喪服の女 1
そんなこんなで翌日。
なんとも清々しい目覚めである。
いつもはもっと頭の奥がずっしりと痛くてベッドから起き上がるのに三〇分くらいかかるのに、今朝はパッと起きられた。
今までの人生がずっと寝ぼけていたのだと思えるくらい、頭と心がすっきりと冴えわたっている。
時計を見れば時刻は六時ぴったり。
窓を開け冷たい朝の空気を肺いっぱいに吸い込めば気分はもう絶好調だ。
部屋の角に視線を向けるが、そこにはやはり何もいない。
やっぱり幽霊なんていなかったんだと思いたいが、頭の中で念じると目の前に現れるゲームじみたステータス画面が、そんな甘い考えを即座に否定してくる。
犬飼 晃弘 レベル一
保有ソウル 一〇〇(MAX)/ニ二〇(NEXT LEVEL)
保有スキル『霊力波Lv一』
獲得称号『ゴーストバスター』
「……うーむ。しかしこれ、どういう原理で見えてるんだ?」
触ろうとしても画面には触れず、称号やスキルの効果とか、そういう重要そうなことが一切分からない。
酷い不親切設計もあったもんだ。
というか、そもそもこの数値、何を基準にして算出しているのか。
比較対象が無いから今の自分がどういう状態なのか結局よく分からないという有り様。
基準値の分からないステータス表示など、ただの飾りでしかない。
そして何よりも気になるのは、スキル欄にひとつだけポツンとある『霊力波Lv一』の存在。
スキルは日本語に直訳すれば「技能」な訳だが、今まで一五年生きてきた中で身に着けてきた技能がこれ一つというのはどうにもおかしい。
となると、日常生活で身に着けた「技術」と、ここに表示される「スキル」は別物と考えた方が自然だろう。
「……かー〇ーはーめぇぇぇぇぇぇ波ァァァ! うぉお!? なんか出た!?」
何となくスキル名から連想したあの必殺技の構えを取ってみると、手からエネルギーみたいなのが「バビューン!」と出た。
窓から飛び出したエネルギーはそのまま電線の上でちゅんちゅん鳴いてたスズメにぶち当たると、スズメはびっくりしてどこかへ飛んで行ってしまった。
「よ、弱ぇ……」
いや、本家みたいな威力があってもそれはそれで困るんだけどさ。
それにしたってスズメを脅かすだけって……。こんなの普通に大声出した方が早いじゃん。
犬飼 晃弘 レベル一
保有ソウル 九〇/ニ二〇(NEXT LEVEL)
保有スキル『霊力波Lv一』
獲得称号『ゴーストバスター』
一応もう一度ステータス画面を見てみるとソウルが一〇減っていた。
ソウルってこれ、表示的に考えて多分経験値的なやつだよな……?
MPと経験値一緒かよ!?
しかも経験値消費してこの威力……
「……うん、たぶん幽霊専用の技なんだろうな」
もし幽霊にも効かなかったら泣くしかない。
とりあえず今確認できることはこんなもんだろう。
となれば、この後やるべきことは一つしか無い。
「残りの連休全部使ってレベル上げじゃぁぁぁッ!!」
レベルがあるならレベリングしたくなるのはゲーマーの性。
なぜレベルを上げるのかって? そこに数字があるからさ!
適度な非日常を求めるごく一般的な男子高校生の潜在的欲求がうんたらかんたら。
ええい、御託はいいんだすっとこどっこい! こんな面白そうなこと、試さずにいられるかってんでいっ!
ってなわけで、特に目的の無いレベル上げが今始まる!
☆
しっかり準備を整えた俺は、自転車に跨り町はずれの山の廃病院までやってきた。
ここは全国的に有名な心霊スポットで、今まで何度も解体工事が行われようとするたびに、不幸な事故が多発して工事が中止になってしまい、未だに建物が残っているといういわく付きの場所である。
ここには中二の夏休みに一度、肝試しで来たことがあるが、その時は一緒に来た田中君が急にお腹を壊して結局建物の中には入らなかった。
だが今改めてここに来てみてその選択は大正解だったと分かる。
建物全体からどす黒いオーラが立ち上り、敷地内の空間を歪ませている。
まだ門の外にいるというのに、肌にビリビリと伝わる威圧感。
昨日の悪霊が可愛く思えるくらいの奴が、この中に……いる。
「……もうちょっと他でレベル上げてからにしよう」
び、びびってねぇし! 戦略的撤退だし!
ほら、あれだよ。ここはラスボス倒した後に来る裏ダンジョン的なアレだから! レベル一で突っ込んでも死ぬだけだから!
心の中で自分に言い訳しながら、建物から感じる視線を振り切るように俺は廃病院を後にした。
☆
と、いう訳で場所を変えて再チャレンジ。
今度は廃病院近くの、山の斜面に寄り添う大きな霊園だ。
ここも毎年夏になると、全国からパリピ勢が集まってくる肝試しスポットである。
で、ここで調子にのった馬鹿が廃病院に行ってそのまま行方不明になり、後日山中で死体で見つかるというのが恒例のパターンだった。
朝一でぶっ放した霊力波で消費したソウルは、すでに回復して元通りになっている。どうやらソウルは現在の最大値までは自然回復するらしい。
もし回復なしだったらと思うとぞっとしないが、ともあれ準備は万端である。
で、問題の幽霊だが……すげーいっぱいいる。
なんだよこれ。コミケ会場みたいになってるぞ。ギッチギチじゃねーか。
一つの墓石の周りに三〇人くらいの幽霊が屯して、ヤンキーみたくそこらじゅうでウンコ座りしてる。
一人一人は弱そうなのだが、こうも数が多いと流石に怖い。というかいっそシュールだ。
どうしよう、もっと簡単そうな場所探そうかな……。
「やべ、見つかった!?」
と、思った矢先、幽霊たちが一斉にこっちを向いた。
ねぇ、なんで皆そんなに眉間に皺寄せてるの? 頭の上に『!?』出そうとしてるの? 怖いんですけど。
『人間?』『人間?』『人間だ』
『取り憑く?』『取り憑いちゃう?』『そんなことより成仏したい』
『ヒャアもう我慢できねぇ成仏だッ!』『成仏ッ! 成仏ッ!』『異世界転生ッ!』『アーメンッ!』『ラーメンッ!』『ソーメン!』
逃げ出す暇もなく、幽霊たちが奇声を上げながら襲い掛かってきた!
「ちくしょう、結局こうなるのかよっ! 波ぁぁぁ────ッ!!!!」
例のポーズから放たれるエネルギーが、近くにいた幽霊たちをボーリングのピンみたく纏めてなぎ倒す!
なし崩し的に始まってしまったが、こうなりゃやれるとこまでやってやる!
『あぁぁぁぁ! 成仏ッ!』『成仏ッ!』『異世界転生ッ!』『タンメンッ!』『イカソーメン!』『オメーに食わせるタンメンは無ェ!』
騒ぎを聞きつけた幽霊たちが次から次からどんどん集まってくる。
とりあえず異世界転生希望してる奴はミジンコにでも転生してろボケッ!
群がる幽霊を霊力波でごっそり消していくが、消した傍からどんどん集まってきて次第に霊力波だけでは対処できなくなってくる。
とうとう攻撃の隙間を掻い潜り、俺に憑りつこうとしてくる奴も現れ始めた。
ひえぇ! 背筋がゾワゾワする!
「えぇい気持ち悪い! 離れろぉぉぉッッ!!!!」
体内で練り上げたエネルギーを全身から放出するイメージで霊力を解き放ち、纏わりつく幽霊どもを根こそぎ消し飛ばす!
【スキル『オーラLv二』習得】
よっしゃ新スキルゲット! 漲・っ・て・き・た!
「波ぁぁぁぁ────────ッッ!!!!」
ドォッ! と大気を振るわせ俺の手から放たれる霊力波。
明らかに先程より威力が上がっている。体感二割増しって所か。
どうやらオーラを展開した状態だと霊力波の威力も上がるようだ。幽霊に対する防御にも使えるし一石二鳥だな。
すると今度は幽霊たちの中に霊園から逃げ出そうとする者がチラホラと現れ始めた。
密度の薄い場所に霊力波をぶっ放しても旨味は少ないし、かと言って折角の経験値を逃がすのは勿体ない。
というか、逃げた奴が昨日の奴みたいにどこかで悪霊にでもなったら始末に悪い。
さて、どうしたものか……
と、ここで俺の脳裏に電流が走る。
……待てよ? だったら全部ぶっ放すんじゃなくて、霊力を小分けにして撃てばいいのでは?
幸いにしてお手本なら漫画やアニメでさんざん見た。
ようは野菜人の王子と同じことをすればいいのだ。
イメージは霊力のお団子を体内で沢山練り上げて、機関銃みたく掌から撃ちまくる!
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁ!!!!」
【スキル『霊力弾Lv三』習得】
イメージ通り掌からビュビュビュンと発射された霊力が、逃げる幽霊を追いかけて飛んで行き────爆発!
へっ、きたねぇ花火だぜ。
どうやら霊力というのはイメージ次第である程度形や性質を変えられるようだ。
にしても、ここまであっさりと習得できるなんて、俺ってばもしかして天才?
……いや、単純にイメージのお手本がよかっただけか。
変に調子に乗って悪霊に呪い殺されるのは勘弁だ。
そこから先はもう戦いとか、浄化とか、そういう次元の光景ではなかった。
喜び勇んで飛び込んでくる幽霊たちを青白い霊力の波動が薙ぎ払い、怯えて逃げ出す幽霊たちの背を霊力の弾丸が追い詰める。
相手はすでに死んでいるのだから、虐殺とも飛び込み自殺とも違う。
あれは一心に救いを求める亡者の群れを無心であの世に送る作業。
まさに幽霊をこの世から取り除くという意味での「除霊」だった。
そんなこんなで昼休憩を挟む暇もなく夕方まで行った浄化作業により、コミケ会場みたいだった霊園はすっかり静かになった。
で、今回の霊園浄化のリザルトは次の通り。
【レベル一 → レベル三三】
【スキル『霊力波』Lv一 → Lv十(MAX)】
【新スキル『オーラLv六』『霊力弾Lv五』習得】
【レベルアップボーナス『称号詳細確認』解放】
【称号『カリスマ除霊士』『波ぁッの人』『急成長』『人間卒業』獲得】
オーラと霊力弾はあれからさらにスキルレベルが上がり、霊力波はとうとうカンスト。
まあぶっちゃけ、ただエネルギーをぶっ放すだけの技なので、ソウルを圧縮するコツさえ掴んでしまえば簡単だった。
さらに俺自身のレベルが十に到達したボーナスで、ステータス画面に称号の確認機能が追加された。
レベルを上げなきゃロクに自分のステータスも確認できないとか、ステータス画面の意味あるのかと突っ込みたい所だが、ともあれ、現在持っている称号の詳細はこんな感じ。
『ゴーストバスター』
幽霊を知恵と勇気で倒した人間に贈られる称号。
霊体への与ダメージに補正『中』。霊的な攻撃に中耐性を得る。
『カリスマ除霊士』
大勢の幽霊たちを強制的にあの世送りにした人間に贈られる称号。
霊体への与ダメージに補正『大』。霊的な攻撃に大耐性を得る。
『波ぁッの人』
霊力波を極めた人間に贈られる称号。
スキル『霊力波』に物理的な破壊効果を任意で乗せられるようになる。
ソウルの自然回復時間が半分になる。
『急成長』
僅かな期間でレベルを一気に上げた人間に贈られる称号。
ソウル獲得量が倍になる。
『人間卒業』
レベルアップにより人類の限界を越える能力を獲得した人間に贈られる称号。
ソウル消費量が半分になり、身体能力が大幅に上がる。
ものは試しと身体能力を軽く計測してみたのだが、一〇〇メートルを三秒で走り抜けた時は流石にビビった。サイコガンの男より早い。
垂直跳びでも軽く五メートルは跳んだし、墓石を片手で軽々持ち上げる事もできる。
成程、確かにこれは人間卒業だ。無茶苦茶過ぎて笑うしかない。
だが、これでもまだ廃病院に挑むには全然足りない。
やっぱり一番最初に裏ダンジョンを見ておいて正解だったな。
じゃなきゃ多分、今の力に満足して、ここでやめてたかもしれない。
レベルの上限がどこまであるのか分からないけど、とりあえずはレベル一〇〇を目標に頑張っていこう。
◇ ◇ ◇
明日からの予定を考えながら自転車に跨り帰路に就く。
霊園から山の麓まで続く坂道で勢いに乗った自転車は、かなりの速度で山道を駆け下る。
背後に迫る夕焼けが不気味なほどに赤々と燃え上がり、道の脇の山林に濃い影を落とす。
麓まで一気に降りてくると、運悪く山の手前の交差点で信号に捕まってしまった。
「ちっ、ここの信号長いんだよなぁ……」
暗くなり始めた東の空をぼんやり眺めて待っていると、電線の上に停まっていた鴉が急にギャアギャアと鳴いて、一斉に飛び立った。
なんだか気味が悪いなぁ。早く帰りたい。
「そこの坊や。ちょっといいかしら?」
「うわっほい!?」
すると突然横から声を掛けられた。しっとりと涼やかな女の声だ。
周囲の不気味さもあって、思わず変な声が出てしまう。
慌てて振り返ると、いつの間にか俺の横に停まっていた黒塗りのリムジンの窓から、ヴェールで顔を隠した喪服姿の女がこちらを見ていた。
こ、こんな車、さっきまであったか? 一体いつの間に?
俺の反応を楽しむかのように、ヴェールから覗く真っ赤なルージュの口角が僅かに上がる。
「ふふっ、そう怯えなくてもいいわ。面倒な仕事を代わりにやってくれたお礼を言いに来ただけだから。ありがとう、お陰で楽ができたわ」
「は、はぁ、どういたしまして?」
とつぜん知らない人から身に覚えのないことへのお礼を言われた。怖い!
「もし『ちょっと変わったお仕事』に興味があるなら、ここを訪ねなさい。いつでも歓迎するわ」
そう言って女は一枚の名刺を俺に渡すと、そのままリムジンは走り去ってしまった。……な、なんだったんだ。
貰った名刺に視線を落とす。
(有)臥龍不動産 社長
臥龍院 尊
TEL ■■■ー六六六-四四四
住所 〇〇県 夜鳥羽市 梟町 九一〇-六