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キメラ狩り2

※今回、グロテスクな表現があります。

人によっては不愉快に感じるかもしれません。ご注意ください。

 それは一言で表すなら、巨大な蜘蛛の化け物だった。


 その身体を構成しているのは真っ黒な人間の髪の毛。

 大量の毛が蠢き絡み合う様子は、排水溝に詰まった髪の毛を彷彿とさせ、否応なしに不快感を掻き立ててくる。


 絡み合った毛の隙間からは赤ん坊の手足や顔のようなものがいくつも突き出しており、聞くに堪えない断末魔を上げては毛の中に埋もれるように押し潰され、その隙間からまた生えてを繰り返していた。


 そのせいか、化け物の全身からは酸っぱくて血生臭いような、なんとも形容しがたい悪臭が漂っている。


 だが最も恐ろしいのは、そのグロテスクな見た目ではない。

 その周囲に漂う、水子の霊たちの苦しみもがくような魂の叫びだ。


 化け物のグロテスクな姿と、赤ん坊たちの悲痛な叫び。

 五感を通じて入り込んでくる情報と、俺の知識が脳内でジグソーパズルのように結びつき、あまりにも悍ましい一つの真実となって像を結ぶ。


 本来、水子の魂はこの世の穢れを知らない無垢な存在と言われている。

 そして無垢な魂は霊的に最も強く、例え親がどんな人間であれ母親に寄り添いその守護霊となる。


 だが今や彼らは邪悪な何者かの意思によって汚され、その在り方すら歪められ、世界へより強い呪いを吐き出すための道具にされているのだ。



 タスケテクルシイイヤダイタイイタイイタイイタイオカアサンアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────!



 俺の精神が拒絶反応を起こし、反射的に展開した精神防壁のお陰でそれらの声はすぐに聞こえなくなった。


 それでも未だに赤ん坊たちの悲痛な叫びが、脳内に残響のようにこびり付いて消えてくれない。

 こんなにも悍ましく冒涜的なものがこの世に存在していいものか。



 いいわけが無い……!



 こんな、命そのものを弄んで汚すような邪悪が、この世界にあっていい筈がないんだ。

 想像の埒外にあるような邪悪を前にして、俺の身体は震えるばかりで、動かなければと分かっていても全く力が入らない。



「うぷっ!?」



 とうとう耐え切れなくなった俺は、胃袋の中身を地面に盛大にぶちまけた。

 口の中いっぱいに広がった嫌な酸っぱさで、俺は僅かばかりの現実感を取り戻す。


 視界の端にレイラの奴が地面に蹲っているのが見えた。

 どうやら過呼吸になっているようで、出雲さんが大丈夫かと声を掛けている。


 化け物は進路を塞ぐ壁に苛立ったのか、胴体から人間の腕をさらに生やして、奇声を上げながら壁を滅多打ちにし始めた。

 巨大な拳が光の壁を叩く度に建物の解体現場みたいな轟音が響き、壁がミシミシと嫌な音を立て、橋がユラユラ軋む。


「二人ともしっかりせい! あの壁もそう長くは持たへんぞ!」


「アタシが時間を稼ぐ! お前は二人を介抱してやってくれ!」


「すまん、任せた!」


 出雲さんが大太刀を担いで矢のように光の壁の内側から飛び出していく。


 飛び掛かり様に彼女が大太刀を振るうと、壁を殴りつけていた腕が根元からバッサリと千切れて、空中で炎の華を咲かせて燃え尽きた。


 だが切られた部分は瞬く間に再生し、さらに太く、強くなった腕が大太刀を振り回す出雲さんを捕らえようと襲い掛かる。


 出雲さんも踊るような足さばきで巨大な腕をヒラリと躱し、返す刀で大太刀をひるがえせば、化け物の腕がちぎれ飛んで火の粉が舞った。


「二人とも、コレを口の中でゆっくり溶かすんや。噛んだらあかんで?」


 九十九さんはポケットからグレープ味のメントスを取り出すと、未だに身体が強張って動けないでいる俺と、真っ青になって蹲る麗羅に一粒ずつ配って回る。


 言われた通り、口の中でメントスを転がしていると、爽やかなグレープの甘さに少しだけ心が落ち着いてきた。


 過呼吸にならないように意識しながら、吐いて吸ってを何度か繰り返し、身体の感覚を取り戻すように腕や足を曲げたり、手を握ったり開いたりする。


 ……よし、まだ少し震えてるけど、なんとか動けるようにはなってきた。


「足りなかったら言うんやで? 遠慮はいらん、タダや、タダ」


「い、いえ、大丈夫でしゅ。あじゃじゃした」


「ふはっ! 噛み噛みやん。ほれ、もう一粒食べ」


「わ、私にも、一つくらさい……」


 もう一粒メントスを貰い口の中で舐め溶かす。

 心に多少余裕が出てきた所で、九十九さんが俺たちに言い聞かせるように話し始める。


「ええか二人とも、よく聞き。あの化け物の厄介な点はあの再生能力や。さっきから出雲の姐さんがズバズバ頑張ってくれとるけど、あのままやとジリ貧や」


 メントスを一粒噛み砕き、九十九さんが俺たちの肩に手を置いて真面目な顔でさらに続ける。


「せやから壁が壊された瞬間に二人の全力の一撃を同時に叩き込むしかない。この役は火力のある二人にしか頼めへん。やってくれるか?」



 お互いの顔を見合わせる。



「「……はんっ、酷い顔」」


 人の事言えたザマかよ。顔真っ青じゃねぇか。いつもの元気はどうしたよ。


「病人みてぇな顔してる奴に言われたくないね」

「死人みたいな顔してる奴に言われたくないわよ」



 お互い、相手を小馬鹿にするように、小さく鼻で笑う。



「悪ぃ! そろそろ限界だッ!」



 出雲さんの声が聞こえたその直後。光の壁に亀裂が走り、そこから傷を広げるように一気に壁が崩壊する。


 どうやらあの厄介な能力はまだ健在らしい。

 巨大な穢れが津波のように押し寄せてくる。


「「俺(私)に合わせろッ!」」


 互いの声が重なる。接触まで後五秒もない。こうなりゃ全力でやるだけだ。


 オーラ全開。漲るソウルを限界まで圧縮して、重ねた両手からフルパワーでぶっ放すッッ!!!!



「「波ぁぁ────────ッッッッッッ!!!!」」



 青の波動と真っ赤な炎、二つの異なるエネルギーが猛烈な勢いで迫っていた化け物と正面から激突する!


 ぐぎぎぎぎ……っ、お、重いッ!? なんつーパワーだ……ッ!


 こちらの攻撃は間違いなく効いている。

 だが、相手の再生能力が高すぎて最後まで滅しきれない。


 さらに強靭になって再生した化け物の腕が、徐々に俺たちの攻撃を押し返し始める。

 足を開いて踏ん張るが、踏ん張った脚が路面にめり込んでアスファルトに電車道を刻んだ。


 くぅ……ッ、このままじゃ……!?



(え、援護します! が、頑張って!)



 脳内に二階堂さんの声が響いたと思った次の瞬間、急に体の底から力が漲り溢れ出した。


 この感じ……! 何度も殺されまくったのだから間違えようもない。逢魔さんの気配だ!

 公園で待機している二階堂さんが魔術で彼の霊力を俺たちに届けてくれているんだろう。ナイスタイミング!


 味方からの援護で威力を増した俺たちの攻撃で化け物は勢いを失い、今度は逆にこちらが徐々に押し返し始める。


 だが、俺たちは目の前に集中するあまり、周囲の影の中を這って新たな腕が迫っている事に直前まで気付けなかった。


 ―――――しまった!?




「背中はワイらが守るから安心せぇ!」


「お前らは余計な事は考えず全力でぶっ飛ばせッ!」




 呪われた触手が俺たちの身体を引き裂こうと迫ったその瞬間、空気を切り裂く斬撃音と銃声が俺たちを守った。


 横目でチラリと伺えば、そこには大太刀と銀のリボルバーを構える頼もしい二人の姿が。


 二人の雄姿に勇気が湧いてくる。

 あんな陰毛オバケがなんだ! 除毛してツルツルにしてやる!



「「おおぉぉぉぉぉ!! 波ぁぁ────────ッ!!!!」」



 青と赤、さらに気合を入れて放たれたエネルギーの奔流が重なり合い、巨大な炎の渦となって邪悪な化け物を押し返す。


 やがて炎は化け物の全身を飲み込んで、その身体にため込んだ穢れや呪いごと、全てを纏めて強引に焼き払っていく。



 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ……ァァァ…………ァァ………………ァ……………………



 化け物の末後の叫びが轟き、それすらも特大の熱量に呑み込まれて消えていく。


 気が付けばその場に満ちていた粘つくような気配は完全に消えており、辺りに漂っていた悪臭も肌寒い夜風に吹かれて散らされていった。



 その時、俺は風の音に紛れて誰かの「ありがとう」という声を聴いた気がした。



「終わっ……た?」



 レイラが呆けたような顔で周囲を見渡す。


 おいおい、やめてくれよ。もうすっからかんだぞ。

 これでまだ復活するなんて言ったら俺泣くよ?



【レベルが 二一 上がった】


【称号『都市伝説殺し』『ジャイアントキリング』『呪怨払滅』『魂の救済者』獲得】



 まるで空気を読んだかのようなタイミングで鳴り響くファンファーレ。

 よかった。終わってた。



「……みたいだな」


「そっ……か。そっか。よかったぁ……」



 レイラが息を吐きながらその場にへにゃへにゃと座り込む。

 それを見て俺も緊張の糸が解けてしまい、一気に疲れが押し寄せてくる。


 足から力が抜けてその場で転びそうになるが、駆け寄ってきた九十九さんが肩で受け止めてくれた。



「おっとと……。はは、すいません」


「二人とも、よう頑張った。大金星や、今度なんか奢ったるわ」



 そういえば腹減ったな……


 食ったもん全部吐いちゃったから当然と言えば当然なんだが、腹が減るという当たり前の感覚が、平穏な日常の世界へと帰ってきたのだという事を強く実感させてくれた。


 それにしても、まさか現実でSAN値が削られる羽目になるとはなぁ。

 ……こりゃ当分肉は食えそうにないぞ。



「おーい! あったぞ!」



 あの強烈な悪臭を思い出してしまい、また吐きそうになっていると、出雲さんが何かを拾って戻ってくる。

 その手に収められていたのは、ボロボロの布に包まれた黒っぽい謎の物体だった。



「それは……?」


「呪物の残骸や。恐らくこれがあのキメラをあそこまでにした原因やろなぁ」


「で、どうすんだコレ? ぶっちゃけあんまり触ってたくねぇんだけど……」



 汚いものでも持つかのように布の端っこを抓みながら、出雲さんが顔をしかめる。

 

 と、ここで再び周囲の景色が歪み、俺たち四人はまた夜の公園へと戻ってきた。



「皆様、大変お疲れ様でした。そちらの呪物は(わたくし)どもで処理致しますのでどうぞこちらへ」


「おっ、そりゃ助かるわ」



 逢魔さんは指をパチンッと鳴らして、紐のついた蛸壺のようなものをどこからともなく呼び出すと、出雲さんから預かった物体Xを壺に収めてしっかりと封を施す。



「これにて依頼は完了となります。ご協力、誠にありがとうございました。こちらが報酬となります。お一人ずつご自分の名前が書かれた封筒をお受け取りください。麗羅さんはいつも通り、今月分のお給料に上乗せしておきます」



 そう言って彼は黒服の裏から五枚の封筒を取り出して、一人ずつ報酬を手渡していく。

 分厚く膨らんだ封筒を受け取ると、やっぱりなんだか悪い事したような気分になってくる。


 まあこんな大金貰っても親に説明するの面倒だから派手には使えないんだけどな。空しい。


 全員に報酬が渡った所で、逢魔さんのスマホに電話が掛かってくる。

 電話の相手と二言、三言ほど言葉を交わし、電話を切った彼は改めて全員に向き直る。



「……たった今、ご主人様から連絡がございました。この度の皆様の健闘を称え、城の大浴場を解放してもよいとの事で御座います。どうぞ皆様、今宵の疲れを当家自慢の大浴場にて癒していってください」



 あの人は毎度図ったようなタイミングで出てくるな。


 まさかずっと俺たちの行動を監視している訳ではないと思いたいが……まあ、あんな超空間を作ってしまうような人なんだから、半分神様みたいなものだと思っておこう。


 それにぶっちゃけ、ゲロ吐いたせいで若干服が臭ってたので、お風呂を使わせてもらえるのはありがたい。

 ついでに洗濯させてもらおう。



「おおっ、そら有難いですわ!」


「よっしゃ風呂だー!」


「やったぁ! 私あのお風呂一度使ってみたかったの!」



 特に化け物と直接戦った前線チームの喜びようは大きかった。

 レイラの奴なんか思わずジャンプして出雲さんとハイタッチしてるくらいだ。よっぽど嬉しかったんだろう。


 つーか、あいつあんな顔もできるんだな。……なんだよ、笑えば普通に超絶可愛いじゃねーか。



「あ、あの、ぼ、僕までいいんですか?」



 逆に遠慮を示したのは後方支援チームの二階堂さんだ。

 彼は今回の作戦ではあまり目立たなかったが、あの化け物を倒せたのは彼の支援があったからこそだという事を俺は誰よりも知っている。



「勿論ですとも。遠慮なさらず、疲れを癒していってくださいませ」


「そ、そうですか? じ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


「んー、私は今度でいいかな。全然汗かいてないし。報酬はちゃんと貰ったから今日は帰りまーす」


「左様ですか。大浴場は夜の間であればいつでも解放しておりますので、またの機会に是非お越しくださいませ」


 ヒミコさんは貰った封筒をヴィトンのバッグに仕舞うと、手をひらひら振ってそのまま帰ってしまった。

 自己紹介の前の態度からもなんとなく分かってたけど、やっぱりかなりマイペースな人らしい。



 そんな訳で、俺たち五人は臥龍院さんの城の大浴場を使わせてもらう事になったのだった。



次回、お風呂回

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