断罪刀クリカラ
座敷童……いや、あれはもう鬼だ。
そうとしか表現できないほど霊力の波長が邪悪に変質してしまっている。
刹那、俺の喉に鬼の貫手が深々と突き刺さっていた。
「っ!? ……ガッ……ゴフッ!」
「あっれぇ? わたしの恰好で油断しちゃった? お兄ちゃんのヘンターイ。エッチ、スケベ」
俺を見下すようにクスクスと鬼が嘲い、首の骨を内側から直接握りしめられる。
くそっ、息が……!
「あーあ、ロリコンの変態お兄ちゃん負けちゃったね。優芽ちん、悲しんじゃうなー」
ちくしょう、好き勝手言いやがって!
激痛に耐えながら鬼を睨むと、直後、首の骨が握り潰され俺の首が飛んだ。
「はぁい、ザーコ♡」
人を舐めきった笑みを浮かべ、鬼が返す刀で俺の腹に左手をねじ込み、何かを探すようにぐりぐりと腹の中をまさぐる。
「あっれー? おかしいな、見つからない。……物理的なものじゃないのか?」
「人の死体で遊ぶな!」
首の断面から霊力を噴射して鬼の背後に回り込み、一気に肉体を再生させて鬼を羽交い締めにする。
そっちが優芽の身体を盾にするってなら、こっちにも考えがあるぞコノヤロー!
「わっ! もう再生したの!? プラナリアみたいで超キモイんですけどー!」
「お前なんざこうしてやる! 『呪怨封緘』!」
「きゃぁぁぁ――――っ!?」
相手は呪いじゃなくてキメラ妖怪だけど、どっちにしろ霊力で押し固めて封印しちまえば同じことだろ!
へそ出しエロ甲冑なんてお兄ちゃん許しませんからね!
「なーんて、ハーイざーんねーん!」
鬼が全身に「グッ」と力を込めると、俺の霊力はたちまち霧散してしまった。
な、なんだぁ!?
「簡単に封印できちゃうと思っちゃったぁ~? ざーんねんでした! こうなったわたしにはもう霊力攻撃は一切通用しませーん!」
外見からはとても想像できないような馬鹿力で俺の拘束を易々と解きながら、鬼が嘲りの笑みを深める。
「聞いてたとおりゴリ押ししかできないおバカさんなんだねー。よっわーい。プークスクス、ザーコ!」
「くっ、ぬぬぬぬぬ……っ!」
「きゃはは! 顔真っ赤! 図星突かれて怒っちゃった? クソザコプラナリアお兄ちゃん沸点ひっくーい! きゃははは! ザーコザーコ!」
こ、こんの、メスガキィィィィ!!!!
言わせておけば言いたい放題馬鹿にしやがって! もう怒った!
怒ったいいけどマジでどうしようもねぇ! まさかぶん殴るわけにもいかねぇし、どうすんだ俺!
ちっくしょうマジで「波ぁ!」が無きゃただのクソザコナメクジじゃねーか俺ェ! ぴえんっ!
「ほーら、命乞いしなくていいの~? お兄ちゃんよわよわのクソザコなんだから妹にしっかり土下座して命乞いしなきゃダメじゃーん。ほら、ほらほらぁ!」
「ぶげっ!?」
目にも留まらぬ速さで前髪を掴まれて畳の上に顔面を叩きつけられる。
鬼の馬鹿力で強制的に下げさせられた頭を踏まれ、俺の顔が畳にメキメキとめり込んでいく。
い、息ができねぇ!?
「きゃははは! 苦しい? ねぇ、苦しい? ……優芽はもっと苦しかったんだよ? 親の着せ替え人形にされて、少しでも思い通りにならなきゃぶたれて、閉じ込められて、ご飯も食べさせてもらえない。あの子はいつも孤独だった。一番愛してほしかった人に愛してもらえなかった! ああ、可哀想な子! 可哀想な子! 可哀想な子っ!」
杭打ち機のような踏みつけが俺の頭蓋を何度も、何度も何度も踏み砕く。
骨が割れ、脳漿が飛び散り、目玉が潰れ、何度も死んでは蘇生して。
ようやく鬼の癇癪が止まり、また髪を掴まれて顔を持ち上げられる。
「……ねぇ、なんで反撃してこないの?」
「へっ、妹に手ぇ上げるお兄ちゃんがいるかよ」
「はぁ? カッコつけんな、キモイんですけど。アンタなんか血のつながりもない赤の他人じゃない」
「関係あるかよ、そんなもん。俺が妹だと思った。だからもう優芽は俺の妹なんだよ」
「キッモ! ロリコンかよ! ちょっと懐かれたくらいで調子乗ってんじゃねぇぞテメェ!」
鬼の拳が俺の頭を消し飛ばす。
一瞬意識が途切れたが、すぐに痛みも無く元通りに再生する。
問題ない。霊力もまだまだ残ってる。
「どうした、嫉妬かよ? 優芽に憑りついて、友達ポジションじゃなくなっちまったのがそんなに寂しいのか?」
「黙れ────ッ!! 黙れ黙れ黙れ!! ムカつくんだよテメェ!!」
一撃必殺の拳の嵐が幾度となく降り注ぎ、俺の身体を血煙に変えた。
これで癇癪起こすってことは、やっぱり図星か。
「お前が鵺に入った理由も言い当ててやろうか。どうせ、座敷童の力を使わなくても優芽が安心して幸せに生きられる世界を作らないかとか、そんなふうに勧誘されたんだろ」
それでコイツはその話に乗ったわけだ。
「そりゃあ乗っちまうよな、優芽が幸せなら憑りついてる必要もなくなるんだから。また昔みたいに優芽と友達に戻れるならって、そう思っちまったんだよな」
「う、うるさい黙れ! わかったようなこと言うなぶっ殺すぞ!」
「どうぞお好きなように。気のすむまでいくらでも殺せよ。俺は絶対に反撃しないから」
今度は蹴りが俺の股を引き裂いた。ほら、やっぱり図星だ。
「どうした。ビビっちまったか? どうせなら脳天まで真っ二つにしてくれりゃ痛くないから助かるんだけど」
「う、うるさい! 黙れ黙れ黙れ!」
拳と蹴りが何度も俺の全身を砕くが、やはりさっきほどの威力はない。
やがて拳の勢いは衰え、鬼は震えながら拳を下ろした。
「な、なんで……。わけ分かんないよ。なんで笑ってられるのよ」
「そりゃ痛いし苦しいさ。できれば死にたくだってない。……けど、優芽はもっと辛かったんだろ? だったらお兄ちゃんも頑張らねぇとカッコつかないだろ」
「意味わかんないよ……。赤の他人だって、最初から気付いてたくせに、どうして……」
俯き震える鬼に視線の高さを合わせて、俺は鬼の頭に軽く手を置いた。
「お兄ちゃんってのはな、妹のためならいくらでも頑張れるんだぜ?」
闇のように黒い髪をそっと撫でて、俺が鬼に笑いかけた、その時である。
「ヒロ────っ! 大丈夫か────っ!?」
「これを使ってくださ────────い!!」
俺の真後ろの空間が「ベリッ!」と引き裂かれ、マサとタッツンの声がしたかと思えば、裂け目の向こうから凄まじい霊力を秘めた何かが俺目掛けてすっ飛んできた!
え、ちょ!? まって、このコースはヤバイって!?
「ん゛あ゛ッ────────ッ!!!!」
「「あ」」
ブスリと。
長くて太い棒状の何かが俺の尻にぶっ刺さった。
ちょうど腰をかがめた姿勢だったのが災いした。
未経験の痛みに俺はその場に膝から崩れ落ちた。
い、息が……っ、かひゅ……っ、ほひ……っ、で、できね……! イヒィッ!?
「す、すいません! まさか尻に刺さるとは……ぷふっ!」
「さ、流石ヒロ……ぷっくく! ……ぷふーっ!」
「て、テメェらッ! 笑ってんじゃ、ね、ほひっ!?」
尻から棒状のブツを引き抜くと、それは黒い鞘に収まった一振りの刀だった。
よくも俺のア●ルをブチ抜いてくれやがりましたねぇ!?
俺をここまでコケにしたおバカさんは後にも先にもお前たちだけだよクソッたれが────ッ!
しかし抗議の声を上げようと振り返ってみれば、空間の裂け目はみるみる小さくなっていく。
「ぷっくくく……! 使い方は、ふひっ、刀が教えてくれます! 健闘を────」
タッツンが笑いを堪えながらグッドサインを送ってきたところで、空間の裂け目が完全に閉じる。
OKあいつら後でぜってー泣かす。
「な、なんだったのアイツら……?」
「腐れ縁のクソどもだよ」
ほらもう、鬼もドン引きだよ。
どうしてくれんだ。せっかくいい感じに終わろうとしてたのに。色々と台無しだよちくしょう。
ちょっと臭い鞘から刀をゆっくりと引き抜くと、霊力の光を帯びて青白く輝く見事な刀身が顕わになった。
ケツに刺さってさえなきゃ素直にカッコイイって思えただろうに。
刀身が微かに脈動すると、この刀がどういうものなのかが明確なイメージとなって俺の頭の中に流れ込んでくる。
刀の銘は「断罪刀クリカラ」。
禍事罪穢を祓い禊ぎ、悪のみを切り裂く断罪の刃。
「……なるほどな。ケッ、相変わらずモノづくりに関してだけはいい腕してやがる」
だから武具の具現化なんて能力に目覚めたのかもしれないが。
「ね、ねぇ、その刀……なに?」
刀の力を感じ取ったのか、鬼がじりじりと後ずさる。
「コイツな、罪を裁いて悪い心だけを斬る刀らしいんだわ」
「ね、ねぇ、なんでこっちに刃を向けるの? 怖いよ、そんな物騒なもの仕舞おうよ……!」
「ちなみにコレな。悪い子は斬られたときメチャクチャ痛いんだってさ」
「ひいっ!?」
「ところで『君』、さっきは俺のこと散々クソザコとか馬鹿にしてくれましたねぇ?」
「い、妹には手を上げないって言ったじゃん!」
「優芽ちんは妹だよ? けどお前を妹だなんて言った覚えはない」
「は、はぁ!?」
「それにこれは暴力じゃない。悪い子を懲らしめて反省させるためのお仕置きだよ」
自然と口角が吊り上がっていくのを自覚する。
大丈夫、優芽ちんはいい子だから全然痛くないよ。優芽ちんは、な。
「や、やめよ? ね? ね? 可愛い妹にこんなことしちゃダメだよ! ね?」
上目遣いに目いっぱい媚びてくる鬼に、俺は黙って首を横に振った。
鬼の顔が絶望に真っ青に染まる。
人を見下して嘲い、あまつさえ頭を踏みつけにするような悪い子にはお仕置きが必要だよねぇ……?(にっこり)。
「反省しろこのメスガキがぁぁぁ────────っ!!!!」
「い────や────っ!?」
立場の逆転した鬼ごっこが、今、始まる!
罪を裁き、悪を斬る。ついでにメスガキもわからせちゃう歪みねぇ刀♂
みんなわからせたいからね、仕方ないね。