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第五の塔(裏) 原始回帰

 原始回帰の霧を浴び猿になってしまった晃弘はのんきに木の上で鼻くそをほじっていた。


『おいブラザー! 鼻くそ食ってる場合じゃねぇぞ!』


「きゃーっ!」


『げぇ!? ウンコ投げやがったコイツばーっちぃ!』


「きゃーwwwほーっほっほっほwwww」


 影友さんは人工的に作られた妖怪だが生物学的な観点から見れば種の起源にあたる。そのため影友さんだけは霧の効果を免れたものの、ベースが人間の晃弘は知能まで猿並みに退化してしまいすっかり森の愉快な住人(フレンズ)と化していた。


「ほっほっほっほっ……すん。ほぎゃーっ!?」


 何を思ったかウンコを投げた手の臭いを嗅ぎ木の上からひっくり返る晃弘。たぶん何も考えてない。

 身軽な動きでひらりと着地した晃弘はそのまま四つ足で移動を開始する。どこへ行こうというのか。


 影の中に潜った影友さんがこっそり後を追う。気分はいつかテレビでやっていた大自然ドキュメンタリーのカメラマンだ。

 しばらくすると晃弘の視線の先に一匹の獣が現れる。大型の鹿だ。

 音を立てずこっそり木の上へ移動した晃弘。どうやら狩りをするつもりらしい。

 さあ、ここからどう動く。


「キャーッ!!!!」


 鹿が気を緩めた一瞬を狙い弾丸のように飛び掛かかる晃弘。

 鹿の首に組み付いた晃弘はそのまま力任せに鹿の首をへし折り仕留めてしまった。

 まさに一瞬。恐るべきハンターだ。


 すかさず捕らえたばかりの新鮮な獲物にガブリ。

 たらふく食って満足すると、晃弘は自分が殺した得物の前で静かに瞑目する。

 偶然目を瞑っただけかもしれないし、あるいは何か思うところがあってのことだったのかもしれない。

 だがその偶然とも呼べる行いは晃弘の身体に大きな変化を与えることになる。


 晃弘の身体がメキメキと大きくなり、二足歩行に適した姿へ変化したのだ。

 肉体の退化に伴い力を失っていた神の魂が最も原始的な儀式を通じて僅かに力を取り戻し、肉体をより力が発揮できる形へと進化させたのだ。

 殺して喰らい命を繋ぐ。生命活動の最も基本的なその行いに人は意味を見出し感謝の祈りを繋げてきた。

 獣から人への第一歩。猿人への進化である。


(よく分かんねぇけど、とりあえずいっぱい食わせりゃ元に戻りそうだな!)


 晃弘の進化を見た影友さんはひとまずそう結論付けすぐさま動き出した。

 周辺の木になっていた木の実を集めて回った影友さんは、木陰に座りあくびをしていた晃弘の前に集めた木の実を影の中からどっさりと吐き出す。


「ホァァッ!?」


 想像を超える事態に直面しパニックを起こす晃弘。

 突然食べきれないほどの木の実が山のように現れたら現代人だって驚き戸惑うだろう。

 現代人よりも素朴でシンプルな感性を持った晃弘猿人は最初こそ警戒していたものの、危険がないと分かるやこの事態を素直に喜んだ。

 そして大自然からの贈り物に感謝を捧げるように、胸の内から湧き出た喜びを躍りで表現した。


 するとまた少し進化が進む。原人への進化だ。

 脳の肥大化はより複雑な精神活動を可能にし、突然の幸運を喜んだり、不運を遠ざけたいと願う心が生まれた。

 喜びや感謝の心の表現は宗教的儀式の原型に、仲間の死を悲しみ悼む心はやがて原始的な宗教観へと繋がり、人類は種の進化と共により大きな霊性を獲得してきたのだ。


 当面の食料の心配がなくなった晃弘原人がまた動き始めた。

 太くて丈夫な枝を選んで拾い集めている。何をするつもりなのか。


 手ごろな枝を拾い集めた晃弘原人は、大木の幹に枝を立てかけツタの蔓を使い枝をしっかりと固定する。

 テントの骨組みだ。どうやら家を作ろうとしているらしい。

 拾い集めた葉っぱを骨組みの上にシートのように被せれば、あっという間に簡易住居は完成した。 


 新居の完成を祝う間も無く晃弘原人が食料をテントの下に運び込むと、土砂降りの雨が降り出した。

 晃弘原人はこれを見越して家を建てたようだ。


 大脳の発達による未来予測能力の獲得。

 環境の微細な変化を読み取り経験から未来に起こりうる事態を予測するその能力は、後のホモサピエンスへと受け継がれ、シャーマニズムの発展へ繋がっていく。


 バケツをひっくり返したような豪雨をテントで凌いだ晃弘原人。

 直後、稲妻が天を斬り裂き晃弘原人がテントの支柱にしていた大木に落ちた。


「ウオォッ!? ナニ!? コワイ!」


 突如降り注いだ爆音に驚きテントから転がり出た晃弘原人。

 幸いにして電流の直撃は免れたものの、せっかく建てた家は高圧電流に晒され粉々に吹き飛んでしまった。


「コワイ! コワイ! キノミアゲル! ユルシテ!」


 ゴロゴロと怒り狂う空を見上げ、晃弘原人は何者かに許しを請うように木の実を差し出し地に這いつくばった。

 雷を何者かの怒りと考え許しを請う。原始的なアミニズムである。


 しばらくすると雨はぱたりと止み、怪物の唸り声のように轟いていた雷鳴も聞こえなくなった。

 雨が止んだのはまったくの偶然だが、晃弘原人はこれを自分の祈りが天に住まう何者かに通じたと考えた。


 神という概念の誕生と理解。

 それに伴いまた肉体が進化し、晃弘はようやく現代人の身体を取り戻したのだった。



 ◇



「ふぅ、ようやく戻れた」


 猿になっていた間の記憶が飛んでいるのは脳みそが小さくなっていたからか。

 変なことしてなきゃいいんだが……。


『やいやい、さっきはよくもウンコ投げてくれたな!』


「げっ!? 俺そんなことしたのか!?」


『ウンコ投げた自分の手の臭い嗅いでひっくり返ってたぜ』


「嘘だろ……」


 人の尊厳まで投げ捨ててんじゃねーか。

 信じたくないけど右手からほんのり漂うかぐわしい臭いがそれが真実なのだと嗅覚から訴えかけてくる。

 あーやだやだもー! 手首ちょーんぱ!


「フンッ!」


 手刀でちょん切った手首から先を『ズボォッ!』と生やしてはい元通り。すんすん……。よし、もう臭くない。

 さて肝心のプリンちゃんはどこ行った。


「……あ、またゴミ食ってデカくなってやがる! またあの霧吐かれる前に吸収しちまうぞ!」


『あいよ』


 視点を俯瞰モードに切り替えてプリンちゃんの居場所を探ると、東京のゴミ埋め立て場を掘り起こしてまた巨大化していた。

 転移で背後に回り込んだ俺は腰だめに構えた両手から霊力をぶっ放した。



「久々に波ァァァァァ────────ッッッ!!!!」



 俺の手から吹き荒れた光芒は埋め立て場ごとゴミの身体を消し飛ばし、全身ドロドロに汚れた怪異(いぬ)の本体を顕わにした。

 そこへすかさず影友さんが飛び出してばっちいわんこを丸飲みにする。



【個体名『プリン』の吸収開始────完了】


【称号『神仙』の効果により■n■/y■@との接続が遮断されます】


【残留因子解析開始】


【解析率七五% 解析データを元にスキル『原始回帰』を構築】



 あー、キッツ。

 解析が進むほどボヤケていたピントが合ってヤツの全体像がハッキリしてくるのはいいけど、頑張った結果絶望的なビジョンしか浮かんでこないのは流石につらいものがある。


『おぇっ、生ごみ臭ぇ……』


 臭いゲップを吐いてげんなりする影友さん。

 ともあれこれで五体の魔獣たちを回収できた。

 残りの二体もきっと向こうから出向いてくるに違いない。


「ほら来た」


 流星のように飛来した獅子頭の獣人がズシンと俺の目の前に降り立つ。

 身長は三メートルほど。今まで相対してきた魔獣たちに比べれば随分と小柄だが、その身に纏う覇気は圧倒的だ。

 俺と正面から向かい合った獣人が牙を剥き低く唸る。どうやらタイマンをご所望らしい。


「こいよ。相手になってや『ッ!!!!』


 回避どころか反応すらできなかった。

 一瞬で宇宙の果てまで押し出され、隔離空間を一〇〇〇層ほど突き抜けたところでようやく自分が頭を掴まれているのだと気付く。

 獅子獣人の背後に転移で回り込み反撃の霊力波を放つ。だが────。


「────チッ、宇宙が五つは消し飛ぶ威力だったんだがな」


 まったくの無傷。

 薄皮どころか毛の一本すら消し飛ばせなかった。

 何かやったかとでも言いたげに口角を吊り上げ凶悪に獅子が嗤う。



 コイツ、単純にメチャクチャつえぇ!



獅子王

凄まじい戦闘力を有する獅子頭の獣人。

あらゆる攻撃が通じず、あらゆる封印も通用しない。

如何なる手段をもってしても彼を殺害することは不可能であり、その行く手を阻むことはできない。


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― 新着の感想 ―
[一言] カインとアベルを足してさらにやばくしたようなやつだな
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