お風呂と呪物とそれからティクビ
新たに解放された鍵の弐番のダイアルを使い、公園のトイレのドアから移動すると、そこはもう脱衣所だった。
スーパー銭湯並みに広い脱衣所で服を脱いで風呂場に入ると、水平線が見えるくらい広大な湯船がどこまでもどこまでも広がっていた。
しかも上を見上げれば、空中には巨大なお湯の塊がぷかぷかと幾つも浮かんでいる。
自分のゲロで臭くなっていた身体を洗って、ついでに頭も洗ってから湯船に浸かれば、気分はもう極楽だった。
「…………はぁ~、生き返る……」
乳白色に濁ったお湯に肩までつかると、思わずオヤジみたいな声が出てしまう。
お湯から仄かに香るこの匂いは、昨日逢魔さんに貰ったアロマオイルと同じ匂いだ。
恐怖体験ですり減った精神が癒されていくようだ……。ほへぇ~……。
そういえば、今日だけで大分レベルが上がったけど、今の俺ってどれくらい強くなったんだろう。
そう思ってステータス画面を開いてみようとして……やめた。
なんかもう今はごちゃごちゃとした称号とか、そういうの見たい気分じゃない。
もっとこう、ステータス画面の簡略化とか、そういう機能みたいなのってないのかね?
犬飼晃弘 レベル九〇
保有ソウル 三億六千万(以下端数省略)
戦闘力四億
「んだよ。やればできんじゃねぇか……」
情報の開示には消極的なのに、簡略化だけはスムーズってステータス画面としてどうなの? 仕事しろよ仕事。
……いや、むしろ仕事した結果がこれか。
にしても戦闘力四億ですかそうですか。
スーパーな野菜人よりも遥かに上じゃねぇか。
たった一晩で強くなりすぎじゃないか、俺。
「ア~キヒ~ロク~ン♪」
「げぇっ!? 九十九さん!?」
いつの間にか九十九さんが俺の隣に座っていた。そういえばこの人もいたんだっけ。
気配無く忍び寄るの止めてもらえませんかねぇ!? 心臓に悪い。
「クククッ、そう邪険にせんといてや。ワイは君と親睦を深めたいだけやのにぃ~」
俺の肩へと回される腕は、服の上からは分からなかったが以外にも筋肉質だった。
「あの、ホント俺ノンケなんで勘弁してください……」
「ククッ、ごめんごめん。ちょっとからかいすぎたわ。お詫びと言っちゃアレやけど、君にエエもん見せたるで」
「……いいもの?」
「フフフ……女湯の様子や」
「なっ!? そ、そんな事できるんすか!?」
「ワイは戦闘は苦手やけど、それ以外の術は結構得意なんやで? 女湯覗くくらい簡単や。麗羅チャンには内緒やで?」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる九十九さん。
マジかよ。スゲェなエクソシスト。
「ほれ、目ぇ瞑ってみ? ワイが千里眼の術かけたるさかい」
「う、うすっ!」
言われた通りに目を瞑る。
べ、別にアイツのぺったんこのまな板になんて、毛ほども興味なんてねぇけど?
ねぇけど、でも見れるなら見ておきたいってのが男の性ってなもんで。あと尻とふとももは割と見どころあると思うんだよ、うん。
すると術が発動したのか真っ暗だった視界が徐々に開けてゆき、まぶたの裏に何かピンク色の突起が映った。
こ、これはもしや……っ!?
「お、おおーっ! み、見える、見えるぞーっ!」
「なぁ、今何が見えとるかワイにも教えてくれへんか?」
「乳首です! 多分これ乳首でしょ!? そうですよね? ね!?」
そこだけアップになっていて他の部分は全く見えないが、確かに今、俺のまぶたの裏にはピンク色のキレイな突起が映っていた。
「くっ……どうやっても視点を動かせない。あの、九十九さん。これ視点ってどうにか動かせないんですか?」
「なぁ、アキヒロクン」
「なんですか! 今忙しいんです!」
「それな…………ワイの乳首や♪」
「………………はぁ?」
今、この人、ナンテイッタ? ワイの……?
恐る恐る目を開ける。嫌だ、信じたくない。
嘘だ嘘だ嘘だ!
けど、そこにあったのは、まぶたの裏に移っていたものと寸分違わぬピンク色の綺麗な────────。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
俺は力の限り暴れ回った。
そうでもしなきゃ気が狂いそうだったからだ。
なにが、何が悲しくて野郎のチクビなんぞ見て興奮してたんだ俺は。
ちくしょう……っ! 絶対、絶対に許さんぞ! ぶっ殺してやる!
その後、騒ぎを聞きつけてやってきた逢魔さんの手刀で意識を刈り取られるまでの間、俺は全力で霊力波をぶちまけて風呂場をぶっ壊したが、あのクソ野郎をぶち殺した手ごたえは無かった。
畜生……っ、チクショ────────ッッ!!!!
◇ ◇ ◇
アンティーク調の家具が設えられた部屋のドアが、ギィと音を立てて開く。
ドアの向こうの暗がりから滑りこむように美貌の女主人が部屋へと入ってくると、ドアは静かに閉じて、それまで眠っていた暖炉の奥で炎がボウッと燃え上がる。
美貌の女主人が暖炉の傍にある安楽椅子へ静かに腰掛け、その嫋やかな手を軽く二回叩く。
すると、どこからともなく老執事が音も無く現れ、主人に淹れたてのハーブティーを差し出した。
差し出されたお茶に女主人は笑みを深め、執事に軽く礼の言葉をかけてから、香りを楽しむように白磁のティーカップを口元までゆっくりと運び熱いお茶を一口含む。
「……ふふっ。やっぱり、あなたのお茶が一番おいしいわね」
「勿体なきお言葉に御座います」
主人の言葉に老執事は恭しく頭を下げる。
「それで? 回収したモノは?」
「こちらに」
老執事が軽く指を鳴らすと、まるで手品のように、何もない場所から幾重にも御札が貼られた蛸壺が姿を現した。
中にはつい数時間前に回収した呪物の残骸が収められている。
そんな悍ましいモノが収められた蛸壺をしかし女主人は気負った様子もなく手に触れ、霊的な視点から中のモノを観察し、それが何なのかを理解すると形のよい眉を僅かに顰めた。
「酷い事するのね……吐き気がするわ」
蛸壺の中に収められた呪物の正体。
それは、本人の意思に反して無理やり何度も堕胎させられた女の子宮だった。
しかもそれを生きたまま女の腹から引き摺り出して、呪詛の力を高めるという念の入れようだ。
残酷だが、しかし極めて強力な、古の呪いである。
「こんなものを用意するなんて、随分と大きな害虫のようね」
蛸壺を撫でつつ、静かな怒りを吐きだす女主人。
女主人から漏れ出た呪力が、部屋の家具を、空気を、暖炉の炎すらも凍てつかせていく……
近くに立つ老執事の服はすでに霜で真っ白になっており、その唇は地獄の業火すら凍てつかせる冷気に青ざめていた。
「……っ、現在、巣の在処を捜索中です」
「一刻も早く見つけて頂戴」
「畏まりました……」
老執事は恭しく頭を下げると、音も無く部屋から姿を消した。
一人部屋に残った女主人は怒りを鎮めるように深くゆっくりと息を吐く。
すると、凍てついていた部屋に次第に暖気が戻り、やがて凍り付いていた炎がまたパチパチと音を立てて燃え始めた。
「あら、いけない。服を汚してしまったわね……」
気が付くと女主人の手の中にあった呪物入りの蛸壺は、彼女の呪力に中てられてドロドロに溶け腐っており、べっとりとしたタール状の何かへと変質してしまっていた。
女主人が虫を追い払うように手を振ると、タール状の何かはぼこぼこと蠢いて一滴残らず暖炉の中へと飛び込み、悍ましい悲鳴を上げて跡形も無く燃え尽きた。
お風呂回 ※美少女の入浴シーンとは一言も言ってない
温度差で風邪ひいちゃうYO!