赤信号、みんなで渡れば怖くない(赤信号の赤はテメエの血の色だがなァ!)
※サブタイに特に深い意味はありません
光る本殿の扉をくぐると、そこは逢魔さんと修行したあの不思議空間だった。
巨大な時計盤の中心には、まるで俺たちの来訪を予見していたかのように、臥龍院さんと逢魔さんが待っていた。
「来たわね」
「あ、臥龍院さん。この前は死にかけのところを助けていただいたみたいで。ありがとうございました」
「あれくらいお安い御用よ。それより、厄介なやつらに目を付けられたようね」
「アイツら何者なんすか?」
揃いも揃ってお面なんか付けやがって。中二病かよ!
つーかタッツンもマサもアホ面丸出しでキョロキョロすんな、恥ずかしい。
「鵺。そう呼ばれている組織のようね。詳しいことは調査中だけど、ロクな連中じゃないことだけは確かね」
明らかに正義の味方って感じじゃなかったしな。
あんな悍ましいものを道具にするような連中がまともであるはずがない。
「やつらの目的が何かは分からないけど、このままではあなたたちの命が危ないわ」
どうやら相当厄介な連中に目を付けられてしまったらしい
臥龍院さんの言葉にタッツンとマサが青ざめる。
「い、命が危ないって、それマジで言ってます?」
「だいたいなんだよここ!? アンタらヒロの知り合いか? おいヒロどうなってんだ説明しろ!」
「確かにこの人たちは知り合いだけど、説明しろって言われても俺もなにがなんだか……」
俺だけならまだわかるけど、なんでレイラはタッツンとマサまでここへ連れてきたんだ。
「相手は平気で人質を取るような連中よ。被害がアンタたちの家族や友人にまで及ぶ可能性は十分にあるわ。だから三人ともここへ連れてきた」
いや、だからそんな嫌そうな顔するなよ。
「特にあなたたち二人は犬飼君の霊力の影響を受けて魂が覚醒しつつある。このまま放っておけば余計なモノまで引き寄せてしまいかねないわ」
「余計なモノ、とは……?」
「悪霊、妖魔、怪異……もしくは、それらよりもずっと古くて恐ろしい何か」
ごくり。と、二人が喉を鳴らす。
臥龍院さんの口調はあくまで淡々としていたが、それがかえって底知れない恐怖を誘う。
「霊能者の肉はそういうモノたちにとっては、自らの霊力を大幅に高めるご馳走なのです。覚醒しかけの霊能者は反抗する手段を持たない故に最も狙われやすい」
「そして、今この町は幽霊や悪霊たちで溢れかえっている。あなたたち、嫌な気配を感じたり、妙な声を聞いたりしてないかしら?」
「妙な声って……」
「アレ、ですよね……」
二人が顔を見合わせ、俺へ視線を向けてくる。
……はっ!? さては俺をストーキングしてるときに何か聞きやがったな!?
二人の戦闘力が妙に高かったのって、もしかして魂が覚醒しかけていたからか……?
「心当たりがあるようね」
二人が頷く。
「このままじゃ僕たちの命が危ないというのはなんとなくわかりました。でも、霊能力なんてそんな簡単に身に付くものなんですか?」
「それは場合によりけりね。すぐに覚醒することもあれば、時間がかかることもある。でも、ここでならいくらでも時間をかけられる」
「この部屋の中は外の世界の一〇の六四乗の速度で時間が加速しているのです」
逢魔さんが二人にこの部屋の説明をする。
やっぱこの部屋とんでもないチートだよなぁ……
「つまり筋肉鍛え放題……?」
「これから死ぬほど痛い目に遭いそうな気がするのは気のせいでしょうか……」
「えっ、なにそれ怖い」
「大丈夫だって、どんなに痛くても絶対に死なねぇから!」
「そこが不安なんだろぉ!?」
「そこが不安なんでしょう!?」
二人の悲鳴が重なる。
俺も通った道だ。大丈夫だって、痛いのは最初だけだから(遠い目)。
「これよりあなた方には死を疑似体験していただきます。そのショックで魂を覚醒させるのです」
「「あ、もう死ぬのは確定なんすね」」
「では、早速参ります」
瞬間、部屋全体を身も凍るほどの殺気が駆け巡った。
二人の方へと逢魔さんがゆっくり歩きだす。
☆
老執事から本気の殺意を向けられ、辰巳と雅也の二人は、その場の重力が何百倍にも膨れ上がったような錯覚に囚われた。
恐怖のあまり呼吸すらできない。
僅かにでも動けば全身が砕けて死ぬ。そんな明確な死のイメージが二人の脳裏を過ぎった。
一歩、また一歩と、死が二人に近づいていく……。
逃げたい。逃げなければ。
でもどこへ? 逃げられるはずがない。
圧倒的恐怖を前に二人の思考は意味の無い問答を繰り返し、ただ無為な時間だけが過ぎていく。
そうこうしている間に老執事は二人の目の前に立っていた。
(犬飼様のご友人と伺い少し期待しておりましたが、やはりこの程度ですか……)
顔に僅かな落胆を滲ませ、老執事が二人の首に手を伸ばす。
すでに辰巳と雅也の顔は白く凍りついており、呼吸も乱れ、自分が生きているのか死んでいるのかすらも曖昧だった。
意識が遠のき、死の闇が二人の心を覆い尽くしていく────
「「逃げるな! 立ち向かえ!」」
晃弘と麗羅の声が重なり、恐怖に壊れかけていた二人の心を僅かに繋ぎ止める。
「「っ!?」」
強い霊力を帯びた晃弘と麗羅の言霊が共鳴して、辰巳と雅也の魂を強く揺さぶった。
刹那、恐怖に凍りついていた二人の瞳に光が宿り、死の淵に立たされた魂が活路を求めて強く、強く輝きを放った!
「「う、うおおおおおおおぉぉぉぉ────っ!!」」
最後の勇気を振り絞り、二人が吼えた。
死の恐怖を乗り越えようとする魂の鼓動が、目覚めかけていた魂を────力を、呼び起こす!
「ふふふ。及第点、といったところかしらね」
「……お見事です」
二人に起きた変化は劇的で、実に個性的なものだった。
もともと逞しかった雅也の身体は倍以上大きくなり、全身を赤い甲冑のような甲殻が覆っていた。
頭から生えた二本の角は鬼のそれを連想させる。
対する辰巳は身体的な変化こそないものの、その身体を守るように禍々しい形状の無数の武器や盾が現れ、彼の周囲を取り巻くように浮遊していた。
「なんだ、これ。自分が自分じゃねぇみてぇだ……」
「なのに不思議とこれがどういうものなのか理解できる。不思議な感覚です」
目覚めた力の感触に戸惑いつつも、二人の表情から恐怖は消えていた。
「ふむ……強化系と具現化系でしょうか? このような能力は見たことがありません」
「どちらも極めて異質。それでいて強力な波動を感じるわね。ふふふ、面白いわね」
老執事と喪服の女主人が二人の能力についてそれぞれの見解を述べる。
霊能力の形は前世の在り方に大きく左右される。
これほど異質な能力ならば、前世はいずこかの神か、あるいは英雄か。
いずれにせよ鍛えれば大きな戦力になる逸材なのは間違いない。
予想以上の掘り出し物を見つけ、女主人がヴェールの下で僅かに目を細める。
「なんにせよ、ひとまず第一段階は合格ね。おめでとう、これであなたたちも霊能者の仲間入りよ」
喪服の女主人が真っ赤な口元に笑みを浮かべ、二人に拍手を送る。
「さて、改めて自己紹介ね。私は臥龍院尊。呪術師よ。あなたたちを歓迎するわ」
「私は臥龍院様にお仕えしております、逢魔高時と申します」
「……臥龍院家メイド長の土御門麗羅と申します」
主人が歓迎の意を示したのに続いて、老執事と麗羅も慇懃に頭を下げる。
麗羅だけ表情が嫌々なため慇懃無礼になっているのはご愛敬だ。
「お、おっふ……」
「なんか新しい扉開いちゃいそうですね……」
が、美少女から大きな虫でも触るときみたいな顔で頭を下げられても身悶えして喜ぶ辺り、この二人も晃弘に負けず劣らず相当なバカである。
「えっ、普通にキモイんですけど」
「「……んふっ」」
「なにちょっと嬉しそうな顔してんだよお前らは!?」
そんなんだから彼女できねぇんだよ。などと晃弘が小声でぶつくさ言うが完全にブーメランだった。
「あ、オレ、熊谷雅也っす。よろしくお願いしマッスル!」
「僕は富岡辰巳です」
「熊谷様に富岡様ですね。以後よろしくお願いいたします」
雅也と辰巳が自己紹介して、老執事が頷く。
雅也の筋肉ネタは華麗にスルーされた。
空気を読まずに滑り倒す男、熊谷雅也。
それでも凹まず平然と鼻くそをほじる辺り、心も身体も脳みそも筋肉一〇〇%である。強い。
「では早速、第二段階へ進みましょうか」
「「第二段階?」」
「ひたすら実戦を繰り返して力の使い方を学び、死線をくぐり抜けることで霊力を大幅に増大させるのよ」
喪服の女主人の笑みにサディスティックな気配が混じる。
すると、彼女の足元から影が「ぞるん」と起き上がり、無数の化け物たちが這い出てきた。
その戦闘力、実に一〇億。
今まで激戦をくぐり抜けてきた晃弘より強い怪物が、一〇……二〇……三〇……さらに増えていく。
どういう訳か晃弘と麗羅にも視線を向けてニタニタと嗤う化物たちに二人が嫌な予感を抱くと、喪服の女主人はとてもいい笑顔でクスクス笑った。
「犬飼君と麗羅も参加なさいな。特に麗羅。自分の領域内にも関わらず無様にも敵を逃がすだなんて、ちょっとたるみ過ぎてるようだものね?」
「ひぃ!? も、申し訳ございませんでしたぁ!」
麗羅が壊れた扇風機みたくガタガタ震えて青ざめる。
女主人は口調こそ穏やかだったが、全身から漏れ出る気配が彼女が今とても不機嫌だと雄弁に物語っていた。
とばっちりに巻き込まれた晃弘としてはたまったものではない。
「さあ、少しは楽しませて頂戴ね♪」
最高にサディスティックな笑みと共に、無数の化け物たちが一斉に四人に襲い掛かった!
さあ 死 ぬ が よ い !(ドS)




