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第三の塔(裏) 数え羊

 羊が一匹、二匹、三匹。

 数えた数だけ羊は増えて、瞬く間に空は羊たちで埋め尽くされた。

 数に終わりがないように、あの羊たちも数えるほどに無限に増えていくらしい。

 しかしそれでは永遠に数え終わらないので、ならばと数え方を変えてみることにした。

 今度は全体の数をまとめて一気に数える。


 羊が一兆飛んで、九二〇万と五六七八匹。


 すると数を把握した瞬間数えた分だけ羊は増えて、とうとう地球が羊たちでミッチリと埋め尽くされた。

 どうやら一気に全部数えると計測した数の二乗で増えていくらしい。あ、また増えた。くそっ!


 新しく得た称号のおかげで五感に頼らずとも正確な数が分かるのはいいが、このままだと宇宙が羊で満たされてしまう。

 だけど数えるのをやめることはできない。

 あの羊たちを認識した瞬間に芽生えた正確な数を知りたいという抗いがたい欲求が俺を突き動かすからだ。

 やめようと思っても無意識の内に数を数えてしまうし、数え終わらないことにはソワソワして他の何にも手を付けられそうにもない。


 羊たちの数は二乗の二乗のそのまた二乗と増えてゆき、やがて宇宙空間のすべてを埋め尽くした。

 満員電車の中にさらに無理やり人を押し込んだような状態になった羊たちは互いに押しつぶし合いながらなおも増え続けていく。

 とうとう圧力に耐えかねた原子核が融合し羊たちが膨大なエネルギーへ変換されて完全消滅したところで俺はようやく我を取り戻したのだった。




【個体名『まくら』の吸収開始────完了】


【称号『神仙』の効果により■n■/y■@との接続が遮断されます】


【残留因子解析開始】


【解析率四五% 解析データを元にスキル『数え羊』を構築】





「まさか隔離空間の第一〇〇層まで破壊されるとはな」


 隔離空間は現実の宇宙をコピーした疑似空間を玉ねぎのように重ねて展開することで、宇宙崩壊レベルの事態が発生してもコピーした疑似空間が消滅するだけで済むようになっている。

 今回は数えたら増えるだけという単純な怪異だったが、単純ゆえにどうすることもできなかった。

 正確な数を把握することに思考のすべてが囚われてしまい、羊たちを攻撃して消滅させようという発想すら思いつかなかった。


 物理的な増殖限界に達して核融合反応で自滅してくれたからどうにかなったものの、肉体を失っても霊的に増え続けていたら俺は永遠に羊を数えるだけの神になっていたかもしれない。


 ともあれ、三体の魔獣たちに与えられた怪異性を体験したことで見えてきたこともある。

 どうやら■n■/y■@は人類を徹底的に滅ぼしたがっているらしい。


 これまで吸収してきた三体の魔獣たちに書き加えられた怪異性から見ても、■n■/y■@があらゆる方面から人類を滅亡させようとしているのが伺える。


 ねこによるミーム汚染は知識や概念の正しい継承を途絶えさせ文明を破壊してしまう。


 銀の馬による存在改変が完了すればそもそも人間という種は存在しなかったことになる。


 数え羊も人類の行動を極端に制限してあらゆる社会活動を止めてしまうし、観測者がいる限り増え続けて人の住む場所さえも奪ってしまう。


 あらゆる次元の創造主である■n■/y■@がなぜ人類に対してここまで敵意を向けるのかはまだ分からない。


 それでもヤツと絶対に相容れないことだけは分かるし、俺がやるべきこともおぼろげにだが見えてきた。


「……もっと力を集めねぇと」


 俺の独り言に影友さんが頷く。

 言葉を交わさずとも分かり合える仲間がいる。これから先、俺がどうなろうと俺は最後まで孤独にはならない。


「最後までついてこいよな。相棒!」


『おうよ!』



 なんて、直前まで感じていた心強さを嘲笑うかのように。




「……は?」




 次の瞬間、俺は暗闇の中に捕らわれ、霊感も含めたすべての感覚が遮断されてしまった。


「な、何が起きた!? 影友さん!? くそっ、パスが切れたか!」


 何も感じない。自分がどこにいるのかさえも分からない。

 まるで根源の最深部みたいだ。

 魔龍帝ギルとの戦いの最中に一度潜ったことがあるが、あのときは影友さんがいてくれたから自己を保てた。

 けど、今は普段から感じている繋がりを感じない。本当の「無」だ。


 思考を止めるな。常に何か考え続けろ。

 一瞬でも意識に空白が生まれればその瞬間俺の自我は闇の中に溶けて消えてしまう。

 こんなときこそ楽しいことを考えよう。

 もうすぐ夏休み。今年は何をしようかな。

 麗羅と海に行こう。花火も見に行きたい。

 マイちゃんとの約束もある。

 タッツンとマサも連れて妖怪の隠れ里まで遊びに行こう。

 釣りもしたい。キャンプも行きたい。

 今年の夏は忙しくなる。こんなところで消えてたまるか。



 ◆



 突然暗闇の中に捕らわれたのは晃弘だけではなかった。


『おうおうおう、先輩への態度がなってねぇんじゃねーのかコラ!』


 普段から影の中に生息している影友さんだけが、この暗闇の発生源であるフクロウの姿を捉えていた。


 以前根源の最深部に潜った際、晃弘が新たな称号を得たことで魂の深い部分で繋がっている影友さんも影響を受け、根源の最深部でも自我を失わず単独で行動できるようになっていた。


 フクロウが音もなく翼を大きく広げて影友さんを威嚇する。

 漆黒の羽が落ち葉のように舞いハラリと影友さんの頭上に降り注ぐ。


『こういうの知ってるぜ! 触れたらアウトなヤツだろ!』


 不規則な動きで落ちてくる羽の間を昇り龍のように泳いで掻い潜り、フクロウの喉元へ影友さんが喰らいつく。


「っ!?」


 無音で驚き暴れ回るフクロウ。

 鋭い爪で影友さんを引き剥がそうとフクロウが暴れ回れば、影友さんもフクロウを押さえ込もうと身体に絡みつき締め付ける。


 まるで紐で括られた風船のように歪むフクロウ。

 と、次の瞬間────。



 バンッ!!!!



 無音の暗黒空間に破裂音が響き渡り、世界に光が満ちていく。



 ◇



「…………あれ?」


 立ちくらみのような感覚の後、気がつくと俺は学校の教室にいた。

 高校の教室とは少し違うニオイ。俺を見つめるクラスメイトたちの顔立ちは皆幼く、懐かしい顔ぶればかりだ。


「どうした犬飼。早く読みなさい」


「はぁ」


 手元には懐かしい中学の教科書。

 教壇の上から偉そうに俺を睨むのは生徒指導で国語教師のハゲ谷。

 何かと俺のことを目の敵にしていた嫌なヤツだ。


「……教科書三五ページの五行目から十行目まで」


 ボソッと後ろから聞こえたささやき声の通りに教科書を読めば、ハゲ谷は次に当てる生徒を品定めするように教室内をぐるっと見渡した。


「じゃあ次、惣流院」


「はい」


 俺の後ろから返事が返り、涼やかな美声が朗々と芥川龍之介の羅生門を読み上げる。


 ……いやおかしいだろ。

 なんでお前がここにいる。


 振り返って後ろを見れば、今より少し幼い麗羅がそこにいた。


夢現ゆめうつつ

暗闇の中に人を閉じ込め、あらゆる感覚を奪う黒いフクロウ。

暗闇の中で自我を失った者はフクロウが描く夢世界の舞台装置として組み込まれ、永遠に夢の世界から抜け出せなくなる。

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[一言] かげともさんガンバ
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