通じ合う心
巨大な口の中に吸い込まれた俺とレイラは、周囲から伸びてきた触手に絡め取られてあっという間に雁字搦めにされてしまった。
触手生物の体温と身体に纏わりつく粘液がものすごく気持ち悪い!
触手を力任せに引きちぎろうとするも、身体にうまく力が入らずビクともしない。
「くっ……! 殺せ! 俺は触手なんかに屈したりはしなんぎゃーっ!?」
「ちょっと!? なによ今の悲鳴は!?」
「くっ……かっ、あっ……あ、あ……っ! く、食われた……っ!? ち〇ぽ食いちぎられた……っ!」
「どうせまた生えてくるんだからそれくらいでギャーギャー喚くなバカッ!」
「普通生えてこねーよッッ!!!!」
「…………えっ?」
おい、なんだその微妙な「間」は。
まさかコイツ本気でちょん切れても生えてくるとか思ってたのか!?
にしても、まさかコイツがねぇ……?
この様子じゃアッチの知識は下手すりゃまだ幼稚園児並か?
「……ふっ」
「な、なによ! その変な笑いは!?」
「べっつに~?」
「なんなのよ!? ムカつくわね!」
「お前さ、ゴムって何に使うか知ってっか?」
「はぁ? ゴムなんて色々使うじゃない。髪縛ったりとか」
ああ、ダメだこりゃ。
まあこんだけ気が強けりゃ変な輩に騙されることもねぇだろうけど。
むしろそういう輩に絡まれたら躊躇なく股間を蹴り砕きそうだ。怖い怖い。
「あのさぁ……人の腹ン中で痴話喧嘩しないでくれない?」
「「あ?」」
声のした方へ顔を向けると、肉の壁から無数の触手が絡みついた巨大な光る眼球が「デロンッ」と零れてこっちを向いた。
「「うわっ、キモッ!」」
「なんてこと言うんだコノヤロー!? 見た目で人を判断するなんて最低だぞ!」
「いやそもそもお前人じゃねーだろ」
「あ、そうだった。いっけね☆」
顔があったら「てへっ!」とウインクしてきそうなノリだった。
なんなんだコイツ。
「つーかお前か! 俺のち〇ぽ食いやがったのは!? 返せよ! 女の子になっちゃっただろ!」
「おえーっ! どーりでグニャっとした食感だと思ったわ……。その……なんか、ごめんな……?」
「いいよ別に。もう新しいの生えたし」
「マジで!? すっげーなお前!」
なんかコイツあんまり悪い奴じゃないような気がしてきた。
こんな出会い方じゃなかったらきっと友達になれたのに。
「……はぁ、もう嫌。バカばっかり」
「「なんだとコラー!」」
「息ピッタリじゃない。なんなの? 生き別れの兄弟なの?」
「そ、そんな……! まさか、兄さんなの!?」
「まさかお前なのか!? 弟よ……!」
巨大な眼球と視線が交わる。なんか魂の奥底で通じ合った気がした。
このノリと勢いだけで生きてる適当な感じ。もしかしたら俺たち、本当に前世で兄弟だったのかもしれねぇ……!
「で、だ。俺たちをこんなふうにして何がしたいんだよブラザー」
「悪いなブラザー。こうなっちまった以上、もうお前たちはおれの養分になってもらうしかねぇんだ。すでに腹の中に入っちまった以上、もうおれにもどうすることもできねぇ。こんな出会い方じゃなけりゃおれたちきっといい友達になれたのに……残念だよ」
巨大な眼球が心底残念そうに目を伏せる。
「諦めんなよ! 一緒に探そうぜ、全員が助かる最高のハッピーエンドってやつをよ!」
「ブ、ブラザー……!」
「えっ、普通に嫌なんですけど。こんなの生かしておくの」
「「なんてこと言うんだお前ーっ!」」
「もう勝手にしてよ……」
よし、言質取ったからな!
しかしどうすっかな。
さっきからずっと触手に霊力吸われまくってるし、まだ余裕はあるけどこのままじゃいずれマジですっからかんだぞ。
「おいレイラ、なんか都合よくバーッと解決! みたいな術ないのか?」
「あるわけないでしょそんなもん! 私もさっきから色々試してるけど術が使えなくなってるのよ」
「あ、ゴメン。おれの胃袋の中って霊力を分解しちゃうからさ、術とかそういうの使えないんだ」
試しにクリカラを実体化させようとするが、霊力が上手く結合せずいつまで経っても実体化しなかった。
こうなりゃもう残された手は一つか。
「今から俺たち二人でお前が分解しきれないくらいのありったけの霊力を触手に流し込む。流石に胃袋がパンパンになったら吐くだろ」
「……はぁ。それしか無さそうね」
レイラが不服そうに頷く。
「や、優しくね?」
「ブラザーなら耐えられるって信じてるぜ」
目を閉じ、意識を自分の内側に向ける。
腹の底で渦巻く膨大なエネルギーを身体に絡みつく触手に全力で流し込むイメージ!
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
「はああああああああああああ!!!!」
触手が「ボグンッ!」と大きく膨張して、大量の霊力が触手を通じてブラザーへと流れ込んでいく。
「うごごごご!? ちょ、バランスバランス! ツンデレの配分多すぎてクドイって! トッピングの自己主張が激し過ぎんよォ!? うえっぷ、気持ち悪くなってきた……!」
胃袋全体がビクビクと痙攣して、全身に絡みついていた触手が俺たちの霊力に耐えきれず、ぶちん! ぶちん! と弾け飛んでゆき……。
「もうマヂ無理。吐く……オゲェェェェェェェ!!!!」
胃の壁が「ぎゅるん!」裏返り、俺たちは大量の粘液と一緒に勢いよくブラザーの体外へと吐き出された!
うへぇ、びちゃびちゃのズルズルだぁ……
「おえーっ! ……あーキツかった。お前らどっちも味の自己主張激しいんだもん、やんなっちゃうよ」
俺たちを吐き出して床の上をのたうち回っていた黒いワーム型の謎生物がやれやれといった感じに頭を左右に振った。
「だったら最初から食うな! あーもう最っ悪! 全身ベタベタで気持ち悪い。しかもなんか臭いし!」
嫌そうに眉を顰めるレイラも、全身べちょべちょで酷い有り様だった。
服が身体に張り付いて全身のラインがハッキリ浮き出てしまい、目のやり場に困る。
「うへへ……いい尻してるよなぁ、あの子。安産型っていうの? 胸はささやかだけど、ふとももの感触もムチムチしてて正直たまらんかったっすわ」
ひとしきりゲェゲェ吐いてすっきりしたのか、ブラザーが「しゅるん」と俺の影の中に移動して俺にこっそり耳打ちしてくる。
……マジで?
「マジマジのマジの助」
そっかぁ……マジの助でござるか。
「……何見てんのよ気持ち悪い。目ん玉抉り出すわよ!」
「み、見てねぇし!? つーか怖ぇよ!?」
けっ、相変わらず可愛くねー女! これで顔の一つも赤らめたら少しは可愛げもあるのによ。
ってか、しれっと影の中にブラザー入ってきちゃったけど、お前そこに住みつくつもりなの?
「うーん快適快適♪ なんつーかおばあちゃん家のコタツのぬくもりてぃ、みたいな?」
「ふーん。まあ快適ならよかったわ」
てれてててててん てれてててててん てれてててーれーててーてーんてーん♪
【人造妖怪が仲間になった! 名前をつけてください】
と、突然脳裏に普段とは別パターンのファンファーレが鳴り響く。
なんだよ人造妖怪って。
人造ってくらいだから誰かに作られた存在なんだろうけど、こんなもん誰が作ったんだ?
しかし名前ねぇ……。どうすっかな。
「じゃあ影友さんで」
影に住んでる友達。だから影友さん。
ちょっと安直すぎたか?
「おけまる~! よろぴくネ☆」
俺の影に浮かび上がった目玉が「バチコーン☆」とウインクしてくる。
『影友さんを使役しました』
【称号『妖怪テイマー』『通じ合う者』を獲得】
『妖怪テイマー』
妖怪を使役した者に送られる称号。
使役した妖怪の霊力と能力を自分のものとして使用可能になる。
『通じ合う者』
人外と通じ合った変わり者に送られる称号。
通じ合った者に自身の霊力を分け与えることができるようになる。
そんなこんなで影友さんが仲間になった。
ふむふむ、影友さんは影から影へ移動して敵を丸飲みにするのか。
そして術を無効化する胃袋の中で相手の霊力を吸収して喰らい尽くし、相手の能力を獲得して強くなっていくと。
あれ、コイツ結構ヤバイやつじゃね……? よく助かったな俺たち。
「あ、そうだ。影友さん、『鍵』って知ってる? なんかこの病院の中にあったらしいんだけどさ」
「知らねー。あ、でもなんか霊力の流れがおかしくなってる部屋が一ヶ所あったな。もしかしたらそこにあったんじゃね?」
「お、じゃあ案内してくれよ」
「おけまる~!」
☆
「くっくくく! おいおいお前の愉快な自信作、アイツのペットになっちまったぜ?」
コンソールのモニターを眺めていた般若面の男が腹を抱えてケラケラ笑う。
魔除け面の男は自信作をあっさりと奪われてしまったショックでしばしの間呆然としていたが、やがて内圧を下げるようにゆっくりと息を吐き出した。
「……霊力の食い合わせは流石に盲点だったよ。まさか食った相手の一部を取り込むことでアレに人格が宿るなんて完全に予想外だった」
「ひっひっひ! 食った場所が悪かったんだろ」
「確かに魔羅には魔力が宿ると言うしね。あながち間違いでもないかもしれないな」
「うーわ、冗談で言ったのにマジになってやがんの。で? どうすんのさ。アイツ、さらに強くなっちまったぜ?」
「……おや。どうやら彼が動いたようだね」
魔除け面の男がコンソールのスイッチを押す。
すると画面が切り替わり夜の空を爆走する一台の禍々しいバイクと、赤い特攻服を着た天狗面の男の姿が映し出された。
「あー、アイツ暇してるって言ってたもんなぁ。荒れるぞコリャ」
波乱の予感に般若面の男は愉快そうに肩で笑った。
化物と通じ合った。
俺たちソウルブラザー!