キメラ狩り
第二ふくろう公園は梟町の南側にあるそれなりに大きな公園だ。
一周八〇〇メートルのジョギングコースや本格的なアスレチックなどがあり、休日になれば体脂肪が気になりだしたジョギングおじさんや、アスレチック目当ての親子連れなどでそれなりに賑わう場所である。
時刻は午後二二時五八分。
こんな時間に公園に集まる奴なんて、それこそヤンキーか裏の仕事をしている連中だけだろう。偏見だけど。
それでも実際こうしてヤバそうな奴らが集まっている時点で、そんな偏見も案外間違っていないんじゃないかと思えてくる。
公園の中央にある時計の下に集まったのは俺を含めて七人。
その内の三人は逢魔さん、ツンデレイラ、九十九さんと見知った顔で、後は知らない人だ。
「や、アキヒロクン。さっきぶりやんな。こんなすぐに再会できるなんて、ちょっと運命感じてまうわ」
「いいえ、ちっとも」
やっぱりというかなんというか、俺の顔を見るや否や、九十九さんが胡散臭い笑顔を浮かべて俺の方に近づいてきて、肩に腕を回してくる。
ぶっちゃけ妖怪なんかよりもこの人の方がずっと怖いんだが。貞操的な意味で。
「くくく、つれないなぁ。仲良くしようや、なぁ?」
「ひ、ひぃぃ……!」
脇腹を! 指で! なぞるなァ────ッ! ええい気色悪い!
するとここで時計の長針が真上を刺し、逢魔さんがこの場にいる全員の顔を見渡して恭しく一礼する。
「まずは皆さま、夜分遅くにキメラ狩りにお集まり頂き誠にありがとうございます。現時点で判明している能力等についてはメールでお伝えしました通り、少なくとも四つの能力を持った大変危険なキメラです。まだ何か能力を隠し持っている可能性もありますので、くれぐれも注意して討伐に当たってくださいますよう」
逢魔さんの言葉に全員の表情が引き締まり、そろって頷く。
「それでは、お互い初めて会うという方もいらっしゃいますでしょうし、それぞれ簡単な自己紹介をしてから、役割分担を決めていこうかと思いますが、異論は御座いますか?」
全員が首を横に振る。
「では私の右隣から、時計回りにお願い致します」
全員の視線が逢魔さんの隣に立つドレッドヘアを真っ赤に染めた、背の高い二〇代くらいの女性へと移る。
迷彩柄のズボンと頑丈そうな黒いブーツを履いており、上は黒いインナーの上にタクティカルベストを着ている。
ハリウッド女優みたいな顔立ちと意志の強そうな瞳もあって、なんというか、姐御って感じの人だ。
「んじゃ、アタシからだな。アタシの名前は出雲紅。職業は妖怪ハンターで、戦闘スタイルは近づいてコイツでぶった切る!」
そう言って出雲さんが右腕を前に突き出すと、虚空から彼女の身の丈ほどもある大太刀が現れ、彼女の手の中に納まる。
黒光りする刀身から凄まじいまでの力を感じる。恐らく名のある凄い武器なのだろうという事が素人目にも分かった。
それを軽々と片手で振り回して肩に担ぐと「よろしくな!」と快活な笑顔で挨拶を締めくくる。
どうやら見た目通り豪快な人のようだ。
「ぼ、僕は二階堂孝麿、です。い、一応、ま、魔術師の末席を、汚させてもらって、ます……」
喋るごとにどんどん声が小さくなり、最後の方は殆ど聞き取れなかったが、それでも名前と職業だけはなんとか聞き取れた。
もじゃもじゃの黒髪で目元を隠した、冴えない感じの三十路男である。
服装はヨレヨレのスーツ姿で、ひどい猫背も合わさって疲れ切ったサラリーマンのようにしか見えない。
本当にこんな人が魔術師なのだろうか?
その後はツンデレイラ、九十九さん、俺と順番に挨拶して、いよいよ最後の一人、俺が一番気になっていた人の番が来る。
ぶっちゃけ、ここまで俺の意識はその人に釘付けだった。
……その零れ出んばかりの大きなおっぱいに!
ウェーブの掛かった金髪の、年齢不詳の水商売風の女だ。
胸元の大きく開いた真っ赤なドレスの上に、紫色の毛皮のコートを羽織っている。
細く白い足先を飾るのは白いハイヒールで、指先の色とりどりのマニキュアが目に痛い。化粧も濃いが、横顔の輪郭が奇麗なので元々美人なのだろう。
そして、とにかくおっぱいがデカイ。
おっぱいが、デカイ! 大事な事なので(以下略)。
「チッ……!」
おおっと、ここで貧乳代表レイラ選手、まさかの舌打ちだぁー!
どこかの偽乳メイドと違ってあっちは本物っぽいからな。仕方ないね。
「……なに見てんのよ」
「いや、別に。ただ、格差社会って残酷だなって……」
「なによなによ!? あんなのただの脂肪の塊じゃない! あんなものに鼻の下伸ばす男なんて皆馬鹿で最低なクズよ!」
「それは違うぞ! 全ての男の視線は大きなお胸に吸い寄せられる。これは天地開闢から続く世界の理! 古来より男ってのは大きなおっぱいに惹かれちまうものなんだよ! 世界中の地母神信仰もそれを証明してる。大きなお乳は豊かさと母性の象徴なんだよ! 万乳引力の法則って知らねぇのかお前!?」
「知らないわよそんな破廉恥な法則!? ほんっと最低! 死ねッ!」
「ぺぷしっ!?」
胸倉を掴まれて思い切りビンタされた。ふえぇ、痛いよぉ……
「くくくっ……。アキヒロクンもまだまだやな。女の子の魅力ってのは、おっぱいだけやないんやで? 麗羅チャンの魅力はウエストから脚にかけての女性的なラインや。見てみい、あの制服のスカートから見える太ももの白さを。エッチが過ぎるでホンマ!」
バシッ!
「いや、なんで今俺叩かれたんすか!?」
……まあ確かに綺麗な脚だとは思うけどさ。
と、ここまでずっと退屈そうにスマホを弄っていたおっぱいの人がようやく顔を上げた。
「……えーっと、もういい? あたし、比嘉美巳子ね。本業は占い師、副業で悪霊とか祓ったりもするかな」
おっぱい占い師のヒミコさん。俺、覚えた。
ともあれ、これで全員の自己紹介が終わった訳だが……なんともまあ、胡散臭い連中ばかりである。
謎の執事、妖怪ハンター、魔術師、狐っ娘メイド、エクソシスト、なんちゃって退魔士、そして占い師。これほど怪しいメンツも早々いないだろう。
「……さて、一通り自己紹介も済んだ所で、早速それぞれの役割を決めていきましょうか。今回はここを拠点として、後方支援のチームとキメラと直接戦うチームに分けたいと思います」
逢魔さんの采配で後方支援チームはヒミコさん、二階堂さん、逢魔さんの三人。
戦闘チームは俺、ツンデレイラ、九十九さん、出雲さんの四人という事になった。
それぞれの能力や得意分野を考えた妥当な采配だったので、これといって文句も出ず、狩りの打ち合わせに入る。
まず、ヒミコさんがキメラの潜伏場所を割り出して、戦闘チームがキメラを強襲。
二階堂さんは魔術で全体の情報管理や状況に応じた支援を担当し、逢魔さんは後方二人の護衛と霊力タンクを兼ねる事になった。
「さて、では早速ミッション開始と参りましょう。比嘉様、お願いします」
「はいはーい」
気の抜けたような返事をしながら、ヒミコさんは手に持っていたヴィトンのバッグから、おもむろに水晶玉を取り出す。
赤ん坊の頭ほどもあるそれを、両手で挟み込むように体の前に持ってくると、彼女は目を閉じて静かに呼吸を整える。
すると、彼女の全身から霊力のオーラが立ち昇り始め、それに呼応するように水晶玉がキィィンと耳鳴りのような音を立てて共鳴した。
「……捉えた! って、なによこれ!?」
何かを捉えたらしいヒミコさんが悲鳴を上げた。
「何かあったんか?」
「とんでもなく強い奴が市の中心部に真っすぐ向かってる! ヤバいヤバいヤバい! こんなの土地神レベルじゃん!」
「な、なんやて!?」
「速さ的に見て多分影の中を進んでる。このままだと後五分もしないで北西の橋を渡るわ」
市の中心部って言ったら、繁華街なんかもあって夜でも人通りが多い場所だ。
なんか聞いた感じパワーアップしてるっぽいし、そんなのが街中に現れたら考えるまでもなく大参事だ。
「……妙ですな。これほどの短期間でそこまで強くなるなど普通は考えられません。何か強力な呪物でも取り込んだのでしょうか……? ともあれ、すぐにでも行動を開始した方がよさそうですな」
「せやけど、ここから車で移動してたら間に合わへんとちゃいます?」
「そ、それなら、こ、こういうのはどうでしょう」
二階堂さんがおずおずと手を挙げる。
彼の案はこうだ。
まず二階堂さんの魔術で戦闘チームをキメラの進路上に移動させ、橋の手前で九十九さんがキメラを影の中から炙り出す。
後は橋の上で全員で袋叩きにして、キメラが町の中心部に辿り着く前に決着をつける、というもの。
「よっしゃ、そういう事なら任せとき! ほんなら早速頼むわ」
「そ、それじゃ、皆さん、これを……」
と、地面に夜鳥羽市の地図を広げた二階堂さんから戦闘チーム全員に、それぞれ色のついた石が配られる。
なんでも、この色のついた石と対になっている石を地図上に置くことで、人や物を瞬間移動させる術らしい。
「キメラの現在位置は……ここよ」
ヒミコさんがキメラの位置を指でなぞる。
「け、結構早い……! それじゃ、み、皆さん、備えて! い、行きます……!」
次の瞬間、周囲の景色がぐにゃりと歪む。
かと思えばすでにそこは夜の公園ではなく、街灯に照らされた橋の上だった。
生暖かい風が轟々と吹き荒れ、川の水が不自然に騒めいている。
何か、来る……!
「八番から一五番まで、大盤振る舞いや! 持ってけドロボーッ!」
九十九さんがスカジャンの裏からキャラメルの箱やドロップの缶など、一見ゴミにしか見えないモノを幾つかばら撒く。
しかし、よくよく感覚を研ぎ澄ませてみれば、それらはどれも凄まじいエネルギーが込められているのがぼんやりと分かる。
首から掛けていた十字架を右手で顔の前に持ち、数珠を握った左手を振りかざすと、地面に撒かれたガラクタから光の柱が天に向かって立ち昇っていく。
それが一気に川沿いを伝うように横へと広がって、彼岸と此岸を隔てる光の壁になった。
それから数秒と経たずに何か大きなものが壁にぶつかったような轟音と衝撃が橋を揺るがし、川面を波立たせた。
夜の闇が形を伴い、ゴボゴボと膨れ上がって実体化し始める。
腕が、腕が、腕が。脚が、脚が、脚が。顔が、顔が、顔が。
ズルズルと蛇のように這いながら、ガサガサと蜘蛛のように、そのグロテスクな全貌が顕わになる。
「な、なんやコレ……!?」
九十九さんは顔を引き攣らせて言葉を詰まらせ、
「ちっ、胸糞悪ぃ」
出雲さんは不愉快そうに眉を顰め唾を吐き、
「うっ……!」
麗羅は顔を青ざめさせて吐き気を堪えるように口元を抑えた。
無理もない。
だって、こんなの……あんまりにもあんまりだ。
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!
あまりにも悍ましい異形の怪物の悲痛な叫びが世界を震わせる。
絶望が、暴れ出す────!