鵺の狙い
「ぐすんっ、ぐすん……ひっぐ、ふえぇ……」
「よしよし、ごめんな。痛かっただろ。よく耐えた、偉い偉い」
「うぅ……ごべんなざぁぁい……うわぁぁぁん!」
目の前で泣きじゃくる座敷童の頭を撫でて慰める。
座敷童の心に住まっていた鬼を斬り祓い、座敷童はすっかり元の姿に戻った。
それに伴ってキメラとしての能力も失ったようだった。
異空間から開放された俺は、俺のア●ルをブチ抜いて逃走を図ろうとしていたバカ二人をひっ捕らえて例の修行部屋に連行しボコボコにして、今は臥龍院邸の一室でレイラや逢魔さんも一緒になって座敷童が泣き止むのを待っている状況だ。
ちなみに優芽ちんは隣の部屋でぐっすり眠っている。
「ところで、お前らはなんで連絡つかなかったんだよ」
修行部屋で一〇〇回くらいぶっ殺してようやく大人しくなったバカ二人に視線を向ける。
「逆ですよ。ヒロの方が音信不通になってたんです」
なんでもタッツンが言うには、こういうことらしい。
まず、夕方ごろに完成したクリカラを俺に渡そうと俺のラインに連絡したが繋がらず、電話をかけても出なかった。
その後何度かけ直しても電話に出ないことを不審に思い、俺の家に鍵を使って直接飛ぼうとしたが、謎の力に阻まれて通行不能になっていた。
それで俺がまたぞろ何か事件か怪異かに巻き込まれたのだと予想したタッツンは、マサに連絡を取り俺の家に直行。
すると、家の敷地を覆うように不可視のバリアのようなものが張られており、俺の家が外界から物理的に遮断されていることに気付いた。
「で、タッツンが作った斧でオレがバリアを引き裂いて、ヒロの尻にそいつがぶっ刺さったってわけだ」
マサが馬鹿デカイ斧を手の中に顕現させて軽々と担ぎ上げる。
どうやらタッツンの作った武器には霊体モードと実体モードの二つの形態があり、使わないときは霊体モードにして自分の周囲に漂わせておくことができるようだ。
しかも実体モードで壊れてしまっても、実体化を解いて霊力を込めればすぐに直るらしい。便利すぎる。
……アルコールでちゃんと拭いたけど、まだなんか少し臭うような気がしてならない。あーやだやだ!
「絶許」
「だからゴメンて……ぷふっ!」
マサが謝りながら思い出し笑いで噴き出す。コノヤローまだ死に足りねぇみてぇだな!
「ったく、やめなさいよ子供の前で。情けない」
取っ組み合いになった俺たちに白けた視線を向けて、レイラがやれやれと溜息を吐き、すんすん鼻を鳴らす座敷童の前にしゃがみ込んで頭を撫でた。
「それで、鵺とかいう連中の目的がなんなのか、教えてくれる?」
「ぐすん……世界の変革だって言ってた。それには『鍵』と『匣』が必要で、匣はお兄ちゃんなんだって……」
「匣?」
「わたしもよく知らない。でも、お腹の中を探しても無かったから、きっと物質的なものじゃないと思う」
まあ物質的なものだったら、レントゲン検査とかですでに見つかってるはずだしな。
俺が霊能力に目覚めたのも、その匣とやらが関係しているのかもしれない。
「逢魔さん、どう思いますか?」
レイラが逢魔さんに意見を伺う。
「ふむ……『匣』だけではなんとも言い難いですな。どうやら鍵と対になっているようですが、鍵はどこにあったのですか?」
「この街の山の上の廃病院って言ってた……」
「ほう……? 妙ですな。確かにあの病院は強力な悪霊の溜まり場ですが、特別な物は何も置いていなかったはず……」
やっぱあの廃病院ヤベー場所だったんだな。
「これは少々調べてみる必要がありそうですな。と、いうわけで皆様、緊急依頼でございます」
逢魔さんがスマホの電卓を弾いて金額を提示する。
さ、三〇〇万……だと!?
「あの地はこの国にいくつかある霊脈の集結点。特にあそこは地理的に悪いモノが溜まりやすい。なのでそういったモノが他所へと流れて行かないように、あえてあの病院は残してあるのです。一種の浄化槽のようなものですな」
日本中のヤバイものが溜まりに溜まって危ないからこの値段ってことか。
けど、こうして声をかけられたということは、俺たちなら問題ないと判断したからだろう。
どうせいつかはリベンジするつもりだったんだ。むしろ好都合ってもんだぜ。
それに、匣の正体も気になる。
わけの分からないものを抱えたまま狙われ続けるなんて真っ平御免だ。
「やります。いや、やらせてくたさい」
「わかりました。お二人はどうされますか?」
「ま、ヒロだけじゃ何やらかすか心配だしな」
と、逢魔さんの問いかけにマサが腕組みして頷き、
「ですね。最悪、廃病院が丸ごと消滅しても全然不思議じゃありませんし」
タッツンがそれに同意する。
「テメェら俺を何だと思って……」
「「トラブルホイホイ」」
ああそうかよ。その通りだよちくしょう!
なんでか普通にしててもトラブルの方から体当たりしてくるから困る。
「わかりました。では早速参りましょう。麗羅さんも手伝ってください」
「わかりました」
「わ、わたしは……」
座敷童が不安そうに俺を見る。
「お前は優芽ちんのそばにいてやってくれ。目を覚したときに誰もいないと不安になるだろうからさ」
「わかった……。ちゃんと帰ってきてね……?」
「おいおいフラグっぽいこと言うなよ」
座敷童の頭をわしゃわしゃ撫でて、俺は笑ってごまかした。
そんなわけで俺たちは急遽廃病院へ向かうことになった。
◇
「あ~らら。座敷童ちゃん、やられちゃったみたい。貴重なロリキャラだったのに残念だぜ」
町中に忍ばせていた『目』を通じて座敷童が晃弘に倒されたことを察知した般若面の男が、茶化すように肩を竦めてやれやれと首を振る。
周囲には緑の溶液で満たされた円筒形のカプセルが並んでおり、それら一つ一つが淡く光を放っていた。
「どうやら臥龍院も本格的に動き出したようだね」
何かのデータやグラフが表示されたコンソールの画面を食い入るように見つめながら、魔除け面の白衣男が邪悪な笑みを深めたような気配を放つ。
「ちょうどいい。完成した新作のテストと行こうじゃないか」
「まーた趣味の悪い出来損ないじゃないだろうな」
「ヒヒヒヒヒ! なぁに、今度は自信作だ。匣の入手も任せてくれたまえよ」
◇
はい、つーわけでやってきました廃病院。
うーんヤバイねこりゃ。
悪鬼、悪霊、呪い、よくわからないナニカetc……。
とにかく色々と「よくないもの」の気配が混ざりすぎてゲロ吐きそう。
肥溜めの中に素潜りしてるような気分とでも言うか。
でも前に来たときよりも全然耐えられる。
あのときは敷地内に入ることすらできなかったのに、今はこうして敷地内でも平常心を保っていられる。
ちゃんと強くなってたんだな、俺。
病院の外来受付の前までやってくると、逢魔さんが口を開いた。
「ではここからは手分けして捜索しましょう。こちらをお渡ししておきますので何か気になるものを見つけたら鳴らしてください」
そう言って渡されたのは小さなハンドベル。
軽く振ってみると澄んだいい音がした。
クリカラを手に構え、刃から溢れる霊力の光を頼りに暗い廃病院の中を一人で進んでいく。
……助ケテ。タスケテ……
……苦シイ。クルシイ……
正体不明の声があちこちから反響して、汚れた窓ガラスに黒い手形がベタベタと幾つも張り付く。
「ええい、うるせえな! とっとと成仏しろやオラァ!」
クリカラにありったけの霊力を籠め、刀身から噴き出した霊力の刃をデタラメに振り回す。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
『痛い痛い痛いいたいたいたいた痛いよおおおおおおおおおおおおお!!!!』
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!』
断罪の刃が罪と穢れを焼き払い、邪悪に染まった魂を切り裂いていく。
ホント使い勝手いいなコイツ。
物理的な破壊力が無いからこういう場所で振り回しても倒壊の危険がないのは助かる。
生き埋めになった所で今の俺なら死にはしないだろうけど、建物がぶっ壊れたら手掛かりも埋まっちゃうからな。
と、ここで二階から下りてきたレイラが合流して……あだっ!?
なぜ殴る!?
「何すんだよ!?」
「いきなり鼻先をでっかい霊力刀が横切ったらびっくりするでしょうが!」
「当たっても死にゃしねぇよ」
「そう言う問題じゃなーい!」
「うるせーな! 色々とスッキリしたんだからいいじゃねーか!」
「やり方が大雑把すぎるって言ってんの! ……ったく、ホント昔っから変わんないんだから……」
「あん?」
ボソッと呟いたレイラの独り言を俺は聞き漏らさなかった。
やっぱコイツ、昔どっかで会ったことあるのか……?
「なあ、俺たち昔会ったことあったっけか? タッツンとマサの野郎もお前のこと前に見た気がするって言っててさ。デジャヴにしちゃ妙だろ」
「……フン、覚えてないならそれでいいのよ」
「なんだよそれ」
「いいから! ほら、さっさと手掛かり探すわよ!」
「あっ、おい!?」
話を強引に打ち切られてしまった。
なんか知られたくないことでもあるのか。
早足で先へ進もうとするレイラを追いかけようと俺が手を伸ばした、────次の瞬間。
「きゃっ!?」
「うぉっ!?」
突然足元にギザギザの乱杭歯が並ぶ円形の口が開き、強烈な吸引力に引かれて俺たちは「しゅるん!」と吸い込まれた!
ŧ‹"ŧ‹"( ˙༥˙ ) ŧ‹"ŧ‹"
フラグ回収!