第二の塔(裏) 未確認UMA(馬)
「ヒヒン!」
『ブルルッ!』
銀色の馬(?)を見たと思ったら自分まで馬になっていた。
最初から馬だったような気もするが、頭の片隅に人としての記憶が残っているので俺も元は人間だったんだろう。
人間に戻りたいかと聞かれたら微妙なところだけど、なんとなく馬のままでいたらまずい気がしなくもない。
向こうから俺を見つめてくる美しい銀色の馬のことがとても気になったが、俺は黒い毛並みの馬を連れ立って銀の馬に尻尾を向けて草原を走り出した。
銀色の馬から離れるほどに俺たちの身体は元の形を取り戻してゆき、やがて銀馬の姿が地平の向こうに消えると俺の肉体は耳と尾だけ馬のまま人のそれへと戻った。
影友さんだけ形は馬のまま全身にぎょろりと無数の目玉が浮かぶグロキモ系UMAになっているが、元々不定形生物なのでどんな形だろうと正解はない。
「そういうことか」
『どういうこと?』
「どうやらアレを認識した時点であらゆる存在は馬になっちまうらしい」
『そんなのどうすんだよ!?』
アレに気付いた時点であらゆる存在は最初から馬だったことになる。
そしてアレに近づくほど意識も馬へと近づき、アレに追いつかれたら恐らく自分が馬であることに疑問すら抱かなくなってしまうだろう。
神ですら抗えない理不尽な世界のルールそのもの。さっきのねこといい、アレらはそういう類のものだ。
背後から草をかき分ける軽快な蹄の音が聞こえてくる。
銀の馬が俺を追いかけてきたのだ。
俺たちはもう銀の馬を一度見てしまっているので、追いつかれただけでアウト。
もう一度あの美しい姿を見たい思いが込み上げてくるが、ぐっと堪えて俺たちはすべてを置き去りにするつもりで飛んだ。
だが、音速の壁を越え、もうすぐ光速に差し掛かろうという速度になっても一向に背後に迫る気配が遠くならない。
それどころかどんどん近づいてきている。
俺の身体も次第に馬へと変わり、自己の認識も人から馬へ傾いていく。
もっと、もっと早く走らないと。
あれ、俺、なんで走ってたんだっけ?
まあいっか! 走るの楽しいし! ヒヒンヒヒン♪
俺たちはさらに速度を上げて空を駆けた。
肉体はとっくに消滅し、光の速度を突破した俺の魂は時間を遡り始める。
そのまま原初の混沌さえ突き抜けて、時間・空間・物質・魂、ありとあらゆるものが存在しない絶無領域までたどり着いた俺に、後からおいついてきた影友さんと銀の馬がぶつかってきた。
【個体名『ハチャメチャインパクト』の吸収開始────完了】
【称号『神仙』の効果により■n■/y■@との接続が遮断されます】
【残留因子解析開始】
【解析率三〇% 解析データを元にスキル『存在改変(馬)』を構築】
衝突の衝撃で空間が生まれ、混ざり合った俺たちの魂が振りまく霊子が空間を満たしていく。
澱み揺蕩う霊子の揺らぎは時間を生み出し、やがて原初の混沌が生まれた。
【称号『我こそが宇宙』獲得】
『我こそが宇宙』
唯一絶対の個にして全。汝こそが宇宙であり宇宙とは汝である。
宇宙全体が知覚領域となり、分子の動きの一つに至るまで正確に把握できるようになる。
どれくらい漂っていただろう。
何億年もそのままだった気もするし、一瞬だったようにも思える。
あるとき停滞していた混沌に力が加わり活性化して大爆発を起こす。
時間を遡ってきた俺とシャオロンの正面衝突により発生したビックバンの余波で俺たちは元の時間軸へと弾き飛ばされた。
「なんとか戻ってこれたか」
『なんかすごい体験した気がする』
俺は混沌を司る神で、創造神でもある。ならば宇宙誕生前に漂っていた原初の混沌が俺自身だったとしても矛盾は生じない。
宇宙とは俺であり、俺自身が宇宙そのものだったのだ(悟り)。
新しく獲得した称号のおかげか自分の範囲が大きく拡張したのを感じる。
なんというか宇宙全体が身体になったような感覚だ。
肉体の五感が及ばない宇宙の果てでも、自分の爪の先や足の裏を見るときのように意識を向ければそこで何が起きているか手に取るようにわかる。
なんやかんやあってハチャを吸収したことで彼女を汚染していた残留因子の解析も進み、■n■/y■@への理解もまた少し深まってしまった。
■n■/y■@には微覚醒と深い眠りの波があり、微覚醒時には明晰夢のように自身の夢へ干渉もできるらしい。
そしてヤツの影響を受けた者は存在の有り様を悍ましくも歪められ、邪神やその奉仕種族となって宇宙に害悪を撒き散らすのだ。
とりあえず隣の銀河で活動していた邪神とその奉仕種族は星ごと木端微塵にして滅ぼしておこう。
腕に止まった蚊を潰すのと同じ感覚でプチっと。これでよし。
残りの魔獣たちを吸収する度に知りたくもない知識もセットになってついてくると思うと気が重いが、かといってこのままだといつまで経っても隔離空間を解除できない。
全員吸収して■n■/y■@の影響を無効化してやらないとおちおち休むこともできやしねぇ。
ふざけやがって! こっちはもうちょっとで夏休みだってのによぉ(半ギレ)。
『おいブラザー! またなんか来たぞ!』
と、見上げた先を埋め尽くしていたのはひつじ雲の大群だった。
あれを見ているとなんだか無性に数を数えたくなる。ああ数を数えたいぞ。数えたい!
またぞろ自分が魔獣の影響を受けておかしくなっているのは分かるが、この欲求には絶対に抗えないことも分かっている。さぁ数を数えよう。
銀の馬は姿の写った写真を見たり、その姿を見た人から「こういう馬がいた」という話を聞いてもアウトです。
もれなく馬になります。
馬化の進度は銀の馬との物理的な距離に比例し、馬になった対象は銀の馬を見たい、もっと近づきたいという意識的/無意識的な欲求に囚われます。
欲求に抗って銀の馬から逃げると彼女のほうから追いかけてきます。
この際、馬の速度は逃走側の速度に比例して無制限に上がるので、逃げ切ることは不可能です。馬になります。ヒヒン♪




