臥龍院尊
臥龍院さんの後に続いて扉を潜るとそこはいつもの修行部屋。
時計盤の中心点へ向かいつつ臥龍院さんが口を開く。
「まず魂魄開放についておさらいしましょうか。魂魄解放の第一段階は魂に秘められた真なる力の開放。ここまではもう逢魔さんから聞いているかしら」
現人神に神化した俺でさえ習得に一〇〇年近い時間を要した魂の秘儀。
習得したばかりの頃は三分が限界だったが、魔王との決戦に備えこの修行部屋で三〇〇年近い時間を費やし時間制限を克服した。
「次に第二段階。神の転生体だけが到達しうる人の限界点。その恩恵についてはあなたも十分理解しているだろうし割愛するわ」
第二段階は前世の力と知識のすべてを深淵から引き出し、自分の力として扱う。
うまくやれば急激なパワーアップになるが、前世の自我に負けると身体を乗っ取られてしまう。
あの目立ちたがりのクソジジイを大人しくさせるのには苦労したが、おかげで膨大な呪力と呪術の知識が手に入った。
「そして第三段階。これは無数に枝分かれした未来の自分の力を『統合』し、魂をさらなる高みへ昇華させる」
歩みを止めこちらへ振り返った臥龍院さんがこれまでずっとヴェールで隠していた素顔を晒す。
息を呑むほどの美貌。
仄青い輝きを秘めた魔性の瞳が俺を見据える。
どこか深海を思わせる青に、心の弱い部分がざわついた。
「この世で最も強く残酷な呪いはなんだと思う?」
「……? そりゃあ、不老不死じゃないっすかね」
急に話題を変えた臥龍院さんの問いの意図が分からず、俺は素直にそう答えた。
「死は終わりであると同時に禊ぎでもある。生前の罪業は地獄にて濯がれ魂は新たに生まれ変わる」
通常であれば死をもっても償いきれない罪は地獄で清算され、清められた魂は再び輪廻の輪へと還っていく。
しかし不老不死になってしまうとこの流れからはじき出されてしまう。
罪業は清算されないまま積み重なり、宇宙の理に反するその在り方は本来不変であるはずの魂の形さえも歪め、その歪みが新たな呪いを生み出すのだ。
そして強力な呪いはブラックホールのようにそこにあるだけで別の呪いを引き寄せ、さらに強く大きく育っていく。
まさに呪いの永久機関。
救いはないし、永遠に報われない。
最も強くて残酷な呪いだ。
「一万年前、この星には現代より遥かに栄えた王国があった」
まるで昨日のことを話すように、臥龍院さんが僅かに目を伏せ語りだす。
「千年の栄華を誇った王国の最後の王は不老不死に魅入られ、禁忌の邪法に手を出した。王国は一夜にして滅び、王の代わりに王を最も愛していた王妃が不老不死になった」
「それって」
「とても優しい人だった。あんな悍ましい儀式を行えるような人ではなかったのよ……っ」
強く握りこまれた彼女の拳から滴った血が床の上でうごめき、怨嗟の呻きを漏らしながら天に向かって手を伸ばす。
無表情のまま血の塊を踏み躙り、臥龍院さんが自嘲ぎみに薄く笑う。
「大臣の正体に私は最後まで気づけなかった。這いよる混沌と言えばあなたも聞き覚えがあるでしょう?」
ニャルラトホテプ。
あるいはナイアーラトテップ。
白痴の魔王アザトースの息子とも、アザトースと同等の力を持つ土の精とも言われる邪神の一柱。
顔がないために千もの異なる顕現を持つとされ、クトゥルフ神話を扱う作品では世に狂気と混沌をもたらすため自ら暗躍するトリックスターとして扱われることが多い。
「這いよる混沌は五〇〇〇年前にすでにこの手で滅ぼした。けど、邪神を生み出す大元たるアザトースを滅ぼさない限り新たなニャルラトホテプが生まれるだけ。そして近々白痴の魔王は目を覚まし、世界は泡沫の夢と消える」
「そんなの私は許さない。彼が愛したこの星を命に変えても護り抜き、不老不死の呪いに取り込まれたアトランティス王国民一億六五九六万四三ニ七人全員の魂を開放し救うまで、私の復讐は終わらない」
────ゾッ!!!!
「ッ!?」
臥龍院さんの気配が変わり、全身の血が凍りついたような寒気を感じた俺は反射的に彼女から距離を取っていた。
臥龍院さんの輪郭が黒くぼやけて不定形の化物へと変化していく。
泡立つヘドロにも似たその姿を見ているだけで、心の弱い部分を掻きむしられるような不快感を覚え、言い知れない恐怖が指先まで広がっていく。
沸き立つ混沌としたヘドロの中から浮かび上がった目玉と視線が交わる。
刹那、俺は目の前で蠢くモノがなんなのかを理解した。
一万年ものあいだ大きくなり続けた呪いは未来からも呪いを引き寄せ、宇宙の終焉に伴って大量に発生した死の恐怖が彼女へと逆流し、彼女を「死」の概念そのものへと変質させたのだ。
「皮肉よね。不老不死の呪いを受けた私が、因果の逆流によって『死』そのものになるなんて」
「白痴の魔王を滅ぼすだけならすぐにでもできる。けど、アレを滅ぼしてしまえばあらゆる次元宇宙も一緒に消し飛んでしまう」
「だからまず先にアザトースから宇宙の支配権を奪う必要がある。そしてそれができる可能性があるのはあなただけ」
「超えてみせなさい。自らの終焉を。それを成し遂げたとき、あなたは魂魄開放の第三段階、邪神の腹を飛び出して更なる高みへと到達するでしょう」
彼女の言葉が耳に届いた瞬間、死の気配が蟲のように皮膚の裏へと浸食し蠢きまわる。
「うわぁぁあああああああああああああああああああああっ!?」
迫りくる死を自分の中から追い出そうと俺は霊力を際限なく高めオーラを漲らせた。
溢れ出したエネルギーに周囲の空間は歪み、時間の流れさえも乱れ始める。
すると無限のエネルギーが持つ引力に引き寄せられ、無数に存在する未来から力と記憶が流れ込んできた。
けど、これだけじゃダメだ。
どれだけ力を集めようとアザトースの夢の中に収まったままでは最終的に行き着く結末は同じ。
ヤツと同じ土俵に立たなきゃ滅びの運命を超えることなんてできやしない!
神化するんだ。
今までのような成り行きじゃない。俺自身の意思で!
消させるもんか。この世界は俺たちのモノだッ!
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
【レベルが 荳榊庄隱ャ荳榊庄隱ャ霆 上がたたたたたたた】
【スキルと称号が統合されま統合されま統合されまされまされますますます】
【第▲鬮@■神化開始】