歪んだ日常 歪められた伝承
優芽ちん(優しい芽という字を書くらしい)はまさに絵に描いたような可愛い妹だった。
お兄ちゃんっ子の甘えんぼで、ゲームとイタズラが大好きなお調子者。勉強はちょっと苦手。
好きな食べ物はオムライス。ピーマンが嫌い。
けど、家族はそんな元気な優芽ちんが大好きで、優芽ちんも家族みんなが大好き。
見た目が派手なこと以外は、探せばどこにでもいそうな見た目相応のメンタリティの女の子。
あたかも本当に最初からそうであったと錯覚してしまいそうになるくらい俺の日常に溶け込んだ、明らかな異物。
それが、今……
「お兄ちゃん、一緒に寝ていい……?」
ピンクのパジャマ姿の優芽ちんが大きなテディベアを胸に抱きつつ、眠そうな顔で俺のベッドに近づいてくる。
お風呂上がりの今はピンク色の髪を解いて背中まで下ろしていた。
時刻は二三時を回ったあたり。子供はもう寝る時間だ。
「……お前、何者だ? 鵺とかいう連中の仲間か?」
「……? うみゅぅ……なんのこと?」
本当になんのことか分からないという顔。
……実は俺がこの子のことを忘れているだけなのでは? 修業で殺されすぎて記憶が一部ブッ飛んでいる可能性は?
演技にしてはあまりにもリアルで、自然な表情。
すでにタッツンとマサにも事情を説明するラインを送ってあるが、一向に既読が付かない。
昼からずっと電話にも出やがらねぇし、まさかアイツらの家でも何かあったのだろうか。
などと必死に思考を巡らせていると、優芽ちんが勝手に俺のベッドに潜り込んできた。
「にひひ、お兄ちゃんのニオイがするぅ……」
「おいバカやめろ。嗅ぐな嗅ぐな恥ずかしい!」
「んふふぅ、頭ナデナデして……?」
トロンと寝ぼけた瞳で上目遣いにおねだりされてしまった。
ぐぬぬっ、バチクソ可愛いじゃねーか。思いっきり甘やかしたい。
いや待て怪しすぎるだろ状況に流されるな俺!
こんなオタクの妄想みたいな妹いるわけねーだろ常識的に考えて!
「……まったく、甘えんぼさんだなぁ優芽ちんは~!」
「えへへ……お兄ちゃん大好き~」
流 さ れ た。
かてない。つおい。もうマヂ無理。可愛い。
いいじゃん別に。ある日突然知らない妹が増えたって。
そんなに悪いことか? 甘えてくる妹を可愛がるのはそんなに悪いことか? 髪の色とか、血のつながりとか、敵とか味方とか、そんなもん些細な問題だ。
断じて最近小春が甘えて来なくなって寂しかったとかではない。ないったらない!
しばらく頭を撫でていると、優芽ちんはすぅすぅと小さな寝息を立ててそのまま眠ってしまった。
すると、優芽ちんの霊力が爆発的に膨れ上がり、ピンク色だった髪が艶の無い闇色へと変わっていく。
髪の色が毛先まで完全に変わると、心地よさそうに閉じていた両目がギョロリと見開かれた。
「…………ロリコン」
「ち、違わい! ケッ、やっぱ本性隠してやがったか」
「ううん。わたしはこの子に憑りついてるだけ。座敷童って知ってる?」
「住み着いた家に幸福を招くっていう?」
「そう。けど私がどれだけ家を幸せにしても、この子は不幸なままだった」
「……虐待、か?」
「『子は宝』という言葉を履き違えた馬鹿で哀れな親だったよ。子供は人形じゃないのにね」
ここではないどこかの誰かを睨むように、座敷童が眉根を寄せる。
「この子の髪、変な色だったでしょ? 地毛なのよアレ」
「……は?」
「この子生まれつき霊的な感受性が人一倍強くてね。赤ちゃんの頃から親の歪んだ念を受け続けて髪の色が変わってしまったの。……まあ、だから本来家にしか憑りつけないわたしがこうしていられるんだけど」
「それでその子に憑りついて家を出たのか」
「ええ、座敷童が出ていった家は廃れるだけだもん。今頃どこぞで野垂れ死んでるでしょ」
そういえばそういう妖怪だったな。
家を出てからはきっと座敷童の能力で他人の家に上がり込んで、その家の子供として生活していたのかもしれない。
「そんで? なんで家出した座敷童が悪の組織なんぞに入っちまったんだよ」
「何のこと?」
「とぼけんなよ。どうせお前も俺を連れてこいって言われてるんだろ」
このタイミングで家に潜り込んできた奴がアイツらと無関係なんてこたぁ流石にないだろ。
「だったらどうするの? お兄ちゃん、わたしと遊んでくれるの?」
座敷童の口元が三日月形に吊り上がり、纏う空気が殺伐としたものに変わる。
なんだ、急に気配が変わりやがった?
「ひひっ、ひひひっ、ねーねー遊ぼうよ。遊びたいよね? 遊ぼ遊ぼケケケケケケ!」
壊れた人形みたく首をカタカタ揺らして座敷童が嗤う。
コイツ、まさか座敷童のキメラか!?
座敷童を中心に空間が「ぐにゃり」と歪み、俺の部屋が歪んだ空間に侵食されて塗り替えられていく。
次の瞬間「パンッ!」と風船が弾けるような音がして、周囲の景色が畳の和室に変化した。
「ひっひひ! 鬼ごっこしよ! 捕まったら罰ゲームね! よーいドン!」
瞬間移動かと思うほどの速度で座敷童が迫る。
俺はとっさにバックステップで後ろへと逃れて座敷童の手を躱し、そのまま空中へ飛び上がり襖をぶち破って座敷童を引き離す。
「あはは! 待て待てー!」
座敷童が身の丈ほどもある巨大な金棒を握りしめ、空を飛んで猛スピードで追いかけてくる。
金棒がブンブンとデタラメに振るわれると、無数の真空波が乱れ飛び、畳や襖に巨獣の爪痕のような傷が刻まれ破片が宙を舞った。
くそっ、人の情に付け込んで一方的に攻撃してくるなんて卑怯だぞ!
優芽自身は何も悪くない可哀想な女の子というのもタチが悪い。
あくまで身体は優芽のものだから、俺が反撃すれば必然的に優芽まで傷ついてしまう。
「お前! なんでこんなことするんだ!? 優芽を助けたかったから憑りついたんじゃなかったのかよ!?」
「うん! わたしが優芽を守るの! 優芽を傷つける世界をぶっ壊して、優しい世界を作るの!」
「そりゃまたご大層でありきたりな野望だな! 多分お前騙されてるからなソレ!」
世界の破壊と創造。それが『鵺』の目的か?
なんかもう色々と想像つくぞ。どうせ霊能者が支配する新世界の秩序がどうとか言い出すんだろ! そういうのもう見飽きたわ!
「アハッ! 関係ないよ。騙した人たちも皆殺しにするもんっ!」
「そんなことしたって優芽は幸せにならねぇぞ! やればやるだけ不幸になるだけだ!」
「うるっさいうるさい五月蠅い煩いうるさーい!!」
真空波が轟々と乱れ飛ぶ。
深々と抉られた畳や切り裂かれた襖の傷口から黒い瘴気が噴き出し、それらが蛇のようにうねり俺を捕まえようと牙を剥く。
瘴気の大蛇を霊力波で消し飛ばし、座敷童の手元を狙い当たってもちょっと痛い程度にまで威力を落としたホーミング霊力弾を撃ち放つ!
見事座敷童の右手に直撃した霊力弾の衝撃で座敷童が金棒を取り落とした。よっし、うまくいった!
「ひっ!? 嫌っ、嫌、嫌、嫌ぁぁぁぁ────────っ!? こないで! やめて! わたしがっ……! わたしで……なくな…………あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
すると突然座敷童が頭を抱えて苦しみ、金切り声を上げた。
な、なんだ!? 様子がおかしいぞ!
原因を探ろうと周囲に目を凝らすと、畳の上に転がった金棒が見るからに邪悪なオーラを放っているのが見えた。
さてはあれが原因か! そもそも座敷童が武器を持ってる時点でおかしいと気付くべきだった。
「消え去りやがれェ────ッ! ッッ波ァァァァァ────ッ!!!!」
怒りを乗せてブッ放した全力霊力波は、しかし金棒のオーラに阻まれて四方に散らされてしまった。なにぃ!?
金棒が生き物のようにグネグネと蠢き、もがき苦しむ座敷童の全身に纏わりついて衣服のようにその身体を覆っていく。しまった!?
元々優芽が着ていたパジャマの生地を吸収した金属は、身体の各所を覆う甲冑へと形を変えた。
……なんか妙に露出が多すぎる気がするんだけど大丈夫なのかソレ。ちゃんと防御できてるの?
おへそとか、ふとももとか、脇とか丸見えじゃないか。
優芽が身体冷やして風邪ひかないかお兄ちゃんちょっと心配だぞ。
金棒がエロ甲冑へ変化し完全に身体に定着すると、座敷童の額から赤く輝く角が二本伸び、真っ赤に染まった瞳が「カッ!」と見開かれた。
座敷わらし第二形態!
ごめんちゃい! ロリキャラにエッチな恰好させたかっただけなんです! 許してください!