度煤を落とし終え、俺の顔をレイラがまじまじと見つめ、満足そうに「よし!」と頷いた。いや、よしじゃないが!?
「っつ~。仲間のピンチに颯爽登場ってか?」
般若面の男が全身の煤を払いながらへらへらと嗤う。
「アンタらの企みもここまでよ」
「……へぇ、昨日とは別人ってわけか。ますます少年漫画みたいだなお前ら。いいぜ、じゃあ俺もお前らのノリに倣ってとっておきのネタばらしだ」
般若面の男がお面を外す。
そんな……! 嘘……だろ……!? バカなッ! ありえない!
「兄……ちゃん……?」
「ははは、感動の再会だろ? 喜べよ晃弘」
犬飼宗助。
三年前に事故で死んだはずの……俺の兄が、そこにいた。
人の頭をボール扱いしないでくださぁい(半ギレ)